第153話 潜入部隊①
この宙域に到着してから2週間ほどが過ぎた。
ドラギニス軍との睨み合いが続き、今は膠着状態になっている。
お互いに攻め手を掛けており、それを打破しようと連日作戦会議が開かれているが、これといった案もなく、ただ時間だけが過ぎていった。
そんな重い空気が漂う中、副官から新たな情報が寄せられた。
「第2惑星に向かっている戦艦がいる?」
「はい、バディス総司令官。その戦艦から送られてきたメッセージによると、惑星付近の監視衛星は破壊したそうで、隠れるのであればその宙域が使えるそうです」
送られてきたメッセージを自分でも確認する。
確かにそのように書かれており、その場所を示す星系図が添えられていた。
「この情報の出所は?」
「戦艦ウリウス。革命軍だそうです」
「革命軍か……」
革命軍と言えば領主殿に合い来た彼のことか。
話を聞けば本人は否定していたそうだが、その手伝いで来たとか。今となってはどうでも良いが、その彼らが持ってきた情報ということだ。
「偽の情報ではないのだろうな?」
「わかりません。第2惑星と通信はできませんし、それを確認する手段がありません。ただ、戦艦ウリウスとは接触した部隊がいますので、架空の戦艦というわけでありません。実在している戦艦なのは確かなので、偽の情報は低いかと」
「接触したのは帝国軍だったな」
「はい。ベルンハルド司令官が直接革命軍と話したそうです」
「ふーむ……」
そうなると本物ということか。
「この情報を元に惑星へ向かいますか?」
「……いや、それはやめておこう。ここの戦場を放棄すればドラギニス軍は惑星に引き返すだろうし、今度は惑星を巻き込む戦闘になる。そうなれば多くの市民が巻き込まれるはずだ。このままここで戦った方が我々としては戦いやすい。市民のことを気にせずに済むからな」
ドラギニス軍は惑星を盾にして攻撃してくるはずだ。
そうなればこちらは攻撃できない。手も足も出せないということだ。それならここで戦った方がましというもの。勝てなくてもだ。
それに後方には帝国軍も待機している。我々が負けたら彼らが参戦してくるだろう。
こちらとしてはこの場所が何かと都合が良いのだ。
「ドラギニス軍は市民を盾にしますかね?」
「するだろうな。そうすれば確実に勝てるのだから」
本来そんなことをすれば他国から糾弾されるが、そんなことは気にしないだろう。
ドラギニス公国はそんなことを気にする国ではないからな。
「それでは我々はこの情報で動くことはない、ということでよろしいでしょうか?」
「ああ、現状維持だ。他の部隊にもそう通達しろ」
「わかしました。ですが、この情報を使わないのは勿体ないですね。かなり重要な情報ではあります。これを見ればドラギニス軍の位置がわかりますからね」
送られてきた星系図には敵艦の位置が記されている。それと数も。
惑星周辺にはドラギニス軍は居ない。残って居るのは我々を裏切ったニルブルク星系軍が数部隊いるだけで、その数なら我々の艦隊で攻めたら余裕で落とせる。しかし、それをドラギニス軍が黙って見ているわけではないので簡単にはいかないだろう。
我々が動けば向こうも動く。結局は戦場が変わるだけで、我々に良いことはない。
数がわかっても、ここで勝たなければ攻めることはできないということだ。
「しかし、どうして彼らはそこに? 何か話を聞いてるか?」
「いいえ。領主様からも帝国軍からも聞いていません。単独で行動しているのではないでしょうか」
「危険なことをする。戦艦一隻では見つかれば簡単に沈められるというのに」
「惑星へ戻りたかったのではないでしょうか。彼らの母星ですから、家族や友人が残っていますからね」
「家族に会うためにか。彼らの気持ちもわからないではないが、それで死んでは元も子もないというのにな」
革命軍は市民の集まりだと聞く。
軍人とは違い軍規で縛ることはできない。乗員の気持ちを優先したのであれば、それは仕方がないことなのかもしれない。
向こうの艦長も危険なのはわかっていて行動しているのだろう。
ご苦労なことだ。
素人を纏め上げるには並大抵の苦労では済まないというのに。
「後方で待機している潜入部隊にはどうしましょうか? この情報を送りますか?」
「彼らのことか……」
すっかり彼らのことは忘れていた。
はっきり言えば、今は彼らに構っている余裕がない。隙を突いて惑星まで送ることなどできないのだから。
「送ってやれ。それで向かうようなら協力を。ただし、船に護衛は付けられないと伝えろ。こちらも余裕がないからな」
「わかしました」
この情報を貰ってどう動くか。
危険と思い待機するか、それとも向かうか。
その判断をするのは彼らだ。我々に指揮権はない。自由にすればよい。
それに潜入部隊と言っても、ようは傭兵である。こちらで縛るよりは自由にさせた方が動きやすいだろう。彼らもそれを嫌うはずだからな。
「敵艦隊の動きはどうだ? 変化はあったか?」
「ありません。睨み合いを続けています」
「攻めてこないか。後方にいる帝国軍を恐れているのだろう。一緒に行動していないとはいえ、無視できる存在ではないからな」
両軍を合わせれば数はこちらが勝っている。
おいそれと手は出せない。
「いつまでこの状態が続くのでしょうか?」
「さあな。向こう次第だ。星系から逃げてくれたらこちらも楽なんだが、向こうも苦労して手に入れた惑星を簡単に手放すようなことはしないだろう。難しいな。こちらも帝国軍と足並みそろえて戦えればすぐに決着がつくが、領主殿がそれを望まない。くだらん政治的な問題だ。貴族派と軍閥派のな」
国は一枚岩ではない。色んな派閥が蠢いて暗躍している。
時には協力し、時には牽制し合う。自分たちに利益がなければ動かない。そんな連中だ。
振り回されるこちらの身にもなって貰いたい。
「どちらが主導権を握るかによって今後の発言力も違ってきますからね。領主様としては、ここで軍閥派の連中に借りを作りたくないのでしょう。だから協力を拒んでいると聞きます。しばらくはこのままですかね。私としては早く終わらせて帰りたいのですが」
副官は最近結婚したばかりだという。
それが早々とこんな戦場に駆り出されるとは運がないとしか思えない。しかも、圧倒的な不利な状況となっている。このまま戦闘になれば負ける公算が大。本当に運がない。
そうならないように、できるだけのことはするが、数では勝てないので他の手を考える必要がある。とはいえ取れる手段も限られている。部隊を分けて後方から攻撃をするとか……まぁ、無理だな。監視衛星があるのでこっそり回ることはできない。現状では裏をかくこともできないということだ。
それに部隊を分けるということは、こちらが手薄になる。只でさえ数が少ないのに、そのタイミングで一斉に襲いかかってこられたら防ぎようがない。褒めた作戦とは言えないだろう。
結局は正面から数で戦うしかなく、奇襲も難しいということだ。
向こうは背後の帝国軍を恐れているし、こちらは数では勝てない。
それがわかっているので、お互いに手を出さず膠着状態になっている。
恐らく、向こうの指揮官も頭を悩ましているはずだ。補給の問題もあり、いつまでもここにいるわけにはいかないのだから。
「しかし、我々もこのままというわけにはいかない。このような状態がいつまでも続くと兵士の士気にも関わる。早く終わらせた方が良い。防衛部隊もこちらに回して貰えたら戦えるのだがな……」
「領主様からは増援の話はないのでしょうか?」
「こちらからお願いはしてあるが、どこの星系軍も渋っているようで今以上に出して貰えそうにない。こちらの現状を知っているから尚更だ。負けるとわかっているのに兵士を出せるわけがないと」
無駄に兵を消耗させるだけだからな。
だから自軍の戦力を裂いてまでこちらの応援には来させない。
それは領主殿が命令しても同じで、何かと理由を付けて断っている。
困ったものだ。同じで領内なのに仲良くできないとは。権力を集中させないために分散した弊害だな。
星系軍のトップが何人も居れば、纏まる話も纏まらない。足並みを揃えるなど無理な話なのだ。
一層のこと、従わない司令官は更迭してしまえば話は早いが、そんなことすれば反乱を起こす危険もある。任命権は領主殿にあるが、他の司令官の合意を得られなければ反旗を翻されたとき対応できない。
顔色を窺いながら対応しないといけないとは、情けない話ではある。
「増援が来ない以上はこのままということでしょうか?」
「そうなるだろうな。今の戦力でこちらから打って出ることはできない。一つ間違えれば全滅しかねないからな」
数で負けているのだから仕掛けたら負ける。
勝つためには、数の不利を何とかできる作戦を立てないことには。
「困った物ですね。こちらは替えの兵士が居ませんからね。時間が経てば経つほど不利になるというのに」
「そうでもない。向こうは補給の問題もある。こちらは他の星系から取り寄せられるが向こうはそうはいかない。特に燃料は惑星で生産していないはずだ。輸入に頼っていたはずだから、いつかは動かなくなる。不利になるのは向こうも同じだ」
「そうなると、玉砕覚悟で仕掛けてくる可能性がありますね」
「ああ。だからこちらも気が抜けん。いつでも戦えるように準備だけはしておかないとな」
艦内はいつでも対応できるように第2戦闘配置で待機させている。
しかし、それも24時間となると兵士に疲労が溜まり士気が低下する。
この状態も長くは保てない。
早く決着を付けたいのはこちらも同じということだ。
「やれやれ、しばらくは我慢比べだな。向こうが動くのを待とうか」
副官がゆっくりと頷いた。
最悪は、敵を引き連れて帝国軍が居る宙域に引っ張っていくという手もあるが、それをやると後から帝国軍から抗議がくる。被害が出れば賠償金を支払わないといけないだろう。
それは領主殿も望まないことで、自分は確実に首だな。それにこちらの被害が甚大になる。負けることはなくなるが、それでは勝ったとは言えない。
これはあくまでも最終手段であって、恐らくだが使うことはない。だから誰にもいわず自分の胸に閉まっておくことにした。
この後、各部隊から定時報告が届くと同時に、潜入部隊が出航したと伝えられた。
彼らは行く道を選んだようだ。
我々には何も要求せず一隻で向かったという。無謀だと思うが、今の我々の状態を見ればこれ以上先に進めないと判断したのだろう。負けると思っているということだ。
しかし、そう思われても仕方がない。戦力差があるのは誰の目から見ても明らかで、こちらが不利なのは変わらない。
それならということで出航したのかもしれない。申し訳ないが、後は彼らの頑張りに期待するしかない。
無事にたどり着けることを祈りつつ、今は戦場に意識を集中させ、敵艦の動向に注視するだけだった。
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