27.ブタが来たりて笛(毒)を吹く。
「しかし、<継承者>殿も実に難儀な御仁ですな」
「わたしだって、好きでこうなった訳じゃないんだけど」
キングがあまりにもしみじみと言うもんだから、律儀に受け答えちまったよ。ちくしょー。
完全に開き直りやがったフニャちん野郎の”弾劾”が半ば不発に終わったその日の夜、狭い我が家のさらに狭い”ヴィクトーリア”の部屋に、細マッチョと極マッチョのふたりも入ってくれば、そりゃあもう寿司詰め状態ってーか、都会の通勤時間帯の満員電車の如く……を、久しぶりに味わえて地球で生きていた頃をちょっとだけ懐かしめたっていう。全然嬉しくなんかなかったんだけど。
”俺”は一家の今後の平穏なる生活のためだったとはいえ、”孫娘”を売りやがった”じぃじ”ことヘンドリクのフニャちん野郎と、
『完全に縁を切ってしまいたいっ!』
そう思っている。
精神世界の奥底に閉じ籠もってしまった”主人格”たるヴィクトーリア本人は、この一連の出来事を知れば、果たしてどう思うのか……は、今は識りようも無いが、それでも、たぶんあの娘はフニャちん野郎の”決定”を、最後は渋々ながら受け入れてしまいそうな気がする。
あの娘は”俺”という外付けの記憶装置が封ぜられていた当時からも、本当に聡い子だった。
自分という存在が、”ふたりの老夫婦の重荷になっている”。それを充分に理解していたのだ。
”母の愛”というものを全く知らぬ子が、それでも真っ直ぐに生きてこられたのもふたりのお陰だったのだと。”俺”の覚醒と共に、改めてそれを強く認識できたと思っていた様だ。彼女の記憶が、今も”俺”にそう言ってくる。
そのせいなのか。
────だからこそ、”わたし”は、”じぃじ”たちを絶対に裏切れない。
うえぇ。本当にヴィクトーリアならそう言っちゃいそうだ。
俺の中に在る”ヴィクトーリアエミュレータ”の解像度が低いことを祈るぜ、マジで。
しかし、たった4年程度の積み重ねなんかで、お前さんはこれからの”人生”を捧げられるというのか……?
”俺”は絶対に無理だね。
追い詰められたら、人は必ず裏切るモンなんだって、”俺”は経験則として散々思い知らされてきてんだから。今までの人生と引き替えに。
だから、クリスの「今すぐこの村を出ませんか?」っていう提案に、即座に飛び付きそうになっちゃったんだし……
なのに、やっぱどこか”ヴィクトーリア”の人格に引っ張られているのか、”俺”はどうしても彼女の言葉に頷くことが出来なかったんだよなぁ。
『でも、”ばぁば”は?』
って、心の奥底から響いてきたそんな言葉に引き止められちゃった。
本音は、今すぐにでも逃げ出したい。
そうすれば、”マーマ”やら、”村長の爺さま”やら、”そのふたりの孫”のことやら……面倒臭い諸々を忘れられるのだから。
でも、そこで引っかかるのが……って話。すでに半分は”呪い”になっちゃってるのかも知れないけど。
そのことを【クリスタル・キング】のふたりに正直に話してみたら、冒頭のキングの述懐に近い発言に繋がった、と。
まぁ、”俺”が”歌祖”シング=ソングの生まれ変わりだー。とか、”伝説の<歌手>”のパパってのは、実は俺の前世でしたー。とか、そこまで全部正直に話してはいないけど、ヴィクトーリアが彼らの技術の全てを受け継いでいる正しい意味で<継承者>なのだという設定で、彼女自身の事情は伝えてある。
そうしないと、【音の精霊】たちとか、色々とヤバい神話級の武具の数々とか、”竜の鱗”とかの説明ができんかった訳だし。やむなし、だ。
……まぁ、一応は一つも嘘を言ってはいないので、後にもし彼らが真実を知る日が来た時は、できればどうか許してやって欲しい。とは言っておきたいのだが。
今後の方針として、”俺”から彼らにお願いしたのが、
・どちらか片方は、”わたし”と”ばぁば”の側に付き、なるだけひとりの時間を作らせないこと。
・フニャちん野郎に関しては今後”獅子身中の虫”として扱い、挨拶以外の言動一切に対し徹底無視を貫くこと。
・村長の爺さま及びふたりの孫は、できる限り傷付けない様に対処すること。ただし護衛対象、自身のどちらかに生命に危険が及びそうな場合は、その限りではない。
・村人に対しては、あちら側から手を出してこない限り、なるだけ我慢をして欲しい。あくまで自分たちが我慢できる範囲でのなるだけで。
……なんか、並べてみたらスッゲ面倒臭いことばっかり言ってる様な気がしてきて、申し訳なくなってきた。
両手を後ろで縛った上で、
『それで25m泳いでこい!』
……みたいな。そんな理不尽な奴を。
ってなことを、微妙な恥ずかしさを感じつつ苦笑いしながらふたりに打ち明けてみたら。
「え? できるよ、そのくらい」
と、逆に笑われてしまったよ。
てか、どこまで善人なんだよ、お前らは……
◇◆◇
クリキン(略)のふたりのお陰で、早朝の畑仕事も楽で良い。
キングは一個一個の仕事が丁寧だし、クリスは見た目通りのパワフルで力仕事をやらせたら本当にはやい。農民の真似事をさせてしまって申し訳ないけど、このままずっと居て欲しいくらいだ。
絶賛”村八分”を食らっている最中の我が家の中で、更に”家八分”を食らってしまったフニャちん野郎は、今や完全に戦力外。てゆか、三行半を突きつけられなかっただけ、まだ温情があったと思え、この馬鹿ちんが。
逆に少しでも手を出そうものなら、ばぁばから山猫もかくやの威嚇音が飛ぶ。
水でも被って反省してろ。ほれ、今なら丁度(時価総額)金貨2万枚のポンプが空いてやがるぜ?
……いや、やっぱお前触んな。てか、絶対に何もすんな。それ持ってトンズラでもされたら適わんし。
なんて。思ってはいても、絶対口にしないけど。ヴィクトーリアちゃんは、そんな品の無いことなんか言いませんので。
しかし、人の信用なんてのは、崩れるのは本当に一瞬なんだなって、アイツを見て熟々思うよ。てか、助けを求める様に瞳をこっちに向けんなっ!
仮に”わたし”が赦したとしても、”俺”は絶対テメーを赦さねぇんだからな。軽蔑という名の”針の筵”の上でずっと悶えてろ。
これが終わったら、おいしくない上にどこか微妙に雑巾臭のする雑穀パンが待ってるぜ……テンション上がらないなぁ、本当に。
今度、我が家の料理界に革命起こしちゃおうかなぁ。クリキンのふたりなんて丁度良い身代わりが今いる訳だしさ。
────ああ、思い出すぜ。しっかりイースト発酵させ良く練った小麦粉とバターをタップリと入れた生地から丁寧に焼き上げた、ジャムや追いバターすら要らぬ、小麦薫る焼きたての白パンの味を。
「おいっ!」
そんな幸せたっぷりな”妄想時間”を唐突に邪魔する濁声のせいで、嫌が応にも現実へと引き戻されてしまった。
あいつの声を耳にするだけで、寒イボが出て来るとか。これはもう”末期”だな、マジで。
「あのぉ、どちら様でしょうか?」
「なんだ、きさまは。オレを知らんというのか? どこの田舎者だっ?!」
おい待て、ブタ……いや、合ってるケド違う……ハルト。ここ以上のド田舎なんかまず無いレベルで大絶賛の”田舎”だよ、ウチの村は。
「へぇ、すみませんね。此方は帝国の方から来た田舎者なんで、モノを知らないんですわ」
キングひでぇ。”帝国”と言えば、この周辺の中で一番歴史が古く、また栄えている国だ。そこから来た”田舎者”とは……皮肉が効き過ぎるねぇ。
「ふんっ、本当に田舎者なんだなっ!」
……問題は、自分こそが世界の中心で、モノを一切知らぬブタには、その皮肉が全然通用しないってことなんだけど。
「……へぇ。それはもう良いんですがね、その田舎者にも判る様に教えていただけやせんか? 都会人のご用件ってのを」
キング、馬鹿に何言っても無駄だよ、諦めな……俺はすでに”奴”と会話することなんか完全に諦めてるんだから、さ。
「ふんっ! 未来の夫が、”妻”に会い来たのだ。それの何が悪いというのだっ!? はやく我が妻、ヴィクトーリアを呼んでこんかっ!!」
……うへぇ。だからって、翌朝に早速かよ。
如何にも浮ついた感じのニヤけたいやらしい顔が、心底キモい。元来の醜い容姿と相まって、今すぐ殺して視界から消し去ってしまいたくなるほどの圧倒的不快感に、全身くまなく鳥肌が立っちゃったよ。
フニャちん野郎をキッと睨み付けてやると、あんニャロめ、さっと視線を避けやがった。
……ああ、くそ。何もかもブチ壊してやりてぇ……
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