第7話 兄妹②
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ミチェイエルがミーリアに問い掛けると『お任せください』と即答した。
そして1分もしないで調査は終了した。
こうなることはわかっていたのか事前に調べていたようだ。
『戸籍情報から調べました。ルドアール・ビッシュの妻、及び両祖父母はすでに鬼籍に入っております。宇宙船事故のようです。親族は弟が1人います。レオバール・ビッシュです。経済状況を調べましたか、預金口座にお金はありません。ゼロでした。他の金融機関からも、かなりの借金があるようです。ですが、近いうちに返済できるようなことを話しています。定職には就いておらず、ギャンブルで生計を立てていたようです』
「え? でも伯父さんはいつも朝早くから出掛けていたよ。働きに行くと言って」
少年がビックリした顔で説明した。
『恐らくですが、そのままギャンブルをしていたのかと思います。朝早くから夕方までカジノに入り浸っていたようです。監視カメラの映像で確認しました。間違いありません』
この世界にもカジノがある。
入ったことがないので知らないが、領営で合法らしい。ギャンブルに興味がないのでそれしか知らない。
「もう、真っ黒じゃん! そんな家に帰せないわ!」
エミリーが眉をつり上げて憤っている。
確かにこのまま帰すのは危険だな。売られるのは目に見えている。
さて、どうするか……。
「あなたたちはどうしたいの? これだけの情報があれば、家に帰らず孤児院で生活することもできるわよ。惑星を出ることもないわ」
ミチェイエルが子供たちに聞いている。
父親の死亡届を出して伯父さんを保護者として認めなければ、孤児院で生活ができる。無理に惑星を出ることもないのだ。
「惑星に残っても俺たちは安全なのか? 伯父さんが捕まえに来ることはないのか?」
少年が不安そうな表情で尋ねた。
「それはわからないわ。伯父さんを捕まえることができれば安全だけど、今の話だけでは捕まえることはできないわ。証拠がないから。ただ、売ろうとしているだけでは犯罪には問えないの。商人との契約書でもあれば別だけど多分ないでしょうから」
違法なことをしているわけだし、奴隷商人なら証拠を残すようなことはしないはずだ。売る側も証拠を残すわけにはいかないので、取引は現金で、引渡し時点で貰う約束でもしているはず。俺たちが騒いだところで捕まえるのは無理だな。
ただ、警告にはなるので無駄になることはないと思うが、しかし、金に困っているのであれば強硬な手段も選ぶかもしれない。
100パー、安全とは言い切れない。
「それじゃ、この惑星を出る! 俺は母さんと約束をしたんだ、ミューを守るって。だから危ないところには居られない。他の惑星に連れて行ってくれ! 何でもすから!」
少年が必死な表情で訴えている。
後ろで隠れている少女も、目に涙を溜めてミチェイエルを見ていた。
あんな顔で見られたらさすがのミチェイエルも断りづらいだろうな。
その本人も困った顔して子供たちを見ていた。
「弱ったわね。どうしましょうか……」
「なあ、坊主。他に親戚はいないのか? そっちで一緒に住むことはできないのか?」
今まで静観してロズルトが口を開いた。
こうして見ているとロズルトも子供が苦手のようで、一歩下がっており、積極的に関わろうとはしていない。
「父ちゃんからは親戚のことは一度も聞いたことがない。家がなくなるまでは伯父さんのことも知らなかったぐらいだから」
「うーん……」
ひょっとして父親は伯父さんのギャンブル癖を知っていて、それで子供たちに話さないでいたのかもしれない。悪影響しかないからだ。
しかし、家が焼失したことで行くところがなく、仕方なく伯父さんの家で一緒に生活することになった。
お金を稼いでいたのは、その伯父さんの家から一刻も早く出たいからで、だから無理をしてまで稼いでいたのだろう。
そんな気がした。
「ふむ、坊主。お主は何でもすると言ったが何ができるのじゃ?」
空気を読まない博士が少年の前で質問している。
今はそんな話をしている場合ではないんだけどね。
この子たちの処遇について、みんな悩んでいるのだから、博士にも知恵を貸して貰いたい。
「何でもやる! 掃除でも洗濯でも。父ちゃんが家に居ないときは全部俺がやっていた。だから家事は一通りできる。それと船の整備も少しならできるぞ。父ちゃんに教えて貰っていたからな。でも、簡単なことしかできない。危険なことはやらせて貰えなかったから」
それを聞いて博士がニヤッとした。
そういえば整備員が欲しいようなことを言っていたな。
まさか子供を働かせるのか?
未成年が働いては駄目だという法律はないと思うが、あまり感心しないな。
何かあったときは船長の俺が責められるのだぞ。商会の責任になる。
それだけは勘弁していただきたい。
「ほほう、船の整備もできるか。それは僥倖じゃ。それで、お嬢ちゃんは何ができるのじゃ?」
「わ、私は、家のお掃除ぐらいしかやったことがなくて……」
そう言って悲しそうに俯く。
何もできないことが悪いみたいで、負い目を感じたようだ。
「別に責めているわけではないぞ。何かしらできることがあればよいのじゃ。できなければ学べばよい。誰でも最初からはできんからのう。そうやって覚えていくんじゃぞ」
「……うん」
博士が優しい笑顔で少女の頭を撫でた。
まるで孫とお祖父ちゃんのようだ。
「それで、どうするのかしら、船長?」
ミチェイエルが俺に聞いてくるが、俺がわかるはずがない。
この国の法律など知らんのだから。
「どうすると聞かれてもなあ。このまま連れて行くのは法律上不味いのだろ?」
「連れて行くこと自体は不味くはないわ。保護者同伴でなければ惑星を出ては駄目という決まりはないの。子供たちだけで星間旅行に行くことだってあるし。問題は他領に住むときね。他領に住むとなると転出届が必要になるの。それがないと行政サービスが受けられないわ。家を借りるにも、領民でないと貸してくれないところも多いから。そこに住むなら転出届を貰った方が良いわね」
領民にならないと病気になったときは病院にも通えないそうだ。
それでも金を積めば何とかなるが、子供たちにそんな金はない。それに孤児院に入れるのも領民だけだし転出届を出さなければ入れない。
そうなると、他領に行ってもスラム街で浮浪児になるのが目に見えている。
今後のことを考えると、軽軽しく連れて行った良いか悩む。連れて行っても生活ができないのであれば意味がない。
「同じ領内なら必要ないのか?」
「転出届は必要ないけど住所変更は必要だわ。管理する行政が変わるから。ただ、領民のデータはあるので面倒な審査がないだけ。そこで生活するのであれば出した方が良いわ」
「となると、伯父さんにも居場所が知られる可能性があるな」
「普通は個人情報は教えないと思うけど、中にはお金で売る役人もいるから。安全とは言えないわね」
「連れ戻される危険があるのか。はぁ、難しいな……」
「そうね、1番安全なのはここにいることかしら。追っては来られないでしょうから」
「確かに、船に乗っていれば追いかけてくることは難しいと思うが、それでもなあ、子供を連れて商売なんて無理だろ? それに海賊に狙われるし、別な意味で安全とは言えないぞ」
「そのぐらい覚悟の上だ!」
俺たちの話を聞いていた少年が大声で叫んだ。
必死になってこちらを見ているが、俺としては乗せたくないんだよね。
やはり何かあったときは怖いから。それに、無責任なことはしたくない。
成人するまで面倒を見ないといけないだろう。一度関わってしまったら。
それが嫌で拒否したかった。
「そういえば坊主、前の家が戦火でなくなったという話だが、いつの話だ? 街で戦闘などなかったと思ったが」
そう言ってロズルトが首を傾げている。
最近では亜空間施設の奪還作戦があったが、あれは街から少し離れていた。
街中で戦闘などなかったと思ったが。
「5ヶ月ほど前の話だ。兵士が街中で発砲して、その流れ弾で家が焼けたのだ。全て燃えてなくなった。お母さんの遺品からミューの大事にしていたぬいぐるみや服まで何もかも。残ったのは燃えて炭になった家の残骸だけだ」
5ヶ月ぐらい前といえば丁度この世界に来た頃か?
そんなことが起きていたとは。
ニュースにも取り上げていなかったし、気がつかなかった。
「家はどこにあったんだ?」
「第22都市。郊外の近くだ」
驚いた顔してエミリーとロズルトが俺を見ているが、俺はよくわからず「ん?」と言って首を傾げた。
「え? シューイチは覚えていないの?」
「何が?」
俺が首を傾げていると、ふたりして呆れた顔をして大きな溜息を吐いた。
「あなたが星系軍と揉めた場所よ」
「は?」
そう言われ、街中を逃げ回った時のことを思い出した。
確かその時にエミリーたちと出合ったのだった。
「ああ、あそこの街のことかって……え?」
そうすると家が焼けたのは俺のせいなのか?
俺が街中を逃げ回ったせいで軍が発砲し、それで家が火事になった。
……俺の責任?
血の気がスーと引くのを感じた。
「な、何かの間違いではないのか?」
「5ヶ月ぐらい前の戦闘だと、あの時ぐらいだと思うわ。後は地下で戦ったり、軍の施設内とか空港? 私たちは基本、街中での戦闘は避けているのよ。市民に被害が出るから」
「それじゃ、あの時に被害に遭ったのは、この子らの家ということか?」
兄妹を見て、当時のことを思い出していた。
星系軍が発砲してそれが家に当たり、何軒か炎上していた。
レーザーは高熱なので物に当たれば引火する。密集していれば周りに延焼しているかもしれない。
俺が撃ったわけではないが罪悪感を覚えていた。
「ねえちゃんたち、何の話だ?」
「あー……」
少年が俺に聞いてくるが何と答えてよいやら。
原因は俺だと言ったら恨まれるだろうな、きっと。
「その時の火災について何か聞いているの?」
エミリーが答えられない俺の代わりに聞いてくれた。
「軍が命令を無視して発砲したとしか聞いていない。それで父ちゃんが軍や行政に補償するように掛け合ったみたいだけど、駄目だったと嘆いていた。代官が許可しなかった言っていた。勝手に傭兵がやったことだからと知らないと。それで革命軍に参加するようになったんだ。それまでは商会の専属整備士として働いていたんだけどね」
父親の職業は商会が保有している商船の整備士だったそうだ。
しかし、戦争で船の往来が制限されるようになり仕事も減っていたという。
それに合わせて増税もされ、生活はかなり厳しかった。給料も減らされて、これからどうしようか、という時に、家が戦火にあった。
それでお金を払ってくる革命軍の整備士として働くようになったということだ。
革命軍は整備士を募集していたからと。
「まいったなあ、俺が悪いのか?」
俺は後頭部を搔きながら顔をしかめた。
「全て悪いとは言わないけど、シューイチにも責任があるのは確かね。市民を盾にしたようなものだから」
「しかし、あんな所で撃つか、普通? あり得ないだろ」
「どうして撃ったかは知らないけど、そういう可能性も視野に入れる必要があったのでは? 可能性はゼロということはないだろうし」
「むっ……」
エミリーに怒られた。
もう少し考えてから行動するようにと。
「どういうことだ?」
少年が俺たちの方を見て聞いてくるが、隠していてもバレたときのことを考えたら今は全てを話した方が良いだろう。後から知って背後から刺されるよりはましだ。
それでも船に乗りたいというのであれば許可するしかない。俺にも責任はあるのだから。
「実はだな、その時の戦闘に俺が関わっていたのだ。星系軍に追われていたので住宅街に逃げ込んだ。撃ってこないと思ってな」
俺が軍に追われていたことを話した。
そして彼らを巻くために住宅街に逃げ込んだことなど包み隠さずに。
発砲するまでは予測できなかったが、責任の一環は俺にもある。
それは聞いた少年に一瞬フリーズしていたが、しかし、直ぐに理解すると俺に摑み掛かってきた。
「お前のせいか! お前が街に来なければ家も燃えることがなく、父ちゃんも死ぬことがなかった! お前のせいで全て失ったのだぞ!」
俺を殴ろうとしたが、ロズルトが素早く少年の腕を摑んで止めた。そして静かに首を横に振る。殴ったところで意味がないと。
それで気が済むのであれば俺としては殴られても良かったのだが。
子供の力では殴られたところで怪我ひとつ負わないのでな。
「く……」
少年が俺の胸元を摑んで泣いている。俺は何て言葉を掛けて良いわからず戸惑っていた。どんな言葉を掛けても、気休めにもならないことがわかっているからだ。
そんな少年に少女が後ろから抱きついた。
「でもね、お兄ちゃん、お父さんが恨んでは駄目だって言っていたよ。悪いのはこの惑星の代官だって。あの人が来てからめちゃくちゃになったって。それに、家を焼いたのは星系軍に雇われていた傭兵だって言っていたし、怒っても仕方がないよ。このおじさんだって家を燃やしたくてしたわけではないし」
お、おじさん?
庇ってくれたのは嬉しいが、まだ31歳だぞ。おじさん呼ばわりとか。
これが甥や姪から言われるのであれば納得するが、赤の他人から言われたらグッと来る。
いや、31歳はもうおじさん何のか?
成人年齢が15歳とか言っていたから、子供からして見れば30過ぎはおじさんなのかもしれない。
「で、でもわかっているよ! それでも俺は……」
少年は俺から離れると、キッと睨み続けていた。
頭ではわかっているが納得できない感じだな。まあ、納得しろというのが無理な話だ。
俺がここで何か言うと、感情的になって反発するのは目に見えているので、敢えて黙っている。言い訳などしない。問題はこの後どうするかだ。
エミリーたちに任せるか?
俺が話すよりは良いだろう。
後は頼むよ、という感じで視線を送ると、エミリーが頷いた。
「それで、あなた達はどうするの? この船に乗るということは船長のチューイチに従うことになるわよ。それが嫌なら残ることになる。ふたりで話して決めなさい。乗らなくても孤児院で過ごすこともできるから」
「俺たちは……」
それだけ言うと少年は悔しそうな表情を浮かべて下を向いた。
急に言っても決められないと思うので、子供たちに考える時間を与え、俺たちは少し場所を移動した。
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