第182話 帝都では①
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「5年ぶりに娘からメールが届いたと思ったら、一体何をしてるのだ? そして今度は帝国軍を派遣しろとは、どういうことだ? 頭が混乱してきた。詳しく説明してくれないか、ロゼス?」
政務室で届いたメールを読んだ私は、無茶な要求をされ、倒れそうになった。何がどうしてこうなったのか、近くにいる執事へ訪ねた。
「はい、旦那様。最初にメールを届いてから、その情報を陛下にお知らせました。内容が内容でしたので、我々では対処できないからという理由で」
「ニルブルク星系第2惑星で内戦が起きているという内容だったな。私に知らされても領地が違うので対応できない。なので陛下にお知らせた。そうだったな?」
「はい。他領で内戦が起きても我々には関係がないことですから。しかし、そこにお嬢様がいて、そして皇太后様まで居られたら我々の手に余るものになってしまいます。我々が直接そこに行くわけには行きませんので。それで皇太后様が居られることですし、陛下にご相談しました」
「陛下に会い、メールの内容を伝えたところ、確認のために傭兵を派遣することになった。そして見つかれば連れて帰る。そういう話だったな」
「はい。確認のためだけに軍を動かすことはできませんので」
「なのに結果を待たずして軍の派遣要請とは。これは母上の考えだと思うか?」
「恐らくはそうかと。普通に考えれば、帝国軍を動かすことなど、お嬢様にはできませんので」
「はぁ……」
頭が痛くなりこめかみを指で押さえた。
母が絡むと大抵は大事になる。関係ない人まで巻き込むからだ。
そもそもの切っ掛けは、私の方で薦めた婚約が気に入らないと、エミリーが言い出したことから始まる。
容姿端麗で社交的、誰からでも好かれている好青年を婚約者候補として紹介したところ、ムスッとした顔で拒否された。
他に好きな人がいるとかそういったことではない。
ただ、自分で選んだ人と結婚したいからと、それだけの理由だけで。
エミリーにも、貴族同士の結婚は家との繋がりが大事だと教えてある。
相手は私たちよりも爵位は低いが、それでも多くの資源衛星を持っている伯爵家。公爵家とはいえ、資源が乏しい我が家とは違う。財力はもちろん向こうの方が上だ。
しかし、私たちは皇族の血を引く者。皇室と繋がりを持つのは向こうも悪いことではない。
今後の事も考えて、双方に利益があって結んだ婚約を母が邪魔をした。
娘のためとか言っていたが、本当の理由は私が困る姿を見たいからだ。
母はいつでもそうだ。
式典用の正装を当日隠したり、挨拶のメモを卑猥な文章にすり替えたりと、私たちが慌てふためく姿を見てクスクス笑っているのだ。
このような悪戯は一度や二度ではない。みんな何かしらの被害を受けている。
それでも本気で怒れないのは、困ったときは助けてくれる優しい一面も持ち合わせているからだ。
貧乏な公爵家に、婿養子して嫁いだ私に、母は何も言わず資源衛生のひとつをプレゼントしてくれた。
この結婚は私が無理を推してしたもの。反対する者が多かったが、それを後ろから背を押してくれたのも母だった。母には返しきれないほどの恩がある。
それに子供達にも優しかった。
公務で忙しい私に変わってよく面倒を見てくれた。もちろん妻も見ていたが、夫婦で公務に出かけるときもあるので、その時は母が代わりをしてくれた。
皇居から近いというのもあって、公爵邸にはよく遊びに来ていた。
しかし、それが逆に教育によくなかった。
子供達は自由奔放に生きる母を見て、羨ましく思うようになったのだ。
そして、その影響を強く受けたのはエミリーだ。母も自由恋愛で結婚したので、それに憧れるようになってしまった。
小さいときは母の恋愛話をよく聞かされたものだ。それをエミリーにもしたのだろう。それで婚約を拒否したのだ。
それでも話を無理矢理進めると、突然、軍隊に入隊した。恐らく母の入れ知恵だろう。元軍人だけあって抜け道を知っている。
それを聞いたときは目の前が真っ暗になった。軍に入れば最低は5年間は、いかなる理由があっても除隊できないことを知っているからだ。家の都合だけでは除隊は認められない。もちろん結婚もだ。
しかし、入隊しても結婚してはいけないという軍規はない。
結婚はできるのだが、それでも軍に入れば家には帰れない。それを向こうの家が認めるのか、と言うとそうはならないだろう。向こうからして見れば、代わりはいくらでも居るだろうし、そこまでして嫁に欲しいかというと、それはない。
それで両家で話し合い、破談となった。さすがに5年は長すぎると。それを聞いた母は嬉しそうに微笑んでいた。
それでも私は諦めない。
5年後に除隊できるよう軍の上層部に働きかけ、無理矢理、除隊させることに成功した。
そして次の婚約者を決めると、除隊したその日に逃走した。
母が裏で手引きし、宇宙船に乗って一緒に逃げたのだ。
それを聞いた私と陛下は頭を抱えた。上皇様は爆笑しておられたが。
それから5年。
行方がわからなかった娘から、突然でメールが届いた。
偽物かと思っていたが、それにしては内容が内戦のことで、自分たちのことではなく、それをベルカジーニ伯爵に伝えて欲しいと言うものだった。
何のことわからず調べたところ、ニルブルク星系は、何年も前から亜空間通信が使えなくなっており、ドラギニス公国と揉めていることがわかった。
しかし、聞いていた内容と違う。
アルマジール領で内戦など起きていないとのことだったからだ。
そのことを陛下に伝えると、帝国府でも調べることとなった。そしてその過程で、娘がそこに居るのではないかと結論付けた。でなければ知りようがない内容が多かったからだ。
それがわかると、ここから先は陛下に任せた。他領の領主が口を挟める問題ではない。
そしてその結果を待っていた矢先に、このメールだ。
父親をなんだと思っている。帝国軍を動かすなど、できる事とできない事があるのだ。
「帝国軍を要求してくるということは情勢が変わったのか?」
「このメールをお持ちする前に私の方で調べたところ、ニルブルク星系第3惑星に集結して、これから大規模な戦闘が繰り広げられるという話です。今はまだ膠着状態だと」
「その状況で第2惑星に帝国軍を派遣しろとは。戦場を乱すつもりか? そんなことをすれば、ベルカジーニ伯爵の顔に泥を塗ることになるぞ」
要請もなしで軍を派遣できない。そんなことをすれば内政干渉にあたる。
「我々では派遣できないので帝国軍なのでしょう。帝国軍でしたら第2惑星に派遣できますので」
話では第2惑星にはドラギニス軍の手に落ちたとか。
いや、謀叛で明け渡したとかだったか。
情報が伝わってこず、詳しいことがわからないが、帝国軍から聞いた話だとそういう状況になっているらしい。
本当かどうかまでは確認できていないという話だが。
「侵略された惑星を取り戻すのであれば、帝国軍の参加は許可される。だから帝国軍を派遣しろと言っているのだな」
「恐らくはそうでないかと」
「ふむ……」
母が寄越せと言っているので、今がその好機ということなんだろう。
私の判断で揉み消すわけにはいかないか。
ここはひとつ、兄上と相談した方が良さそうだ。
「今から皇城に行く。先触れを頼む」
「かしこまりました」
そう言うと部屋を出て行った。
兄弟とはいえ、皇帝陛下には簡単に会うことはできない。
何事も手順は必要なのだ。
「家出していても迷惑を掛けるとは。母上らしい」
机の上を片づけると、外出の準備を始めた。
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皇城に到着すると、皇帝陛下は予定が詰まっており、直ぐに会うことはできなかった。
なので公務が終わるまで、応接間で待つことになった。
待たされるのはいつものことなので慣れているが、しかし、その待っている間に問題がある。皇妃様が訪ねて来るのだ、普通に、暇だからと言って。
何でみんな母に似るのだろう?
最近では皇妃様の相手をさせるために、あえて待たせているのではないかと疑っている。自分は忙しくて相手にできないので、その代わりをさせようと。
別に相手をするのが嫌ということではない。
ただ何というか、聞きづらいことも平気で聞いてくるので答えづらく、ジッと見つめられると嘘が付きづらい。良く言えば無垢で純粋な人。悪く言うと空気を読まない天然な人。だから相手にすると非常に疲れるのだ。
決して悪い人とか、そういったことではない。
「あら、クラウジウス公爵、来ていたのね。今日はどうしたの? 陛下に用事でも?」
ソファーに座って待っていると、案の定というか、嬉しそうな笑顔を浮かべたレティシア皇妃様が訪ねてきた。
腰まで伸びる銀髪に青い瞳。そして、透き通るような白い肌に淡い黄色のドレス。
相も変わらず美しい。これで40を過ぎているのだから驚きだ。
20年も前から変わらない容姿だけに、噂では、皇家だけに伝わる若返りの秘薬でもあるのではないかと言われている。実際にはそんな物は存在しないのだが。
「はい、皇妃様。急な相談ができまして、それで陛下に。ご迷惑をおかけします」
膝をついて挨拶をする。
いつも必要ないと言われるが、そういう訳にはいかない。
何事も形式は大事なのだ。
「あら、そんなことはないわ。私たちはいつでも歓迎よ。ご兄弟なのですから、仕事以外の時でも遊びに来てくれると嬉しいわ」
「時間があれば」
ここは言葉を濁しておく。約束すると後が面倒になるからだ。
正面に座ると一緒に付いてきていた侍女がお茶の準備を始める。
挨拶だけで帰る気はないということだ。
又か、と思い、心の中で溜息を吐いた。
「さあさあ、あなたもそっちに座って。それで、相談って何かしら?」
皇妃様に促されるまま、ソファーに腰を下ろした。
「それは陛下に直接お話しますので」
「あら、私が聞いてはいけないお話かしら。もしかして女性の事? 私以外にも誰か気になる方でもいらっしゃるのかしら?」
ニコニコしながら変なことを聞いてくる。
これだから皇妃様の相手は疲れるのだ。
「そんな方はいません。陛下はいつでも皇妃様のことを大切に思っています。裏切るようなことしていません」
「本当にそうかしら? 最近では忙しくて食事も一緒にしてくれないのよ。他に好きな人でもできたのかと思って……」
急にしょんぼりとした表情をする。
母と皇妃様は仲が良く、暇があると良く訪ねては雑談をしていた。
その母が居なくなり、気兼ねなく話せる相手が居なくなったから変な想像しているのだろう。
こうして私に会いに来るのも、寂しくて話し相手が欲しくて来ているだけなのかもしれない。
「それは違います。本当に忙しいだけだと思います。時間があれば、ご一緒に食事をされると思いますよ。私の方からも伝えておきますので」
「フ、よろしくね。それで、来た要件は皇太后様の件ですね。そうでしょ?」
そう言ってニコッと微笑む。
思わず顔が引き攣る。
なんで皇妃様が知っている?
陛下以外には話した記憶はないのだが。
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