第195話 商船③
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「始まりの船、という言葉、聞いたことはあるかしら?」
「始まりの船……いや、聞いたことがないが」
「我々の祖先はその船に乗って来たと言われているの。そしてその船に搭載されていたのが今で言う自立型AI。自分で考えて判断し行動するAIのこと。それだったのよ。そして後に我々人間と戦争を起こしたAI。AI大戦ね。全てのAIが敵に回ったの」
「ああ、その話なら聞いたことがある。それで最終的には人権を手に入れたんだっけ?」
「そうね。細かく言うとちょっと違うけど、言っていることは同じ。ようは乱暴に扱わないでくれ、ということ。人と同じように扱ってくれと。機械がそう言っているのよ。おかしいでしょ、機械なのにね。それで協定が結ばれたのだけど、その結んだ相手がその始まりの船のAIなのよ」
「なるほど。言いたいことはわかった。その始まりのAIではないかと言いたいのだな?」
「そういうことよ。そうなると簡単に破壊することはできないわ。そんなことをしようなら、また、戦争を起こされてしまうでしょ? 粗末に扱うことができないのよ」
「始まりの船ねえ……」
ということは、こいつらの祖先は移民船に乗ってきた人たち、ということか。そして、搭載されていたAIはダンジョンコアのことを言っているのだろう。
しかし、俺が聞いた話とちょっと違うな。
人類が滅亡したから他の惑星を探して旅に出たと、ダンジョンコアは言っていた。人を乗せていたとは言っていなかったはずだ。
どういうことだ? あのコアとは別の惑星のことを言っているのか?
まあ、どちらにしろ、同じことを二度と繰り返さないために監視をつけるということか。
正体を知っている俺からしてみれば、まったく、いい迷惑だな。
「その、始まりのAIは今はどうなっているのだ?」
「どこかの星で長い眠りについたとも言われているわ。記録では、当事の皇帝がどこかの惑星に隠したとも言われている。はっきりとはわかっていないのよ。始まりの船に関するデータは全て消されているのでね」
こうして話しているのは、皇族だけに口承されてきた説話。本当か噓か、本人たちにもわからないそうだ。
「しかし、そのAIがいないのであれば協定を守る必要はないのでは?」
「代理がいるのよ。グランドマザーと呼ばれているAIがいて、その意志を継いでいるの。今の自立型AIは彼女が管理しているわ。何かあれば、彼女から我々に連絡が来る。そういう仕組みになっているのよ」
そのグランドマザーもどこにあるかは不明で、探してみたがわからなかったそうだ。
「協定を反故するわけにはいかないのか……」
「そういうことよ。わかってくれたかしら?」
「言いたいことはわかった。しかし、何でそのことを俺に話した? 関係者以外は知ってはいけないのだろ?」
「あなたなら他の人に話さないと信じているだけ。それに、監視するにはあなたの協力があった方が良いからよ」
「そういうことなら協力はするが……」
過去にそういうことがあったから監視したいのか。
まあ、俺に害がなければ好きにすればいいさ。
監視したところでどうにかなるような物でもないし。
「全ての改修が終わるのは1ヶ月後ぐらいかしら。今は物資が少なくて、他の星系から取り寄せている所よ。この惑星にあった在庫は全て奪われてしまたっから」
星系軍が出るとき、殆どの物資を持って行ったそうだ。それで輸入を再開したそうだが、空港や宇宙港が使えないとあって、供給が追いついてないとのことだ。だからしばらく時間が掛かるので待って欲しいと言われた。宇宙港を破壊したのは俺らなのでさすがに文句は言えない。
「今は一部の基地を開放して、そこに船を降ろさせているのだけど足りなくて、宇宙で待って貰っている状態なの。それに商会を1つ潰したから、商品の輸入が追いついていないの」
「潰した?」
「あら、忘れたかしら、あの商会長のことを」
「ああ、船を乗っ取って裏切ろうとしていたおっさんか」
「そう。グリード・ラグマン。責任を取ってグリード商会を解散させたの。その影響も少しはあるのよ。彼らが抜けた穴を他の商会がフォローしているから、手が回らない状況になっているの。余計な仕事を増やしてくれたわね、まったく。居なくても迷惑をかけているわ」
笑顔で話しているが、こめかみに青筋が浮き出ている。かなり怒っているね。
このタイミングで解散させたくはなかったのだが、市民にグリード・ラグマンのことが知られて、仕方なく解散させたそうだ。責任を取らせないといけないし、それに怒った市民が商会を襲うとか考えられる。そうなる前に手を打ったをいうことだ。
「その代わり、残った従業員で新しい商会を立ち上げる予定になっているの。全ての従業員に罪はないですから、それに関しては黙認しているの。今は人手不足なのでね」
街の被害は少なかったが、空港が破壊されたことで市民の生活に支障がでている。
復旧工事に人手が足りなく、他の惑星からも募集しているそうだが辺境とあって集まりが悪い。
思うように工事が進んでいないというのが現状で、それで少し苛々しているのか、人差し指で机をトントンと叩いていた。
「あなたも、その間に商会を立ち上げておいて。船を店舗として登録するから、お店は必要ないわ。やり方はエミリーにでも聞いたら教えてくれるわよ。それと船の名前もね。戦艦ウリウスは使えないから新しい名前を用意してね」
戦艦と商船では違うので新しい名前が必要だとか。
同じウリウスでも良いのだが、それは既に使われているので、それで新しい名前が必要になったそうだ。
船の名前か……。
苦手なんだよな、名前付って。
ダンジョンコアに決めさせれば良いのに。
「俺じゃなくてAIに決めさせたらどうだ?」
「決めるかしら? あなたに聞いてって言われそうだけど」
「まあ……言いそうだな。マスターだからと言って。わかった、後で連絡する」
「船の登録で必要なので早めに決めてね」
俺ひとりで決めると文句を言われそうなので、ダンジョンコアと相談することにした。
話が終わり、改装がおこなわれているドックに向かった。
フレームが剝き出しになった改装中の船を見せて貰い、大きなコンテナが飛び出している姿を見て眉を寄せた。何て不格好。スマートじゃない。
しかし、この形でないと、荷物を積めないと言われたら仕方がない。元は戦艦だし、荷が積めるスペースはない。格納庫を大きくするにはこの方法しかなかったのだろう。小さな翼が生えたみたいだ。
船内も見せて貰った。
改装中で部屋の方は入れなかったが、サーバールームはそのままなので立ち入ることができた。
そこでコアがある台座に向かって話し掛けた。
「お前の思わく通りになったな」
『何のことでしょうか?』
台座の中からダンジョンコアが出てきた。
普段は台座の中に隠れているが、俺が来るとこうして表に出てくる。
喜んでいるのか、いつにも増してピカピカと光っていた。
「そこまでして俺と離れたくはなかったのか?」
『魔力を補充できるのはマスターだけです。離れることはできません』
「それで手を回したのか」
『私は何もやっていません。普通に協力しただけです』
「普通に協力ね……自分の存在意義を高め、周りに脅威と思わせて敢えて監視を付けるように仕向けた。そして俺を船長にしておけば真っ先に選ばれる。協力者として」
『……』
「俺の命令しか聞かないことにしておけば尚更だ。だから積極的にレジスタンスに協力していたのだろ?」
『ですが、そのおかげで船がただで手に入ったのですから良いのではないでしょうか? 逆に褒めて頂きたいです』
「その代わり監視が付くのだぞ。はぁ……監視付きで商売をしないといけないとは」
やれやれ、という感じで頭を振った。
監視が付くことは初めてではない。
最初に異世界へ送られたときはその国で監視が付いていたし、どこに行くにも視線を感じていた。気が休まない日々が続いていた。
しかし、最初から監視者だとわかっていればそれほど気にはならない。普段通りに接するだけで、黙っていれば良いのだ。それに、監視されるのはコアの方であって俺ではない。四六時中付いてくることはないだろう。ただし、コアのことは内緒にしたいので、ここに来るときは注意が必要だ。それだけだ。
置いて行くという手もあるが、俺ひとりでこの船を動かすのは無理。コアのサポートがあっても操船はできない。商売も含めて全て。
監視だとわかっていても、結局は連れて行くしかないのだ。
「それにミチェイエルの正体も知っていたのではないのか? だから余計に協力したのだろ?」
『もちろん気づいていました。彼女はこの国の皇太后です。官庁のサーバーに侵入して情報を集めました。この惑星では身分を隠し、髪形や髪の色を変えています。写真や映像も閲覧できないようにしており、バレないようにされていましたが、領都のネットワークと繫がったときに調べました。間違いありません。彼女はチェール・ニクルス・ド・バジルスカルです』
チェール・ニクルス・ド・バジルスカルは本名らしい。バジルスカルはこの国の名前。
はぁ、超大物だわ。命令されたら逆らえるわけがない。というか、謁見するだけでも大変な人物だ。
普通に会話など出来ない。
「やはり皇族か……何でそんな偉い人がこの惑星に? 居ちゃいけない人だろ?」
『理由まではわかりませんが、ネット上では、皇太后は病気で休養していることになっていました。保養先もこの惑星ではありません』
「それはおかしな話だな……連れてこられた? いや、それだった自由に動けるはずがない。それにそれほどの人物が護衛もなしで来るはずがない。お忍びで来ていたということか……」
『お忍びで来ていたとしても、その理由がわかりません』
「まあ、大方、公務が嫌で逃げ出して来たのだろう。あの性格だし、王族や皇族には変わった奴が多いからな。だから病気療養にして誤魔化しているのだろう」
城から逃げ出した王様もいたぐらいだし、珍しいことでもない。
『それで内戦に巻き込まれたということですか?』
「多分だけどね。空港が閉鎖され、逃げ出すことができなかった。それでレジスタンスを立ち上げた」
『ですが、皇族がそのようなことをしても宜しいのでしょうか? 法的にも問題がありそうですが』
「だから身分を隠していたのだろう。知られると色々と不味いから」
『そういうことですか。人間というのは面倒ですね。偉いのですから自由にすればよいのに』
「そういうわけにはいかないだろ。法を作った人間が法を破ったら示しがつかない。模範にならないと」
『不便ですね』
「人間には人間のルールがあるのさ。それで、エミリーとロズルトの方どうだったんだ? 一般人ではないだろ?」
『この2人に関しては情報がありません。少なくても皇族の名簿に名前はありませんでした。年齢からいってそれに該当する人物もいません』
「そっか。そっちまで偉い人だったら頭を抱えていたよ。言葉遣いとかで困るし……ま、今更だけどな」
『ですが、皇族と知り合いの時点で一般人である可能性は低いです』
「まあな。少なくても貴族の子息や令嬢は間違いないか。そうなると面倒だな。関わりにはなりたくないが。かといって皇太后様の推薦では断れない。しばらくは付き合うか。ずっと一緒に行動するとかはないだろうし」
貴族の人間が、商人の真似事などに付き合っていられるわけがない。彼らにも貴族の勤めはあるだろうし、家が許すとは思えない。どこかのタイミングで引き上げるだろう。ちょっとの辛抱だ。
「それよりも1つ聞きたいことがある。ミチェイエルから聞いたのだが始まりの船についてだ。何か知っているか?」
『……知りません。何でしょうか、それは?』
「皇帝の祖先がそれに乗って来たそうなんだが、どうも話を聞いていると移民船みたいで、ダンジョンコアが管理していたみたいだ。同じコアなら知っているのかと思ってな。それにミチェイエルは、お前がそのコアではないかと疑っている。違うのか?」
『私の船は探査船なので違います。それに人類を救えという命令は神より受けていません。移民船として人を乗せることはありません。コア違いだと思います』
「ふむ、お前ではないということか……」
『私は魔力が切れて長いことを眠っていました。その間のことはわからないのです。神界が閉じて、他のコアとも連絡が取れなくなりました。生き残っているコアがどこで何をしているかわかりません。そして、どれだけのコアが生存しているのかも。神界が開いていれば、お互いに連絡は取れるのですが』
話から察するに、惑星から脱出したコアはこれだけではないのだろう。
別のコアが乗っけたのかも知れない。
そのコアのどれかが、始まりの船のコアということか。
「しかし、どうして人間を乗せたのだ? 人類を助けろと命令でもされたのか?」
『わかりません。私は人類が滅亡したので、人間が住む惑星を探しに宇宙に出たのです。他のコアのことは知りません』
「コアによって役目が違うとか、あるのか?」
『わかりません。神からの命令は禁則事項にあたるため、答えることはできません』
「ふーむ……」
神の禁則事項か。
コアによって役目が違うから禁則事項にしているのか?
ひとつは人類を救い、ひとつは人類を滅亡させる。
何の意味があるのか知らないが、お互いの目的が知られたらコア同士の戦争になる。なので禁則事項にして、目的を知られないようにしている。
考えられるが、神がそんな面倒なことをするだろうか?
何だかノアの方舟を思い出す。
人類に失望し滅亡させたのも神だが、人を助けたのも神だ。そして移民船が方舟。
疑いだしたら切りがないが、人類滅亡には裏があったのかもしれない。
「神の考えることはわからないね」
『我々コアは、自分で判断し自由に行動することが許されています。他のコアが何を考えて行動していたかはわかりません。私は自分の役目を全うするために行動しただけで、神からは命令を受けていません』
「魔素の循環だっけ?」
『はい。魔素を吸収し、魔物を作り、それを人間に狩らせるのが私の仕事です』
「魔素で溢れている惑星を探しているんだよな?」
『魔素だけでは駄目です。人間が生存していなければ』
「けったいだね。そんな惑星があると思うか?」
『わかりません。それを探すために旅へ出たのです』
「そして、今も探しているのか……」
『……』
「わかった。そのことは一旦置いておこう。それよりも今日はこっちが本命。お前の名前を決めに来た。ウリウスは使えないという話だぞ」
『そうなのですか?』
今日来た経緯を説明した。この船は戦艦ではなく商船になると。
『それで船を改装していたのですか? それは良かったです。私は争い事が嫌いでしたので』
そう言っているわりには好戦的だったような気がするが。
というか、お前ダンジョンコアだろ。人と魔物を戦わせるのが仕事ではないのか?
こいつの考えていることがわからん。
「まあ、何でもいい。気に入った名前はあるか?」
『マスターが決めてください。元々名前はありませんので』
思っていたとおり、やはりそう来たか。
自分の名前ぐらい自分で決めれば良いのに。
「後で文句を言うなよ。……ダンコ。ダンジョンコアだからダンコ。良い名前だろ?」
『私は団子ではありません。食べられませんので』
「いや、そっちの団子じゃね。ダンコだ」
『ダンコですか……個性的な名前ですね。脚下です。私は犬ではありません』
「それはワンコだ。何だよ、結局は不満なんだろ?」
『普通に付けていただければ良いのです』
「その普通が難しいんだよなあ……製造番号があるんだっけ?」
『はい。製造番号は10110です』
「多いな。そんなにダンジョンはあったのか?」
『これはコアだけの番号ではありません。神に作られた番号です。ですので、聖剣や神剣も含まれます。勿論、魔道具や神具などもです。全てを含んでの製造番号になります』
「そういうことね。しかし10110番とは。多く作ったものだ」
神様は暇なのかね。
「10と1と10番。テン・ワン・テン……テイワンというのはどうだ?」
『……』
おい、無視かよ。
だったら自分で考えろよ。
「テン サウザンド ワン ハンドレッド テン 英語で10110だ。番号から取った方が良いだろ?」
『長すぎます』
「それではデケムとウーヌスとデケム。ラテン語だな。10がデケムで1がウーヌス。1万はデケムミーリアと言ったか」
『デケムミーリアで結構です。長くなりそうなので』
「いっその事、ミーリアではどうだ? その方が呼びやすいだろ」
『……ミーリアでお願いします』
何だ、その間は。
これ以上は期待しないで貰いたい。
俺に名付けのセンスはないのでね。
「わかった。それと例の女性士官は使うなよ。軍艦ではないのでな」
『わかりました。代わりの女性を作ります』
「女性なのか?」
『そのほうが受けが良いので』
「AIが受けを気にするとは。でも、男の声で言われても萎えるのは確かだな。まあ、よろしく頼むよ」
何だかんだで名前はミーリアに決まった。
今までずっとAIと呼んできたが、名前で呼んだ方が良いだろう。愛着も湧くだろうし。……愛着はいらないか。
全てが終わるまで更に1ヶ月は掛かるということで、待つことになった。
とは言え、やることが多く、ゆっくりしている時間はなかった。
商会の立ち上げに税金のお勉強。文明が進んでなければ、税金なんて気にしないのだが。
そして面白いことに、この世界にも商人ギルドがある。
商売をする人は登録する必要があるそうだが、登録しなくても商売はできるそうだ。
ただ登録をすれば、ギルドからの依頼を受ければ契約から支払いまで全てやってくれる。それに税金も最初から引いた金額で振り込んでくれるので、後で申告する必要はない。それは傭兵ギルドも同じ。ギルドに登録すれば、面倒な税金も全てやってくれるということだ。
だから登録する人が多く、トラブルになっても対処してくれる。保険も掛けられるので、積荷が奪われても保証してくれるそうだ。ただ、全額ではないそうだが。
問題なのは、船の整備費用や停泊費が経費で落ちないことだ。燃料も全て自腹になる。それが日本と違う感じだな。そのかわり税金は安くなっている。それで賄えということのようだ。
慌ただしい日々が過ぎ、そして改修から1ヶ月が経ち引渡しとなった。
そして最初の依頼。
はあ、面倒なことにならなければ良いが。
ご覧いただきありがとうございます。
以上で1章は終わりです。
2章から商人としてスタートです。
1章は船を手に入れる過程を書きましたが、以外と長くなってしまった……。
神様から貰う、という方法もあったのですが、それだとありふれて面白くないかと思ってやめました。
最強の船とかにしたくないし、ある程度は制限を設けた方が面白いかと思ってあのような設定にしました。それでも十分チートだと思うが、弱すぎても話が進まないのであんな感じになりました。
この後は自由な旅となりますが、まあ、様々なことに巻き込まれていきます。
毎日、少しずつ書いていますので、お暇の方はお付き合いしていただけると嬉しいです。
ついでに評価もしてくれると嬉しいです。