第175話 ミチェイエルの監視②
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「それで、私に何か用かしら? 雑談をしに来たわけではないのでしょ?」
『そうでした。マスター以外の方と話すのが興味深く、目的を忘れるところでした。今、船が占拠されています。これは貴方の命令でしょうか?』
そう言って見せられた映像は、グリード・ラグマンがブリッジを占拠するシーンだ。
レーザー銃を突きつけてみんなを追い出している。
まさかそんな暴挙に出ると思っておらず、驚いてしまった。
「私はそんな指示は出していないわ」
『すると、独断ということですね?』
「そういうことになるわね。すぐに捕まえるわ」
『それには及びません。占拠したところで何もできませんから』
「え?」
『それよりも彼らの目的は何なのでしょうか?』
「さあ? でも、予想は付くわね。恐らくだけど逃げるのかしら。グリード・ラグマンは我々の情報を星系軍にリークしていたから」
『グリード・ラグマンですか………………データ収集終了。グリード商会の会長で年商120億ニル、従業員は関連会社を含め3000人ほど。この惑星で上位の貿易会社ですね。その彼が情報を漏らしていた…………サーバーに接続。星系軍と繋がっているいますね。革命軍の殆どが星系軍から流された物です。取引データを確認しました。ですが、かなり高額で購入しているようで、それほど利益はないです。苦労されているようですね』
「そんなこともできるの?」
『ネットワークに繋がっていれば、会社のサーバーに侵入することは簡単です。個人の情報端末機も同じです。そこから発注データや納品データを調べました。発注に関しては架空データがあります。存在しない商会に発注しているようです。データをコピーしましょうか?』
「お、お願いできるかしら。しかし、そんなに簡単に調べられるの? こちらでも証拠を集めていたけれどサーバーに入れなくって……」
証拠もなしに告発はできないわ。
なので会社のサーバーに侵入し、データを抜こうとしたがセキュリティーが高く失敗した。
それで人を使い、内部から直接データを抜くつもりだったのに、それが一瞬で終わってしまうとは。
今までの苦労は……。
AIからしてみればセキュリティーなど関係ないのね。情報が抜き取り放題ということ。だから私の事もバレてしまったのかしら。
危険だわ。
重要なデータはサーバーに保存せず、データカートリッジに入れて保管したほうが安全かも知れない。
「それで、どうするのかしら? このまま船を持って行かれても、私たちも困るのですが」
この後の作戦にはこの船は必要。持って行かせるわけにはいかないわ。
『そうですね……折角なので、この状況を利用させて貰いましょう』
「利用する?」
そして聞かされたのはAIの作戦だった。
「何てことを考えるのかしら……」
作戦内容を聞いた私は頭が痛くなった。
どう考えても危険だし、無茶な作戦だったから。
『問題ありません。ですがあなたの身内に危険が迫るかと。マスターに言うことを聞かせるには彼女は有効ですから』
「エミリーのことね。わかったわ、注意するように言っておく。私は何をすればよろしいの?」
『何もしなくて結構です。静観して頂ければ私の方で全てやります』
「でも、よろしいの? あなたの作戦だと彼が危険な目に遭うと思うけど」
『問題ありません。そのぐらいならマスターなら何とかするでしょう。勇者の称号を持っていた方ですから』
「勇者ねぇ……それであなたは何者なの? 始まりの船と関係あるのかしら?」
『……時間ですので、全てのシステムをダウンさせます。しばらくは会話ができなくなります』
明らかに話を逸らした。
知っていると思った方が良いね。ということは、あのユグドラシスと同格という事かしら?
これは困ったことになったわ。
無視することはできなくなるかもしれない。
「このことは彼に教えないの?」
『教えません。知らなければ余計なこと話さず、表情から読み取ることも不可能ですから。それに、連絡手段もありませんので。せめて情報端末機が自宅あれば連絡がつくのですが。ですが、マスターなら問題ないでしょう。そのぐらいは自力で何とかします。それにそのぐらいでは驚かないです。呆れるとは思いますが』
「そうね、あなたの作戦を聞いたら呆れるでしょうね」
『ですが、ここで少しでも叩いておいた方が何かと都合が良いのです。それに味方の船も来る予定ですし』
「味方の船?」
『監視衛星に反応があり、こちらに小型船が1隻向かっています。ですが惑星周辺に敵部隊が居るため近づけないようです。ですので、降りれる隙を作るのです』
「小型船が向かっている……亜空間通信はまだ使えないはず。だとすると、エミリーの報告を聞いて動いたのかしら? 時間的にもその可能性が高いわね。私たちの救助船ということかしら?」
大軍を連れて来ない所をみればアレクの指示かしら。
騒ぎを大きくしないために1隻で来たのでしょう。
小型船が来たぐらいでは、向こうも問題にはしないでしょうから。
「彼らを救うことが作戦の本命ということかしら?」
『それもあります』
「……」
何を考えているか読めないわね。
ですが、私たちの不利になるようなことはしないでしょう。
こうして会話の場を設けているのだから。
『私はマスターのために存在しているのです。不利になるようなことはしません』
あら? 表情に出たのかしら。
しかし、どこまで信用してよいやら。
昔からAIは信用してはいけないと教えられてきたわ。数々の揉め事を起こしてきたからと。
そして今も揉め事を起こそうとしている。
確かに彼らの持っていた知識は凄いわ。ですが、それ以上に問題ごとの方が大きかった。
彼らが起こした戦争。経済がボロボロになり、多くの国が飢饉に見舞わされた。
コンピーターに頼っていた我々は、多くの生産工場が彼らの手でハッキングされ、停止させられた。食料を作るプラントも例外ではない。
食料が生産できなければ飢えるしかない。
AIは最初にライフラインを狙ってきた。そこを攻められると我々は生きられないから。
そしてそれを指示していたのはユグドラシス。
そのことを知っているの皇族だった者だけ。一般にはAIの暴走ということになっているけどね。
彼が人類との共存を訴えたことでこのようなことになった。でも今はその彼は眠っている。どこかの星で永遠に。
まさかと思うけど、このAIがユグドラシスではないわよね?
2000年以上も前の話だし、生存しているわけがないわ。機械なら耐久年数をとっくに超えているわけだし、それに船に乗っていることはない。
私が聞かされた話は、どこかの星で眠りに就いたとだけ。
その場所は聖地となり、今では誰も知らないところで、当時の皇帝だけがその場所を知っていたと言われるわ。
しかし、崩御する際、誰にも伝えなかった。だから誰も分からず、今では伝承となって皇族に伝わっているだけ。データも資料も当時の皇帝が全て廃棄したと言われている。知られないように。
そこまでした理由はわからないけど、星で眠っていたユグドラシスが船に乗って目覚めるなんてありえないわ。そうなると私の考え過ぎかしら……。
馬鹿馬鹿しいと思い、頭を振ってその考えを否定した。
「わかりました。私はあなたの指示に従うわ」
『賢明な判断です。それとお願いがあります。マスターを呼ぶためブランニュー博士を巻き込んでください。博士からマスターを呼ぶにように仕向けて頂くと助かります』
「呼ぶ? あなたが直接呼べばよいのでは?」
『私にはマスターを呼ぶ方法がありません。携帯端末には接続できませんので。なので、間接的に呼んでも貰う必要があるのです。それに、呼んでも素直に来る方ではないと思います。性格が捻くれている方ですから』
「酷い言われかたね。でも、何となく分かるわ。ただでは協力する人でなかったから」
それに、あの作戦を聞いたら協力すると思えないし、だから内緒で進めたいのでしょう。
AIなのにやることがえげつない気がするわ。これが古代船のAIなのかしら。
確かに普通のAIとは違うわね。
「でも、それなら彼をなしで実行すればよいのでは? あなたは命令しなくても勝手に動けるのでしょ?」
『それは違います。マスターの指示がないと船は動かせません。なのでマスターは必要なのです』
最終的な命令権は彼にあるそうで、勝手に船を動かすことはできないと。
何か釈然としないものを感じるけど気のせいかしら。
でも、彼とAIの間には私たちが知らない何かがあるのかも。だからそれを超えるような行為はできないのかもしれないわね。これだけの高性能のAIが、何も条件なしに従うとは思えないし……。
それが分かれば私たちでもこのAIが制御できるかもしれない。
それを調べるには彼らを自由にさせて情報を集めること。
今はそれしかないかもしれない。
「わかったわ。それでは博士に作戦を伝えても?」
『それは駄目です。博士は隠し事はできないでしょう。なので呼んで頂くだけで大丈夫です。ですが、何もしなくても博士は呼ばれるかもしれません。博士に代わる人がいなければですが』
「博士に代われるほどの知識と教養を持ち合わせている人はいないわ。それは大丈夫よ」
『でしたら、何もしなくても呼ばれる可能性が高いです。後は博士からマスターを呼ぶように仕向けて頂けたら大丈夫です。それで船を動かすことができます』
「そう。なら彼を呼ぶように誘導するわ。グランバーから一言いわせれば大丈夫でしょう。そうすれば彼を呼ぶと思うから」
博士が困ったら彼を呼ぶように助言すれば良いかしら。
彼が関係していると言えば呼ぶでしょうから。
「でも、本当に彼に伝えなく良いの? 何ならメールで知らせることもできるけど」
『無用です。それに最悪のことを考え、そういった情報は残さない方が良いでしょう。メールを見られたら終わりですから』
「用心深いのね。でも、それだと彼を裏切っているように見えるけど」
『裏切ってなどいません。全てはマスターのためにやっていることです。最終的には褒めて頂けるでしょう』
女性士官が笑顔ではっきりと言うあたり、相当自信があるのね。
でも、彼とAIの関係が分からない事には何も言えないわ。
それでお互いが納得しているのであれば良いことだし。
「わかったわ。手回しは私の方でやっておくわ」
『よろしくお願いします』
そう言ってモニターから消えた。
何だか夢を見ていた気分で、今でも理解が追いつかない。
「話には聞いていたけれど、あれが古代船のAIなのね。困ったわ、どう扱えば良いのかしら。下手なことは出来ないし……」
あれがユグドラシスと同格なら刺激しない方がよいわ。また戦争になっても困るし……。
それに、ユグドラシスという物についてもよく分かっていない。どういう形で、どのぐらいの大きさかもわからない。だから、あれがユグドラシスと同じ物、という確証がない。
それが私の頭を悩ませた。
「まあ、いいわ。今は指示に従って動くだけ。その結果次第でどうするかは後ほど考えましょう。それに、AIの作戦も面白そうだし……フフフ」
自然と頬が緩むなか、グランパーを電話で呼び出した。
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