29.笛の音に 合わせて踊る じぃじかな
誤字報告ありがとうございます。助かります。
「分かりました。ご主人さまの御心のままに」
「しかし、いまさらと言えばそれまでなんでしょうが、その様な”厄ネタ”をそもそも……」
うん、そうだね。言いたいことは分かるよ、キング。
でもさ、”俺”も【音の精霊】たちも必死だったんだ。
ただの幼子が、君たちみたいな立派な冒険者を雇う為の対価なんて、普通に考えたら絶対に持ち得ないんだから。
しかし、本当に【クリスタル・キング】のふたりには借りばかりが嵩んでいる現状、何かしらのお返しを考えておかないとなぁ……って。
【呪歌】はそもそも雇用条件のひとつだった訳だし、何か良いもの無いかなぁ? 後で【アイテムボックス】でも漁るとしよう。
で、取りあえずの目的は、キングも俺と同じ”厄ネタ”との評を下した”大空魔竜の鱗”の回収。
これ自体は、特に難しい話なんかこれっぽっちも無い。
もう単純に<光学迷彩>を施した【音の精霊】たちを野営中の爺さまたちの頭の上に突っ込ませ、あとは<女神達の子守歌>を流せばそこで済む話。
改めて考えたら本当にチートだよな、”俺”。最初の頃の苦労が嘘の様だ。
ただ単純な話だけど、その中にもとんでもない難問がいくつかあって、その中のひとつは、
「で、わたしはどうやって、村長の爺さまたちを追い掛ければ良いのかなぁ?」
……っていう、実務レベルの話な訳で。
そもそも”ヴィクトーリア”は、未だ数え5つの幼児でしかない。
幼女の歩幅と、大人の歩幅。そこには絶望的な開きがある訳で。元のコンパスが違う以上、これはもうどうしようもない話で、さらには体力的にも大きな絶望がある。
さらに体力の話になれば、元が幼女の身体だ。当然、お昼寝もするし、就寝時間も早い。多少の我慢もできるが、身体がそれを求めてくる以上、確実に限界がある。でもまぁ、それに関してはクリキンの協力さえあれば、ある程度カバーが効く話でもあるけど。
そして、一番の問題が、
「どうやって、ばぁばたちの眼を誤魔化そうか?」
っていう、これ。
何度もしつこく言うが、”ヴィクトーリア”は、未だ数え5つの幼児でしかない訳で。
行きに半日、帰りに半日。
保護者の眼を盗んで家を一日以上も空けるだなんて、どう考えても不可能だ。
「いっその事、ばぁばたちも眠らせちゃって……」
「いけませぬ、いけませぬ。【呪歌】の眠りは、痛みすら感じぬ死に近い眠りだと聞いたことがあります。その間は……」
あー、そのことかぁ。
「うん。一日中にもなっちゃうと、大人でもお漏らししちゃうだろうね。確実に……」
全てを終わらせ意気揚々と帰宅してみたら、ドアを開けた途端に家の中に充満する、ザ・便臭……うん。いくら【浄化】があったとしても、絶対にご勘弁願いたいシチュだわ。
てゆか、ばぁばたちがおねしょするとか……うん。ちょっと、いや、かなーり考えたくない話だね。
あっ、”わたし”はもう大丈夫だからっ。おねしょなんて、ぜんぜんしないからっ!
……って、何言ってんだって話だが。
そんな訳で”俺”は絶対に動けないので、そうなると頼れるのはクリキンのおふたりだけになる。
「おふたりには、【音の精霊】を5つ付けます。村の存続と、ここに生きる村民たちの生命のためにも、どうかよろしくお願いします」
正直、”俺”にとって開拓村の奴らなんか、どうなろうと知ったこっちゃないのだが。
──でも、”わたし”なら、
『ぜったいに、みんなをたすけたい』
って、そう言うのは分かりきっている。彼女がこの村で生きてきた時間と、”俺”が生きた時間は違うし、ましてや俺の場合、ほぼ”村八分”状態のイメージしかないのだ。この差はどうしよもなくデカい。
だから”俺”は、こうして頭を下げるのだ。俺の代わりになって動いてくれる、優秀な”冒険者”たちに。
「「任され(まし)た」」
ホント、お世辞抜きに頼りになるよ。クリキンのふたりは。
◇◆◇
その後色々と話を詰めるためにも、ってことで。彼らのできること、できないこととか、の”冒険者的に本来なら絶対に訊いてはいけないアレコレ”を色々と穿り返させてもらった。
こちらが雇用者ってことで個々の能力の把握はどうしても必要なのだと、どうか許して欲しい。
「へぇ、クリス魔法を使えるんだ。なんか意外」
「ええ。皆そう言って驚くのですが、わたしとしては、甚だ不本意だと……」
二人組徒党は、単独徒党よりも珍しかったりする。
単独徒党に比べ、ふたりが互いに協力することで出来ることが飛躍的に増え、安全性が増す様に思えるのだが、実際は”調停役”自体が不在のため、妥協点が何処にも見出せず、一度ふたりの間に諍いの火種を燻らせてしまったら、リスクだけを抱える不安定な構成でしかないのが現状だ。
『徒党を組む際、なるだけ奇数構成で組むべし』
だから常々互助会講習でこう言われるのは、まぁ仕方の無い話だろう。
話が逸れた。
「いや、実際彼女は色々と器用ですんで。逆に俺なんか、剣くらいしか取り柄が無いんでいつも申し訳無く……」
二刀で戦う軽戦士の最高峰<剣舞踏士>は、お隣西風王国を中心とした国々の間では”剣聖”にも並ぶ偉大なる称号であり、職業なんだそうで。キングは現在、その号に最も近い剣士だとも云われているんだとか。
へぇ、今まで剣とはほぼ無縁に過ごしてきた”俺”にとって、そこは完全に未知の世界だよ。
剣と呪歌はお互いで。魔法と荷物管理はクリス。外務含む雑用と斥候はキングが担当しているとのこと。
だったら、やっぱり今回の一件は、ふたりとも動くべきだろうなぁ。
ただ、その間の村長の孫どもの対応は、さて。どうするべ?
ああ、いやだいやだ。今あいつらの面を拝んだ瞬間、”俺”は何も考えず、ってゆか、つい条件反射的にぶち殺しちゃいそうだ。
「<継承者>殿、どうか短気だけは起こさぬ様に」
「……ごめん。正直、自信ない」
「でしょうね……」
最悪、<光学迷彩>で居留守を決め込むしか手は無いかなぁって。でも、それならクリキンのふたりに同行するのとほぼ変わらない話。
今朝なんか、あのフニャちん野郎。俺たちの隙を付いてハルトを家に揚げようとして、ばぁばから山猫の威嚇音を食らってやがったしなぁ……ありゃ、もうダメだわ。
「──あっ」
今も<光学迷彩>をかけ開拓村の方々へと飛んでる【音の精霊】たちから、嬉しくない情報が俺の耳に届いた。
……って、あのフニャちん野郎。何考えてやがるっ?!
「ご主人様、どうかなさいましたか?」
「ごめん、今までの話、全部無しで。異常事態過ぎるだろ、これっ!」
「は? 一体なにが……」
参った。あんニャロ、一体何がしてぇんだよ。
村長の爺さまに逆らわないつもりだってンなら、もうずっとそうしてろ。”俺”とばぁば、それにマーマにも迷惑かけンじゃねーよ、馬鹿ちんがっ!
流石にちょっと苛め過ぎたかな? とは、何度も思ったさ。
でも、あれには昔から彼を知る”俺”でも酷く落胆したし、”ヴィクトーリア”を売ったその一件だけでも見捨てるに充分値した出来事だったんだから、仕方がないだろ?
「……じぃじ。村長の爺さまを、殺るつもりらしい。今、その手勢を集めてるんだってさ。しかもそれが全部村長の爺さまに筒抜けになってるっぽい。あんニャロ、ハメられてんのに気付いてねぇっ!」
くそっ、要らんことすんな。オメーは黙って、ずっと針の筵に座ってろ。
今すぐあの馬鹿の元に駆けつけて、拳と共にそう言ってやりたい。
それこそ、力の限り全力で。めいっぱいに音高く。
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