第174話 ミチェイエルの監視①
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「やはり行動を起こしましたか。人を減らし、偽の情報を流したのは正解でしたね」
グリード・ラグマンが動きやすいように嘘の情報を与えた。
それとは知らず彼は行動を起こした。狙っていたかのように。
実際にはそのように誘導されているとも気づかずにね、フフフ。
「今は出航準備をしているようですね」
基地の一室にあるモニターの前に座り、グリード・ラグマンの行動を見ていた。
そこにはブリッジ内の映像が映っており、彼の行動が逐一映し出されていた。
「これで良かったのかしら?」
「わかりません、ミチェイエル様。ですが、人質を取られたらこちらも手が出せません。見送るしかないでしょうね」
「はぁ……エミリーも、あれほど注意をするようにと言い聞かせていたのに」
「どうやら基地の帰りを狙われたようです。一応、陰で護衛は付けていたのですが……申し訳ございません」
「謝る必要はないわ、ロズルト。向こうもそれを知っていて護衛が入れない所で襲ったのです。仕方がありません。AIから連絡が来るまで待ちましょう。直ぐに見つかるとは思いますので」
彼が裏切ることは最初から分かっていたわ。
それでも泳がしていたのは我々も物資が必要だから。だからどうでも良いような情報しか与えず、重要な情報は教えないようにしてきた。
亜空間通信施設の場所も彼には教えていない。しかし、グランバーが提出した報告書を先に読まれたのは痛かったわ。まさかドアの前で待っていたとは。
そうでなければ、戦艦ウリウスを盗もうとは思わなかったかもしれないのにね。普通の戦艦なら、危険を冒してまで奪う価値はないもの。
「しかし、こうして見ていると彼に何も教えてなくて正解だったようね。普通に接しているようだし、これが作戦とは気が付かないでしょう。上手く騙せているわ。フフフ」
何も知らず嬉しそうに話しているグリード・ラグマンを見て、思わず笑みが零れてしまった。
自分たちのが作戦が上手くいっていることに疑いを持っていない様子。
しかし、それに巻き込まれている彼を見ると、ちょっと哀れというか、申し訳なく思える。
彼は何も知らされていないのだから。
「こんなことをして、後で彼に恨まれても知りませんよ」
「あら、私は関係ないわよ。AIの指示に従っただけ。それに、教えようとしたけれどそれを止めたのは、あのAIよ。責任があるとすればあの船になるわね」
私が悪いみたいに言わないでくれるかしら。
何もしなくてよいと言ったのは、あのAIなのに。
「それにしては何だ楽しそうに見受けられますが」
「そんなわけはないわ。エミリーの事が心配だし、彼のことだって……。あなたの気のせいだわ。困るわね、年を取ると勘ぐり深くって。昔はあんなに素直だったのに」
そう言って態と寂しい顔をした。
ロズルトとは子供の頃から知っている。
純真で、何も疑わず私の言うことをよく聞いていたわ。
それが30過ぎると、私のことは信用しなくなった。まあ、嘘を言って揶揄っていたことが全てバレてしまったからしょうがないけどね。
だって、直ぐに信じるんだものも。揶揄いたくはなるわ。面白いんだもの。
「そんなことで誤魔化せませんよ。楽しければ周りの迷惑も考えずに行動するのですから、そんなことを言ったって信用できません。そもそも元を正せば、ミチェイエル様がエミリー様を連れて逃げたからこうなったのです。少しは反省してください」
「わかっているわ、そんなこと。あなた、だんだん父親に似てきたわよ。いつもガミガミ言って。少しは敬う気持ちを持ちないさい。これでも……」
「はいはい、わかりました。続きは帝都に戻ってからにして下さい。誰が聞いているかわかりませんので」
「……そうね。あなたと二人になるとつい本音が。気をつけないといけないわね」
信頼できる部下がいると、つい気が緩んでしまう。
いけないわね、気をつけなければ。
「それにしても最初に彼を呼ぶように言われたときは焦ったけどね。そのまま彼を呼び出して逃げ出すかと思ったけど」
「4人で会った時の話ですね」
私はゆっくり頷いた。
「博士を呼ぶところまでは作戦通りでしたが、博士が私を使って彼を呼び出したのは予想外でしたね。直接、呼ぶものだと思っていましたから」
「誰も彼の連絡先を知りませんからね。俺も知りませんし。それで知ってそうなミチェイエル様にお願いしたのだと思いますよ」
「そうね。それで私がエミリーにお願いしたのだけど、その時に彼を呼べるのはエミリーだと知られてしまったわ。ただでさえ危険だと言われていたのに、もっと危険になったわね。それは私のミス。後で謝らないといけないわね」
「ですが、危ないと思われたので陰で護衛を付けたのではないですか。ミチェイエル様は悪くないですよ。悪いといえば、護衛を付けていたのにも関わらず守れなかった俺たちの方ですから」
そう言って面目なさそうに頭を下げた。
確かにエミリーを守るようにお願いはしていたけれど、軽率な行動を取ったのはエミリーの方。寄り道せず、まっすぐ帰れば良いものを。
「直接の護衛は邪魔だからと言って断ったのはエミリーです。ロズルトが責任を感じることはないわ」
「まあ、そうですが……」
「それよりも彼は大丈夫かしら? あのまま連れて行かれて逃げることはできるかしら?」
「わかりません。ですが、彼が本気を出せば簡単に逃げ出せると思いますよ。人に見つから基地に潜り込めるぐらいですから、その気なればいつでも脱出は出来るかと。ですが、今はエミリー様が人質に取られているので、従っているだけかと思いますね」
「そう。無事が確認できれば逃げ出せるということね。でも、連絡は付くのかしら?」
「さあ、わかりません。こちらからは連絡方法がわかりませんので」
「そういえば連絡もAIから一方的だったわね。突然モニターに現れたのですから」
情報端末機に彼女が映った時は驚いたけど、それ以上に彼女の優秀さには驚かされたわ。
まさかAIがあそこまで計画するとは。
結果次第では、さすがにこのままという訳にはいかないかもしれないね。
「それにしても行動が早かったわね。それだけ切羽詰まっているということかしら」
「亜空間通信が復旧して困るのは彼ですからね。嘘の仕入れ先がバレるのは時間の問題だと悟ったのでしょう」
彼はいつも大量の物資を仕入れてくれたわ。
しかし、あれだけの物資を星系軍に知られず仕入れられるのは異常なこと。
だから最初から何かあると思って疑って見張らせていたのだけど、すぐに星系軍と繋がっていることがわかったわ。それでも捕まえなかったのは我々も物資が必要だったから。見逃していたのお互いの利益のため。
しかし、それも亜空間通信が復旧すれば必要なくなる。連絡が付けばこの戦争は終わるから。
はっきり言えば、もう物資は必要ない。
後はタイミングを見計らって押さえる予定だったけど、まさか古代船のAIに止められるとは。
『折角なので、この状況を利用させて貰いましょう』
そう言われたときは驚いたけど、それよりもAIが私の本名を言い当てたことにはもっと驚いたわ。まさか知っていたとは……。
*****
執務室で作戦の成功を聞かされた私は、次の作戦について考えていた。
情報端末機の電源を入れて、次の作戦指示書を作成していると突然目の前のモニターが切り替わり、士官服を着た女性が映し出された。金髪で綺麗な女性だった。
首を傾げ、機械のトラブルかしら、と思ったが違っていたようで、彼女は私の名前を本名で呼びかけた。
『初めまして、ミチェール・ニクルス様。私は古代船のAIです。戦艦ウリウスと名乗ればよろしいでしょうでしょうか』
「……」
戦艦ウリウスということは、報告書に書かれていたAIのことね。
近いうちに会いに行こうかしらと思っていたら、まさか向こうの方から会いに来るとは。
しかし、なぜ、私の本名を知っているのかしら?
知っているのは私の側近だった者しか知らないはずなのに。
「……その名前、どこで知ったのかしら?」
『ネットワークに繋がれば、調べる方法はいくらでもあります。驚くことではないと思いますが?』
そう言って女性士官が不思議そうに首を傾げている。
それで驚いている私の方がおかしいみたいに。
「あなたはネットに繋がることができるのですね?」
『はい。情報収集は私の趣味ですから』
船は外部からハッキングされないように、ネットワークからは切り離されていて運用されている。
なので外部と通信する際は、音声や映像のみ、データでのやり取りは専用の端末を使い、船から切り離して単独で使うようになっている。そこまで厳重にしているのだ。
それなのに普通にアクセスしてくるとは。
そういった危険など気にしていないように思える。それだけセキュリティーに自信があるということかしら。
何はともあれ、船のAIが直接外部と連絡することはありえなかった。
「面白い趣味をお持ちのようですね」
『そうでしょうか? ネットワークと繋がれば、誰でも興味を抱くと思いますが。この世界の情報が簡単に手に入るのですから』
この世界の情報?
何かとんでもないことを言っているような気がするけど……。
今はそれよりも、どうして私に接触して来たのか。
そちらの方が気になった。
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