17.【修行編】入ります。
井戸の基本的な部分はぼちぼち完成したけれど、今後も使っていく人間のことを考えれば、やっぱ共同用井戸と同じ”釣瓶式”だけは、選択肢から外したい。
だって、これから老いていく一方の老夫婦たちは言わずもがな、今の”ヴィクトーリア”ではそもそも手が届かないし、何とか届いたにしても桶を引き上げるどころか、自分ごと巻き込まれて底に落ちていくイメージしか湧かないし。絶対にダメだろう。
「手漕ぎポンプ……あったかなぁ……?」
【アイテムボックス】の所持品一覧を、一度頭の中に目録としてずらっと並べ、脳内検索すること体感数十秒。
元来、色々なモノを一時取り置いてはそのまま捨てられない、いわゆる”MOTTAINAI”精神を遺憾なく発揮した”俺”のダメな性格がこういうところで幸いしたのか、検索に無駄な手間をかけさせただけなのか……その言及は、今の段階ではあえて避けておく。
一番長生きした時の”俺”が、『別荘用に……』と、何セットか確保しておりました。
あの頃は、”<歌手>の祖”としてブイブイ言わせつつマジで荒稼ぎしてたかんなぁ……ある意味では”俺”の絶頂期だったかも知れない。まぁ、その後にいつも通りの”お約束”が待っていた訳なんですがね。
さすがにあの頃は、あぶく銭の使い方が良く分かってなかった”成金”とほぼ変わらぬ、ってーか、まんまソレだった当時の”俺”は、こんなのにすら永久不滅の神の金属とまで謂われた”神剛鋼”をわざわざ使って作らせる……とか、本当にバカじゃねーのって。まぁ、設置後500年くらいノーメンテで使えちゃうだろうから、今更何も言わないが。
そうそう。あの頃の”遺産”をチョイと【アイテムボックス】から放出するだけで、”わたし”から少なくとも曾孫の代まで一生遊んで暮らせたりするくらいには冗談抜きで持ってたりも。
まぁ、こんな”ナリ”のガキんちょが、いきなりそんな金貨がタップリと詰まった革袋のひとつでも取りだそうものなら、その瞬間確実にこの世からいなくなってしまうだろうことは想像に難くない。当然そんなことできる訳なんかないんだけど。
良くて拉致監禁の果ての暴行に陵辱。悪けりゃその場でコキャっ(首の骨が折れる音)……の、どちらか、だろうなぁ。
”前世”の時の記憶だけど、ひったくり被害にあった際、最低限ナイフでどこかをスッパリと斬り付けられてる……までがワンセットだったし。スラムのガキですら、そこまでするのが当たり前のひでぇ世の中なんだ。
『お金を奪われた』
にしても、無傷で済むなんて考えること自体、砂糖たっぷりのお菓子なんかよりもはるかに甘過ぎる考えなんだよ、”この世界”では。
……まぁ、ぱっと見でこれが”神剛鋼”製だって見抜く様なマニアなんか早々いないだろうし、このまま黙って取り付けちゃおっと。なぁに。ちょっと普通の鉄製品に比べても、まるで磨かれたみたいにキラキラと輝いて見えるだけさぁ!
……なんか、色々とヤバい気がする……
あとは、井戸の中身が使えるラインに満ちるまでは、”認識阻害”の魔法……って、そういやあるのかな?
ま、いいや。
どうか誰にも見つかりませんように。
……っと、【音の精霊】たち全員と一緒に。こんなので良いのかなぁ?
まぁ、もしダメだったら<魔法と自然法則の女神>が、ひとの夢枕にでも勝手に立ってきて何か言ってくるだろ。それまで放っとこ。
炊場の瓶にたっぷり貯め込んだ”お水”の言い訳も一緒に考えなきゃいけないんだから、できれば同時にバラさなきゃならない。
まぁ、「ヴィルヘルミナに全部丸投げ」の予定なんですがね。
あいつは<回復術士>よりも、<魔導士>の素質の方が本当は優れていた。だが、魔術を習うためには、まず本人の資質の有無は大前提。その上で、修めていくのに膨大な時間と金がかかる。
言っちゃあなんだが、あの老夫婦にそんな大金なんか、端からある訳が無い。
結局あいつが使えるのは、本当に触り程度の、俺よりも酷い”なんちゃって精霊魔術”だ。
そんな半分デタラメな代物であっても、普通の人間にとっては充分に驚異であり、脅威だ。だからこそ、当然言い訳にも使えるっていう……
『”わたし”がやりましたっ!(えっへん)』
なんかよりも、はるかに説得力があるんだから、そりゃあ勿論利用するに決まってますって。”わたし”のやらかしは、今回の一件だけでもうたくさんだよ。マジで。
◇◆◇
さて。
フィンとベルンハルトが……って。流石にあの”サル”にそこまでの知能はまだ無いだろうから、主に”ブタ”の方かな……が、村人たちを使ってまで”わたし”たち一家を監視してくるんだから、その内なにかしら仕掛けてくるだろうと思って備えていかなきゃ。だなぁ。
正直、今の”俺”が覚醒めた”ヴィクトーリア”ならば、フィンと同い年くらいのガキまで。と、限定した話になるけど、多分囲まれても問題なく切り抜けられると思う。
だが、数え10を越えたベルンハルト辺りになると、もう無理だ。いくらこちらに”強化魔法”があるとて、基礎体力に圧倒的開きがある上に、そもそも元の数値が低すぎる以上、強化を重ねても焼け石に水。助けが来てくれるまで何とか粘れれば……ってのが、精々だろう。
さらに対ブタ戦を想定した話、体重差だけでも軽く4倍はあるし、身長差もかなりある。”わたし”が全体重をかけ蹴ったとして、あの脂肪を貫くのはかなり厳しいだろうし、そもそもちびっ子の”わたし”。あいつの急所に、有効な打撃が届く訳がない。
そう考えてみると、今の”わたし”が村の少年達複数の相手を一度にしようとしたら、最低限何かしらの武装をした上で、さらに立ち回りを慎重に行ってギリギリ。そこに刃が付いたら何とか……って、そんなレベルかな。我ながら物騒な話だけど。
さらにそこに成人(数え15以上)がひとりでも混じった時点で、今の”わたし”じゃいくら逆立ちしようが絶対無理になってしまうだろう。
さすがにこちらは、未だ数え5つの幼女だ。貞操の危機はまず無い……そう思いたいし、そう願いたい。が、命の危機がすぐそこに迫っているのは、まず間違い無い。
昨日もあの後ロッティに声をかけてみたが、露骨に避けられてしまったし、今が”村八分状態”なのはほぼ確定。家の手伝いを済ませてしまえば、あとはずっと余暇時間だ。
「だったら、やるしかない……よね」
”ヴィー”として、ゆったりとした人生を歩ませてやりたかったが、こうなっては仕方がない。自衛の手段を徹底的に、みっちり身体に教え込むしか最早生き残る道が無いのであれば、もうこれを”自重”する必要は、どこにも無いだろう。
「<光学迷彩>」
漫画的発想ができなければ、こんな”魔法”。誰も思い付きはしないだろうなぁ……これが”転生者の特権”って奴かと、ひとり悦に浸る。
いくら我が家に”監視”の眼が常にあるとはいえ、所詮はド素人によるお粗末な仕事。いくらでも誤魔化しは効く。だけど、これは念には念をって奴。道のど真ん中であのふたりに遭遇なんて最悪の状況だけは、絶対に避けたいし。
向かうは、村外れの森の中。
あそこに入ってさえしまえば、少なくとも村のガキどもと鉢合わせ……という”最悪”だけは確実に回避ができるし、貧しいながらも塩以外は村内だけで自給自足がギリギリ成り立つお陰で、食肉目的の狩人以外、ほぼ誰も立ち入ろうとはしない。
基礎体力の向上と、多対一想定の立ち回りの確認と鍛錬。
今の”わたし”に必要なメニューがこのふたつ。
恵まれた環境で育った地球のこどもと比べてしまえば、今の”わたし”なんか、”モヤシ”どころか”枯れ草”と表現しても何ら大袈裟ではない。それくらい痩せてるし、そもそも栄養状態が悪いのだから、当然骨も脆い。
だから、必要栄養素の摂取は必須だ。
『たらふく動いて、たらふく食べる』
そして、その後はたっぷりと寝る。
今後は、この方針で生きていきましょう。
多対一の戦いにおいて、最も重要なことは”囲まれない”。この一点だ。
いかに多人数相手とはいえ、相手にだってこちらに一度に向かってこれる人数というのには、当然制限がある。
しっかり囲めていれば、前後左右の最大で4人が。それができていなければ、そこからひとりずつ減っていく訳だ。
だから、こちらが常に動き続けることで、相手する人数をコントロールし続けてやることさえできれば、それだけこちらの自由度が増すのと同時に、使える選択肢が加速度的に拡がってくる。
相手の動きを常に把握し続ける広い”視野”と、先の先をとり相手の死角へと逃げ続ける”足捌き”は、とても重要だ。
ここで色々やってみて、改めて気付いた。
────ごめん、舐めてた。剣道の動き、結構使えるわぁ……
考えてみたらそうだよね。いくらスポーツになったとはいえ、元々は戦場で培われてきた技術こそが、その”祖”なんだから。
「うん? ドレミ、どったの??」
って、なんでキミ、急にメトロノームみたいな……てゆか、みたいなじゃなくて、メトロノームまんまの形に……?
え? このリズムの通りに”さっきの動き”をやってみろって? なんで?
いやさ、
『考えるな、感じろ』
──って。
なんでキミが、その”フレーズ”知ってんのさ?
うわ。だから、はやい、はやいって。
わ、わ、わ……
そういや、今回の生で貰った【ギフト】。ひとつ目はこれだったね【姿勢制御】。
効果は、「どんな時も、常に綺麗な姿勢を保ちます」って、舐めとんのかっ! なんて心底思ったけれど……なるほど、なるほど。確かにこれは良い。
なんだか、イケる気がしてきたぞー。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。




