34.次の村長さん。
村長の指名には、村の色々な柵みと利権が絡むため喧々囂々としたのだが、どうやら次の村長にはヘンドリクおじさんで決まりそうだ。
前村長の次男ランベルトを推す声も(爺さまの取り巻き連中から)あったが、やはり前任者が余りにも酷すぎたのもあったし、本人も親と同等のクズなのもあってか、村民達の支持は得られなかったらしい。
兎に角、
『前村長の”色”を払拭したい』
これが村民の総意だったということだ。
まぁ、前村長の孫のやらかしこそが、最終的な決め手になったのは言うまでも無いが。
前村長の爺さまは、やり手だったと言えば、確かにやり手だったのだろう。村の中で何かがひとつ便利になる度に、方々に必ず怨みを買っていたやり方を是とするならば、だが。
その有り様に真っ先に異を唱え、さっさと村から出て行った長男ヤーコブは(息子ひとり置き去りにした精神にはかなり疑問が残るけど)、あの中では、まだまともな部類だったんじゃないかと、個人的には思う。
ランベルトと前村長の取り巻きどもという”不満分子”が未だ残るのは多少気に掛かるけど、村民の”総意”はここに決定した。あとは領主の承認を経て騎士爵の叙任も含め、正式に村長へと就任する運びになる……らしい。
「そこで、君達【クリスタル・キング】のお二人に、領都までの途の護衛をお願いできないだろうか?」
「お断りいたす」
それに対するキングこと王 泰雄の返答は、極々短かった。
そりゃそうだ。
今まで彼らにしてきたことを少しは思い返してみろ、ヘンドリク。なに勝手に無かったことにしてんだよって。ほら、クリスティンだって苦笑いしてるじゃないか。
さすがにばぁばも呆れて何も言う気を無くしたらしい。炊場の方へと行っちゃったよ。できれば今日の晩ご飯は美味しいものであって欲しいものだ。
「……どうしてかね? 報酬はちゃんと村の予算から出すつもりだが?」
「信用。という言葉の意味くらい、ご存じではないのかな? 村長殿」
あ、その言葉でヘンドリクの顔色が真っ赤に変わった。さすがに”恥”という概念くらいは、彼の中にもまだ残っていたらしい。
でも、なんかキングこの村での数々の出来事のせいで、色々と歪んだんじゃないかな? ここまで直接的な言い方をしない人だったのに。本当にごめんね、としか。
ちらとクリスの方を伺うと、完全に他人事の様に無関心で”俺”が採取し乾燥、焙煎まで頑張った薬草茶を美味しそうに飲んでくれている。徒党の交渉事はキングの領分だと言ってたし、完全に任せてしまってるのかな?
「いえ、ワタシも同じ想いでいますので。我らは貴女の御祖父様を、欠片も信用できない。そう思っております。ご主人さまには、些か酷なお話かも知れませんが」
「そっかー。でも、それで良いとわたしも思うよ」
”俺”が彼らの立場だったら、ヘンドリクはとっくにこの世の何処にも居場所なんか無くなってたよ。『舐められたら終わり』を信条とする”冒険者”の対応として彼らのやり方、考え方は、かなりぬるいと思う。
『よく今まで無事に生きてこられたな……』
と、逆に感心するレベルで。
そういや、”帝国”にある冒険者互助会は、他国のソレよりも制度がしっかりしているのだと、前世の時に聞いたことがある。
結成当初にあった”理念”、
『流民たる者達の最後の拠り所であり、後ろ盾である』
……そんな互助会も、時代の移り変わりと共に変質してしまい、今では各国の上層部やらお貴族さまやらの顔色を一々覗ってみたり、さらには袖の下まで横行するなんてのも当たり前になっていたのを良く覚えている。”俺"の死因も、結局はコレによるせいだったのだとも、まぁ言える訳だし。
帝国を横断する路銀を稼ぎつつ、彼らは経験とランクを上げてきたのだろう。確か、銀級……こちら風に言えば、B級上位だと言っていたっけ。剣技だけなら、ふたりともすでにA級上位レベルの実力は持っていそうだけど。
「そこをなんとか、曲げてお願いしたいのだ。我ら村民には、あの様な巨大なバケモノに抗する術一切を持たぬのだ……その手にする”魔剣”。さぞ高名な”冒険者”なのだとお見受けする。すまぬが、後生だ。あの森を通らねばと思うだけで、ワシは、ワシは……」
────あー、ここでそういうしっぺ返しが来る訳ね。
やっちまったなぁ……
あの時の巨魔猪の圧倒的恐怖を思い出してか、ヘンドリクは額に脂汗を滲ませガタガタと震えだした。薄暗闇から突如襲いかかって来る巨大な圧。あれは、人の力で対抗できる様な生易しいモンじゃないのは確かだ。
うん、解るよ。”俺”もアレで何度か死にかけたしさ。てか、【音の精霊】たち、”俺”はあの時の恐怖、欠片も忘れてねぇかんな? いつか絶対泣かすっ!
……とはいえ、”じぃじ”を守る意味も込めて、ど派手に動かしてみせたアイツが、まさかこんなところで思わぬ落とし穴になるなんて、一体誰が想像したよ?
「それが? 我らはすでに、貴方のお孫さんに雇われておることを忘れてもらっては困りますな。確かに契約上、貴方も我らが”護衛対象”のひとりに含まれてはおりますが。ですが、あくまでも”我らの主”は、貴方のお孫さんなのであって、貴方ではない。そこを履き違えられては困ります。それに、何度も申しますが、我らは”契約”を重んじる”冒険者”。そもそも、二重契約なぞする訳には、決してまいりませぬ」
それに対するキングの返答は本当ににべもない。全部正論だから、余計に冷たく聞こえてしまう印象があるけど、逆に正論であるからこそ、彼が誠実である証明にもなる訳で。
ってか、じぃじ。そこで助けを求める様にわたしの方を見るなっ! 普通の幼女に、そんな機微を端から期待すんじゃねーよ、馬鹿ちんが。
……さすがに”俺の中のヴィクトーリア”が何も反応しないところをみると、相当にひとを舐めた展開なんだろうな、これ。
「この村の長たる、ワシの頼みも聞けぬ……そう申すのかね?」
「いいえ、滅相もない。我らは”二重契約はしない”。そう申しておるに過ぎませぬ。それに、ご存じかと思いますが、我ら”冒険者”と呼ばれる存在は基本”流民”でございます。村長殿がどう申されましても、その様な窮屈な束縛を嫌ったからこその存在でして。折角ご掌握召された”狭い世界”の中での圧倒的権力。さぞ振りかざしたいのでございましょうが、そもそも相手が悪い! 悲しいかなそれはあなたの村に住む民たちにしか通用しませんよ?」
頭を下げてダメなら、今度は権力尽くで……か。
まるで微速度撮影したかの様に刻々とヘンドリクの顔が前村長へと近付いていくとか。権力を握るってこういうことなのかなと、腹にズンと来る様な潜在的な恐怖を、”俺”は覚えた。
「ぐぬぬぬぬ……ならば、出て行けっ! 貴様らの、雇い主の、ヴィクトーリアとともに、我が家からっ! ここは、ワシの家だっ!!」
────あ、そう。
そう言うのかぁ、言っちゃうのかぁ。
解った。解りました。
んじゃ、出て行こうか。お前さんのその一言で、”俺”の未練はほぼ無くなったよ。
ごめんね、ばぁば。ヴィクトーリアは、この家から出て行くとするよ。
「……わかった。さようなら、じぃじ」
「……あっ……」
「キングおにいちゃん、クリスおねえちゃん、いこっ……」
「「はっ」」
────ああ、逆に清々したわ。
もう、”俺”を縛る物は、何も、無くなったのだから。
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