13.”わたし”が不在の”わたし”の物語。
Side:ヘンドリク(じぃじ)
……まさか、あの子に聴かれていたとは、な。
前々から、ヴィクト-リアは妙に聡い子だと思ってはいたが……まさか、我が家を取り巻く状況を、あそこまで正確に把握しているとは、ワシら夫婦は思ってもみなかった。
村長の孫……あんのクソ坊主どもめ。我らの可愛い可愛いヴィクトーリアに要らぬちょっかいをかけているのは、以前からも承知しておった。
この世の者とも思えぬ、まるで女神の様な、神々しき美しさだ、
『然もありなん』
そう自慢気に思っておった。
だが、あの子が数え5つを迎えたばかりのある雪の日を境に、あの子はよく泣きながら家に帰ってくる様になってしもうた。それから、ワシらの認識は変わってしまった。
ヴィクトーリアの日頃着ている服は、村に生きる幼子たちの間で、長年巡回ってきた”歴戦の古強者”だ。確かに、草臥れ所々擦り切れて穴が開いたりもしておるが、それは見つけ次第、端布を当て縫い合わせ常に補強されてきた立派な物だ。見た目に関しては……すまないとしか言えぬのだが。
そんな我が愛しき孫の身を包んできた”古強者”が、変わり果てた姿になってしまったのだ。
所々斬り裂かれ無残な骸をさらし、ついでとばかりに髪も切られてしまったのだろう、綺麗に切りそろえられていたはずの美しき透き通った銀髪が、段々の酷い有り様になっていたりもしたのだ。
如何にこどもの悪戯とはいえ、刃物を持ちだしてくるとは。当然その様な危険極まりない狼藉、”保護者”として絶対に許せる訳がない。
犯人は判りきっている。あの坊主どもだ。
村長に甘やかされ果てた、ワシらと同じ言葉が口から出てはくるというのに、何故だか会話の一切が成立しない。いうなれば、ただの獣ども。
──だが。
『子供のすることなのだから、どうか大目に……』
この言葉に、騙された。
そう言うべきか……いや、これではただの責任逃れに過ぎないな。
この村で生きるということ。
それは、絶対に村長と敵対してはならぬということ。
結果として、ワシは、可愛がり見守っていたはずの孫を、ずっと見捨ててしまっていたのだ。ただ、我が身の可愛さに。
そのせいで、まさかヴィーが一度死にかけていたなどとは……
「本当なのか、それは?」
「……ええ。私の元に運ばれてきた時には、すでにあの子、死んでたわ。<回復術>程度じゃ、絶対に死者は蘇らない。いえ、<回復術士>なんかの手では、如何な熟練の者であったとしても、蘇生なんてできやしない……死者蘇生は、それこそ神の御技に類する”奇蹟”でしかあり得ない」
半狂乱になっていたヴィーの涙を拭い、どうにか宥め寝かしつけた後。
こうして、久しぶりの水入らずの親娘によるまともな会話が、この様な陰惨なものになってしまうとは、の……本当に、皮肉がたっぷりと効いとるわい。あまりにも、効きすぎておる。
「じゃが、現に今、あの子は生きておる。ミーナよ、それの何がいけないと言うのだ?」
「そうね。あの子はこうして生還してくれた……でも、だから、お前はあの子が”バケモノ”なんだとでも言うのかい? どうして素直に、あの子の無事を、お前は喜んであげられないのさ?」
ワシら夫婦は、我が娘ヴィルヘルミナの口から零れ出る言葉のひとつひとつが信じられなかったし、その心情すらも、簡単に信じたくはなかった。
ワシら夫婦は、子を持つ”親”なのだから、これは仕方が無い。そのはずだ。
「喜べる訳なんかないわ、当たり前じゃないっ! 私は、あの子を産んだその日の内に殺してやったってのに、朝にはまるで何事も無かったみたいに生き返っていたんだものっ!! それが”バケモノ”じゃなくて、何だと云うってのよっ?!」
そこから語られた、村を出てから今までの娘の生き様を耳にし、ワシら夫婦は……
文字通り、打ちのめされた。
”上位竜討伐依頼”の旅路の間に、ハンス君を裏切り、”依頼主”たる伯爵令息と通じてしまった事。
本来ならば、その依頼内容自体が”無謀の極み”であったことも、ハンス君を除く【徒党】の全員が、それを最初から承知していた事。
伯爵令息の命じるがまま、一緒に村を発ったアッセル君、タマーラちゃん達と共謀し、全員の手で、そのハンス君を”殺害”せしめた事。
”いずれ私は伯爵夫人になれる”。そう信じていたのに、その後、あっさりと掌を返し裏切られ────
残された希望でもあったはずの”お腹の中の子”には、伯爵家の”血の証拠”が何処にも見当たらなかった────
「だから、ヴィーを殺したというのか? お前は──」
「ええ、そうよっ! あの人を裏切ってまで望んだはずの”身分”には、結局届かない。【風の翼】は、知らぬ間に空中分解……私達の手で殺したんだもの。当然ハンスは、もうこの世にはいない……なのに、私の腕の中には、あの人の……彼との子が居る……あたまがおかしくなりそうだったわ」
『────ひとり殺したら、後はもう何人殺そうが、何も変わりはしない。全部、同じよ』
そう薄く笑う娘の貌こそが、ワシらにの眼には、この世のモノとは思えぬ”化生”に見えた。それくらいに鬼気迫るモノがあった……ここまで気圧されたのは、何時ぶりであろうか。
「……だったら、何故、お前は、ヴィーをこの村に連れて帰ってきたのさ? 街には孤児院だってあっただろうに」
我が子をあっさりと殺せる。そんな娘の精神に戦きながらも、かあさんが尤もで、今更な疑問を投げかける。
「────捨てたわ。何度も。なのに、気が付けば、私の腕の中にあの子がいるのよ。なんでっ?! 私は、あの子を捨てたのにっ! 何故だか分からないけれど、またすぐ、自分で迎えに戻っていたのよ……なんでよ。私は、母親には、なっちゃいけないのに……あの人との子の、”母親”に……は……あぁ、ああああああああああっ!」
ハンス君を失った。
ワシらにとって、彼は正しく”息子”だった。
この少年であれば、安心して我が娘を任せられる────
そう思っておったからこそ、この貧しい村を出て、根無し草とほぼ同義の、
『街に出て”冒険者”になるっ!』
……そんな彼らのあまりにも若過ぎる”寝言”にすら、ワシらは同意できた。
いずれ夢破れ”現実”を知り、こんな村よりも、何処か豊かな地で根を張り、ワシらの事なぞ忘れ腰を据え生きていってくれるだろう。その思いで。
だが、そんなワシらの希望通りには、”現実”とやらは成ってくれんかったか。
娘は、ハンス君の一粒種たる乳飲み子を抱え、舞い戻ってきたのだ。”息子”の死を告げに。
彼の両親でもあったヨーゼフとカテリナ。ふたりの不可解過ぎる突然の”死”は、きっとその伯爵令息が関係しておったのだろう。だが、その死の最初の引き金を、まさかワシらの娘が引いておったとは……
そんな”現実”。ワシらは、知りとうなぞ、なかったわい……
ふと横目に、かあさんの顔を覗いてみると、一気に十は老け込んでしまった様に見えた……きっと、ワシも彼女と変わらぬ顔をしておるのだろうな。
……それでも、ヴィルヘルミナは、掛け替えのない……ワシらの、”娘”だ。
だが、この女は、”ヴィクトーリアの母親”であっては、絶対にならぬのだろう。
ワシは、そう思うのだ。
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