第23話 ミチェイエル・ボルトン①
夕刻。
市街を10分ほど走って大きな商業施設に入った
6階立ての建物で広い駐車場がある。その一角にグラヴィティカー……まあ、車が停まった。複合施設みたいで、多くの親子で賑わっていた。
ここだけ平和で、内戦など無いような雰囲気。街が変われば生活する人も変わるようで、同じ増税で苦しんでいる市民とは思えなかった。
「ここは平和なんだ」
「近くに基地がないのでね。みんな逃げてきた上級階級の連中さ。だからお金に余裕がある。本当に苦しい市民は逃げることもできなからね」
それでこの賑わいか。富裕層と貧困層の差を感じるがそれはどこも一緒か。
割りを食らうのはいつも貧乏人だ。
「この中に俺たちのアジトがある。こうしてお客さんが大勢いれば簡単には手を出せない。それに俺たちみたいな者が混じっていても怪しまれないしな。連絡を取り合うには打って付けの場所なのさ」
あーあれか。木を隠すなら森の中、というやつか。逃げ込むのであれば人の中と。
これだけ人が多ければ気が付かれる心配はない。
考えたものだ。
「ああ、君の顔はバレているのでこれと付けてくれ。ニュースで戦争犯罪者として流れていたからね」
全言撤回。
顔がバレているのは駄目らしい。それもそのはず、指名手配されているのだから当然か。
そう言って渡してきたのは、青い帽子とマスクだ。帽子はここの従業員が被っている物で、マスクは普通の白い物。顔下半分が隠れる。これで変装をしろと?
これでサングラスでも掛ければ立派な変質者のできあがりだ。
余計に怪しまれそうだが、こういう格好の従業員は多いからわからないそうだ。食品を扱う人が多いからと。
なるほど。そこまで考えていたのか。
それなら従うまで。ここで騒ぎを起こして彼らに迷惑を掛けられないからね。
従業員に紛れて施設内に入る。
ここの施設の従業員IDを持っているそうで、どこにでも自由に出入りできるそうだ。
近くの従業員専用ドアを開けてそのまま地下に降りと、細い通路をひたすら歩く。
途中で従業員と擦れ違うが、誰も疑う者はいなかった。
ひょっとしたこの商業施設は、レジスタンスの資金源になっているのかもしれない。戦争するにはお金が必要だからね。
そんなことを考えながら歩いていると、誰も居ない休憩室のようなところで待機することになった。
これだけ広い施設なのに誰もいないのは不自然すぎる。
ここはレジスタンスだけの休憩室なのかもしれない。
「意外というか普通だな。もっと武器とかあってゴチャゴチャしているものだと思っていたが」
「ここのアジトは一般市民もいるからね。武器類は置いていないわ。そういうのは別の倉庫で管理しているのよ。それにここが見つかっても、武器を置いてなければいかようにも言い逃れができるでしょ? だからここは連絡場所として使用しているだけなのよ」
テーブルを挟んで対面に座ったエミリーが説明してくれた。
俺はというと、椅子に座り出されたお茶を啜っている。
お茶といっても緑茶や紅茶では無く、何か得体のわからない物だ。
見た目は青い液体で甘い匂いがする。味は紅茶にミントでも加えたような感じだが、不味くはない。ちょっとすっきりとした感じの紅茶かなと。
「でだ、俺はいつまでここにいれば?」
「ちょっと待って、今はロズルトが確認していると思うから。もう少しすれば戻ってくると思うわよ」
ロズルトは地下に降りると1人だけ別行動している。
上と会ってくる、と言っていたので、俺の処遇について聞きに行ったのだろう。
悪いようにはしないと言っていたので、気長に待つことにした。どうせどこにも行けないのだから。
*****
それ程待たずしてロズルトが戻ってきた。その後ろには、ちょっとお歳をめした女性が付いてくる。上品な服装をしているのでマダムと言った方がよいか。
綺麗に纏め上げた金髪に蒼い瞳。コバルトブルーに近いかな。そして、可愛らしい顔をしていた。そこまでなら好好爺という感じのお婆ちゃんだが、しかし、力強い眼光がそれを否定している。
上品に歩く姿は王者の風格さえ感じた。一瞬で只者ではないと感じと取った。
容姿がエミリーに似ているが感じがするが、髪や瞳の色が違うから無関係だろう。
そのマダムはエミリーの隣に座ると、俺を見てニコッと微笑んだ。
「初めまして。シューイチ殿。私はレジスタンス『赤い牙』のリーダー、ミチェイエル・ボルトンといいます」
「ん?……」
俺は一瞬フリーズした。
革命軍のリーダーと言えば一番偉い人のことを指すはず。軍隊で言えば提督とか司令官に当たるような人物。こんな大物がここにいて良いはずがない。
どういうことだ?
俺が混乱していると、ミチェイエルは笑み浮かべながら話し続けた。
「フフフ、驚かれているようね」
そりゃ、リーダーが出てくれば驚くわ。
こちとら心の準備もしていないのだから。
「あなたに興味が涌いたからお話しようと思って来たの。ご迷惑だったかしら?」
「とんでもない。こうして話ができて光栄です」
席を立って胸に手を置きお辞儀した。最低限のマナーだ。
これでも勇者として社交界に出たことがあるので、貴族の作法ぐらいは学んでいる。もっとも、それがこの世界に通じるかは知らないがね。
「しかし、リーダーとは。革命軍で一番偉い人なんですよね?」
「そんなことはないわ。私はただの名前だけ。偉くはないですよ。全て部下に任せていますから」
そう言って後ろに立っているロズルトをチラッと見て微笑む。
その見られた本人は、眉間に皺を寄せて目を合わせないようにしていた。何か思うところがありそうだが、本人が何も言わないのであれば聞くようなことはしない。関係ない話になりそうなんでね。
「あなたのことはわかりましたが、しかし、どうして自分に? 自分の事は全てロズルトさんとエミリーさんに話してありますが」
「フフフ、そんなにかしこまらなくてもよろしくてよ。普通に話してください。怒ったりはしませんので」
「そ、そうですか。では、お言葉に甘えて」
俺が嬉しそうに言うと、なぜかエミリーとロズルトが睨んでいる。
不味そうな雰囲気だが、本人が良いと言っているのだから気にしないことにした。それに敬語は苦手なんだよね。そう言って貰って助かった。
「私が聞きたいのはあなたが使ったという魔法のことよ。それは誰でも使えるのかしら?」
やはりというか、直球で魔法のことを尋ねてきた。
兵器の代わりにと思っているのだろう。助けに来たぐらいだからな。
「それはやってみないことには何とも。この世界には魔素が、というかこの惑星には、と言った方がよいのか、魔素があるので覚えれば使えないことはないが、簡単には覚えられない。時間が掛かると思うが」
魔法なんて一朝一夕で覚えられるものではない。
俺の場合は、勇者というチート職業を最初に貰ったから短時間で覚えられたが、一般人は長い時間を掛けて、少しずつ経験を積んで初めて使えるようになる。
その時に、何かしらの職業を得ているはずだ。言い替えれば、職業なくして魔法は使えないのだ。魔法使いにしろ僧侶にしろ。
ただし、それは俺が行った異世界の話で、ここでも同じとは限らない。
世界が変われば『ルール』も変わるはずだからだ。
職業がなくても魔法が使えるかも知れない。やってみないことにはわからないが。
「あの兵士を倒した魔法ですと、どのくらいの時間が掛かるかしら?」
「ファイアストームか? あれは火と風の上級複合魔法だ。一度に2つの異なる属性を使えるようになるには最低でも2年は掛かるだろう。しかし、それはあくまでも魔法が使える奴の話。ゼロからだとどれだけ掛かるかはわからない。聞いたことがないのでね」
「そうですか……。それでは一番簡単な魔法でしたらどれぐらいかしら?」
「初級クラスの魔法なら早くて2ヶ月、普通で半年と言ったところか。個人差があるのではっきりとは言えないが」
ミチェイエルは顎に手を当て思案している。
採用するかしないか悩んでいるのだろう。
使えるかどうかもわからないものに時間をかけたくはないはずだから。
「わかりました。では、横にいるエミリーに魔法を覚えさせて下さい。戦う手段は1つでも多い方が良いので」
横で聞いていたエミリーはギョッとしている。
初耳だったのか、あたふたした顔をしていた。
「えーと……何で俺が?」
「あなたは異世界から来たそうですね。そのため戸籍がないとか。エミリーが魔法を使えるようになれば、あなたに戸籍を用意しましょう。どうでしょうか? 魅力的な話だと思いますが」
そう言うってニコッと微笑む辺り、さすがレジスタンスのリーダー。交渉が上手い。
「ギブ・アンド・テイクか。しかし、魔法は誰でも覚えられるものではない。相性というか、体の中にある魔力を感じなければならない。それには魔力の元になる魔素を体に取り込まないと始まらない。エミリーさんにそれが出来なければ無理だな。時間の無駄になるだけだと思うぞ」
1000人いて魔法が覚えられる割合は1人か2人。それだけ難しいのだ。
だから魔法が使える保証はできなかった。
そればかりは俺でもどうしようもない問題なのでね。




