第96話 食事中のちょっとした雑談④
「でも、市民権ということだから、この惑星でしか使えないのではないのか? であれば、あまり意味はないな。ずっとこの惑星にいるわけではないし、他の国に行くことだってある。そうなるとメリットは感じられないが」
この惑星にずっと居るのであれば問題ないが、せっかく宇宙船があるのにどこにもいかないなんてあり得ない。色んな惑星を見て歩くのも楽しそうだし、仕事で回るのも悪くはない。そこで受けられなければ意味がない。
金をドブに捨てるだけだ。
「さすがに国が違うと駄目だが、国内ならどこの領内でも同じサービスを受けられるはず。でないと傭兵や商人が困るだろ? 国でも認めているから大丈夫だ」
国内限定か……。
でも、国内だけでも使えるのであれば損はないのか?
それなら払っても良いかもしれないが……。
「まぁ、深く考えるな。戸籍ができた時点で払わないといけないのだから、その時考えれば良い。まだ貰っていないのだろ? それまでゆっくり考える事だな」
それもそうか。
肝心な戸籍がまだ出来ていないわけだし、今から考えても仕方がない。
貰ったときに考えるか。
「いや、知らないことばっかりだな。この世界の税金なんて考えたことがない。ついでだから聞いただけなんだが」
「税金に関しては俺も知らないことが多い。でも戸籍がある時点で請求書が届くから、それを貰ってから考えればいい。俺もそうしているから。それで払いたくなければ払わなくていい。その代わり市民権は剥奪されるけどな」
それもなぁ。
せっかく戸籍があるのに剥奪されるのも損な気がする。
ただ、50万ニルの価値があるかというと不明だな。商売をすれば必要になるが、この先どうなるか分からないし悩むところだ。
しかし、異世界に来て税金の話しをするとは思わなかった。
他の異世界では税金のことなど気にもしたことがない。そもそも冒険者は税金を払っていなかったはず。いや、依頼報酬から抜かれていたかもしれないが直接は払っていない。それに払えと言われたこともないし。
家を購入すれば税金はあったかも知れないが、魔王を倒したら日本へ戻る予定だったし購入してもしかたがないので宿屋暮らしをしていた。
だから税金に関しては払っていない。
ただ、街に入るとき入市税というのを取られたことがある。どこかの地方都市だったか、金額的には日本円で2000円ぐらいだったと思うが、それが唯一払った税金だろう。
そもそも冒険者は1カ所に留まることは少ないので税金を払うことがなかった。その国の住民というわけでもないし。そういうのがあって取れなかったのだろう。戸籍とかなかったし取る手段がなかったというところだな。
だが、時代が進めば取る方法はいくらでもあるので誤魔化すことはできない。
でも、貧民になれば税金は払わなくてもよいので考え方は冒険者と変わらない。
行政サービスは受けられないが、冒険者をやっていた時もそんなのは無かったし同じと思えば同じなのだ。
この先仕事をすれば、こういった税金のことは避けられない。
知っていて損はないだろう。
「市民権は税金を滞納すると剥奪されるそうだが、戸籍はなくなったりしないのか?」
「市民権と戸籍は別物だから一度作れば無くならない。税金を治めなくても一生残るはずだ」
「そうなんだ。市民権が無くなれば一緒に無くなるかと思ったが」
「戸籍には親兄弟や親類の情報があるから敢えて残しておくんだよ。もしもの時のためにね」
「もしもの時?」
「亡くなった時のためだよ。遺体の引き取り先を捜さないといけないだろ? それに遺品整理だってある。親族が直ぐに分かればよいが、何も分からない時は戸籍から調べるしかない。そういう時にあると便利なのさ」
1人暮らしをしていれば亡くなった時に誰に連絡すればよいかわらない。遺言書や連絡先が書かれた紙があれば別だが、そういうのが無いと職場や友人から聞き取り調査をする必要があり苦労する。
そういう意味ではあったほうが便利? なのかもしれない。
「確かに引き取り手がいないのは困るよなぁ。ずっと置いておくわけにはいかないし」
「遺体の保管料や処理もタダでは無いからね。行政側としては、そういうのは遺族にやって貰いたい、というのが本音だ。処理した後の問題もあるし」
遺骨の問題か。
なるほどね。戸籍にはそういう使い方もあるのか。
「それ以外は? 例えば遺産相続とかに使うとか。自分はその親族ですよ、という証明にもなるだろ?」
「そういう使い方はしないな。そもそも遺産は遺言書がないと相続できないし、無ければ親族に渡るが、本人との関係を調べるのにDNA鑑定を義務つけてある。戸籍を調べて、ということはしない。なりすましとかあるのでね」
特に貴族とかは厳しく、相続関係で揉めたりするので必ずDNA鑑定をする。
それで自分の子供と確認ができたら遺産や家督を譲る。
そんな感じだとか。
それに貴族は余所で子供を作ったりするので、戸籍に載っていない子供が出てきたりもするし、家督争いで暗殺を恐れ、敢えて戸籍に載せない場合もある。
要は戸籍は当てにならないということだ。
結局はDNA鑑定に頼ることになる。
「それに戸籍なんていうのは作るときにいかにも虚偽できるし、親族がいなければ本人確認のしようがない。その親族だってグルになって虚偽の報告をすれば審査が通ってしまう。そういうのがあって戸籍は信用できない。だから公的に使われることはない」
今更だが、最初から出生届の義務化でも実施していれば、虚偽の申請はできなかったのにと思う。出産して直ぐに虚偽の申請をする親はいないだろうし、病院で書類を作れば虚偽はできないはず。
貧民は行政サービスを使用できないとか、訳が分からない事をするからこうなるのだ。
戸籍なんか、産まれた時点で与えれば問題なかったのに。
「戸籍に意味があるのか?」
「はっきり言って意味は無いな。だから作る人も少ないし無くても国は何も言わない。信用できない物だとわかっているから」
「国はどうしてそんな物を?」
「さあ、昔からあるとしか言えない。ただ貴族は家系や血統を重んじるので、そういうのがあるだけでも大分違うらしい。何代も続くだけで発言力が違ったりするし、婚姻するときにそういうのがあると調べるのが楽になる。変なところに嫁がせるわけにはいかないからな」
貴族はそういうのが必要というのはわかるが、でも一般人には必要ないな。
家系が分かった所で何かあるわけではないし、金を掛けてまで作ることもない。
「でも、戸籍がないと市民権が貰えず身分証が作れないだろ? 矛盾していないか。信用がないような物を身分証だなんて」
「それでも作成するときには身辺調査をするので犯罪者と繋がりがあるとそこで分かる。最低限の身元は保障されるので商売をやる側にはあった方が安心する。それに就職する時にも有利になるし、身元が分からないというのは雇う側からしたら不安になるからな」
信頼はできないが、最低限の身元だけは保証できる。
何も無いよりは増し、といったところか。
「そもそも戸籍なんていうものがあるのはこの国だけだ。他の国にはそんなものはないぞ」
「えっ! そうなのか。他の国もやっているかと思ったが」
「こんな面倒なことをするか。他の国は身分証だけだ。無い国だってある。だから身分証を持っていなくても誰でも入管ステーションは入れる。だから制限を掛けられないということだ」
そういえば聞いたことがある。
戸籍とかあるのは日本の他に数カ国ぐらいしかないと。殆どの国は戸籍などない。
そう考えると、このバジルスカル帝国がおかしいだけで、他の国が普通なのかも知れない。
「身分証が無いというのも不安だが、それで困ることがなければ問題無いのか……」
「持っていない奴の方が多いのだ。そんなこと誰も気にしていないさ」
身分証と戸籍についてはよくわかった。
無いよりはあった方が良い、というレベルで、この世界で生きていく上で必ず必要というものではない。わざわざ作る必要もないということが。
「失敗したか……」
「そんなことはない。商人になるのだろ? なら持っておいた方がいい。役に立つから」
傭兵や冒険者ならいらないが商人は信用が第1。身分がハッキリしてると高額商品とかも扱える。知ってから後で取る方が大変なので、今のうち取れるなら取っておいた方が良い。損はしないからと。
「色々と勉強になったよ。ありがとう」
「シューイチはこの世界に来て日が浅いのだから知らないことが多いはずだ。その時に誰かに聞いて勉強した方がいい。後で困らないようにな」
俺は微笑んだ。
何も知らないこの世界で仲間がいるというのは心強い。
だが、スローライフを目指す俺としてはレジスタンスではなく一般人と仲良くなりたかった。今の状況はどう見てもスローライフとは言えないだろう。
これから領主邸に忍び込もうとしているのだから。
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