第139話 世界標準語②
「ドラギニス公国ってオーガ族だったけ?」
「そうよ。野蛮なオーガ族の国だわ。他国とほとんど交流がなく、よく分かっていない国。額に角があるのがオーガ族の特徴ね」
オーガか。
前の世界だと魔物だったんだけどな。それが艦隊を引き連れて侵略とは。
そこまで知能が高くないと思ったが……。
まぁ、世界が違うから俺の知っているオーガとは違うかもしれないし、あのゴブリンだって特別保護人種に指定されていたからな。
今更何があっても驚かない。
「オーガ族はどうして侵略をするのだ? 何か理由があるのか?」
「さあ、わからないわ。侵略された国は多いけど統治とかには興味がなく、ある程度物資が手に入ればそれ以上は何も言ってこないそうよ。燃料や食糧などの航海に必要な物が手に入れば、後は逆らわない限り攻撃することもないみたい。ただ、逆らうと平気で都市のひとつを壊滅させるわ。それが市民でも子供でも。だから心配なの。誰かが馬鹿なことをして、反抗しなければいいんだけど……」
反逆者は許さないタイプか。
まぁ、見せしめというのもあると思うが。
「会話はできないのか?」
「オーク語で話せばできるわ。翻訳機がなければ無理だけど」
耳に嵌めるイヤホンサイズの物で、外国に行くときには必ず持って行く必要があるとか。
ちなみに俺たちが話している言葉はバジルスカル帝国語。
俺に翻訳機が必要かはわからないが、神様から貰った異世界言語のスキルが働いていれば大丈夫だろう。まぁ、たぶんだけど。
「翻訳機ってやっぱりあるんだな」
「それはそうよ。この世界に何カ国あると思っているの? 100カ国以上はあるのよ。全部覚えられるわけがないわ。だから翻訳機は必要なのよ」
「でも、そのために世界標準語があるんだろ? それで話せば問題ないのでは?」
エミリーが、やれやれ、という感じで頭を振った。
「世界標準語を使う時は外交の時だけなのよ。普段は母国語を使うわよ。国民全員が世界標準語を話せるわけがないでしょ。そういった教育もしないしね」
翻訳機があるので外国語の教育はないそうだ。文章だって携帯端末があれば簡単に翻訳できる。
だから世界標準語を日常で使う必要はなく、それに今まで使ってきた言葉を変えることは難しい。この国の歴史や文化を捨てるような物で、簡単に変えられるものではない。それに国民が納得しないだろう。母国の言葉を換えるということは国を捨てるようなものだから。
だから自国では母国語で話す。
世界標準語で話す人など、商人を除いて殆どいないということだ。
「それじゃ、翻訳機があれば世界標準語なんて意味がないよね?」
「だから外交の場だけと言っているのよ。その時は翻訳機が使えないからね」
「ん?」
俺は意味がわからず首を傾げた。
そんな俺を見てエミリーが呆れている。
異世界人の俺がそんなことを知っているわけがないだろ。
きちんと説明してい欲しい。
「国際会議や首脳会談など、国のトップが集まる場所に電子機器の持ち込みは禁止されているの。暗殺防止のためにね。そういう場所はジャミングして電子機器が動作しないようにされているのよ」
なんでも部屋中から妨害電波みたいのを出して、武器が使用できないようにしているとか。
この世界はレーザー銃が主流だからジャミングされたら動かない。暗殺に使うような小型の武器も動かないということだ。
「それなら拳銃で撃ってしまえば関係ないと思うが」
「馬鹿ね、そんな骨董品、使う人なんていないわよ。それにそんな目立つもの持ち込めないし、金属探知機ですぐにバレるわ。小さくできないからね」
レーザー銃は鉛筆サイズの物まであるので、バレずに持ち込むことも可能だという。
暗殺するのであれば、それぐらいのサイズでも十分だとか。
「拳銃だって小さくできるだろ?」
「できるけど小さくすると殺傷能力も下がるでしょ? それに小さいと一発づつしか弾が込められないし、確実に殺すのであればそれは使えないわ。暗殺は失敗が許されないからね」
暗殺は一度失敗すると警備が厳重となり一層難しくなる。
それ以外にも防弾チョッキみたいなものも着ているので実弾は難しいと言う話だ。頭を狙わないと殺せない。
レーザー銃は防弾チョッキとか関係なく高熱で焼き切るし、音がでないので暗殺には向いている。
だから実弾系の武器を使う人はいないと言う。
「暗殺対策で武器を使えなくする。だから言葉を統一し、公式の場では翻訳機なしで会話ができるようにした。結局はそういうことか?」
エミリーが頷いた。
「暗殺は常に考えないといけないことだわ。だから面倒でも命には替えられない。世界標準語は必要ということよ」
武器が発達すれば暗殺も簡単にできてしまう。
怖い世の中だ。
「でも、そんなに暗殺を恐れるのであれば、シールドで守れば良いのでは? 便利なものがあるんだから」
俺の言葉を聞いて「ハア……」と大きな溜息を吐いた。
「そんなことできるわけ無いでしょ。シールドバックを付けて歩いたら、あなたの国は信用していませんよ、と言っているような物よ。警備が当てにならないということだから」
ああ、なるほどね。
貴方の国は警備もできないの? と言っているようなものになるのか。
難しいね、政治って。
自分の身を危険にさらしてでも、相手を立てないといけないんだから。
「警備って大変だね」
「それはそうよ。招待した国で死なれたら外交問題になるわ。下手すれば戦争にだってなりかねないのよ。その中で武器を使わせないようにするにはジャミングが一番効果的なのよ。後は護衛さえ近くにいれば大抵のことは防げるわ。だから世界標準語を覚えて、翻訳機とか使わないようにしてるの。昔ね、こういう人がいたのよ。翻訳機の中に武器を隠して暗殺しようとした人が……」
昔の翻訳機は携帯サイズでちょっと大きかった。だから中に武器を隠し暗殺しようとしたそうだ。
たまたま護衛の人が気が付いたので、直ぐに取り押さえられて事なきを得たが、それからは翻訳機の持ち込みも制限がかかるようになった。
それで世界標準語の話になったそうだ。
「色々とあったということか……」
「そういうことよ」
科学が発展すると武器も高性能になるからね。
それに小型で軽量化。金属探知機でも見つけるのが難しくなり、簡単に会場とかに持ち込みができるようになる。それを防ぐには全ての電子機器を動作させないことだ。
取材とかする人は困るだろうが、安全を考慮すれば一番確かな方法なのかもしれない。
「暗殺というのはどこの世界にもあるんだな」
「当たり前でしょ。ない方がおかしいわよ」
人間は欲望の塊だからな。
邪魔者は殺してでも排除しようとする。汚い手を使っても。
人がいない世界に行かないと暗殺はなくならないだろうな、きっと。
世界が変わっても人間は変わらないということか。
「話を戻すがどうする? こうなると何もできないと思うぞ」
「そうね、どうすれば良いのか……」
エミリーも困り果てている。
このままずっとここで待っていても情報が入ってくるとは思えないし……。
しばらく無言で考えていると、突然モニターに士官服を着た女性が現れた。
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