第159話 通信施設奪還作戦④
ブリッジに戻ると全く知らないメンバーに占拠されていた。
中に入ると全員の視線が突き刺さる。
全員が軍服を着ている中、私服なのは俺だけ。
見事に浮いていた。
「お前がシューイチか?」
艦長席に座り、腕を組んでこちらを見ている男性がいた。
年齢は40代ぐらいか。赤茶色の髪に青い瞳、それに無精髭。
彼がこの作戦の指揮官、クリフト・ベルマン大尉だろう。
態度といい容姿といい、とても下級士官には見えなかった。
「話はミチェイエル殿から聞いている。クリフト・ベルマンだ。よろしく頼む」
ちょい悪おじさん、という感じだな。
その彼が笑顔で話しかけている。
俺はどう答えようか考えていると、俺のことをジロジロと見始めた。
「ふむ、勇者と聞いていたが普通の人を同じなんだな。てっきり筋肉ムキムキの人かと思っていたよ」
ジロリと睨む。
俺が元勇者と知っているのはごく一部の人間だけだ。
誰か情報を漏らした奴がいる。誰だ?
「……どういうことだ? なぜ俺が勇者だと知っている?」
「おいおい、そう睨むな。それぐらいなら簡単に調べられる。指名手配されているのだからな。それなりに情報は集まるものだ」
顔が割れていればそれぐらい簡単に調べられるか。それに隠しているわけでもないし、口止めもしていない。誰かが口を滑らせても文句は言えないか。
しかし、不思議なことに敵意を感じないのはどういうことだ?
仲間を殺しているというのに恨んでいてもよさそうだが……。
「俺を捕まえないのか?」
「ん? 何でだ?」
「俺は指名手配されているのだろ? なら捕まえるのが仕事だと思うが」
一瞬きょとんとしたがすぐに「ククク」と笑い出した。
「何を言っている。今の我々は軍人ではない。それどころか軍に追われている身なのだ。なのになぜ捕まえる必要がある。そういうのは軍の仕事だ。今の我々には関係ない」
今は軍人ではないから見逃すということか。
話している感触からして恨まれているという感じではしない。
それならこれ以上はこの話をする必要はないだろう。こちらから言うようなことでもないし。
「しかし、どうして軍を追われているのだ? 同じ仲間だろ?」
同じ仲間と聞いて、鼻でフッと笑った。
仲間ではないらしい。
「同じ仲間ではないから追われたのさ。俺たちは国を裏切ることはしない。この国が好きだし大切な家族や友人もいるからな。だから邪魔な俺たちは地上部隊に配属され謀反人にされた。奴によってな」
「奴?」
「司令官、ザイラ・バーツ大佐のことだ。この惑星をドラギニス軍に明け渡すに当たり、奴の考えに賛同しなそうな連中は全て粛清された。我々のように」
地上部隊意外にも反対したと思われる宇宙部隊も攻撃され、壊滅したという話だ。
容赦ないなと思う。
しかし、それだけのことをしないと成功はしなかったのだろう。
全ての兵士が謀叛に賛同するわけはないのだから。
「なんでザイラ・バーツはそんなことをしでかしたのだ? 今の地位に不満でもあったのか?」
「奴は元々は帝国軍の出身だ。しかし、やり過ぎたのだろうな。上層部の連中に妬ましく思われて、この僻地に飛ばされた。建前は司令官で栄達だが、奴からしてみれば左遷されたみたいなものだ。国や軍に恨みを抱いていても不思議ではない」
出る杭は打たれる、という典型的なパターンか。
彼の出自にも関係していて、市民の出自である彼が貴族と同格である上級士官であるのが許せなかった。貴族にはよくある嫉妬や妬みを買ったというのもあるらしい。
それで飛ばされと言う話だ。
どこの異世界でも貴族のやることは変わらないらしい。
「それに、国に恨みがあるのは奴だけではない。まともな貴族は一握りぐらいだ。誰かしら何らかの被害を受けている。ここの貴族のようにな。奴はそういった連中を集めて自分の部隊を作った。かなり前から計画していたのだろう。そもそも星系軍に入る連中は帝国軍に入れなかった連中が大半だ。実力があっても貴族の子弟というだけで入れる連中を見ていれば、自然と恨みが沸いてくるのも仕方がない。そういった連中が集まって謀叛を起こしたのだ。まぁ、そういう世界だからと言ってしまえば終わりなんだが」
星系軍と帝国軍とで扱いが全然違うのも問題なんだろう。
帝国軍は花形で星系軍は落ち零れが行くような所と思われている。
それに給料もそうだが待遇も全然違うそうだ。
軍という点では同じなんだし同格にするのが普通なんだろうが、貴族の子息が多く所属している帝国軍の方が偉い、という風潮ができあがってしまい、待遇面で優遇されるようになってしまった。
これでは不平不満が出るのは当然なのだ。
「クリフト・ベルマン殿は違うのか?」
「クリフトで良い。親しい連中はクリフと呼ぶがな」
「では、クリフ。クリフは違うのか?」
「俺は逆だ。貴族と付き合うのが嫌だから最初から星系軍の道を選んだ。こっちの方が気を遣わず楽だからな。馬鹿な貴族をおだてなくて済む。そういうのは出世を望む連中だけ十分だ」
貴族がいると気を遣い、言葉使いも改めないといけない。
そういうのが苦手で、堅苦しい帝国軍よりも、気楽に付き合える仲間が居る方を選んだそうだ。
何となく気持ちが分かるので俺も頷いた。
「それでも馬鹿な貴族は星系軍にもいる。楽になることは少ないがな」
そう言って楽しそうに笑う。
それほど苦には思っていないようだ。
「話は分かった。それで、俺は乗っているだけ良いと聞いているがそれで良いのか?」
「逆に聞くが何ができる?」
「俺は軍人ではないので何もできない。船に命令することしか」
「だが、魔法が使えるのだろ? 1小隊を壊滅させたほどの魔法が」
一瞬だが目がキラリと光った。
なるほど、あの戦闘を知っているということか。
きっと映像でも見たのだろう。レジスタンスにも出回っていたぐらいだからな。
見ていてもおかしくない。
「それが何か?」
「もしそれが本当なら船に乗るよりは外で戦った方が良いのではないのか? ここじゃ使えないだろ、あの魔法は」
「……意味がわからないが?」
「船に乗らなくても良いのではないかと思っている。命令するだけなら通信でもできるはずだ。戦艦に乗る必要は無いだろう」
俺を船に乗せたくないということか?
乗らなくても良いのであれば乗らないが、それでミチェイエルが納得するのであれば、俺は喜んで船を降りるが。
「良いのか?」
「構わない。だが、その代わり地上の方を頼みたい」
「は?」
「通信施設を押さえるのに人手が必要だ。しかし、こちらも人手不足でな。戦える奴が少ないのだ。だから戦艦と戦うのは俺たちに任せて地上を頼む。それに素人が乗っていても役には立たないのでな」
そっちが本音か。ようは人手が足りないから地上部隊と一緒に戦えと。
お前も人使いが荒いな。
でも、それなら別に構わない。俺も地上に足が付いている方が安心だし、船に乗っていると何かとストレスが溜まる。自由に行動できないのでな。
「俺は良いが勝手に決めて良いのか? 俺の依頼主はミチェイエル殿だ。クリフに決める権限はないと思うが」
「そこは話しておく。敵艦と戦うより通信施設の方が大事だ。そっちに戦力を回したと答えておけば向こうも了承するだろう。重要なのはそっちの方なのだから」
「確かにそうなんだ、でも、この船のAIが何て言うか」
「そんなこと命令すれば済むことだろ?」
どうやらこの船の事を詳しく聞いていないようだ。
この船のAIは普通ではないということを知らない。
「まあ、聞いてみるよ……おい、AI。話を聞いていただろ。お前はどうなんだ?」
メインモニターに女性士官の姿がパッと映った。
『作戦内容を詳しく聞かないことには戦術の立てようがありません。最初にそちらの説明をお願いします』
ブリッジにいるクルー全員がメインモニターを見てざわつき出した。
「おいおい、俺の耳が聞き間違えたのか。今、戦術とか言っていたぞ」
「いや、聞き間違いでないと思うぞ。俺も戦術と聞こえたが」
女性士官のAIが珍しいのか?
クルー達の言葉に、俺は何が問題だったか分からなかった。
「なぜAIが戦術を立てるのだ? そういうのは専門の部署が立案し、作戦会議に掛けるものだ。AIが勝手にやるものではない」
クリフが説明してくれた。
なるほど、そっちね。よくわかった。
AIは命令がなければ何もしない。自分から戦術は立てたりはしないと。
そういうことのようだ。
「この船のAIは特殊でね。自分のことは自分でするのさ。気にする必要はない」
そう言って誤魔化した。
「気にするなってお前……」
「それよりも作戦はあるのだろ? そっちを聞かせてくれないか。それを聞いてから考えるよ。でないと命令はできない」
「作戦なんて簡単だ。この戦艦で施設近くの上空に行き、敵艦が出て来るのを待つ。そして戦闘になったら地上部隊が突入する。それだけだ。難しいことはしない。ただ、我々は敵部隊を引きつけ、撃墜しなければならない。でないと突入部隊に被害がでるからな」
ようはこの船を囮にするということか。
これを聞いてダンジョンコアはどう判断するか。
良い作戦だと思えば協力するが、駄目だと勝手に作戦を変更するだろう。聞いたところで意味などないと思うがね。
まぁ、俺が乗らないのであれば勝手にすれば良い。
沈んだところで俺に責任はないのだから。
『撃墜するということは反撃しても構わないということですか?』
「構わない。残しておけば後々面倒になるだけだ。撃ってきた船は全て敵だと思い、反撃しても良い」
『わかりました。作戦を了諾します。攻撃してきた敵は全て排除します』
「おいおい、大丈夫なのか?」
排除とか。
俺は心配になり声を掛けた。
『今の敵の戦力を考えれば問題ありません。たいした戦力は残っていないでしょう。留守番は私に任せてマスターはご自分のお仕事を頑張ってください』
「……」
『大丈夫です。問題ありません』
すごく心配になる。
やり過ぎなければよいが。
「わかった。俺は地上部隊の方と合流するよ。どうすればよい?」
「地上部隊は副官のジェラート少尉に任せてある。連絡を取るのですぐに合流してくれ」
「了解した。それじゃ任せたよ」
メインモニターには微笑んでいる女性士官が映っている。
それが一層俺を不安にさせた。
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