20.特殊個体討伐。
ああ、もう……なんか、面倒くさいことになっちゃったなぁ……
────死ななかっただけ、めっけモンだろ?
確かにその通りなんだけどさ、魔猪の特殊個体を”なんとか”した後、お前なら彼らにどう説明する?
・適当に誤魔化す……どうやって?
・正直に全部話す……彼らをどこまで信用できるか? てゆか、そもそもこんな”与太話”。端から信じて貰えると思ってンの?
……ってぇ話。
でもまぁ、少なくとも彼らの戦いぶりを見る限り、かなりの技量を持った”高ランクの冒険者”なんだとは思う。確実に【風の翼】の面々なんか片手であしらえるくらいには、彼らは強い。
いくら【呪歌】の影響のせいで鈍化しているとはいえ、あの突進の”圧力”をものともせず、最低限の、文字通りの紙一重で躱したと同時に繰り出される鋭い一撃……いや、連撃か。遠目で見ているハズの”俺”の眼にも、アレが何連撃なのかさっぱりだ。あまりにも速すぎる。
……ただ、ふたりとも、技量と装備が全然釣り合っていない感じが、すごいするんだけど。
あんななまくらじゃ傷ひとつ付けられるか……どう見てもアレは数打ちの、しかも見習いが打った奴くさいし。
颯爽と現れた時、一瞬カッコイイ!
……なんて思っちゃった自分の眼の節穴っぷりがホント悲しい。これがいわゆる”吊り橋効果”って奴なんだと思う/思いたい/思わせて。
まぁ、目にも留まらぬスピードであの粗悪品を何度もぶつけているってのに、未だ得物の方が音を上げないんだから、それだけで充分彼は並外れた技量の持ち主なんだと窺い知れる訳だけど。あと、二刀使いってのも珍しい。前世、前々世の頃を合わせても、片手の指で足りるくらいしか見たことねぇぞ。
『……どうする?』
と、念話でシド。
ああ、<死神達の葬送曲>のことか。構わない、詠唱継続で。
たぶん、あのお兄さんたちの持つ”得物”じゃ、どう頑張ったって奴には傷ひとつ付けらんねーわ。その隣の大女も、色々とお構いなしにデカい武器を振り回しちゃあいるが、あれも正直まともにダメージが通ってるのかすら疑わしい。
要所、要所で、的確に奴の足止めができているだけに、彼女の技量もまた凄まじいものがあるのだろうが……やはり、どう考えても相手が悪すぎる。
鬼人や豚人辺りなら、あの重そうな一撃だけでどこに当てても確実に即死だろうに。たぶん上位個体にでも、あれなら通用しちゃいそう、なのに。
てゆか、そもそも魔猪の特殊個体相手に、普通の武器で挑みかかっている時点で、無茶で無謀なんだろうね。
……逆を言ってしまえば、いきなりそんな危険極まりないのを連れてきて、か弱く儚げで可憐な幼女に嗾けやがった【音の精霊】たちのあたまがおかしいだけだって、ね……本当にね。
だから、アレを倒すとなれば、もう【呪歌】<死神達の葬送曲>の一択しか、こちらには手段が残されていない訳で。
本来ならこの【呪歌】は、あまりに危険過ぎるから、他人に存在自体を絶対に知られたくなかったのだが────
神様すらも殺せるって”運命の神”からも太鼓判を捺される程度には物騒な奴だし。
……しかし、
こんな見ず知らずの幼女のことなんか放っておいて、あとで街の互助会にでも「”特殊個体”出現!」の報告だけすれば、難なく銀貨の4、5枚は余分にゲットできたろうに。この国でそれだけあれば、わりと良い宿屋の一泊に朝夕の食事付きで快適に過ごせたってのにさ。
自分たちの危険も顧みずに、本当に。
だから、このふたりは。
きっと、底抜けに『いいひと』なんだろうね。
ただ、”この世界”では、確実に”早死に”か”犬死に”するだけっていう方の。他人に利用されるだけの、いいひと。
ほら、ドレミ。ぼーっと見てないで、あのふたりに<無敵の突撃歌>だ。
「支援しますっ!」
【呪歌】の効果が現れ、特殊個体が沈むだろう残り2分弱。それまでは”俺達”の手で、全力で彼らの”支援”をするぞ────
◇◆◇
「いや、あっはっは。そうだった、そうだった。模擬戦用のなまくらしか今は持ってないってのに、ついつい飛び出しちゃってたよ」
「……無事で良かった。こどもは国の、世界の”宝”だから」
轟音と共に崩れ落ちた”奴”の骸には目もくれず、すぐさまヴィクトーリアの側まで駆け寄ってきてその無事を確認してきたふたりの、そのあまりの善人っぷりには、さすがの”俺”も戸惑いを隠せなかった。
「ありがとうございます。助かりました」
こんなひとも、世の中にはいるんだね。
身内の裏切りが当たり前だった”俺”にとって、これはあまりに新鮮で、あまりに衝撃だった。
それでも。
そんなふたりにだからこそ、”俺”は、ちゃんとした境界を設定しなければならないと思う。
【音の精霊】たちと、【呪歌】の存在を知られてしまった。これに関しては、正直に全部話すしかないだろう。誤魔化したところで事態は好転しないし、彼らには不信感を抱かせたくはない。何故だかは分からないけど、それはまず大前提。
そして、何故こどもの”わたし”がひとり森の奥底にいたのかも、その経緯を含め正直に話してしまおう。てゆか、普通に考えて誰も信用なんかしてくれない可能性の方が大きいんだけど、これについては諦める。信じてもらえないならそれまでだ。
そして、ふたりは徒党を組んで行動している”冒険者”らしい。だったら、彼らを”雇う”のもひとつの手ではなかろうか? 村での現状を考えると、”わたし”も、ふたりの老夫婦も、今後身を護る術が絶対に必要になると思うから。
────それで、報酬は?
一番の問題は、そこなんだよなぁ。
「”冒険者”の流儀のひとつに、”他人の詮索をしてはならない。”ってのがあるのだが、まぁ、なんだ。そのぉ……」
ああ、彼の言いたいことは分かる。だって普通に考えたらさ、凡そ生物の概念に盛大に唾を吐きかけて、世の神様全員に喧嘩を大安売りした見た目を持つ【音の精霊】たちのことは、どうしても気になっちゃうよね……かのカスペル卿も、これを魔導具か何かの一種だとずっと勘違いしてた訳だし。その誤解が”俺”の死因へと繋がっていった訳だし。
「ええ。この子たちは、わたしを守ってくれている【音の精霊】。この子たちの持つ”権能”のお陰で、貴方がたが助けにきてくださるまで、わたしはなんとか生き延びることができたのです」
まぁ、そもそもこいつらのせいで、”俺”の生命が脅かされる事態に陥ったんだがな。おまえら、あとで説教だかんな?
絶対に抗議は受け付けねぇぞ、コンチキショー。せめて魔猪は魔猪でも、普通の個体を最初に持って来やがれってンだ、バーロー。
「待て。【音の精霊】だと? まさか、キミみたいな小さなこどもが、【伝説の<歌手>】だとでもいうのか? だが、確かにアレはあたしの知らない【呪歌】だった。ずっとあたしらが探し求めていたのは、この子なのか……」
「……はいぃ?」
ってーか、”俺”氏、知らぬ間に伝説となっていた件。
どゆこと??
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