18.ねえ、”ごめんなさい”。は?
【修行編】と言ったな? (今回は、だけれど)あれは嘘だ……
あの夜の出来事は、やっぱり”母親”の方も気不味かったらしい。”ばぁば”にそれとなく訊いてみたら、あれから家に1回も帰ってきてはいないとのこと。
この状況は、”俺”としてはとても好都合なんだけれど、”わたし”としたら結構な困りものでもある。
村長の爺さまと、その溺愛の末に性格が歪みに捻れまくったクソガキどもの嫌がらせによって、村の”共同井戸”を使用不可に追い込まれた一件の後始末……っていうか、その対策の一環でもある”水資源の確保”の言い訳のために勝手に彼女の名前を使っても、それを真っ向否定するだろう本人が不在なのだから、あとは老夫婦たちを無理矢理にでも納得させてしまえば良いだけだったので大変スムーズだった。いやいや本当にありがたい。
でもそれは、”わたし”が引き篭もる直接原因となった”マーマ”がずっと家に帰ってこない現状があっての話。
そうなれば、精神世界の奥の方に引き篭もってしまった”ヴィクトーリア”の主人格が帰ってくる取っ掛かりにすら、いつまで経っても得られないってことにも繋がってくる訳で。
やっぱり、どこかで折を見て”ヴィクトーリア”は”ヴィルヘルミナ”と腹を割って話さねばならないのかも知れない。
”わたし”の方は、そのことに付いてどう思っているのか。今はもう何も解らないが、少なくとも”俺”はそう感じている。
本当に”運命の神”は、見ているだけで不干渉を貫くつもりなのかも知れない(今回の一件自体、アイツが干渉した結果の疑惑が”俺”の中で一向に拭えないのだが……)が、このままで良い訳など絶対に無いのだから、
『正直何とかしてくれよ』
ってのが俺の偽らざる本音だ。
さて。そこはまぁ、一度ちゃんと”俺”の方で何かしらのアクションを起こす方向で考えてみるとして、我が家が現在置かれている状況を再確認。
思った通り、10日もしない内に、あいつらイチャモンを付けにきました。
「……本当に、大切な”村の財産”を、盗んてはおらんのだな?」
いやぁ。まさか村長の爺さま本人が直接乗り込んでくるとは思ってなかったよ。で、護衛も兼ねた屈強なお伴2人と共に、後ろに当然いやがる村長の孫ども。ニヤついた顔が本当に……うわぁ。寒イボ立つわぁ。
てか、村の中を歩くのにすら護衛が必要だと思っている時点で、この爺さま、自分が村民達からこれっぽっちも尊敬なんかされていない上に、その癖しっかりと怨まれているのだということは、ちゃんと自覚がある様で。
だったら、少しは行動と言動を改めよ?
……って、それができたら最初からこんな村にはなっていない訳で。そうやって考えると、原因と結果の因果関係ってさ、ちゃんとしてるんだね。世の中って。
「当たり前じゃろが。そんなことをする必要なんか、ワシらには無いのだからな」
「こっちはちゃんと払うモン払ってるってンのにさ、理由も無しに何もかも使えなくしときながら、いきなり何ほざいてやがんだい。このクソじじいはっ!」
ばぁば怒りの喧嘩モード。話し合いなんか最初からするつもりも無い様で、包丁片手にひとりヒートアップしてる。こわいから。ほら、小さい子も見てるんだから、やめよ? それ。
「そうだの、かあさんの言う通りだ。今の今まで何の説明も無かった癖にの。そんなワシらに対し、最初に出て来た言葉がソレだとは。ヘルマンよ、ほんにお前さん耄碌したのぉ」
元とはいえ、長年街をの治安を護る衛兵をしていただけあって、じぃじの身体は大きく、そして分厚い。特に本人に圧をかけているつもりが無くても、”筋肉の圧”というモノは、そこに在る。ただそれだけで、充分にハッタリが効いてくる。
ましてや、今回は睨みも含めじぃじは本気で圧力をかけているのだ。村の権力を背景にでしか強く出てこれない小心者如きでは、耐えられる様な生易しいものではない。んじゃないかなぁ。
……なんて、一応は当事者のひとりなんだけど、”蚊帳の外”からそんな他人事視点で見ている”俺”。じぃじがんばえー。
「うるさい、この村ではわしこそが”法”だ。それが気に入らんと言うなら、即刻村から出て行け。わしの可愛い孫を傷付けておきながら、なぁに被害者ぶりおってからに……」
────へぇ。そういうこと言うんだ。
「そんちょーさん。だったら、いちどしにそうになった、わたしは?」
村長の爺さまが座す椅子のすぐ側にまで近付いて、まっすぐ目を見つめながら”俺”は本気で訴えた。
あの時の”ヴィクトーリア”の記憶が言う。
──なんでこんないたいおもいをしなければいけないの?
──どうしてみんなたたいてくるの?
──なぜ、みんなたのしそうにわらっているの?
むらではそんちょうがせいぎ。そうみんながいってる。
だったら────
わたしは、わるいこ、だから?
「ほっ?」
圧倒的恐怖と、苦痛にまみれた記憶。
まだ分別がようやく付くか付かないかの、こんな幼い女の子にする仕打ちじゃない。
ただ、はっきりと、ふたりのことを『だいきらい』って。
そう言っただけなのに。その返答がコレだとか。それはあまりに理不尽だ。
「だから、フィンとハルトに、いちどころされそうになった、わたしは?」
たかがチョイと反撃してやっただけでこんな仕打ちをして来やがるってンなら、こちらも言わなきゃもうやってらんねぇや。
村のガキ共全員を嗾けて”ヴィクトーリア”を半殺しにした一件。忘れたとは絶対言わせねぇぞ?
今思えば、たぶん”じぃじ”があそこですぐに引っ込んてしまったからこその”現在”なのだろうが、それをとやかく言うつもりは”俺”には無い。
こんなシケた村で生きるということ自体が、そもそもそんなものなんだと呑み込まねばならない数々があるのだと”俺”は知っているし、”わたし”だってなんとなく肌で感じてはいたのだから。
「何をっ! 今は大人の話し合いだっ、こどもは黙ってろっ!」
「さいしょにきずつけたっていったの、そんちょーさんでしょ? わたしは、フィンをいっぱいたたきました、ごめんなさい。でも、わたしがフィンとハルトにころされかけたことは? わたしは、”ごめんなさい”を、まだもらってません」
こどもとか、おとなとか、そんなの関係無い。
わるいことをしたなら、”ごめんなさい”。これは、歳、国、世界問わず共通してなきゃいけない真理のハズだ。
そこで許すのか、許さないのか……は、まぁ、きっと色々あるのかも知れないけれど。でも、まず謝罪をしてからでなければ、進まない話だってきっとあるはず。
「ヴィーっ!」
「ヘルマンっ! 貴様ぁっ!!」
いきなり左の頬に走った灼熱感。
いくら老人の平手だとはいえ、大人の男性による全力の一撃だ。幼女の小さい身体なんざ、風に巻き込まれた薄紙の如くアッサリと舞うしかない。
護衛のお兄さんが宙を舞う”わたし”をさっと避ける。おいおい、せめてそこは抱き留めておくれよ。
────ああ、やっぱりコイツは、こういう奴かぁ。
無抵抗のはずの幼女の問いに対する返答が、欺瞞でも、理屈でも無く……真っ先に暴力だとか。熟々救えねぇ爺さまだな。
まぁ、こちらには【ギフト】がある。無様にも後頭部から落ちる様なことは無いが、どうやら首の筋がイキかけたっぽい。頬と首に走る激痛に、どうしても涙がこらえられそうにもない。こどもだからか、痛みへの耐性が著しく落ちている様だ……変なところで冷静になっている自分に呆れていたりもするが。
うん。これだけははっきりした。
”俺”がこいつら一家に対して忖度する必要、もう……どこにも無いよね?
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
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