第193話 商船①
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あれから1ヶ月が経ち、惑星は平和を取り戻していた。
帝国軍が惑星を奪還してからは、これといった混乱もなく、市民も落ち着いていた。
ただし、代官がいなくなったことで公共事業などの決裁が滞っており、宇宙港などの復旧工事が止まっていた。
何でも、次の代官を決めるのに揉めているとか。
その原因はここの領主にあり、この星系も誰が治めるのか決まっていないそうだ。
「結局、どうなったのだ?」
俺がミチェイエルに訪ねた。
「この星系は帝国の直轄領になるわね。ベルカジーニ伯爵から管理が外れることになる。それは仕方がないことね。短期間とはいえ奪われたのですから。それに星系軍の管理もできないようですし、当然の処罰というところ。降爵になるわね。それで他の貴族から色々と言われているそうで、かなり揉めているわ。落ち着くまでは時間が掛かるでしょう」
基地の執務室で話を聞いていた。
今日はミチェイエルから呼び出されてここに来ていた。
何でも船の件で話があるとか。
期待して訪ねていた。
「それまでは代わりの代官は来ないのだな?」
「それについては代理がいるから大丈夫よ。正式に決まるまでは代理が全て処理するわ」
後任が決まるまでの間は代理を立てて処理するそうだ。誰だかは教えてくれなかったが、まあ、何と無く誰だか察しがつくので尋ねなかった。
「そういえば嶺軍は負けたんだってな」
「ええ。話は聞いているわ」
「例のミサイルは使われたのか?」
ミチェイエルは静かに首を横に振った。
結局は、嶺軍が来ることはなかった。第3惑星での戦闘で負けたからだ。
それが原因でこの惑星が直轄領になったわけだが、その詳細についてはわからずにいた。領主により箝口令が敷かれたからだ。だからニュースで取り上げることもなかった。しかし、噂までは口止めすることはできないので、負けたことはすでに広まっていた。
「ものの見事に負けたわね。例のミサイルは使われなかったわ。ただ、普通に戦って負けたそうよ。しかもこてんぱんにね」
負けたことが嬉しいようで「フフフ」と笑っていた。
「話ではそんなに戦力差はなかったと思ったが」
「一部の艦隊が独断で先行して、それで陣形が目茶苦茶になったという話ね。そして孤立して救助に向かった艦隊が狙われた。最終的には数で差が付き撤退した。そう聞いたわ。私にも詳細は届かなかったけど、調べた限りでは嶺軍内で揉めていたとか。意思疎通ができなかったようね。烏合の衆の集まりだったそうよ」
呆れ返って困った顔をしていた。
他の星系から集められた艦隊なので、統制できなかったそうだ。それに領主が陣頭に立って指揮していなかっというのも大きかった。
司令官の指示に従わなかった部隊が足を引っ張ってそれで負けたそうだが、今度はその責任の擦り合いをして領内は揉めているという。
なるほど。どうりで箝口令を敷くわけだ。
恥ずかしくて人には言えないだろう。
「そうなると、あのミサイルは使われずして負けたということか。良かったの悪かったのか微妙だな。結局は負けているのだから」
「そうね、使ってくれたら領主の罪も少しは軽くなるのだけど」
「ん? どういうことだ?」
「あのミサイルの出所が問題になっていてね、とてもじゃないが星系軍が開発できるものではないわ。だからドラギニス軍からの供給品だと睨んではいるのだけれど、その証拠がない。証拠がなければ抗議も何もできないわけで、そうなると星系軍が開発したことになるの。それ以上は言わなくてもわかるでしょ? 被害が出た以上は誰かが責任を取らないといけないのよ」
あー、擦り付けたのか。
超高熱反応弾で多くの人が亡くなった。何もしないというわけにはいかないので、惑星の管理を怠った領主の責任にしたのだろう。
それに、たとえ主犯の代官が捕まったとしても、その責任はやはり領主にある。視察も何もしなかったようだし全て他人任せだったから、代官や軍が好き勝手なことをやっていた。
責任を取るにして取らされたという感じだな。
仕方ない部分はあるのか。
「しかし、星系軍は知っているのだろ? あのミサイルの出所を」
「それが殆どの人が知らなかったわね。極秘にしていたみたい。だから使われるまで知らなかった兵士が多かったわ。それもそのはず。そんな物があると知られた対策されてしまうから極秘にしたのでしょう。軍としては当然の対応ね。司令官の側近だけに知らされていたのではないかしら」
「対策されてしまうから内緒にしていたということか……」
「秘密兵器というのはそういうものですからね。だからあれがドラギニス軍から提供された物だと証明できないと、抗議ができない。書類でも交わしていれば追及できるのだけど……」
そういった物は何も残っていなかったそうだ。
そうなると、その責任は領主が取らないといけないわけで、作ってもいない兵器の責任も取らされるわけだ。
ちょっと可哀想な気もするが。
「それでも抗議ぐらいはできるだろ? 惑星を侵略したのだから損害賠償だってできるはずだ」
「したところで払ってくれる国ではないわ。今まで賠償した、という話も聞いたことがないし。そもそも戦争に負けたわけでもないのに、賠償に応じるわけがない。請求したところで無視されるだけね」
「それじゃ、抗議も無駄だと思うが。聞く耳を持たないだろ?」
「それが目的ではないわ。抗議することで、他国に危険な兵器をあると知らせることができるのよ。これはとても重要なこと。しかし、確たる証拠もなしに抗議したら私たちが虚偽を言っていると思われる。兵器が存在している証拠が必要になるの。撃った瞬間の映像とかね」
「そのために撃って欲しかったということか?」
「別に元物があればそれでも良いけど」
「それは無理だろ。敵艦に乗り込んで盗んでこい、ということだろ? 死にに行けと言っているようなものだぞ」
「フフフ、敵の手に渡るなら自爆する道を選ぶと思うけどね」
「物騒だな、おい! 最初から無理じゃねえか」
「だから実際に使って貰いたかった。このままだと、帝国が危険な兵器を開発したことになって他国から糾弾される。ドラギニス公国の代わりに怒られることになるなんてね、冗談でも笑えないわ」
それが気に入らないようでムスッとした。
この間の戦闘時の映像が出回れば、帝国が開発したとみなされる。
帝国としては、それは非常に面白くない。
「作っていない兵器で責められるのか。どこかの領主と同じになるのだな」
「だから、実際に使って貰ったほうが後処理を考えると楽なのよね。言い訳を考えなくて済むから」
「その分、犠牲者も大勢出るが」
「しかし、負ければ結局は同じこと。どうせなら国のために負けて欲しかったわ」
そう言って「はあ」と溜息を吐いている。
怖いことを言うな、この人は。兵士だから国のために死ぬのは仕方がないが、後が面倒から死んでくれ、と言うのは違うだろ。
しかし、この後の外交のことを考えて頭を悩ましていたとはね。
戦争は戦っているときよりも、その後の方が面倒だと聞いた。
復興工事に戦死した兵士への保証。金は幾らあっても足りないし、国の再建には何年もかかる。
勝った負けたで終わらないのが戦争だ。こんなことをしようとする奴の気が知れない。
「それで、全ての元凶の悪代官は捕まえたのか?」
「監視衛星で足取りを追ったけど、この星系を出たところで消えたわ。そこから先は帝国軍の管轄になるので追えない。彼らかの吉報を待ちましょう」
指名手配はしたようだし、どこかの宇宙ステーションにでも立ち寄れば、すぐに連絡がくる手筈だとか。
遠くには行けないだろう、ということで、時間の問題と話していた。
「俺の指名手配は?」
「もう取り消したから外を歩いても大丈夫よ。軍のホームページから消えているから後で確認すると良いわ」
「それは助かった。服とかは自分で見て買いたいからね。これで自由に歩けるわけだ」
大抵の物はネット通販で手に入るので困ることがないが、それでも服だけは自分で選んで買いたかった。
こういうのは見てみないとわからないからね。肌触りとかあるし。
それに船が届けば日用品以外も必要になる。家具類なんかも欲しいし、休憩室にはソファーなど置きたい。船の中とはいえ、生活環境を調えないといけないのだ。
こういうときに外出できれば、どこかでまとめて調達することも可能だ。
外出できるようになったのは大きかった。
「そういえば星系軍の司令官だったザイラ・バーツはどこに行ったのだ? この惑星には戻ってこなかったのだろ?」
「調べたらイスタール王国に向かったみたいね。行ける国としたらあそこぐらいでしょうから」
イスタール王国とバジルスカル帝国は昔から犬猿の仲なんだそうだ。
事の発端は知らないが、何百年と前から戦争しているとか。
気が遠くなる話だ。
「捕まえることは無理か……」
「外国に逃げれば賞金首になるので、傭兵が賞金稼ぎで捕まえてこない限りは無理ね。後は向こうの政府が捕まえてくれたらだけど……それも無理な話。そんな条約を結んでいないし、それに向こうは喜んで歓迎するでしょう。軍の情報を持っているでしょうから」
「逆に歓迎されるのか。しかし、なんでこんなに多くの兵士が賛同したのだ? そんなに星系軍というのは待遇が悪いのか?」
「星系軍の待遇に関しては領主に委ねているのでわからないわ。でも、帝国軍での離職率は高くないし悪いということはない。ただ、一部の兵士に不満があるのは確かだけどね。貴族ばかりが優遇されているから」
「あー、それは確かに不満が出るわな。俺は貴族だから偉いのだぞ、とか言って、平民出身者を虐めているのだろ?」
「それに関してはノーコメントよ。私の口からは言えないね」
否定しなければ、それはあると認めているようなものだぞ。
貴族が平民を虐めることはよくあることで珍しくはない。
ただ、それを是として認めると問題になるわけで、貴族だからと何でも許されるようになれば、今回のように反乱が起きる。だからといって禁止にすれば、今度は貴族が反発する。なぜ平民に配慮する必要があるのかと。
貴族の横暴を認めるわけにはいかないが、だからと言って禁止にすれば貴族が騒ぐ。結局は禁止することはできず、認めることもできない。答えることができないのだ。今のミチェイエルのように。
時間が掛かっても平等で公平な関係が築けなければ、同じようなことがまた起きるだろう。
これは貴族制である以上、必ず起きる問題だ。
「どの世界の貴族も、みんな同じということだな。ザイラ・バーツが国を裏切るのはそういう背景があったからだろ?」
「ザイラ・バーツ司令官については調べている最中。彼は元は帝国軍の大佐で、作戦の失敗で責任を取り、退官して、この星系に来たようね。ただ、彼の軍歴が帝国軍のデータベースにはなくて、調べるのに時間が掛かったわ。消されていたのよね、理由はわからないけど」
「軍歴を消すってどういうことだ?」
「わからないわ。それを今は調査しているところ。ただ、責任を取って、というのは怪しいわね。退官したことになっているけど、それも本人の意思か怪しいところ。納得していなかったようで同僚に愚痴をこぼしていたようだし。そのことで、帝国軍を恨んでいたのは確かのようね」
「ドラギニス軍と手を結んだというのは、そういった背景があったからか……」
「そうかもしれないわね。それで帝国軍を恨んでいた。いや、貴族そのものを恨んでいたのかもしれない。上層部は軍関連の門閥貴族で仕切られているから、邪魔な平民は淘汰される。それで消されたのかもしれないわね」
「すると、全ての責任はその貴族にあると?」
「首にしたくらいで責任は問えないわ。それが切っ掛けでも実行したのは彼ですから。どういった背景があったにしろ、許される行為ではない。罪が軽くなることはないわね」
「それはそうだが……」
「それでも背景だけは調べる。今後二度と同じことが起きないようにね」
話を聞いていると裏があるのはわかる。
軍歴を消すなんて普通は考えられない。戦死しても残すはずだから。
それを消したということは、彼のことを知られたくはないか、もしくは軍歴に問題があったか。
まあ、ミチェイエルが調べるということだし任せればいいか。俺には関係ない話だ。
「二人のことはわかったが、一番の謎なのは、どうしてドラギニス公国が、こんな辺境の惑星に来たのかだ。簡単に放棄するぐらいだから、最初から統治するつもりはなかったのだろ? 結局、何をしに来たのだ、奴らは」
「それは私も気になって調べているわ。軍のサーバー室に籠もって、この星系について調べていたみたいだけど、何を調べていたかは不明ね。検索履歴も全て消されていたわ」
「知られては不味い物を調べていたということか?」
「知られたら困る物って何? この惑星に秘密にしておくような物や施設はないはずよ。入植してそんなに月日も経っていないし、何か実検していたという話も聞かないしね」
「すると、この惑星以外のことか? 資源衛星や他の惑星とか」
「だとしても、人が住める惑星はここだけになるわ。調べたところで何かあるとは思えないけど」
「うーん……」
一体奴らは何をしに来たのだ?
この惑星を放棄したということは、目当ての物がなかったからか、もしくは欲しかった情報がなかったとか。
兎も角、利用価値がないと判断したから放棄されたのだ。
結果から見れば、良かったのかも知れないが……。
「目的がわからないというのは怖いな。ひょっとして、こんなことばかり繰り返しているのか?」
「ここみたいに放棄された惑星もあるけど、普通に支配している惑星もあるわ。でも、軍港という感じで、補給基地にしていることが多いわね。ここは辺境だから放棄されたのかも。ここから移動できる星系は少ないから」
辺境だから直接行ける星系は限られている。中継ポイントとして使うにはちょっと勝手が悪いというのがあるらしい。だから、放棄された要因のひとつだと。
母国から離れていると管理するのも大変になる。そういう経緯もあるようだ。
「しかし、そう考えると、被害も出ずに奪還できたのはラッキーだったのか」
「本格的に戦闘になればここもただでは済まなかったでしょう。ドラギニス軍が逃げ込めば、戦渦に巻き込まれる。そういう意味では撤退してくれて助かったわね」
帝国軍に被害が出たが、それは星系軍がやったこと。ドラギニス軍と直接戦闘にならなかっただけでも、市民からしてみれば暁光だったのかもしれない。
「これで全てが終わったことになるのか?」
「この星系を誰が治めるか決まれば私たちの仕事は終わるわ。ここの市民も、今まで通りの生活に戻るでしょう」
「代官が来る前に戻るということか?」
「暫定的だけど。今度は新しい領主が決めることになる。統治者が代わるわけですから」
「……今と同じにはならないよな?」
「フフ、それはないわ。現状を知っていれば同じことはできないでしょうから」
反発して内乱が起きたのだ。
同じようなことをすれば、また同じようなことが起こる。
馬鹿でもない限り同じことはしないだろう。
「そういえば領主邸で領主と会ったとき、領主になんてなるものではないと嘆いていたな。可哀想な気もするが」
「あら、そんなことを言っていたの? ここの領主は色々とあってデルバートになったのよね。望んで領主になったわけではないのはわかる。それも貴族派が手を回して彼にしたのよ。様々な思わくがあってのことだけど……でも、仕方がないわね。なってしまったのだから。責任は取らないとね。フフフ」
何でそんなに嬉しそうに話すのだ?
それとも嫌われているのか、ここの領主は?
よくわからないが、聞きたいことも聞けたし話題を本題に変えた。
ご覧いただきありがとうございます。
時間がなくて毎日アップはできないと思いますが、気長に付き合って下さると嬉しいです。
毎日ぽつぽつと書いています。
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