第140話 ダンジョンコアの作戦
『惑星に向かわれたらいかがでしょう』
彼女はこの艦のAI……いや、違うな。多分だが中身はダンジョンコアだな。普通のAIは指示をださないかぎり出しゃばった真似はしないはず。
変なことを言わなければ良いが。
「えーと、どういうこと?」
エミリーが戸惑っている。突然こんなものが現れたらビックリするよな。
俺も驚いているからね。
『わからなければ直接惑星に向かえば良いのです。行けば全てがわかりますから』
「そ、それはそうだけど……ドラギニス軍がいるのよ。見つかったら危険だわ」
『それなら見つからなければ良いのです。惑星の近くまでワープで行けるはずです』
無茶なことを言い始めたぞ。余計なことを言うなよ、まったく。
みんなが混乱するだろ。
「無理よ。ワープでそこまで行けないわ。それに監視衛星があるからワープで飛んでも位置がわかってしまう。待ち構えられた終わりだわ」
『待ち構えられたら終わりとはどういうことでしょうか? 止まらずに飛び続ければいいのです』
「えっ! だってそこまでエネルギーが保たないわ!」
エミリーが驚いている。それもそのはず。ワープは大量のエネルギーを消費するからだ。
ワープをする場合、事前にワープ装置にエネルギーをチャージしておく必要がある。
それはジェネレーターで作られるエネルギーではワープで消費するエネルギーを賄うことができないからだ。ワープの方が圧倒的に消費量が多い。供給が追い付かないということだ。
それ以外にもシールドも展開しておく必要があり、障害物があった場合、小さな石ころでも何万キロとかいう超スピードでぶつかれば船体に穴が開く。さすがに小さな石を発見して躱すなど不可能で、だから船体を守るためにシールドを張り続ける必要があるのだ。
ワープとシールド、同時にエネルギーを供給することはできす、それでワープはチャージ方式になっている。
ジェネレーターをもう1個つければ同時運用も可能だが、それだと船が大きくなり、船の価格も跳ね上がる。だから、何回かに分けてワープすることが標準となっている。
「それにワープ装置やジェネレーター、メインスラスターにも負荷がかかるわ。故障したら終わりよ」
『そちらも計算しましたが、1週間の連続航行には耐えられます。その前に惑星に着けばよいのです』
「チャージはどうするの? 惑星まで1回で飛べないわ。何回かに分けないと無理よ」
『問題ありません。この船のジェネレーターならチャージする必要はありません。そのまま飛び続けることが可能です』
「でも……」
おいおい、そんなことエミリーに言っても駄目だろう。決める権限は持ち合わせていないのだから。グランパーに言わないと。
「……ちょっと相談してみるわ。待っていてね」
エミリーがブリッジを飛び出し、グランパーのところへ向かった。
俺はミニターを見て「はぁ……」と溜息を吐いた。
「何を考えているのだ?」
『いいえ。何も考えていません。ただ、困っていられたようなので助言を致しました』
「助言ってお前、何を言っているのか分かっているのか? 向こうに着いたら戦闘だぞ。耐えられるのか?」
『敵に見つからなければ良いのです』
「そんなことが可能なのか?」
『向こうの宙域に到着しだい、近くの監視衛星を壊します。その後は、逃げ回り、隙を突いて惑星に降ります』
「それは無理だろう。船が来れば向こうも監視を強化する。多くの部隊で守らせるだろう」
『それはありえません。敵軍は今第3惑星に艦隊を集めています。それ程多くの部隊が残っていると思えません。簡単に降りられるでしょう』
「……」
何だろう、こいつが言うと本当にできそうな気がする。
だから余計に厄介なのだ。
この後、グランバーとロズルトがブリッジに来て同じことをもう一度説明した。
俺は横で聞いているだけ。
集まってきたクルーも興味ありげに話を聞いている。
「危険だな。惑星の近くまで行っても戦闘は避けられない。無謀な賭けになる」
グランバーも俺と同じ意見のようだ。
「でも、そうしないと情報も集まらないし、みんな、家族のことが心配だと思うの。やってみる価値はあるわ」
エミリーが力強く言うが、それとは対照的にロズルトは否定的だった。
「俺はドラギニス軍を刺激しない方がいいと思っている。変なことをして都市が攻められても困るし」
「報復と言うことか?」
グランバーの問いに頷いた。
「向こうは市民を人質に取っている。下手なことをして市民を巻き込む危険もあるのではないかと危惧している。みんなはどう思う?」
話を聞いていたクルーは、全員がお互いの顔を見てどうするか悩んでいた。
市民を巻き込む危険があるので、迂闊なことは言えないのだ。
「でも、見つからなければ良いのよね? 何か方法はあるはずよ」
そう言ってモニターの方を見る。
女性士官が微笑みを浮かべて話を聞いていた。
『確実とは言えませんが方法はあります。監視衛星を破壊するのです」
俺に言ったことと同じ内容で説明する。
それを全員が黙って聞いていた。
「しかし、破壊しても俺たちの位置は誤魔化せないぞ。破壊させる前にそのデータも送られるはずだからな」
監視衛星の監視範囲に入れば通報される。
破壊してもそこにいたという情報は送られる。
気付かれずに近寄るには不可能ということだ。
『もちろん、わかっています。ですから監視衛星を全て破壊し、どこにいるか分からないようにするのです。それまで惑星に近づかないことです。こちらの目的を知られないようにするのが大事なのです』
監視衛星という目を奪うことで、どこにいるか分からないようにする。そして隙を突いて惑星に降りようという話しだ。
そう上手くいくのか?
他に手がないようならやるしかないが。
「それでも惑星に近寄ればこちらの位置はわかる。地上からも監視はしているはずだから、完全にバレないように惑星に降りることは難しいぞ」
ロズルトが無理と言っているが、それは分かっていること。現地に行って考えるしかないだろう。
最悪は降りずに近くで待機するとか。
難しい判断になりそうだ。
「みんなの意見は向かいたいということか?」
グランバーがみんなの方を見て尋ねると、ほぼ全員が頷いた。
それを見てグランバーが観念したかのように「はぁ」とため息を吐いた。
「わかった。ではワープで近くまで行こう。進路は……」
『私に任せて頂ければコース設定はします。皆様は安心してワープの準備をお願いします』
みんなはモニターの女性士官を見るが、グランバーだけは俺の方を見ていた。
こいつを何とかしろ、と言っているようにも見えるが、俺に何とかできるわけが無い。勝手にやっているのだから。
「もう、任せるしかないだろ。ここまでしたなら」
俺は肩をすくめて見せた。諦めろ、という意味だ。
「おかしいのう、AIが作戦の立案をするとは……」
いつの間にか博士が横にいてブツブツ言っている。
無視だ、無視。
俺には関係ない。
「全員が揃った時点で出港する。一度ワープを使えば途中で補給はできない。食料と水、多めに補給しておいてくれ。1ヶ月は補給できないと思って行動するように。他に何か言うことがあれば聞くが……なければ解散。エミリ-、出港準備を」
みんな慌ただしく動き出した。
それを見てからグランバーが俺のところへ来て艦長室に来るように言った。ここでは話せないからだ。
まさかと思うが説教か?
この年で説教とは。俺に言われても困るが。
言われたとおりに艦長室へ向かった。
部屋に入って直ぐに睨まれた。
かなり怒っているようにも見えるが、呆れているようにも見せる。
ただ、俺に文句を言いたいのは確かだ。でなければ俺を部屋に呼ぶようことはしないだろう。
「あれはお前の命令か?」
「いいや、違う。俺からは何の指示も出していない」
「AIが勝手にやっていると?」
「そうだ。あれが勝手にやっているだけだ」
グランバーは頭が痛いのか、指でこめかみ辺りを押さえた。
「はぁ……だから自律型のAIは嫌いなのだ。こっちの気持ちも考えずに勝手に発言する。あんなところで言われたら駄目だとは言えないだろう……」
大勢のクルーが見ている。
みんなとは言わないが殆どのクルーが惑星に帰りたがっている。そんな中であんな提案をされたら駄目とは言えない。行くしかないのだ。
責任者として、みんなの命を預かる者として、軽率な判断はできない。
それをAIがぶち壊したということだ。
「俺に言われても困るが」
「あれはお前の命令しか聞かないのだろ? だから管理しろと言うのだ」
建前上はそうなっているが、別に契約したわけでもないし、勝手に向こうが付いてきているというのが現状なのだ。
命令しても拒否はできる。
だから俺に何とかしろと言われてもどうにもできない。
「まぁ、話しては見るよ。でも、AIの作戦もあながち間違ってはいないと思う。この船の性能を考えればあの作戦もありと言えばありだな。ただ、向こうの動向が読めていないのでどうなるかはわからないが、いざとなったらワープで逃げれば良いだろう。そのためのワープ作戦なんだから」
「ワープ作戦か。確かにそうだが、この艦の性能がわからないだけに安心できない。どこかで故障とかしても困るし、無理をしたくないというのが本音なんだが。はぁ、こうなっては仕方がない。お前さんにも働いて貰うぞ。もうAIのことは隠しておけないからな」
そっか。
ダンジョンコアのことは内緒にしてあるんだっだ。
あのコア。自分からバラしやがった。
碌なことをしないな、まったく。
この船のAIと思っている間は黙っているか。説明が面倒だし。
「はぁ……」
俺にまで溜息が移った。
問題しか起こさないな、あのコアは。
作戦が上手くいくことを願うよ。