3.ことの始まりはこうだ。
「貴君らに、重要な依頼をしたい。我が領にとっても、我が国にとっても……これは必要なことなのだ……」
”お貴族様”のそんな言葉と共に出された”依頼”によって、俺達【風の翼】の運命は、大きく変わってしまった。
厳密に冒険者ギルドの”規定”に則れば、C級の徒党でしかない俺ら【風の翼】は、強制依頼を負う”義務”なんか、元々ありはしない。
そもそも冒険者ギルドなんて組織は、本来”流民”扱いでしかない底辺層どもの”互助”を目的としてできた集団から、端を発する。
”市民”ほど上等ではなく、納税の義務は無い代わりに、国や領から一切の”庇護”を受けることができない存在。それが”流民”だ。
だから、いくら依頼の主が”お貴族様”であったとしても、それに対し忖度するなんてことは、本来あってはならない話なのだ。
……それが、”普通”であったならば。
「貴君らに、これを断る権利などありはしない。まぁ、もし仮に貴君らに断わる度胸があるのならば、仕方無い。その時は、貴君らの”故郷”にて待つ親御殿達がどうなってしまうのか……おおう。我の口からはとてもとても……」
……なのに。
冒険者ギルドは、”お貴族様”に忖度した上で。
俺ら【風の翼】を、一切庇うこと無く売り。
更には、俺達の”故郷”の情報を”お貴族様”に流した挙げ句、ソレを人質に取ってきやがったってぇ訳だ。
そうまでしてC級の中でも……
『まぁ、良くて中の上だな』
程度の評価でしかない俺ら【風の翼】に、”強制”依頼を吹っ掛けてきやがったのか?
多分、その理由こそが、俺の持つ【呪歌】だ。
耳に入った音に対し、快、不快を判断する最低限度の知能が対象に備わってさえいれば、その効果は必中。
さらには、同じ曲を重ねれば重ねただけ、効果が倍々へと膨れあがっていくあまりにエグい特性を持つコレは、なるほど。確かに上位竜相手にも確実に効果はあるだろう。
上位竜相手ともなれば、ちっぽけな人程度の能力なんかじゃ、傷一つ付きはしない。
これは最早”常識”だ。
鋼よりも堅い鱗を全身に持ち、その内にある大量の魔力を含んだ皮膚は、すでにそれ自体が強固な”結界”を成し、生半可な魔法はほぼ打ち消してしまう。
だが、【呪歌】ならば、話は変わってくる。
多少は相手の”精神障壁”によって落ちてしまうだろうが、その効果は”必中”なのだから。
……だからこその”抜擢”なのだろうが、その手段が些か……
そして、ただの付与術士兼、荷物持ち兼、サブアタッカー擬きの、”徒党内隙間産業”で辛うじて生きているC級上位の俺なんかを、今回わざわざ狙い撃つ必要があったのかと、真剣に問いたい。
「して、ヨハネスよ。更に貴君は【音の精霊】などという【呪歌】を増幅する”魔導具”を持っておるのだろう? 貴君らが我々に”協力”さえしてくれれば、もう此度の”大空魔竜討伐”は成ったも同然よっ!」
きっと”この世”は、さぞ愉快なんだろうさ。この”お貴族様”にとっては。
俺ら”流民”を平然と足蹴にした上で、そこからの”反撃”は絶対に無いのだと。そして、自身の描いた”絵図”以外、一切を認めやしない。
今までそうやって生きてきただろうし、これからも、ずっとそうやって生きていくのだろう。
だから。
悔しいが、今はこれに従うしか……俺達に残された道は、最初からこれしか残されてはいないのだ。
◇◆◇
「まず最初の突入は、わたくしめだけで。カスペル卿、貴方様と他の方々は、わたくしの【呪歌】の完走を合図に……それで、よろしくお願いいたします」
「うむっ!」
二月近くにおよんだ、この”旅路”の果て。
”討伐対象”が棲むという、巣穴の。
その入り口に、俺達は居た。
”作戦内容”はこうだ。
正面からの【呪歌】による”奇襲”。
それだけ。
そもそも相手が"上位竜”の、しかも<特殊個体>なのだから、最初から作戦なんか有って無い様なモンで、それ以外やりようがねぇってだけの話だ。
一応の”保険”に、俺が”前世”で貯め込んできた、それなりの”魔法の武具”を、奴らに貸与してみたけれど。
とくにあんの”お貴族様”と、アッセル、タマーラの奴ら、目の色変えやがってたなぁ……
特にあいつらに貸し出した<竜殺しの剣>と<炎の大盾>と<光の大弩弓>ならば、上位竜相手にも充分通用する筈だ。
それを扱う奴らの”技量の程”については、この際言及してはいけない。
問題は……ことが全て終わっても、まずアレらは返ってこないだろうことかなぁ……
特にあの三種の武器は、国宝級どころではない。それこそ神話級以上の代物だ。
普通、あんなモノを一度でも手にしちまったら、人は確実に色気が出てしまうものだ。
なんやかんや理由を付けて、それこそ殺してでも……となっても、おかしくはないだろう。
でも、だからと言って、心情的に指を咥えて放っておくわけにもいかなかった訳で。
我ながら”お甘い”自分が嫌になる。
ただ、今回の『やらかし』の代償は、かなり重いモノになるだろうことは明白だ。
この後に待つのは、ほぼ”ゲームオーバー”なのだろうし。
もし赦されるのなら、こいつら全員置いてこのまま逃げ出してしまいたいくらいだ。
それこそ”大空魔竜”ほどの知能があるならば、チョイと俺の事情を説明したら、もしかしたら味方になってくれるかも知れない。
……まぁ、相手は人間種を端っから蟻程度にしか認識していない竜だ。
そんな希望的観測自体、そもそも無謀か。
「……来い。”ドレミ”、”ファ”、”ソラ”、”シド”、”エル”、”アール”、”セントラル”、”サックス”、”マイク”」
我ながら酷いネーミングだよなぁ。
と毎度反省しつつ、【音の精霊】を喚び出す。
一応はこんなのでも、最初の4つに関して言えば、俺だって必死で色々と考えたんだぜ?
だけれど、まさか今世になってのその途中で、気が付いたらそれがいきなり倍以上に増えていた……とか、もうどうしろってんだよ……って話。
だから、分かり易くもう見た目そのまんまの名前にしてやったって訳。
それに対し、彼らから特に抗議も挙がって来てもいないし、まぁ良いか、と。
俺なら絶対全力で殴ってやるが。
およそ”生物”の概念を、徹底的にぶっ壊した外見をしたこれら”精霊達”は、【音楽の才能】の【ギフト】を持つ俺と同等の【呪歌】を放つ能力がある。
それだけでも、他の<歌手>連中よりも遙かに優れているのだが……
【呪歌】の持つ特殊過ぎる”性能”は、同じ曲を重ねれば重ねただけ、その効果が倍々へと膨れあがる。
つまり、今から俺が放つ【呪歌】には、全て9乗の効果が乗ってしまう訳だ。
眠りに誘う程度の【呪歌】ですら、きっと永劫の眠りになってしまうだろう。
考えれば、これはあまりに”凶悪”な権能だ。
だからこそ、今から相手にするのが危険な<特殊個体>だってのに、全然怖いと感じていないのだろうが。
俺と【音の精霊】達は、対象に静かな死をもたらす”禁じ手”<死神達の葬送曲>の演奏を始めた。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
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