31.お片付けと帰り道までが遠足です。
「<継承者>殿。目的の品、回収しました」
「ありがとう。それじゃ、さっさと撤収しようか。クリス、お願い」
「はっ」
商隊の護衛たちが動く前に巨魔猪を退散させねば、無駄に被害が拡がってしまうからね。
コイツの皮膚を斬り裂こうなんて、付与魔法付きの武器いわゆる”魔剣”を用いなければほぼ不可能だ。商隊の護衛を請け負う程度の”一般的な冒険者”風情が、その様な高価な武器を所持しているなんてことは早々あり得ない。
あるとしたら、迷宮あらしで上手い具合に一山当てたラッキーマンか、もしくは金持ちのボンボンの道楽か……まぁその場合は、武器性能に技量が見合わないので、なお悪い訳だが。
<光学迷彩>をあらためてクリキンのふたりと自分にかけなおして、巨魔猪の背中に乗る。
”俺”は村長の爺さまと、その取り巻きの中でも散々に甘い汁を吸い続けてきた質の悪い狐どもを一緒に始末してやった。
あとの”残りカス”程度なら、ヘンドリクおじさんに”貴族殺し”の嫌疑を引っ被らせられる様な弁舌も、またその様なことを思い付く様な高度な脳も持ち合わせてないだろう。放置で良い。
まぁ、そもそも村長の爺さまとその取り巻きどもは、野営中に偶然出くわしてしまった巨大な魔猪の特殊個体によって抵抗虚しく殺されてしまったのだから、その様な”与太話”なぞ笑い話にもならないんだけどな。
あとは、変な正義感に目覚めた”英雄気取りのお調子者”が出て来る前に、”俺”たちは良い具合に魔猪の痕跡を残しつつ退散するのみだ。
それなりに経験を積んだ”冒険者”たちならば、その足跡から巨魔猪の持つ特異戦力を、ある程度推し量ってくれるはずだろう。
巨魔猪の”危険度”が周知徹底されるまでこの”辺境”の近辺地域は多少荒れるだろうけど、そこはもうこの際仕方が無かったのだと諦めて欲しい。元々”物流”という概念に疑問符が付くことも多かったド田舎なのだ。そこまで深刻な影響が続くとも個人的には思えない。
そしてその分上手く話を持っていくことができれば、次の村長を決める話し合いもスムーズにことが進むかも知れない。この混乱を収拾せねばならないと思うなら、少なくとも村長の息子のアイツで決まるなんて”村人達にとって最悪”な事態だけはきっと避けられるはずだから。
あと、そうそう。念の為……
ドレミとファは残ってコイツの操作の手伝い。あとは周囲に散らばって、<女神達の子守歌>を詠唱。わたしたちの姿が完全に見えなくなるまでで構わない。その代わり、お互いがギリギリカバーできる限界まで拡がってからでよろしく。
惨劇の”証人”は、もうこれ以上は要らないからね。
【音の精霊】たちの奏でる【呪歌】が発動したと同時に、それまで”餌を探すフリ”をさせていた巨魔猪の足を、”俺”は森の奥の方へと向けさせた。
……うぅっ。
さすがに三人だけでこんなのをちゃんと動かそうだなんて無謀過ぎたか? かなりキツいぞ。
循環器系を司る内蔵全てを動かしつつ、姿勢制御に運動制御、その他に諸々と……改めて思うけど、生き物って本当に凄い。こんな複雑怪奇な身体の制御を、全部無意識の内にやってんだからさ。
<運命の神>に封印されてしまった【多重思考】の補助があれば、もうちょっと楽だったかも知れな────いや、やっぱ無理か。パックリと割れちゃいそうなレベルの頭痛に泣くハメになるだけだったわ。
しかし、周囲の支配したマナだけでなく、それを操作する為の魔力ってーか、生命力がゴリゴリと減っていくな、コイツの操作に。
────あかん。
これが、とある女神様に喧嘩を売ってしまった代償なのか?
脳の限界が近いわ、今にもオーバーヒートしちまいそうだ。
「……ごめん、クリス。そろそろ……」
「はい」
皆まで言わなくても済むの、本当にありがたい。彼女に抱きかかえられていた身体が地面に接触した感触を覚えた時には、”俺”の意識はすでに半分以上トんでいた。
────ちゃんと巨魔猪の骸を片付けなきゃ……そういやこいつの肉って、やっぱり美味しいのかなぁ?
限界ギリギリになってる状況でさ、我ながらホント、何考えてンだろって話。
だって、仕方ないじゃん?
開拓村で生きる”ヴィクトーリア”は、いつだって腹ぺこさんだったんだから……さ。
◇◆◇
「見損なったぞっ! キミという奴はっ!!、本当にっ、何をっ、考えてんだっ! 魔術をっ、あんなっ、もおっ!!」
……女神さま? 言葉と表情が全然合ってないんですが、それは?
きっと夢枕に立って説教されちゃうんだろうなー?
とは思っていた。思っていたけど、まさかそれが気絶と同時に”説教部屋”へとご案内~♪ だなんて……想定外にもほどがある。
<魔法と自然法則の女神>の額には青筋が立ち、真っ赤な顔は怒りに充ち満ちているのだが、その主人格でもある<本と知識の女神>の方はというと、今までこの世界の何処にも無かっただろう”新技術”と”知識”を得た喜びに打ち震え、瞳は爛々と輝いて口元は三日月を形成し、歪んだ笑みを浮かべていた。
────この場合、どちらの反応を信じればよろしいので?
「そりゃあ、勿論主人格たる私の方に決まっているじゃないか」
「否だっ! と言い切ってしまいたいところなのだが、全てを否定しきれないところもあるのだから、余計に始末に悪いんだ。本当にやってくれたな、キミという奴は……」
別側面という奴は、傍目で見てる分には本当に判り辛い。
ふたり並んでいる時もあれば、どちらかの人格が表に出ただけで、見た目は別人だったりとその時その時の神様の気分気分でコロコロ変えてきやがるのだ。真面目に相手をしてたら、忽ちに頭がおかしくなること請け合いだろう。
で、一番最初の時は<魔法と自然法則の女神>さまから<本と知識の女神>さまがどんどんと滲み出てきて、最終的にぬるりと分裂したって感じかな。言葉で説明するとスライムかなんかと、いっちょん変わらんな。神様の”生態”って奴は。
「私はツッコまないからね? しかし、いや。よくぞやってくれたっ! キミに眼を付けて正解だったよっ!」
「ワタシはコレみたいに、キミの行い全てを肯定なんかしたくないんだがね。でも、確かにキミのその”行い”のお陰で、世界はまた拡がったのは確かなんだ、実は」
<本と知識の女神>は大はしゃぎし、<魔術と自然法則の女神>の方は渋面いっぱいに。それでも頷いているって感じか。
……? 正直、よく判らん。
今回俺がやったことと言えば、巨魔猪の骸を使っての”人殺し”だ。言ってしまえば、徹頭徹尾”生命に対する冒涜”をしただけに過ぎない。
魔術の才能は元々それなりにあるらしいのだが、そもそも”俺”自身、魔術の基礎と理論なぞ一切知らないのだ。今まで学んだことなんか無かったし。
だから当然死霊魔術の真似事をしようとすれば、独自の”俺魔術”にならざるを得ない訳だが、そもそも死霊魔術自体、闇に属しはするが歴とした魔導に基づいた学問の一つであり、神はその穢らわしき行いに対し、表向き批難はするが、抹消するほど否定もしないのだ。
で、<魔術と自然法則の女神>さまは普段どちらの立場を取るかと言えば、「死した者は粛々と大地へ還るべし」と、魔術の側でなく、自然の法を尊ぶのだ。
「いや、今回のキミの行いはそんなつまらない話で収まらないんだ。キミが先程編み出してみせた”技術”は、後の世で義手や、義足の開発だけでなく果てはVR技術にまで発展するだろう可能性への筋道を、完璧に作り出したのだよっ! これは”この世界”において、とても画期的なことなんだっ!」
「そう。キミの行い、その理論を”世界”が認識した。キミが元いた地球の”医学の知識と概念”の魔術による再現。これを今回、ワタシ達の世界は学ぶことができた。この功績はとても大きい」
?
世界が学んだ?
でも、結局それだって【呪歌】の時と同じで、世に広まらなければ最終的に失伝してしまう”技術”のひとつにすぎないのでは?
「うん。その通りだと言ってしまえば、確かにその通りなのだがね。だが、少なくともキミとともにいた者達の記憶には残る。彼らとは守秘の契約を結んだとはいえ、所詮それは口約束だ。彼らからその”概念”が流れていくのかも知れないし、キミ自身が世に広めてくれるのかも知れない。そして、今回の出来事を認識した”世界”から直接情報を読むことのできる能力を持った者がその内現れるのかも知れない──そこの差なんかどうでも良いんだ。”世界”に拡がる可能性ができた。その事実だけで私達が言祝ぐ理由が十二分にあるというものなのだよっ!」
「長い長い長い。まあ、キミは大人しくワタシ達に祝福されてくれれば良いのさ。だが、ワタシはやっぱりキミの全部を肯定したくは無いのだがね?」
まぁ、女神さま方がそう仰るのでしたら。素直に受け取らせていただきます。
「ここに呼んだのは、彼女のお説教が理由の大半なのだけれど、今回のお礼として私達の加護に追加を加えようかってね」
「そう。こちらの方で”運命の神”の許可は得ているから、そこは安心してくれたまえ」
まぁ、貰えるモノは、なんでもありがたく頂戴させていただきますわ。少しでも”ヴィクトーリア”が今後も生き残れるだろう可能性が増えるのなら、遠慮無く。
「……本当に、キミって奴は。自分の娘がそんなに可愛い?」
──自分の娘?
”ヴィクトーリア”に対する”俺”の感情って、やっぱりそれなのかな? うん。それなのかも??
「ま、その結論が今すぐ必要だとはワタシは思わないが。そもそも、”人生”って奴は長いんだ。少し立ち止まる暇ができた時にでも、思い出す様に振り返ってやれば良いのさ」
「「だから、今はおやすみ」」
急に喚び出して、悪かったね────
ふたりの女神さまの優しい声を聞きながら、俺はようやく身体を癒やす眠りにつくことができた。
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