26.弾劾裁判。
いやぁ、ホント参った。
まさかヘンドリクのフニャちん野郎が、あんなことをしでかしやがるとかさぁ……そんなの全然聞いてねぇよ、って。
”大空魔竜の鱗”を村長の爺さまに差し出した際に、
『どうか今までのことは、これで全て水に流してくれんか?』
……だってさ。
どうやら”俺”は、我が身可愛さの末に、あの人を追い込み過ぎてしまっていたのかも知れない。
開拓村の治安と防衛を担う集団の”頭”でもあるあの人の立場からいえば、文字通り村のトップである村長の爺さまと対立するのは、体面上、実務上ともに非常によろしくないのは確かだ。そこは理解できる。
でもさ、だからと言っていくらなんでも、さすがにこれは無いんじゃないかなぁ?
ってことで、当然このことも含め、色々と徹底追求せねばならないだろうと、我が家初の”弾劾裁判”が開かれることになった次第で。
────まさか、”俺”の”念には念を入れての策”がこんな形で活かされるなんて、俺自身これっぽっちも思ってもみなかったよ。
『転ばぬ先の杖』とでも言えば良いのか……そもそも小細工を弄しすぎたが故の『策士策に溺れる』の結果の末だったと、うしろ指を指される格好になるのか……それについての反省会を開くタイミングは、取りあえず今じゃないはずだろう。
お金持ちのオーディオマニア一家のリビング中央にデンと鎮座していそうな、いかにも重厚で最低何百万何千万円単位もしちゃうだろう大型スピーカーの見た目をした”セントラル”から、フニャちん野郎(もう二度と名前すら呼んでやらん、こんな奴!)と、村長の爺さまの”あの時”に取り交わされた会話の一部始終が、リビングなどと呼ぶにはあまりに粗末で、猫の額よりも遙かに狭い我が家の土間兼食堂に流れた。
縦にも横にもデカい”筋肉の砦”クリスのせいで、体感の狭さと暑苦しさはマシマシだよ。
当然の話だけど、こいつら【音の精霊】については、”クリスが所有する魔導具”という設定で押し通しました。
で。最近になって初めて教えて貰えたことなんだけど、【音の精霊】たちは仲間内の誰かが聞いた音の記憶の全てを共有し、それをいつでもどこでも忠実に再生ができるという便利過ぎる能力があるそうで。
最初は俺の【呪歌】を”重奏”という形で支援する程度の単純な能力だったものが、いつの間にかとんでもない方向に性能が拡張され、進化していたのだ。かなりしっかりとした”自我”だけでなく、各自変な方向へとカッ飛びつつある”個性”まで持ち始めちゃってるし。
そして今では<本と知識の女神>の別側面である<魔法と自然法則の女神>に植え付けられた後付けのスキル【魔術の才】によって、俺と同等の”俺魔術”が、各々使えてしまうのだ。
それこそ、<光学迷彩>も併用すれば、盗聴なんてお手の物。さらにそれらが全て録音・再生・編集までも容易となれば、他人の弱味なんか握り放題だっていう。我ながらエグい奴らを味方にしちゃったなぁって話。
いや、そりゃ俺だって最初はチート能力を望んだよ?
でも、この方向のチートはちょっと、ねぇ? こんなの使ったら、なんか人格歪んできそうだわ。
”俺”はすでに手遅れだと思うけど、できれば”ヴィクトーリア”には使わせたくないし、こんな活用法なんか最初から教えたくもないわ。
でも”俺”がこれを認識しちゃった時点で、時すでに時間切れ。もう遅いって奴なんだけどさ。
別人格の間でも記憶を完全に共有しているってこういう時本当に不便よな。誰か”俺”の頭を良い感じに殴ってこの記憶に関する箇所だけを消し去ってくれんかなぁ、って。
いかんいかん。幼児の頭を殴るだなんて、そんな発想自体持っちゃダメな奴だったわ。
……しかし、どうしても現実逃避したくなっちゃうなぁ。
このことに関して、ぜひ”ばぁば”には徹底して追求してもらいたい。俺の口からは、とてもとても……
セントラルが全ての再生を終えたと同時に、狭い我が家で一斉に深い溜息が零れる。
特にばぁばなんかは、今にもフニャちん野郎の首を絞めそうなヤバい雰囲気まで漂わせてる。無駄に察しの良いキングが、それとなくふたりの間に移動しているのが、ホントもうね。
「冒険者のお二人には、なんとお詫びを申し上げればよいのか……ウチのバカが、勝手にあなたたちの財産を……」
ばぁばが疲れ果てた顔で、ふたりに深々と頭を下げる。その対面でフニャちん野郎はずっと俯いたままだ。
……まぁ、そうだよね。こちらは真っ先にそこを謝罪せねばならないよね、普通なら。
いくら”俺”の語りだったとはいえ、一応名目上はヴィクトーリアが自身と一家の護衛として雇った彼ら【クリスタル・キング】への”報酬”って話だったんだからさぁ。
まさか、その護衛対象の内の一人がその”報酬”だったはずの”竜の鱗”を、村の防衛問題にも発展するからと、証拠品として村長に見せて一度対策を練りたい……そういう話で預けてくれと言ってた癖に、いざ蓋を開けてみたら所有者の許可の一切も得ず、そのまま本人の目の前で勝手にソレを賄賂に使いやがったんだから。
どんだけ面の皮が厚いんだよって話。
確かにライフラインの根幹をいきなり断たれてしまった我が家のことを考えれば頭を下げつつ”袖の下”をやるってのは、常套手段だからこそ一番効果的な方法でもあるだろう。
けど、何故孫娘の面子を徹底的に潰す方法で、それをやるかなぁって。そもそもそれ、他人の”財産”なんだよ? そりゃあ、ばぁばでなくともあまりの情けなさに深い溜息を吐くしかねぇよ。
まぁ、もうそこに関しては、
『皆貧乏が悪いんだっ!』
なんて、あまりにも情けない開き直り方しやがったもんだから、一瞬で皆黙っちゃったよ。
もういいや。こんな奴、二度と”じぃじ”なんて呼んでやらん!
”竜の鱗”については、”わたし”がもう一枚同じのをまだ持っていた。という都合の良すぎたことにして、一応はその場を収めはしたが”弾劾”の本番はこれから。
村長の爺さまは、”袖の下”大好きな欲深き小物だ。そこはまず間違い無い。
だが、そこのフニャちん野郎は、その程度を、完全に読み違えた。
アイツは、底なしに欲深かった。少しでもこちらが譲歩をしたら、譲歩した分だけ踏み込んできてつけ上がるっていう、そんなクズだったのだ。
その決定的な証拠が、今さっきセントラルが猫の額の中央で、大音量で”再生”してみせた村長との会話の一部始終。
「……わたし、ぜったいに、しんでもイヤだからっ!」
如何に”ふたりの老夫婦”のことをこころの底から大好きだと想っている”ヴィクトーリア”であっても、必ずこの反応をしたのは間違い無いと、”俺”は確信を持って言えるね。
だってさ。
『”竜の鱗”はこの前の”慰謝料”を含む”治療費”として受け取っておこう。だが、この程度で全ては赦してやれんな。完全に赦してほしくば、お前の孫ヴィクトーリアを、我が孫ベルンハルトの”許嫁”として差し出せ!』
なんて、そんな村長の爺さまの無体な言葉に、このクソバカフニャちん野郎、即座に頷きやがったってんだもん!
「……ご主人さま、今すぐこの村を出ませんか?」
────うん。クリスのその提案、今の”俺”にはめちゃくちゃ魅力的に聞こえちゃうよ。
”ばぁば”がいなかったら、”わたし”でも即頷いてただろうね。絶対に。
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