109.異変。
2025.02.14.
108話において、エル、アール、セントラルのスピーカー三姉弟→三兄妹に訂正。
スピーカー組は、人間形態の見た目通りセントラルが一番の兄貴分です。
王都を発つ日程を、辺境伯夫人と相談する予定、でいたのだが。
「すでに一昨日前の早朝に、辺境伯家の方々は王宮を発たれておりまする」
……なんて。
王宮付きの家政婦さん数名から云われたら。
そういや、ここ三、四日ばかり夫人からお茶会の招待自体が無かったわ……
そこで改めて異変に気付くと云う、この間抜け具合に我ながら呆れてしまう。
「それは、フィリップ様も……でしょうか?」
「はい。わたくしめは、そう聞き及んでおりまする」
王宮付きの家政婦さんが、態々”リート子爵令嬢”に対し嘘の情報を流しても何の利がある訳も無い。
であれば、これは真実なのだろう。
フィリップ卿が現在負っている”お役目”は、コンスタンティン第一王子の側付き……だったはず。
なのに、その栄誉職を自ら降りてまで戻らねば成らぬ程に、不味い事態が発生したのだと推察できる。
「その……辺境伯夫人からは、わたくし宛てに、何か言伝を受けてはおりませんでしょうか?」
「……申し訳ございません。わたくしめには」
そうか。
そうだろうなぁ……貴族たる者、普通に考えても、”他人”に欠片も弱味を見せる訳がない。
一応は身内。であるはずの”ヴィクトーリア”に直接、ではない以上、これも当然だと云える。
元々、辺境伯夫人自身、異常に”ヴィクトーリア”に執着していたのだ。
態々、王家を焚き付けててまで、一平民に過ぎなかった俺たち一家に爵位を与える、なんて粋狂をやったくらいだし。
なのに、そんな彼女が”わたし”に対し何事も告げる暇も隙も無く、慌てて領都ルーヌへと戻らねばならなくなった……
そう考えてみたら、現状色々とヤバい事態が起こってしまっている可能性も。
とはいえ、これはあくまでも、現在の状況から導き出される、邪推に近い推察でしかない訳で。
一介の、しかも新興の子爵令嬢如きにゃ、正確な情報なんて、絶対に望むべくもないだろうしなぁ……
「……我々も、早急に王都を発つべきかと」
キングこと、王 泰雄の解答は極々短いものだった。
「唯一の味方であるはずのレーンクヴィスト辺境伯家のいない王宮なぞ、敵地の中心も同然ですので」
「……その通りだ。わたしたちも今直ぐ準備を」
下手をしなくとも、王家が背後から牙を剥くなんてことも。
そう思ってしっかりと対策を練っておかねば、要らぬ犠牲を強いられる可能性も充分に考えられるのだ。
であれば、キングの云う通り、俺たちも早急に動くべきだろう。
今の俺たちは、”敵”に時間を与えすぎたのだから。
◇◆◇
「──なりませぬ。先リート子爵による”遺言”があるとは云え、まだ正式にアウグスト卿が叙爵された訳でございませぬ。改めて”陞爵の儀”を行わなくては、リート家の方々は王宮から出ること罷り成りませぬ」
──ああ、王家よ。そういう手で来やがるのか。
正妃殿下、これでアンタも正式に”俺の敵”に認定されたぞ?
俺の視線がそう雄弁に物語っちゃったのだろう、正妃殿下の顔が一瞬で青ざめる。
殺気は飛ばしてない、なずなんだけどなぁ。
「……ヴィクトーリアさま、我ら王家を全く信用せぬ、そのお気持ちは妾も良く理解しているつもりです。ですが、ここはあえて妾を信頼して戴きたく存じます」
『”王家”は信用しないままでも良いから、せめて自分だけは信用してくれ』
とかさぁ。
流石にそれってば、随分と虫が良すぎる話だとは思わないのか、正妃殿下?
俺の生命だけならまだ良いが、アウグストたち大地の人の人々を筆頭に、リート子爵領で生くる民を含め、大切な人たちの”生命”が、俺の判断如何で賭けにされてしまう訳で。
そんな軽い言葉で、絆される訳にゃいかないんだよ、此方は。
「ご主人さま、ここは抑えるべきです。そもそもアウグスト様の”叙爵”が成らなくば、また貴族から狙われるのは、貴女方親娘、なのですよ?」
……ぐっ。
クリスこと、クリスティン=リーの指摘は正しい。
ここで我を張り、強引に王都を発てば、”リート子爵”の位はそのまま宙に浮き、残された令嬢たる”マーマ”と、”わたし”ふたりの生命を絶てば、利権は簡単に転がり込んでくるのだ。
そうなってしまったら、態々”じぃじ”が文書で”遺言”を残した意味が無い。
「……でしたら、恐れながら。辺境伯領で何が起こっているのか、わたくしめにも教えて戴きたく存じまする。レーンクヴィスト家は、何れは”我が家”になるのですから」
本来であれば。
一介の子爵の、そのご令嬢如きが王家の、しかも雲上人たる王妃に対し条件を付けるだなんて、不敬もいいとこだ。
実際、正妃殿下付きの騎士どもの片眉が、俺の言葉と同時に釣り上がったし。
だが、”王家”は此方に対し、一方的な負い目があるのだ。呑まざるを得まい。
「……そうですわね。確かに貴女さまも、”レーンクヴィスト”に名を連ねる者、でございましたわ」
そして、辺境伯家とは、この国の北方の国防を一手に担う要の家でもある。
如何に王家とて、軽んじて良い家ではない。
何せ、北方の隣国は、他国に要らぬちょっかいを掛けたがる傍迷惑な隣人なのだから。
ましてや、今は降嫁したとは云えエレオノールさまは現王の姉であり、未だ王統を示す”ディア”の銘を冠していらっしゃるのだ。
ディアの号を持つと云うことは、国王陛下も決して無視できない権力を有している証であり、何れその家に名を連ねる”ヴィクトーリア”をも蔑ろにはできない……はず、なのである。
────本来であれば。
そもそも王家が弱体化しているからこその”異常事態”であり、俺たちが頭を悩ませている根本原因でもあるのだ。
だから、正妃殿下を心の底から信用したとして。
本当に”俺の欲する正確な情報”が降りてくるのかどうか。
それすらも、正直に云って怪しい訳で。
「……やっぱり、正妃殿下の言葉を無視してでも拠点に戻るべきだったんじゃないかって。ちょっとだけ後悔したりして」
「……実は、ワタシもあの提案をしたのを、少しだけ」
ああ、気にしないで良いよ、クリス。
そんなので責めるつもりは、端から無いから。
だって、決定したのは俺なんだからね。
当然、責任は決定した俺自身が全て負うべきだ。
ただ、何かに付け決定することに恐怖を覚える様になってしまったことが、ちょっとだけ辛いな、とか。
そう思うだけで。
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