119.わたし不在の、他の者たちの物語1
Side:【クリスタル・キング】王 泰雄
────やられた。
こうなるだろう事は、充分に予想ができていた、筈だったろうに。
己が至らなさと要領の悪さに対し、ほとほと嫌になってくる。
「キング。ご主人さまは、何処に?」
「……お前さんも充分に予想が付いてンだろ、クリス?」
其々に、仰せつかった”お役目”を終えて。
我が”師”であり、”主”の元へと戻ってきてみれば。
今や、”もぬけの殻”となった、天蓋の中身を眺める羽目に、なるなどと。
「……いや、まさか。だが、それはっ……」
常々クリスは、俺なんかと違い我が師の心情をより深く理解していた。師の発した、ただ一言で、全てを察するなんて芸当、俺には不可能なのだから。
だから、彼女が絶対気付かない訳は無い。
ただ、態と見ようとしなかっただけに過ぎないのだ。
「その”まさか”なンだろうさ。あのお方は仕返しに行ったのだよ。我らを置いて、な?」
<継承者>殿は、その可憐で儚げな見た目と反して。
あまりに苛烈で、炎の様に燃え盛る精神の持ち主だ。
そんな我が”師”曰く、
『実は、今までと全然”中身”が違ってるんだけどね、わたしは……』
とのこと、らしいのだが。
その”本質”は、以前と変わらず全く同じである。と……少なくとも、俺はそう感じた。
で、あるならば。
こうなることは、当然の帰結であろう。
「では、我らはこれからどうすれば……?」
クリスが抱える不安も判る。
俺たちは、”取り残された”のだから。
「我らならば、師の足跡を追い掛け、そして追い付くこともできる。だが、無駄足になる可能性も捨てきれぬし、それに何より、無粋……だろうさ」
<歌祖>様が世に編み出してきた希有な技能の数々を駆使すれば。
師が望む通りの"復讐”を遂げる、などと云うのは、恐らく容易な筈。
それこそ。
黄金級認定間近と云われし我ら【クリスタル・キング】の技量を持ってすら、
『足手纏いだ』
と、師に思われてしまう、くらいには。
────だが、それでも本音を云えば。
「……どうして、貴女様は。我らの同行を、お許しなってくださらなんだ?」
深い悲しみと狂おしい程の悔しさとが、胸の奥から込み上げて。
己が未熟を、ただ嘆くばかりだ。
確かに、<歌手>としての我が技量は、悲しい哉まだ未熟。
そう褒められたものでは決して無いだろう自覚を、常に持ち合わせている、つもりだが。
その辺、俺なんかより遙かに巧いクリスであろうと、我らが師である<継承者>殿と比べてしまったら。
大人と子供の差以上の開きがあるのだと云わざるを得ない。
「己が未熟を今更嘆いても致方無かろうよ、キング。ご主人さまのため、我らは次に何を為すべきだろうか?」
やはりクリスは凄い奴だ。
俺などと違い、その眼差しは常に前へ向いている。
「そうさな……」
師が我らの下に帰って来てくださる。
それを前提とするならば。
「すでに辺境伯領には、我らの”仕事”なぞ何も残っておらぬだろうよ」
この先は、国家間のやり取りを残すのみだ。
当事者たる辺境伯はもうこの世におらぬし、嫡子たるフィリップ卿も同様。
こと政治力という面のみに言及するならば、辺境伯夫人こそが相応しいのだろうが、悲しい哉女性の身では交渉の席で舐められよう。
ましてや、一介の”冒険者”に過ぎぬ我ら如きが、その様な重大な場に同席できる訳も無し、だ。
で、在るならば。
「──お前さん、とっくに気付いているんだろ?」
「まぁ。だけれど、あなたの口から直接聞きたい」
長い事同じ窯の飯を食い、同じ時を過ごしてきたら。
本当に必要な会話以外、ふたりの間には出なくなってしまう。
伝わっているのだから要らぬ。
……訳では無いと云うことだ。反省せねば。
「リート子爵領だ。我らは、あのお方の帰るべき場所を護る」
「────承知」
苛烈な意思を持つ師のことだ。
子爵家の危機を招いた元凶そのものを、きっと全て排除為さるのだろうが。
かの幼き脚では、全てを終えるにも暫しの時が要る筈。
それまでは、我らふたりで護る。
「ま、アウグスト殿であれば、我らの合力なぞ不要であろうが」
「かも知れぬ。だけれど、そうでもせねば……」
────繋がりが、途絶えてしまいそうで。
クリスの気持ちが良く解る。
俺も、同じ事を思ってしまったから。
だから、せめて。
◇◆◇
Side:マフダレーナ=ディア=クレマンス
「……エリーは、落ち着いたかしら?」
こと、精神分野において。
身体を癒やす専門の<回復術士>には、些か荷が勝ちすぎる話、だったのかしら。
回復術士の技能を修めし特殊家政婦は、わたくしの問いに短く『否』とだけ口にした。
愛しき我が子を目の前で亡くしたその衝撃は、如何程のもの……であろうか。
我が孫、ラファエルとパウル、そのどちらかを失ったと仮定すれば。
……やはり、ダメね。
そんな”不幸”、わたくしには想像することもできない。
「国王陛下には、やはり荷が重すぎた様ね。先王陛下は人を見る眼が無かった。その証明がこうも……」
露骨に出て来る、だなんて。
我が甥ながら、本当に情けない。
祖国が滅びるのは、一向に構わない。
貴族家が廃れてしまうのも、この際仕方がない。
けれど。
────我がクレマンス公爵家と、姪のレーンクヴィスト辺境伯家だけは、何としても。
独立の道も模索すべき、であろうか?
最悪の筋道は、内乱による荒廃に乗じた他国からの侵略。
今の帝国に、その気は欠片も無いだろう。
だが、西風王国は、隙を見せれば充分にあり得る。
とは云え。
現状、当事者たるウォルテ王国を実力で退けられねば、先のことを考えるだけ無駄、なのだけれど。
「王都側の街道を封鎖せよ。割く兵力は最低限度で良い。残りはすぐに出立できる様、準備は入念に、良いな?」
……ああ、本当に嫌だわ。
戦なぞ、何も産みはしないと云うのに。
「それもこれも、全部先王陛下が悪いのだわ」
自分が楽するためだけに。
早々にボンクラ息子に玉座を明け渡して。
「無事全てを終えることができたのなら。親子共々、絶対責任を取らせないと」
土下座だけでは生温い。
……そうね。
せめて、下げさせた頭に、ヒールを捻り込んで差し上げねば。
エリーとふたりで。
それで最低限、かしら?
ああ、そうそう。
あの娘……ヴィクトーリア子爵令嬢もご一緒に。
────うん。
なんだか、やる気が出て来たわっ!
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。
ついでに各種リアクションも一緒に戴けると、今後へのより一層の励みになります。




