第184話 帝都では③
3/3
「はい。実はメアリーの代理からメールが届き、帝国軍を派遣して欲しいと要望が」
届いたメールを見せた。
そして私では対応できないので相談に来た旨を説明した。
「帝国軍を動かせとは。相も変わらず無茶を言うな、母上は。何がどうなってそういうことになっているのだ? 詳しいことはわかるのか?」
私に聞かれたが私にもわからず、首を傾げるだけだった。
「第2惑星で何かあったのでしょう。今のところそれしか」
「ふむ。このメールだけではわからないな。ドラギニス軍は惑星に居ないので、今のうちに来いとだけではな。本当だと思うか?」
「わかりません。しかし、第3惑星で戦闘が始まるというところまでは掴んでいますが」
「それは余も掴んでいる。しかし……」
このメールが本物という確証はない。
敵の罠の可能性もあるのだ。
「このメールが届いたということは、亜空間通信は復旧したのだな?」
「そういうことになるかと」
「では、このグランバーという送り主に問い合わせしてみてはどうだ? 詳細な情報が欲しいと言えば送ってくるだろう」
「ですが、メールに書いてある内容ですと、時間があまりないかと。第3惑星で戦闘が終われば、ドラギニス軍が惑星に戻って来る可能性があります。そうなれば奪還は難しくなります」
「しかし、この情報だけで軍を派遣するわけにはいかないだろう。向かって罠だったら目も当てられん。クラウスの責任になるのだぞ」
「それはそうですが……」
陛下は難しい顔して考えているが……。
しかし、この情報が正しいとすれば好機になる。戦闘が始まる前に惑星を奪還できれば、それだけで相手にプレッシャーを与えられし、帰ってくることはできなくなる。それに後ろから挟み撃ちもできるのだ。
上手くいけば悪くない要請だった。
「陛下、発言をお許し下さい」
黙って聞いていた皇妃が頭を下げて陛下にお願いをしていた。
政治的な話に皇妃様が口を挟むのは許されない。しかし、この場は公式なものではないので、発言することは許される。陛下も頷いて承諾した。
「帝国軍の派遣に問題はないのでしょうか? 他領ですし、ベルカジーニ伯爵の許可が必要になるかと思うのですが」
「惑星は既にドラギニス軍の手に落ちている。その時点で帝国領から離れた扱いになる。軍の派遣は帝国憲法上問題ない。帝国領ではなくなっているからな」
「でしたら派遣されては如何でしょう。どの道奪われたままというわけにはいきません。奪い返さないと帝国の威信にも関わります。メールの内容とか関係なく、出撃されては如何でしょう」
ドラギニス軍に奪われたと知られたら、他国との付き合いにも支障が出る。
弱国と思われるわけにはいかない。
「確かにそうだが、我々からすれば伯爵に奪還して貰いたいのだ。その意味はわかるな?」
「汚名返上ですか。ですが、そんな悠長なことを言ってられる場合ではないです。この好機を生かさないと、今度はいつ来るかわかりません。それに、その惑星には皇太后様も居られることですし、早いほうがよろしいかと」
敵艦が少ない今のうち叩く方が、被害は最小限に抑えられる。
そういう意味で言うなら、今叩く方が安全だ。
地上を巻き込む危険性は少ないのだから。
「ふむ……クラウスはどう思う?」
「私は皇妃様の考えに賛成です。ベルカジーニ伯爵を待っていたらいつになるかわかりません。それに勝つとも限りませんので」
「報告では微妙という話だな。やはり数が揃わないか……」
「はい。領主の命でも集まらなかったそうです」
「代替わりして、求心力が弱まったか。前領主なら、脅してでも出させたのだが。領主が舐められてどうする」
ベルカジーニ伯爵家は前伯爵が事故で亡くなり、継承権が低い者が後を継いだと聞いた。上位継承者も不慮の事故で亡くなり、後を継いだ者は側室の子供だったとか。
それで領内が混乱し、内政も上手くいっていないと聞いている。
私も前伯爵とは会ったことがあるが、威圧感が凄く、頭もかなり切れる人だった。
もし、前伯爵が生きていれば、こんなことにはならなかっただろう。
惜しい人を亡くしたものだ。
「軍を派遣すれば自分ところの防衛力が低下します。星系を守る側としては、負けるかもしれない戦争に部下を出したくはありません。それで断ったのではないでしょうか。今の伯爵では勝てる見込みがないと思われたのかも知れません」
「実戦経験が乏しい伯爵では、そう思われても仕方がないか。継いだばかりだしな。わかった。近くにベルンハルド少将の艦隊がいるはずだ。彼らを向かわせよう。彼なら上手くやってくれるはずだ」
「わかりました。私はどうしましょう?」
「母上と連絡を取って貰いたい。もちろん私の方からも連絡はするが、こちらからの連絡は全て無視されている。私が呼びかけても無駄だろう」
「それでしたらこちらも同じです。娘の方にも送りましたが無視されたので、今は革命軍の方に送っています。エミリーから連絡を貰ったときは、そちらから来ていましたので」
恐らくだが、家から持ち出した携帯端末は処分したのだろう。使えば位置が特定されて連れ戻されるからだ。
それに身分証も偽造している可能性がある。
宇宙港を利用するには身分証の掲示が必要だが、利用者名簿にそういった記録は残っていなかった。
徹底的に後を追わせいないように痕跡を消していた。母の考えだろうが、そこまでやるとは。かなり前から用意していたのだろう。偽の身分証など直ぐに用意できる物ではない。
「なら、そちらと連絡を取って、本人から連絡を寄越すように伝えて貰え。できればホロメッセージで送ってくれると信憑性も高まるのだが」
ホロメッセージとは3D映像で送る方法だ。
本人か偽物か解析すれば直ぐにわかる。メールで送るよりは信頼性は高い。
しかし、送信場所が特定されてしまうので、果たして指示に従ってくれるかは微妙だな。
嫌がりそうな気がするが。
「わかりました。そのように伝えてみます。ところで惑星に向かわせた彼らかは連絡は無いのですか?」
「ダブニース号の連中か。何もない。まだ見つかっていないのだろう。見つかれば連絡が来るはずだからな」
「それでしたら彼らに聞いてみるのはどうでしょう? 惑星に居るのであれば、状況はわかると思うのですが」
「ふむ、確かに身元はっきりしているし嘘は言わないだろう。亜空間通信も復旧したのであれば連絡が付くし……わかった。余の方で問い合わせしてみよう。クラウスこのメールの送り主、グランバーとかいう者に問い合わせを」
「わかりました」
「しかし、母上にも困ったものだ。見つからないと思っていたらこんな辺境に居るとはね」
「はい。紛争宙域に指定され、渡航制限が掛かっていたので、そこは探していませんでした。逆に盲点でした」
「5年ほど前からドラギニス軍と戦闘になったと聞いていたが、まさか嘘だったとは」
「詳しいことはわかりませんが、戦っていたのはドラギニス軍ではなく、市民で構成された革命軍だったようです。代官が無茶な増税を課したことで市民が怒り、結成されたというのが真相のようでした」
「代官がか。代官にそんな権限はないのな」
「はい。それがバレるの恐れ、亜空間通信と止めたとのことです。領都と通信できなければ苦情が行くことはありません。しかも紛争宙域に指定されたら、渡航も制限がかかり、誰も星系内には入れなくなります。すべて計算されていた行動でしょう。5年間もよく騙されていたものだと感心します」
普通は騙せない。
代官に任せているとはいえ、年に数回は視察する必要がなる。
そんなことをしていれば気が付くはずだ。それをしていなかったのは領主の怠慢。
こうなっても仕方がないことだった。
「引き継いだ領主は無能のようだな。処罰を考えないといけない。降爵も視野に検討しないといけないな」
「そうなりますか」
「ここまで話が大きくなったのだ。何もせんわけには行かないだろう。他の貴族に示しが付かない。領地の没収もあるかもしれんな。詳しくは懲罰委員会を設置してからになるとも思うが」
皇帝陛下とはいっても何でも自由にできるわけではない。
何をやるにしろ手順を踏む必要があり、法に基づいて決めなければならない。
面倒だが、そうしなければ反発する貴族が出てくる。
全員が全員、皇帝陛下に忠誠を誓っているわけではない。
「そうなると、ベルカジーニ伯爵家の寄親であるコーディアス侯爵家が騒ぎそうですが」
「降爵すれば、それだけ貴族派の力が衰える。是が非でも阻止したいはずだ。はぁ、また紛糾するのか。時間の無駄になりそうだ」
うんざり、と言う顔で首を振る。
少しでも罰を軽くしたい貴族派。少しでも罪を重くしたい皇族派。
2つの派閥で争うため、懲罰委員会は必ずと言って良いほど荒れる。最終的には陛下が間に入って落とし所を決める。そんなことが何十年と続いていた。
「ですが、今回は帝国軍を派遣しますので、いくら寄親であるコーディアス侯爵でも庇いきれないかと。過去の事例から見ても重罰は避けられません」
自領内で解決できれば問題ないが、皇帝陛下が間に入れば、領内だけの問題では済まなくなる。
罰金を含めて重い罪になるだろう。
「ま、今話しても仕方がない。全て終わってからの話になる。それよりも母上の方が問題だ。あそこで内紛に関わっていたと知れたら内政干渉とか言われるかも知れん。そっちの方が心配だな」
「それは確かにありますね。頼まれてもいないのに紛争に参加すれば内政干渉に当たる。ベルカジーニ伯爵から抗議が来るかも知れません」
「自治権を与えている以上は、皇族でも領内の統治に口は挟めない。領内の内戦でも、応援依頼が来なければ軍を派遣できない。……まさかと思うが参加していないだろうな?」
「それは母のことですから無理かと。あのメールを送ってきたことで参加していると思った方が良いです」
「はぁ、何にでも首を突っ込む癖は直らないのか。まさかとは思うが皇太后の名で参加していないだろうな。知られたら面倒なことにしかならないぞ」
「まさかそれはないでしょう。知られたら真っ先に捕まえて交渉の材料にされてしまいます。そういった要求も来ていないので、知られてはいないかと」
「ま、偽名で逃げ回っていたみたいだし、参加していても偽名を使っているだろう。そこまで浅慮ではないはずだ。バレたらどうなるかぐらいわかっているはずだし、そこは信じるしかないか。しかし、居なくても迷惑を掛けるとは。どうにかならないのか、クラウス」
困った顔で私に相談されても困る。
私にどうにかできるようなら、最初から悩むことはない。
「それは父上、上皇様に相談されたらいかがでしょう。一層のこと、どこかの惑星に幽閉してしまうのも有りかと思います。そこで自由に過ごして貰った方が周りに迷惑を掛けない分、良いかと」
「直轄領にでも行って貰うか。そこなら誰にも迷惑は掛からないし、そこで代官の任でも与えておけば大人しくなるかもしれん。一考してみるのもありだな」
横に居る皇妃様が眉を顰めているが、これだけのこと仕出かしたのだ。これでも温情だ思う。それに、帝都に居るよりは幸せかもしれない。ここは何かと五月蠅い連中が多いからな。
「兎に角にもこの話は誰にも話さないことだ。母上のことが知られたら面倒なことになる。今でさえ、顔を見せずに心配している貴族もいる。病気療養にしているがいつまでも隠せるものでない。一度帰って貰わないといけないな。国民を安心させるために」
私は頷いた。
国民には病気療養として、少し離れた直轄領に行っていることになっている。
面会も断っており、いつまでも隠せるものではない。
この騒動が終われば、娘と一緒に一度帰ってきて貰わなければならないだろう。
最悪は、近衛部隊を派遣して強制的に連れ帰るか。雇った傭兵だけでは人手不足だろうし無理だろう。
今度は、逃がすわけにはいかないからな。
話は纏まり、帝国軍を派遣することになった。
私は帰って来ると、メールをくれたグランバーという人物について調べ、直ぐ連絡を取った。
亜空間通信が復旧しているのであれば、3~4日でメールが届くはずだ。
その間に陛下は艦隊に指示を出す。こちらも距離があるので直ぐに動くことはできないが、どのみち、向こうと連絡が付かないことには何もできない。
しかし、何で母が絡むと大事になるのだろう?
娘と逃げ出していなければ、こんなことに巻き込まれることもなかったのだが……。
はぁ、今更愚痴を言っても始まらないか。
今はただ、向こうからの連絡を待つだけだ。
ご覧いただきありがとうございます。
時間がなくて毎日アップはできないと思いますが、気長に付き合って下さると嬉しいです。
毎日ぽつぽつと書いています。
ついでに評価もしてくれると嬉しいです。