35.流されて想定外。
「ああ、参ったな……」
キングこと王 泰雄の安い挑発で簡単に踊ったヘンドリクの「出て行けっ!」の一言に、これ幸いとばかりに乗っかり家を飛び出してみた……までは良かったが。
『ヴィー、ちょいとお待ちっ!』
まさか家を出たところで、すぐさまばぁばが追い掛けてきて合流してくるだとか……そんなの全然聞いてねぇよって。
で、そこから現在。
挙げ句そのままマーマの治療院にクリキンのふたり共々転がり込んじゃうなんて、怒濤の想定外コンボが。
ああ、でも。やっぱり”ばぁば”は、マーマの”マーマ”なんだね。疎遠になってたはずの今でも、まだしっかりと縁が繋がってた。
いつかは、ヴィクトーリアも、ミーナとそうなれるのかな……?
なんて。未だ”わたし”が精神の奥底に閉じ籠もったまま出てこない以上、この問題をちゃんと解決してあげないと。
そういう意味では、今回の”想定外”自体”俺”としては好都合だったのかも知れない。未だ運命の神の掌の上でひとり勝手に悶え苦しんでいるだけなのでは?
……なんて、嫌な被害妄想と云う名の猜疑心から”俺”は抜け出せないのだが。
「<継承者>殿におかれましては、此度の顛末、まことに申し訳無く……売り言葉に買い言葉。自分はすでに”仕上がった”つもりでありましたが。ぬぅ、まだまだ未熟……」
「ああ、うん。気にしないで。キングの言いたいことは、わたしも分かるつもり」
まさか断られた初手で、権力を振りかざし脅してくるって、ホントもうね……そりゃ、”俺”だってあの立場になったら、皮肉たっぷりに言い返してたと思うもん、確実に拳付きで。それこそ、力の限り全力で。めいっぱいに音高く。
「むしろ、今回の件が良い機会になったんじゃないかなって思うし」
「そう言っていただけると。多少なりとも救われた気がしますが」
本当に、村を出る丁度良い口実になったんだけどね。まさかあそこでばぁばが……
『あたしもあいつにゃ、心底愛想が尽きちまったよっ!』
なんて、夕飯の支度もブチ放いて一緒に出て来ちゃうんだからさぁ。今頃ヘンドリクの奴、空腹を抱えたまま孤独に震え泣いてんじゃねーの? 知らんけど。
しかし、”権力”なんてのは、碌なモンじゃねーなって。だって、あの”じぃじ”が「自分が村長だ」とか言い出した途端、みるみる内へと前村長の顔にそっくりになっていく様は、まるで出来の悪いホラー映画みたいだったもん。
……もしかしたら、前村長の爺さまがああなったのは、この開拓村における”村長”の権限が余りにも強すぎたから、なのかも知れない。
だとしたら、この現状を改善していくのは村民たち皆の手によって行われるべきだろう。この村を捨てた/捨てる”俺”/”わたし”の出る幕なんか、端から無い。
……なんて、そんなの今更か。
想定外続きで現状こうなってしまってはいるが、ある意味予定通りだと言えば、まぁ予定通りなんだし。ちょっとだけその予定が早まっちゃっただけでさ。
ただ────
「まさか、マーマがわたしも受け入れてくれるなんて、全然思ってなかったんだけどなぁ……」
「まさかっ! 子を受け入れない母親がいる訳がっ!!」
”わたし”の呟きの内容に、クリスティンが大仰に驚く。
やっぱり、普通のひとはそういう反応するよね……普通のひとなら。
「うん、ウチはその辺ちょっと”特殊”だから、さ……」
というかクリスだって、ウチの”母親”の顔見たの、今日が初めてだったろ? って話。もうそれなりに長い時間を、”わたし”と行動共にしてんのにさ。少なくとも、ひとこと呼び掛けただけで、”わたし”の意思を汲めるくらいには。
まぁ、かく言う”俺”だって、ずっとヴィルヘルミナがこの辺境で唯一の<回復術士>だとばかり勝手に決めつけていたのだが、この治療院には見習いも含め5人もの<回復術士>が常駐しているのだと今更知って驚いたくらいだ。
<回復術士>が5人も、だなんて。そんなの、大都市の治療院でも早々無いぞ────
彼ら曰く、
『院長先生は<回復術士>の総数を増やし、その実力を高めることをご自身の崇高な使命となさり、未熟な我らを教え導き、日々励んでおられるのです!』
……とのこと。
べろんべろんに酔っ払って深夜帯に帰宅し、千鳥足のまま薄い土壁に勢いよく頭を打ち付け壊してはばぁばに叱られる……そんな彼女の後ろ姿の印象しか無かったから、彼ら見習いたちのその言葉に、”俺”は強い衝撃を受けた。
改めて考えてみたら、”母親”について何も知ろうとしなかったんだよな、ヴィクトーリアの方も……
”わたし”の記憶を古くから順に手繰っていくと、『縁が無い』、『情が薄い』などと、彼女は最初から”マーマ”との関係を諦めていた節がある。
ヴィクトーリアの記憶の中にある”マーマ”は、常に後ろ姿のみ。顔すらまともに憶えていないのでは、最初から母親だって思える訳も無い。
その癖、そんな”母親”の口から直接拒絶の言葉が出たことに対しショックを受け塞ぎ込んでしまうのだから、色々感情を拗らせているのが良く解るってな。まぁ、彼女の年齢を考えれば、それも当たり前の話ではあるのだが。
「確かに<継承者>殿の言う通り色々と”特殊”ではありますな。挨拶した早々、彼女は奥に引っ込んでしまいましたし。普通の母親なら、こんな時は娘の側に居て然るべきでしょうに」
「どっちも不器用なんさ。きっと、こんな育て方しちまったあたしら夫婦が悪かったんだろうねぇ、全部さ……」
「ばぁば……」
「ごめんね、ヴィー。辛い想いさせちまったねぇ。あんなバカども、後でばぁばが”めっ”って、しっかりと懲らしめてやるから、ねぇ?」
ばぁばのしわくちゃの手が、優しく”わたし”の頭を撫でる。
”俺”が覚醒めて以降、こんな時だけにしか”ヴィクトーリア”が本来の年齢に戻れない。そう思えてしまうのが、本当に申し訳無くて、情けなくて。
────やはり、”俺”という亡霊なんて、”わたし”の中に完全に埋没しているべきであって、決して表に出てはいけない存在でしかない、はずなのだ。本来であれば。
うん。ここにいる間に、”俺”ができることを考えていかなきゃね。色々と。
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