第2話 依頼①
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全ての改装作業が終わったと連絡を貰った俺は、船を見に基地へ向かっていた。
近くで車を借り、マップに目的地を入力すると勝手に走ってくれる。タクシーみたいで地名がわからない俺には助かる。呼ぶことも携帯端末機のアプリからできるので、移動に関して困ることはなかった。人が運転していないので気を使うこともない。
気兼ねなく利用できるのは無人車の良いところだ。
基地に到着し車から降りると、あまりの静けさに戸惑っていた。
いつもならいるはずの警備兵がおらず、大型のトラックが数台が止まっているだけで人の出入りがない。
全ての扉が開いており、ドックへ続く道にも誰もいなかった。
首を傾げ辺りを見ていると、そういえば革命軍は解散したことを思い出した。
リーダーであるミチェイエルの名前で、役目を終えたので解散すると、声明文を出していた。それで人がいないのかもしれない。
確かに残っていてもやることはないし、危険な武器をいつまでも保持していれば、今度は帝国軍が良い顔をしない。監視対象となり、常に軍が目を光らせることになる。正体を隠しているミチェイエルとしては喜ばしいことではない。だから解散することで、監視対象から逃れたのだ。それに革命軍のメンバーが軍とトラブルを起こせば、今度はこちらが討伐対象となる。そういった危険もあったので解散したのだろう。その方が平和だしね。
この基地も解体するという話だし、あのトラックは、荷物を運び出すのに使っているのかもしれない。
建物内に入ると殆どが空室だった。荷物も運び終えて、後は解体を待つばかり。
ちょっと勿体無い気もするが、残しておいても悪用される危険があるので解体は仕方がない。管理できない物を残しておいても維持費が掛かるだけだしね。
空室を横目に8号室と書かれているドアをノックすると、女性の声で「どうぞ」と返答があった。
このままドックに向かっても良かったのだが、来るなら部屋に顔を出してね、と言われていたので顔を出したのだが、すぐに後悔した。
ドアを開けると、ロズルトとエミリーがソファーに座り雑談していた。この2人がここにいるのはわかる。ミチェイエルの護衛だろう。だが、もう1人の方はわからない。
用事はないはずだが。
「おお、やっと来たか! 待っておったぞ!」
ブランニュー博士が、親友や恋人に向けるような笑顔で話し掛けてくる。
俺と博士はそんな関係ではないはず。今まで数えるぐらいしか話したことがなく、とても友達とは言えるような間柄ではない。
その博士が立って両手を広げて向かい入れた。あまりの歓迎ぶりに顔をしかめ、その奥に座っているミチェイエルを見ると、彼女は楽しそうにして笑っていた。
はめられた?
しかし、いつ行くとか言っていないので俺が今日来るとは知らないはず。
偶然だと思うが、何か作為的な物を感じていた。
「お前さんが整備士を探しておると聞いてのう。それでわしが来たのじゃ。これでも整備士の資格は持っておるのじゃぞ。安心して任せるが良い。フォフォフォ」
「……」
どう返答して良いかわからず、俺はロズルトたちの方を見ると苦笑いを浮かべている。どうやらこの2人も巻き込まれた感じだな。
来て1分もしないうちに頭が痛くなってきた。
「博士はどこでその話を聞いたのだ? 募集の話は誰にもしていなかったはずだが」
確かに従業員は欲しかった。あの船を3人で動かすには無理がある。たとえダンジョンコアのサポートがあってもだ。
それで募集しようかと迷っていたのだが、信用できない人を船に乗せるのもなあ、と思い、保留にしていた。どこかで信用できる人物でも見付けたら誘うつもりだったのだ。だから誰も知らないはずなのだが、どこからか漏れていたらしい。
誰だ、漏らしたのは?
「ん? ミチェイエル殿に聞いたのだぞ」
犯人はお前か!
俺が睨むとニコッと微笑んだ。
余計なことしやがって。
「フフフ、博士が船のことをしつこく聞いてくるのでそれで仕方がなく。自分も乗りたいようなことを言っていたから教えてあげたの。整備士を募集しているって。迷惑だったかしら?」
何だろ『手伝って上げたのよ』と感謝して欲しいような笑みを浮かべているが、それは大きなお世話というやつだ。
博士が乗れば面倒事が増えるだけで、こっちはダンジョンコアのことは内緒にしたいのに……。
しかし、迷惑かと聞かれると答えられない。
整備士が欲しかったのは確かだし、それに信用できないかというと博士は違う。研究材料が目の前にあれば裏切るようなことはしないだろう。
そういう意味では信用できる人物だ。
「いや、別に構わない。しかし、この2人の許可を貰ったらな」
俺が、断るだろう、と思って2人を見ると慌てて目を逸らした。
おや?
「それなら大丈夫じゃ。すでに許可は貰っておる。のう?」
博士が笑顔で2人の方を見ると2人とも苦笑いを浮かべていた。
なるほど。もう話は付いていたということか。
知らないのは俺だけだったようだ。
「いつ話したのだ? ロズルト」
「一週間前だな。博士が船の改装現場を訪れて、自分も乗せろと騒いでいたので仕方がなく。それでミチェイエル様……リーダーのところに連れて行って、何やかんやあって紹介することになった。作業に支障が出ると困るのでね」
ミチェイエルを見て視線が合うと「フフ」と笑った。誤魔化しているというわけではなく、本当の事を話しているようだ。
しかし、ここまで古代船に執着しているとは。博士を甘く見ていた。
「はあ、許可を貰っているのであれば歓迎しよう。しかし、どうして俺が来ることを知っていた? 連絡は入れてなかったが」
「博士はね、あれから毎日ここに通っているのよ。シューイチが来るまでね。電話で伝えれば、と言ったんだけど、本人と直接話したいからと言って聞いてくれなくて。追い出せばドックで騒ぐし、仕方なく、ここに居させたというわけ」
エミリーが呆れ顔で教えてくれた。
なるほど、毎日ここに通っていたのか。そこまでして船に乗りたいとは。
呆れるというよりも執念を感じるね。
「博士の気持ちはわかった。ただし、整備が優先だ。研究は暇なときだけにしていくれよ。それと俺の指示には従って貰うぞ。一応、これでも商会長になるからな」
船は俺の商会の所有物として登録してある。俺の物ということだ。
だから何かあった場合は俺の責任になる。今度からは余計なことをさせないように厳重に管理しないといけない。コアの好き勝手にやらせるわけにはいかない。
「構わんぞ。その代わり研究室を作ってくれ。持って行く資料が多くてのう。1部屋では入りきれん。部屋は一杯空いているのじゃろ?」
「空いてはいるが……まあ、好きに使ってくれ。ただし、分解は駄目だ。船が動かなくなると困るからな」
「航海中にそんなことはせんわ。わしとて死にたくはないのでのう」
それだと停泊中にすると言っているようなものだぞ。博士にも監視を付ける必要がありそうだ。
やれやれ、余計な仕事が増えた。コアに監視でもさせておくか。
博士は準備があると言って意気揚々と部屋を出て行った。自分の用事が済めば後はどうでも良いらしい。
本当に自由だな、博士は。
「それで、顔を出すように言ったのは博士の件だけか?」
俺たちの会話を面白可笑しく見ていたミチェイエルに尋ねた。
こうなることはわかっていたのだろうな。一切口を挟まないでいた。
「フフフ、博士のことじゃないわ。それはおまけ。お仕事のお話をしようと思って」
「お仕事? この惑星に売るような物があるのか?」
今は物資不足で持ってくる物はどんどん売れている。その変わり、こちらの生産が追いつかないので売るような物がない。というか、そもそも売れるような特産品はない。だから、ここに来た商人は手ぶらで帰っているのが現状だ。
戦争前なら、加工された食料品などが売れていたそうだが、食料に関しては、ドラギニス軍と星系軍が惑星を出るときに大量に持って行ってしまったので、在庫がない。
なので、とても商売ができる状況ではないのだ。
「今は物資が不足して、この惑星で生産された物は制限が掛けられているわ。だから大型のコンテナを満杯にして運ぶことは無理。だから他の依頼をしようと思ってね」
「他の依頼?」
「簡単な依頼よ。私をリストウェール領の領都まで連れて行って欲しいの」
「護衛の依頼ということか? しかし、俺の船は商船だぞ。旅客船とは違う。快適な旅は約束できないぞ。それに商船だから海賊船に襲われる危険もある。お勧めできる船ではないが」
「そうかしら? あの船なら安全だと思うけど」
安全だと言われると安全だろう。
武装は減ったがシールドは今まで通りで、あの超高熱反応弾でも耐えたのだ。
攻撃されたところで簡単に沈むことはない。
「しかし、そういうのは傭兵ギルドの仕事だろ? 商人には関係ない話だと思うが」
「別に商人が人を運んではいけないという規則はないわ。時には人も物扱いになるときだってあるのよ。国によってはだけど」
物扱いか。
奴隷に人権がないので奴隷のことを言っていると思うが、いつ聞いても反吐がでる言葉だ。
やっぱし貴族だな。好きになれない。
「俺はそういう仕事はしない。頼むなら他の人に頼みな。断らせて貰う」
「あら、ごめんなさい。言い方が悪かったようね。私は奴隷を認めているわけではないわ。商人が人を運ぶことはよくあることよ、と言いたいのよ。例えば商品と一緒に依頼主も運ぶとか。商談によってはそういうこともあり得るの。だから人を運ぶことは傭兵ギルドだけの仕事ではないのよ」
依頼主によっては、積荷と一緒に同船することもあるそうで、その時は積荷とは別に、別料金を取ることもあるそうだ。ようは人を運ぶということになるわけだ。そのことを言いたかったようだ。
「なるほどね。まあ、言いたいことはわかった。しかし、どうしてミチェイエル殿を運ぶ必要がある? まだ仕事が残っているのだろ? 前に会った時はそんなことを言っていた気がするが」
「引き継ぎ来てくれることになって私の仕事は終わったの。だからこの際だし、私も他の惑星へ旅行に行こうかと思って。この惑星では色々とあって苦労したからご褒美ということでね。おかしいかしら?」
「別におかしくはないが……」
いやいや、皇太后が勝手にあってこっち旅行に行っては駄目だろう。しかも御供も連れずに。何かあったときはどうするのだ?
しかもロズルトたちはいないのだし。
責任を取らされるの嫌だぞ。
「それなら旅客船に乗れば良いのでは? わざわざ俺の商船に乗らなくても良いと思うが。でかいし、経費もそれなりにかかる。旅客船で行かれたらどうだ?」
「そうしたいのはやまやまだけど、宇宙港が使えないのでしばらくは旅客船は来ないわ。だから船をチャーターして行くしかないの。多少はお金が掛かってもね」
「それなら小型の商船や戦闘艦をお勧めする。安く済むぞ」
「それだと安全面では不安でしょ? お金はいくら掛かっても構わないわ。お願いできないかしら? もちろん依頼料は前金で払うわよ、前金でね。フフフ」
「ま、前金で!? うーん……」
痛いところを突いてきた。
本音は断りたいのだが、しかし、……金がない。
商品を買って売りさばくにも元金が必要だし、配送の仕事も、燃料代や宇宙ステーションの停泊料などが必要だ。報酬は配達が終わってからになるので、それでは間に合わない。
船にかかった経費は全て商会の口座から引き落とされるので、ゼロだとどこにも行けないということだ。
「ま、まあ、そこまで言うのであれば引き受けるが」
前金の魅力に負けた。
それに、このままこの惑星に残っていても仕事があるとは思えない。
商人ギルドに登録はしたが、やはり信用がない新興の商会に荷の配達を頼む商社はいない。それに戦後とあって、この惑星で生産された物は高い。たとえ仕入れたとしても、外に持って行っても売れないのだ。
「その代わり仕事はギルドの指名でお願いするよ。実績を作らないといけないのでね」
「わかったわ。グランバーに言って依頼を出しておくわ」
「そういえばグランバーはどうするのだ? 戦争は終わったのだろ?」
「彼はこの惑星の住民なのよ。訳あって私たちに協力してくれただけで、終われば普段の生活に戻るわ。仕事もあるだろうし」
「仕事? 何の仕事を?」
「フフフ、教師をしているわよ」
「教師!?」
一番に似合わない職業が出てきて驚いていた。
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