25.予想の斜め下。そこからさらに下を潜ってくるとか、
さて、村長の爺さまのところに”俺”は行かない。
そう言いはしたけど、でも、だからと言って、”俺”は全てをクリスに託した訳でもない。
当然、色々と策も講じている訳で。
その中のひとつの”策”だった【音の精霊】のソラが、ふたりが家を出てしばらく経った頃、念話で俺にこう伝えてきたんだ。
『お前の爺さん、どうやらお前さんが冒険者を勝手に雇ったことが気に入らなかったらしいぞ?』
……え? どゆこと??
ソラが言うには、ヘンドリクおじさんは当初、村長の爺さまの家に行く道すがら、クリスに向かって、
『何も言わず、このまま村を出て行ってくれんか?』
と、言ってきたそうで。
”平和な開拓村に、冒険者がいる”。たったその一点だけで、村に要らぬ諍いと混乱が起こる可能性がある。村の治安を安堵せねばならぬ身としてそれは困る……んだってさ。まぁ、随分と偏見と願望に満ちたご意見ですこと。
”俺”の中のヘンドリクおじさんの株が、お陰様をもちまして連日……どころかその日にあった数々の出来事だけでここまで一気に急降下だから、毎時ストップ安というべきか……を絶賛更新中。正直もう”おじさん”の敬称すら付けたくねぇレベルにまで達したよ。
我が家を取り巻く”現状”を正しく認識していれば、そもそもそんな言葉なんか、絶対に出ないはず……そう思っていたのは、もしかして”俺”だけだったとか?
少なくとも、先日(一方的に)行われた村長の爺さまとのやりとりひとつ取っても、もう”生命の危険”すら感じていなきゃダメな状況のハズなんだけどなぁ。こちらは初手で”新鮮な水”という、ライフラインの根幹を断たれたというのに。
さらには無抵抗の幼児にすら、本気で手を出してきたんだぞ!
でも、ソラのその報告で何となく得心いったのも、また事実で。
”報酬”たる”竜の鱗”自体、手元から無くなってしまえば、もう彼ら【クリスタル・キング】がこの開拓村に居座る理由そのものが、完全に無くなってしまうのだから。
……でも、それって考えてみたらさ、仕事の機会と報酬を失ってしまった形になる”彼らからの報復”とか、まずそこを普通心配しないモンかね?
変なところで、ファが練ったシナリオ「彼らは底抜けにお人好しなんだよ?」っていう印象操作が、バッチリと効きすぎちゃった……ってこと、なのかなぁ、これ?
────「策士、策に溺れる」って、正にこういうことなのかも知れない。
でも、ヘンドリク(もう今日だけは、絶対おじさんも付けない。付けたくない)が、最初からそういうつもりでいるのなら、こちらも無理にこの策だけに固執しても仕方がない……よなぁ。
それでも正直に言えば、今後起こり得るだろう”一家全体の危険”への対処の一手に、彼ら【クリスタル・キング】を、据えておきたかったんだけど。
──ソラ、クリスに伝達。
『【呪歌】はあとでちゃんと教えますから、お爺さんの申し出を受け入れて、一度村を出る方向……で、考えていて下さい』
って。
でも、まだ会って間無しではあるけど、クリスティンは無理をしてでも残ろうと模索するだろうなぁ……彼女との会話の端々を思い返してみれば、”困っている人は絶対に見捨てられない”。そんな損な性格してそうだもん。
で、王 泰雄もきっと、恐らくは同じ様な人。
彼らの信用を得る為に。とはいえ、”ヴィクトーリア”の村での立ち位置を全て正直に伝えてしまったのが、ここにきて逆に仇になってしまっている様な気がする。彼らは絶対にヴィクトーリアを見捨てないだろう。
何となくだけど、嫌な予感と共に、どうしてもそんな気がしてならないのだ。
まぁ、ヘンドリクも今すぐの返答を求めてこなかったみたいだから、「相方と相談するよ」ってことでクリスに返してもらった訳だけど。
嫌な予感と云えば、”わたし”の目の前で無様過ぎる醜態を晒した格好になっちゃったふたりの孫の中でも、ベルンハルトなんかは、これからは特にヤバい気がする。
『全てのおんなは、必ず俺の前にひざまずかねばならぬっ!』
……なんて、あまりに独特な感性と、変な方向に凝り固まった世界観をお持ちになる”異常思想の持ち主”だし。
そんな極まりまくった”異常者”に目を付けられてしまった憐れな美幼女は、本当にどこまでも不幸だ。
で。そんなのが、ばぁばの剣幕にビビってお漏らししたのを周りに見られて、関係者全員を悉く逆恨みしてるんじゃないかなぁ、って。
アイツが帰り際に見せた猛烈な殺意を含んだ眼のギラつきは本当に、なんて言うか……今思い返してみても、とにかく色々とヤバかった。
こんな時、自分の学と語彙の無さには心底ウンザリしてしまうんだけどさ。
そして、彼奴が数え11という、ハンパに知恵を付けただろう微妙な年齢だからこそ、余計に対処に困る。
常にひもじい思いをする人間たちが当たり前に暮らす貧しいこの開拓村の中で、唯一首が見えなくなるレベルでひとりブクブクと肥え太っているってその事実ひとつだけで、アレが村長の爺さまから徹底的に甘やかされまくっている良い証拠とも云える訳で。
そんな人間が、村長の爺さまが持つ権力の限界まで我が儘を言い募れば、さてどうなるか? って話。
実際、現在進行系で我が家が直面している”八ではなく村全分”状態なんかは、正にその好例だと言えるだろうし、更に言ってしまえば”ヴィクトーリア”が一度死にかけたあの一件だけでも、充分過ぎるだろうって話。
逆説にはなっちゃうんだけど、もしかしたら彼奴は今その限界値を量っているつもり、なのかも知れない。
最悪、あの時同席した護衛のお兄さんたちが、今後どうなるか?
それ如何によっては、本当に身の護りを真剣に考えなきゃいけない気がする。”ヴィクトーリア”の経験則も、ずっとそう言ってるし。
なので、本音を言えば彼ら【クリスタル・キング】が”俺”のすぐ側にいてくれなきゃ、”安全保障”という一点だけでも色々と困る訳で。少なくとも一朝一夕では、この幼女の肉体ひとつで切り抜けられる様になれるとは到底……
まぁ、だがそれでも、どう考えても”大空魔竜の鱗”が村長の爺さまの手に渡ってしまうよりか、そっちの方がよっぽど”マシ”だわ。アレは後に絶対”厄災”を呼び込む。災は災でも”人災”に属する類いの、我々”庶民”にはどうしよもない奴の、な。
だから、そのことも充分に考慮した上で、ソラから彼女へと伝えて貰った訳────なのだが。
『お前の爺さん、やっぱダメだわっ! あいつ、”竜の鱗”をそのまま村長の爺さまに手渡しやがったぞ!!』
うへぇ、マジかよっ!?
”最悪”は”最悪”でも、その中で一番の”最低”な、全く想定外の特殊ルートへ勝手に突入してしまいました。
────くそっ。やってくれたな、ヘンドリクのフニャちん野郎っ!
てゆか、【クリスタル・キング】と”俺”との契約の”円満解消”を模索してたんなら、何も言わず”報酬”をそのまま彼らに手渡すもんだろが、普通っ!
何をどうやったらそんな状況になるんだ。全然わけわかんねぇよ、もう。
マジで、これからどうしよう……?
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