21.”伝説”の継承者
『俺氏、知らぬ間に伝説となっていた件。』
うん、これだけで一本のタイトルにできちゃうよね。単行本一冊分くらいのちょっとした奴はイケそうかな、ラノベの。
……なんてさ。
あまりに強烈過ぎたその”衝撃”に、思わず現実逃避しちまったぜ。
「あの、つかぬことをお訊きしますが……」
だから、彼女に直接訊いてみたよ。
”伝説”と素直に考えてみるなら、十中八九、<歌手>の祖であり、前々世の”俺”でもある、シング=ソングのことだとは思うけど。
ちなみに偽名なのは内緒な?
こういうのは、それっぽく名乗ってしまった方が良いかなって。偽名の登録が簡単に通っちゃうんだから、冒険者互助会って組織は、本当にザルだな。
で。シングは、ヴィクトーリアが今数え5つだから、えーっと……だいたい今から百三十年くらい前か……に、当時未発表だった【呪歌】の権利と、<歌手>の地位独占を目論んだ5人の弟子たちの手で殺されたはず。
そのせいでヨハネスの時に、数々の【呪歌】が失伝していただけでなく、そもそも<歌手>という職業の存在すらほぼ忘れ去られていたのには、本当に愕然とした。
────まさか”あいつら”が後世に何も残しもしなかったとか。流石に思ってなかったよ。
”シング”として生きてきた時間を全否定されてしまった様な、本当にすごく嫌な気分だ。
森の人基準で考えてみたら百三十年なんて、当時赤ん坊だった子がギリギリ成人扱いになるかな? ってくらいの年月でしかないってのにさ。これが人間種の間になると、半ば与太話的な”伝説”扱いにまで化けちまうんだから。本当に巫山戯た話だよ、全くさぁ。
後世のことを真剣に考えてたなら、せめてひとりくらいは亜人を弟子にしとくべきだったな……
って、今更だし、無理な話か。
当時の”森の人”も、”大地の人”も、この世界に無かった”俺”お手製ギターとかの各種楽器やら【音の精霊】たちにはすごい食いつきをみせたが、【呪歌】に関してだけは、何故だかさっぱりだったモンなぁ。
そりゃあ、”雅楽の女神さま”も知らぬ間に名を失って、消滅寸前になっていても全然おかしくないよなって。心底思い知らされたのだ。
……いかん。話が思いっきり逸れてる。
「ああ、まだ幼いキミが知らなくても無理はない。古い話だからな……」
彼女、クリスティン=リーって、名字持ちかよ……が言うには、やはり前々世の”俺”シング=ソングの当時、爆発的に広まった【呪歌】という特殊技能と、新しい楽器の数々が”失伝”してしまったことを惜しむ人々が、今も少数いるそうで。
失ってしまった【呪歌】の断片を探し集め、それを実際に”再生”し操る人達のことを、今では<歌手>と呼ぶのだとか。
当時の”原初”よりか効果の劣るモノも多いが、ただの偶然か、はたまた”再現”した者が”天才”だったのか、優れた【呪歌】も中にはあるそうで。
でも、数々の”噂未満”の伝承からも、未だ失伝したままとなっている数々の【呪歌】の存在が確認できる、と。
「……その様な中で、最近になって”デルラント王国”に本物が、”歌祖”シングさま同様に複数の【音の精霊】を従えた冒険者が……【伝説の<歌手>】が居るのだとの噂を聞いて、ね?」
「そうそう。元々俺達の”ホーム”は、ゴールマン帝国よりさらに東にある小国群だったってのにさ。お陰でここまで来るのに、二年近くも掛かってしまったよ」
うへぇ、この周辺で一番広い国土を持つ”帝国”を横断してくるとか。そりゃあ時間がかかっても仕方のない話だ。
ってか、クリスティンさんの話からするに、その伝説さんは”俺”のことっぽい……なんだか知らぬ間に”歌祖”なんてご大層な呼び名が付いていやがる”シング”も、同じ”俺”っちゃ”俺”なんだが、それを細々と言及しだしたら無駄にややこしいだけなので、まぁ……
「それ、たぶん、わたしの”パパ”、です……」
遺伝子的にはな。
を、大きく太い括弧付きで表現しなくちゃ、な話だけど。まぁ、これに関しては、残念ながら事実なんだから仕方がない。てゆか、さすがに……
『本人です。サーセン』
なんて。そんなの言える訳なんかないよねって話で。
しかし、俺個人だけならば、確かにギルド内では上位扱いだったとはいえ、所詮はC級の冒険者の有象無象の内のひとりでしかなかった。なのに、それが知らぬ間に噂になってて他国にまで……なんて、一体誰が想像つくよ? って話。
しかも、そんな頼りない噂だけを鵜呑みにして、わざわざ国を跨いでまで訊ねてくるとか。
すごいよね、人間の”行動力”ってさ。
でもまぁ、さすがに。
そんなあやふやな噂だけで、こんな辺境の、しかも国境付近の、さらには魔物が多く棲息する森の奥底でコソコソしていた”わたし”と、それを探す冒険者たちとが鉢合わせるなんて、そんな”偶然”。どう考えてもあり得ない。
────”運命の神”を思いっきり殴らなきゃならない理由、また増えちゃったな。力の限り全力で、めいっぱいに音高く。
まぁ、でもクリスティンさん……ああ、クソ面倒だ。この際もう”クリス”でいいか……の話を聴く感じ、
『……これは、イケるのでは?』
と思えてきた。
「……やはり。では、不躾なお願いになってしまうが、キミの”お父さん”に、会わせてはもらえないだろうか?」
まぁ、そうなるよね。クリスと……そういや、もうひとりの男性の名前はまだ訊いてなかったな。少なくとも、見た感じは地球で云う東洋人っぽい顔立ちだけど。こっちでもあるのかな? 日本的な国とか。
チラっとだけ、男性の方を見てみる。ほれ、貴様も名を名乗れ。
「ああ、俺の名は王 泰雄。俺の故郷では、姓が最初に来る。だから”ワン”が名字だな。ここいらだと”王様”の意味になるとも聞く。なので俺のことはぜひ”キング”と呼んでくれ!」
キングさんは日本的というより、中華的なひとでした。てか、コイツも名字持ちかよ、面倒臭ぇな。まぁ、なんとなくソレっぽい見た目と服装だったし、そこだけは妙に納得。できれば今度はそちら側の国に生まれてみたいもんだよ。
「ごめんなさい。”パパ”は、わたしが生まれる前には、もう……」
さて。ここまでは正直に真実を話したが……ここからはどうしよう?
「……そうか、そうだよな。いや、しかしっ……」
クリスが何か言いたそうにしているけど、それに応じてやるべきか、やらないべきか。
「わたしの”パパ”が、貴方がたの云う【伝説の<歌手>】なのかは、わたしには分かりません。ですが、たぶん貴方がたが求めている【呪歌】の数々は、わたしと【音の精霊】たちとで、お教えすることはできると思います……」
「やはり。思った通り、幼子であってもキミは立派な<継承者>なんだねっ! ツイてるぞ、俺たちっ!!」
「ああ! 積年の悲願が、ようやく……」
継承者というか……創造主本人ですが、なにか?
……さて。今は消えてしまっただろう、数々の【呪歌】の”伝承”で、どれだけ彼らの時間を買うことができるかな……?
ああ。俺、この手の交渉事が、本当に苦手なんだけどなぁ。
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