38.【修行編】
「個人的な意見ですが、やはり<継承者>殿は、俺の”流派”を深く学ぶべきではありませんな」
訓練用の木剣で肩を叩きながら、キングこと王 泰雄は溜息を吐いた。
「そうなの?」
「ええ。どうやら<継承者>殿は、すでに素性の良いちゃんとした剣技を身に付けておられるご様子。下手に俺の遣う剣をつまみ喰いしては、そのバランスが崩れかねません。今は、ご自身の”流派”を極めるがよろしいかと」
「……しかし、気のせいでしょうか? ワタシの眼には、ご主人さまのその”型”は、我らが扱う剣では微妙に合わない……そんな気がしてならないのですが」
クリスことクリスティン=リーの指摘は正しい。”俺”の”型”は地球で小学生の頃から磨いてきた剣道がベースになってはいるが、半分以上我流だ。その剣道の”型”自体、”小野一刀流”が根底にある(異論はいくらでも認める)とは聞くけど。
本来、刀を扱う前提の”型”なのだから、この辺一帯で広く使われてる小剣やら幅広剣で扱うには、そもそも向いている訳がない。
そのせいもあって今までの生で剣道の技能は、
『使えない』
と判断し、諦めていたのだから。
ただ、今世で得た【姿勢制御】の補正もあってか、つい最近になって見直したからこそ今回の披露となった訳だけど、やっぱり色々と問題が出て来るか。
「……うん、クリスの言う通り。わたしの剣技は、この武器、カタナを振るう前提のものなんだ。ただ、こんなの、この辺には無いんだよね」
【アイテムボックス】から出自不明、正体不明、銘不明の”解らない”が三拍子も揃ったヤバげな太刀を取り出して、ふたりに見せる。
脳内に展開された目録上で、この武器が刀剣の類いの中でも”太刀”に分類されるものだとは前々から知っていたが。
「うわぁ……」
「これは……素晴らしい……」
いざ豪華な拵えをした鞘から半ばまで抜いてみたら。最早それ単体が芸術品なのかと惚れ惚れするほどの美しい刀身が。
木漏れ日を強く弾く艶めかしくも濡れたそんな刃を一目見たその瞬間。こいつで、
『……斬りたい』
って思わせちゃう刃物ってさ、もうそれ自体が”魔物”と全然変わんないよね?
やばいっ!
”俺”は慌てて刀身を鞘に収めた。うはぁ、なんか危なかった気がする。色々と……
「……つまりは、コレと同じ形をした武器が手に入れば良いんだけど」
入手できないならば、”俺”のこの”型”自体が無用の長物だ。多少の応用は効くだろうが、キングの剣技をいちから習得する方が早い。そう”俺”は結論付けていたが。
……こんなヤバげな”妖刀”、手にできる訳がねぇっ! どう考えても”ヴィクトーリア”が人斬りになっちゃう未来しか浮かばねぇって!
「ふむ。俺の故郷に、それに近い形をした剣はいくつかありましたが、そこまで細身の、良く斬れそうな業物は見た事がありませんでしたなぁ……」
「ワタシも。ですが、確かに問題ですね。手に入らぬ武器を前提に鍛えても、それは宝の持ち腐れと云うもの。そのカタナ? を扱うにしても、その様な長さの業物、そもそも今のご主人さまが振るうには身体的に無理がありましょうし……」
そう。問題はそこ。
多分、こいつを俺の【アイテムボックス】に忍ばせた奴は、”ヴィクトーリア専用”に拵えてくれたのだろう。普通に考えればこんな長さの業物、数え5つの貧弱お嬢が自身の体重とそんなに変わらない、もしくはそれより重いモノを、そもそもが持ち上げられる訳無いのだ。
ただし、持てる。持ち上げられる。が、イコール”無理無く扱える”には、絶対にならない訳だが。
何らかの”加護”なのか、<重量軽減>の魔術付与が為されているのか。どちらかは解らんが、まぁどちらだとしてもそれを振るえば、物理法則に基づき反動と遠心力が必ず出る訳で。
当然、この頃のこどもの平均体重にも満たない悲しき痩せっぽちの貧弱な肉体では、自身が起こした遠心力によってポッキリ腕の骨が折れてしまうか、関節が外れちゃう、もしくはそこが壊れるか。下手したら腕ごともげてしまうかも知れない。
すっぽ抜け。で済めば”俺”自身はセーフだけど、それはそれで周囲が死ぬほど迷惑する。見るからに斬れ味ヤバそうだもんね、これ。
「ぬぅ。今扱える”得物”が無ければ、確かに。でも、いや……」
「他でカタナが手に入るなら、このままでも良いんだろうけど、ねぇ?」
「それは難しい話でしょう。望めば万物が集まると云われる”帝都”でさえ、その様な異形の業物。果たして見つかるやどうか……」
まぁ、クリスの言う様に、シングの時代にそれこそ色々な”競売所”に顔を出し探してみたんだが、ついぞ刀を見つけられなかったのは確かだ。それこそ互助会に捜索の依頼を出してみたりもしたし。あの当時、アホみたいに溜まっていくあぶく銭の使い道、全然無かったしねぇ。
金貨を無駄に抱えてもしゃーない、経済を回さなきゃっ!
って言って。だからこそ【アイテムボックス】の中は、当時の無駄遣いの成果で溢れかえっている訳だけど。
「さて、<継承者>殿。どうなさいます? 個人的には、ご自身の”流派”を極める方をオススメしますが。どうやらクリスの方は、俺と違う意見の様で」
「<剣舞踏士>、だっけ? 格好良い響きだよね。それを習ってみたいナーって言ったら、キングは怒る?」
巨魔猪を相手に立ち回っていた時のキングは、マジで格好良かった。華麗に避けて、まるで雷光かと錯覚する様な鋭い連撃を叩き込んでいたあの姿を思い出しては”俺”の心の深いところに隠していたはずの”厨二心”を、めっちゃくちゃに擽ってきやがったのだ。
ソード・ダンサーって名前の通り、まるで踊っているかの様な優美な身のこなしも凄かったし、なにより「二刀流」って所が。ホント、もうね。
「軽戦士が至る最高峰のひとつにも挙げられる”称号職”ですね。ワタシはとても良いかと思います」
「俺もまだその域に至れてはおりませぬが、それでもよろしければ。確かに<継承者>殿の、お歳に似合わぬしっかりとした体幹ならば。もしかしてイケるやも……」
ごめんね、キング。”俺”の場合、体幹の殆どは【姿勢制御】の補正による”チート”の産物でしかないんだ。これ切ったら、それこそ他の子よかちょっとマシに動けるだけのおこさまにまで華麗にランクダウンしちゃうから。
ある程度自分で動ける様になったら、”これ”に頼るのはやめよう。と、ひとり心に誓う……なるだけ、そうできる様にしたい。
「んじゃ、今度はふたりの修行ね? <生命の賛歌>って曲なんだけど……」
【音の精霊】たちを全員出して、ふたりに【呪歌】を聞かせる。
怪我を負ってさえいなければこの曲は全くの無害だから、重奏でやっても問題無い。最近パワフルばぁばに振り回されているふたりなら、逆に全身の疲労が抜けて心地良い曲に聞こえるんじゃないかな。
……んん?
やっぱり視線を感じる、
失敗した。ひとり【音の精霊】を手元に置いとけば良かった。視線の主が、少しだけ気になるが。
……ま、今更か。放っておくとしよう。
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