2.人生とは、後悔だけの連続だ。
「さぁ、ヨハネス。貴君のおかげで、我々は”大空魔竜”討伐という大いなる偉業を成し遂げる事ができたのだ。ほれ、遠慮なんぞする必要は無い、今夜は無礼講だ。盛大に飲み食いしてくれたまえ」
はぁ……ホント俺ってば、何処で選択を間違ったのかねぇ……?
木の椀に注がれた、いかにも美味そうな湯気を漂わせている汁物をじっと見つめながら、俺は自身を取り巻く状況と、そこに至った経緯を思い返し、半ば無意識に深い溜息を吐いていた。
椀から立ち上る湯気は、野営作業で冷えてしまった身体を芯から温めてくれるだろう事は、もう間違い無い。
山の幸の恵みを、それこそふんだんに使われているこの汁物は、特に小さい頃からの俺の好物の一つでもあるのだ。
……だけれど、その中に含まれる成分には、途轍もなく獰猛で悪辣な”罠”が潜んでいるのは明白でもあるのだが。
俺の持つ【ギフト】の一つでもある【鑑定】は、こういった野営時なんかでは特に重宝するありがたいものだ。
特にキノコ類の中には、少しでも口にすると命すら失う事もある危険な毒を持つ種類もあると聞く。
長年、その様な毒持つ危険なモノを仕分けしてきたベテランでさえ、時には判断に迷う見分けの難しい種もあるのだとか。
だが、俺の持つ【ギフト】なら、それすらをも確実に回避できるのだから、本当に有り難い。
てか、もうこれ【鑑定】なんかしなくても、お前等の態度でバレバレだっつーの……隠してる意味全く無くね?
お前ら、本当に馬鹿だろ?
絶対、馬鹿だよな?
椀を持つ俺の一挙一動。
それこそ、俺の少しの変化も見逃すまい。と、周りの人間ども全員が全員、注視しているってのが、ホントもうね……
俺に毒なんか効かねぇって、昔ちゃぁんと教えた筈、なのになぁ……
いくら俺が口を酸っぱくして『これくらいは覚えておけよ』と、何度も何度も事細かく教えてやったとしても、結局相手が欠片も覚えていなきゃ最初から無駄骨だ。
特に重戦士”脳筋”のアッセルに、その”腰巾着”野伏のタマーラ……この二人の頭の”残念さ”には、ほとほと呆れるしかない。
こいつらはホント、”幼馴染み”でなければとうに見捨ててるレベルの残念過ぎるオツムに、怠惰過ぎた本人達の資質の問題か、成長の見込みが欠片も無い技量の持ち主だったし、なぁ……
……てか。
なんで俺、こいつらと”徒党”組んでンだろ?
……いやいや。
一応こんなのでも、何度も一緒に死線を潜り抜けてきた仲間達なのだから、そういう見方は良くはない。
……はず。
……だった。
ンだけれどなぁ……
【鑑定】をしていないから、この”汁物”が、麻痺毒なのか、はたまた致死毒なのかは、当然判りはしない。
まぁ、どれだけヤバい劇物であっても、【浄化】の一発で完全無害化出来てしまうのだし、この際どうでも良い話なのだけれど。
俺に毒を盛りやがったかつての仲間達の顔を、チラとのぞき見る。
……そこに浮かぶは、微かに残る後ろめたさと、俺が悶え苦しむであろう”未来”を勝手に思い描き、どこか隠しきれぬ大きな期待感。
そして、”依頼主”でもあるお貴族様……ギルバート伯嫡子カスペル卿の護衛達が周囲を警戒している以上、食事時には不必要な”得物”を腰に携え、妙にビクビクとしているし……
てか、その”護衛達”も、何故か俺を中心にして、まるで囲う様に立っていやがるしさぁ……
ああ。やっぱ、こいつら全員クロだわ。
”この依頼”を受けた事に。
そして、その”依頼主”と行動を共にした事に。
”身内”に甘く接し続けてきたせいで、完全に舐められてしまっている事に。
そして……
「どうしたの?食べないのハンス。これ、貴方が小さい頃から大好きだった奴でしょう?」
結婚も真剣に考えていた”恋人”が、裏で”依頼主”でもある”お貴族様”と寝ていた……などという”現実”からずっと目を逸らし続け、追求しなかった事を。
「あ、ああ……大丈夫だよ、ミーナ。折角君が腕によりを掛けて作ってくれた料理なんだ。美味しくいただくさ」
すでに俺を裏切っていた”元恋人”回復術士ヴィルヘルミナ……
かつて仲間であった三人の、それぞれの顔を見た途端、猛烈に後悔の念が押し寄せてきたのだ。
……やっぱ、”他人”なんざ信用しちゃダメだな……
たとえ”身内”であっても。
やっぱ、”自分”こそが一番可愛いに決まってる。
”自分の為”ならば、いくらでも安易に切り捨てられるし、裏切りだって訳はない。
……そういうことなのだろう。
これは、何度も何度も繰り返し繰り返し生きてきた”俺”だからこそ言える『真理』だ。
椀の中身に【浄化】をかけ、一気に煽る。
完全無毒化したソレは、もうただの俺の大好物。いくらでも腹にするすると入っていく。
空になった木の椀を”裏切り者”に突き出し、我ながら会心の出来とも言える”嫌味の言葉”を投げかけてやった。
「ミーナ、”毒”のおかわりよこせ」
「……えっ? どうして……?」
突き出された空の木の椀と、毒を呷った筈なのに未だケロりとしたままの俺の顔とを交互に見比べ、ヴィルヘルミナは真っ青な戸惑いの表情を浮かべる。
「……昔言ったよな? 俺の【ギフト】の前にゃ、一切の毒は効果無く消え失せるって」
『俺たちなら、絶対デッカい冒険者になれるさっ!』
そのアッセルの一言が切っ掛けで、俺達は準備もそこそこに村から飛び出した。
その際、俺は今まで無駄に生きただけの、本当につまらない人生経験の数々を踏まえ、あまりにも未熟過ぎたコイツらに”知識”を与えてきたつもり……だったのに。
『俺の言葉は、しっかりと覚えておけよ?』
まず、この一言から。
……だが、それも結局は全部無駄だったのか。
「その様な訳でございますので。申し訳ありませぬがカスペル卿、わたくしめの”功績”を盗みたくば、毒殺なぞ姑息な手段を用いず、どうか御身ご自身の実力によって、示して下さいませ」
いつまで経っても”おかわり”をくれない”元恋人”を無視し、俺は自分の手で鍋から毒入り大好物を注ぐ。
……うん、美味い。
ちくしょう。
本当に悔しいがヴィルヘルミナの奴め、俺の味の好みを細部までしっかりと押さえていやがる。
【神の舌】なんて味覚が無駄に鋭敏になるだけのくだらない【ギフト】のせいで、食事を美味しく摂るのが難しくなってしまったから、本当にありがたい……
ああ。
これが”今世の俺”の、『最後の晩餐』になるのだから……
満足するまで、しっかりと味わってかなきゃ……な。
投稿する直前に気付いたんですけれど、ガイ○ングじゃありませんので……
妙に語呂が良いなぁとは思ってたけれどまさかまさか……
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。