第3話 依頼②
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「何を考えているかわからないけど、彼は戦闘訓練の教官なのよ。軍の経験者ということで採用されたの」
「ああ、そっちね」
「何を考えていたのかしら?」
あの、厳つい顔で教壇に立ったら子供が泣くだろうと思って。
ミチェイエルも笑みを零しているところを見ると、同じことを思っていたに違いない。
「別に。教師向けの顔をしていなかったからね」
「それは失礼ね。あれでも一部の生徒には人気があるそうよ。教え方が上手だって」
「人気ねえ……しかし、この惑星に学校があるのかい? 義務教育はないと聞いたが」
「貴族はあるわ。16歳になったら受けないといけないの。それまでは自主学習になるけど大抵の貴族は家庭教師を雇って勉強しているわ。でも、ここに貴族院はない。あるのは帝都にだけ。だから、義務教育とは違う別な学校のことを言っているの」
「それじゃグランバーの教師というのは?」
「下級市民向けの防衛学校ね。卒業すれば嶺軍として働けるの。身分も学歴も必要としない下級兵としてね。グランバーはそこで臨時教員として教壇に立っているわ」
「平民向けの学校ということか……徴兵とは違うのだろ?」
「帝国に徴兵制度はないわ。国によってはあるところもあるけど」
「軍に入りたい人だけが通うということか……そんなに多いのか? 軍に入る奴って」
「安定している職業だから人気はあるわ。会社と違い景気に左右されないし、潰れることはないから。それに給金も良いし、活躍すれば老後の生活も保障してくれる。細かいところは領主によって違うけど、大まかなところは同じ。差を付けると人が良い方に流れて行っちゃうから。どこも待遇は同じなはずよ」
「そういう学校もあるんだな」
「それなりに学校は多いのよ」
普通に学問を教える学校もあれば、中には職種に特化した学校もあると言う。義務教育とは違いお金は掛かるが、真面目に勉強したい人だけが通っているそうだ。
「高校や専門学校と同じか……。この世界は働くのに学歴は必要なのか?」
「無くても働けるわ。でもあった方が有利なのは変わらない。読み書きできない人を雇いたくはないでしょ?」
「この世界で読み書きができない人などいるのか?」
中世時代の異世界なら読み書きできない人の方が圧倒的に多いが、ここは科学と文明が進んだ世界。
ちょっと考えられないと思った。
「ゼロではないわ。義務教育ではないので勉強しない人はいる。でも、大抵は親が教えるのだけど、その親がいない孤児などは勉強ができない。教える人もいないし教材も買えないから」
「しかし、児童養護施設みたいのはあるのだろ? そこで教えれば良いのでは?」
「児童養護施設というのは孤児院のことかしら? 孤児院についてはそこの領主の裁量に任せているわ。住居と食事だけを与え、何もしない領主もいれば、衣食住、全て用意し、家庭教師を付けて働けるまで支援する領主もいる。お金が掛かるので全て同じにしろとは言えないの。だから、領によって差はあるわ」
「見捨てるようなことはしないのだな」
「それはないわ。帝国法で保護を義務付けているから。ただ、お金は領主の懐から出るので命令はできないの。国が出すわけではないから」
他の異世界では何もしない領主もいたし、寄付だけで運営していた孤児院もあったから、保護するだけでもまだましな方か。
しかし、子供のために金を使うことを渋っているようでは、ろくな領主ではないな。そこの領民も苦労しているのに違いない。
「義務教育にすれば、そんな問題も解決できるのだがね」
「それは無理な話よ。市民に階級がある以上は虐めはでるのよ。子供が原因で騒動になることなど1度や2度ではない。暴動に発展し、死傷者がでたケースもあるの。一緒に通わせるわけにはいかないわ」
「それなら分けて通わせたらどうだ? 同じ場所に通うから問題が起きるわけで」
「それだとそこら中に学校が建つわ。義務教育である以上は税金で賄われるのよ。生徒が数十人しかいない学校ばかり作ってはいられないの。それに教える教師側も大変なのよ。貴族や上流階級の人たちに教えるのは普通より神経を磨り減らすの。それで鬱になる人もいるのよ。人が集まらないわ」
うーん、やはり身分の差がネックになっているのか。
問題が起きるぐらいなら無い方が良い。そう判断したのだ。
文明が進んでも人の本質は変わらないという話だな。
「貴族制だから義務教育ができないということだな」
「でも、全ての貴族が悪いということではないのよ。普通に市民と接している貴族も多いの。逆に虐めるような貴族はほんの一握りだけ。それが全ての貴族が悪いと思われる原因になっているの」
「取り締まることはできないのか?」
「できたらやっているわ。それに罰則もないし、不敬罪という法律があるから何でも言い逃れが出きるの。侮辱したから罰を与えたと言ってね」
「不敬罪ね。それを出されたら何もできないね」
「そういうことね。それで市民に被害が出るようなら無い方がましだわ。だから義務教育がないのよ」
貴族と市民に接点があるからいけないのだ。
何もしないというのが一番平和なのかもしれない。
「しかし、嶺軍の教師をしていたグランバーがどうして革命軍に入ったのだ? 向こう側に付かないといけない人間だろ?」
「一部の下級兵が軍を裏切り、こちら側に付いたことで煽動の疑いを掛けられたの。それで責任を取らされ契約解除になったわ。実際には何もしていないそうだけど」
「それに腹を立てて参加したということか?」
「いいえ、そうじゃないわ。それは切っ掛けに過ぎないの。本当の理由は娘さんに言われたから」
「娘? ……結婚していたのか?」
戦争に参加するぐらいだから、てっきり独身だと思っていた。
「既婚者だって戦争に参加するわ。彼だけが特別ではないのよ」
「いや、そういう意味ではないが……」
結婚していた事の方で驚いているんだが。
「娘さんに『困っている人の味方になって上げてね』って言われたのが理由みたいね。お父さんにはそれだけの知識や経験があるんだからと。父親というのは娘には弱いから」
自分の娘のように嬉しそうに話す。
お金に釣られて働くタイプではないので、どうして参加したのか気になってはいたが、まさか娘さんからのお願いとは。
あの厳つい顔からは想像もできなかった。
「娘さんが居るのに戦争に参加したのか……凄いな」
「娘さんと言っても、もう大きいわよ。20歳に近いかしら。働いていて一人立ちをしているわ。だから何があっても大丈夫。受け止められるそうよ」
「いい娘さんだな」
「そうね、とても素敵なお嬢さんだわ」
「その娘さんも革命軍に?」
「いいえ。娘さんは参加していないわ。グランバーが許可しなかったの。その代わり彼が参加したわ」
「娘さんの代わりということか」
「それはどうだか知らないけど、彼が協力してくれたことで士気が高まったのは確かよ。素人だった市民を戦えるようにした彼の功績は大きいわ。とても感謝しているの」
教官だったグランバーがいなかったらここまでやれなかっただろう、という話だ。
革命軍からしてみれば、最強の助っ人を手に入れたというわけだ。クビにしなければどうなっていたか。
学校で教師を続けていたら、また違った展開になっていたかもしれない。
「しかし、1度クビになった者が復職できるのか? 軍を裏切っているわけだし」
「悪いのは星系軍だから、逆にそっちに参加していなかった事で責任を問われることはないわ。問題なく復職できると思うけど、ただ、ここの惑星は帝国の直轄領になるので、管轄が帝国軍になるの。そうなると防衛学校は廃校になるかもしれないわ。卒業しても帝国軍には入れないから」
「冷たいな。面倒を見てくれないのか?」
「誰でも入れる防衛学校とは違い帝国軍に入るには厳しい審査があるの。それに合格して初めて国軍学校に入学する許可が貰えるの。廃校になるといって簡単に入学を許可することはできないわ。規則を曲げることになるから」
「復職しても結局は失業するということか……」
「そうね……彼の実績があれば推薦で帝国軍に入ることはできるけど、彼は軍には入りたくはないみたいだし、娘さんと静かに暮らしたいみたいなことを言っていたから無理かしら。別な仕事を見つけることになるかもしれないわね。残念だけど」
辺境の惑星に来たということは、本当に静かに暮らしたいのだろう。
だから軍には入らず、教師として働く道を選んだ。
難しい話だな。
ミチェイエルでどうこうできないのであれば、俺にできることはない。
「グランバーのことはわかった。それじゃここでお別れだな」
「そうね、この惑星に戻ってこない限りは会うことはないでしょうね」
「それで、出発はいつだ?」
「3日後の予定。燃料と食糧が積めたら出航するわ」
「おいおい、急だな。何か理由があるのか?」
「それは聞かないで欲しいわ。依頼主の要望と言うことで」
「しかし、それだと必要な物が揃えられないが。内装とかどうなっているのだ?」
「戦艦だったときの物をそのまま流用しているわ。一通り揃っているはずで、足りない物はないはずよ。気に入らない物があるのであれば後で交換すると良いわ。お金が貯まってからね」
こちらの財政事情を知っているからなのか、内装まで全て用意してくれたようだ。
そこまで準備されているのであれば行くしかない。
「それじゃ、いつでも出航できるということだな」
「準備ができたらね」
「補給に掛かる費用は?」
「そのぐらいこちらで出すわ。あなたは3日後、全ての荷物を持って来てくれた良いのよ。もう戻っては来ないでしょうから」
「了解した。ロズルトとエミリーは?」
二人を見て話す。
余計なことを言わないためか、俺たちの会話に参加してこなかった。
「私たちも付いていくわよ。でも、急だったので準備に時間が掛かるかも。処分する荷物も多いし」
「ロズルトたちも戻ってこないのか?」
「俺たちは元々はここの領民ではないし、遊びに来ていて巻き込まれただけだからな。宇宙に上がれるようになれば、ここに残っている理由はないさ」
「別に船に乗ることないのだぞ。嫌だったら残っても良いし」
俺はミチェイエルの方をチラッと見て話す。無理に付き合う必要はないとね。
「そういうわけにはいかないさ。人が集まるまで協力する。乗りかかった船だしな。船だけに」
「ぷ……」
エミリーが横を向いて笑っている。
あれで笑えるのだから、笑いのツボが浅いようだ。
ミチェイエルは顔をしかめているが、俺は何も言わない。
今時オヤジギャグは流行らないからね。
しかし、断れるわけもないか。相手は皇太后様なわけだし、正体を知っている2人は従うしかないからね。
「エミリーも残っても良いのだぞ。無理に付き合う必要ないぞ」
「私も残っていても仕方がないし、それにまだ帰れないから」
「帰れない?」
「あー、それはこっちの話。でも船のことが気になるし、何よりも魔法を覚えていないからね。もう少し付き合うわ」
「魔法か。もう忘れているかと思ったが」
「わ、忘れていないわよ。ただ最近忙しかったので、やってなかっただけで……時間があれば練習するわよ」
ちょっと恥ずかしそうに言って目を逸らした。
最初の契約で魔法を覚えさせれることだったが、覚えなくても戸籍は貰えることになったので御破算となった。だから、練習に付き合うこともなくなったし、エミリーが忙しくてそれどころではなくなった、というのもあったが、魔法が使えなくても困ることはないので、本人も身を入れて練習していなかった。
それを思い出したかのように言い出したので、何かあるとしか思えない。
悪巧みが得意そうなミチェイエルのことだから、何か言ったに違いない。
「ま、気長にやってくれ。すぐに覚えられるものではないし」
「そうね。少しずつ覚えるわ。わからなかったら教えて欲しいのだけど?」
「うーん、時間があれば。ミチェイエル殿には良くして貰っているし」
燃料から食料まで用意して貰ったらそのぐらいは協力する。申し訳ないからね。
でも、裏がありそうで怖い。
「それじゃ三日後に、船で」
2人はまだ話があるそうで残るそうだ。
全員、皇太后様の関係者だからね。このあと色々と話すのだろう。
しかし、ようやくこの惑星から出られると思うと気が楽になった。
戦争に巻き込まれたりと、色々とあったからね。
そういえば観光らしい観光はしていないことに気がついた。というか、テラフォーミングされた惑星は観光名所はないらしい。全て作られたものだから。
自然の森も植林されたもので惑星固有の物ではない。そして野生動物もいない。環境調査で放された小鳥がいるだけだと言う。
そもそもテラフォーミングすると、そこに住んでいた生物は死滅する。だから何も存在しない。後は、街並みを鑑賞するしかないが、みんな似たような感じなのでそれも楽しめない。
今度向かう惑星に期待だな。
しかしその前に、ロズルトたちを何とかしないと。
監視付きじゃ、楽しむこともできない。
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