第122話 元勇者とベルカジーニ伯爵①
乗り込んでからしばらくして話し声が聞こえてきた。
城門の前に到着したようだ。
話し声がドアの向こうから聞こえるので、開けて中を確認するのだろう。
気配を消して物陰に潜む。
荷物との間に隙間があるので隠れるのには十分だった。
「荷に変更は?」
「無いです」
ドアが開くと同時に声が聞こえてきた。
兵士と配送員の声だろう。
さすがに緊張するが、それも一瞬で終わった。
「ふむ、問題なし。行って良いぞ」
ドアが閉まった。
いくら警備を厳重にしてもこれではなあ、と思う。
あまりにも雑なので、隠れている俺の方が呆れていた。
でも、こうして潜り込めるのだから兵士には感謝だな。
見つかったときに怒られなければよいが。
ここから先は城の食料庫に運ばれる。
そして今から5分後に監視システムが落とされる。
時間との勝負となった。
「今から5分後だと……13時28分スタートだな」
腕時計を見て時間を決める。
城内に隠れる場所があれば時間調整できるのだが、そんな場所は見つからなかった。それに監視カメラがあるので外を歩くこともできない。なので一発本番となる。
トラックから降りたら後戻りはできない。
ドアが開くと同時に光が射し込む。
長い人影が動き、積荷を確認していた。
チラッと見たが、軍服を着ていないところ見ると城内で勤める従業員か何かだろう。
荷台の床と外にあるコンベヤを繋いでいた。そのままパレットごと運ぶようだ。
俺は腕時計を見て出るタイミングを計っていた。
「ちょっと早いな。計算だと門から搬入口まで4分のはずだが……」
予定よりも早くドアが開いたのでちょっと焦っていた。
ここまでの所要時間は4分と見ていたのだが3分で到着した。
そのせいで、もう少し長く隠れていないといけなくなったのだが、それを調整する方法はない。従業員に「ちょっと待ってくれ」とは言えないからな。
「接続終わり! 機械を動かせ!」
外から声が聞こえ、モーターの唸る音が響いた。
ドアに近いパレットからゆっくりと移動を始める。
まだ早いのでギリギリまで待つ。その待っている時間が長く感じた。
最後の荷物が移動するのと合わせてトラックから飛び降りた。
「だ、誰だ!」
おっと、従業員に見つかった。
認識阻害魔法を使っていたのだが、降りたときの足音で気が付かれたようだ。
俺は素早く相手に近寄り、右手で彼の左肩を掴んだ。
「な、何を……!」
体が一瞬ビクッとした後、気を失って倒れた。
配送員も騒ぎに気が付いたのか、車から降りて様子を見に来ていた。
「お前は……えっ?」
俺の恰好を見て驚いていた。
同じ作業着を着た人物がトラックから降りてくればそうなるよね。
間違えて乗ってきたと思っているのかもしれない。
「すまん」
一言謝ると、同じように肩を掴み気を失わせた。
「雷魔法の応用でな。30分もすれば目が覚めるだろう。それまでここで寝ていてくれ。そのうち誰かが見つけてくれるはずだ」
よく漫画とかで見かける首トンは、勇者の力が強すぎて加減が難しく首の骨を折ってしまう。
昔、盗賊で実験したことがあるが全員即死だった。
なのでスタンガンを真似て雷魔法を改良して使っている。
とは言っても右手に一瞬だけ雷を纏わせているだけなんだけどね。
便利なので素人を相手にするときはこの魔法で対処している。ただ、年寄りには危険なので若者限定にしているが。
気を失った2人を荷台に運ぶと予定の時間を過ぎていた。
「やばい! 急がないと!」
監視システムの再起動時間は3分。
それまでに庭園まで行かないと監視カメラが復活してしまう。
そうなると移動もできなくなる。
身体強化の魔法を使い、オリンピック選手も真っ青のスピードで駆けていった。
綺麗な花が咲く庭園を通り、執務室がある窓下に到着した。
ここまで2分。
途中で監視カメラの前を通ったが警報が鳴ることがなかった。
上手くいったということだ。
周りに誰も居ないことを確認しジャンプする。
身体強化の魔法を使えば2階ぐらいの高さなら問題ない。
窓枠に掴まり中を覗いた。
「……男性が1人か。この人が領主か? 他には……探知魔法を」
ドアの向こう側に2人ほどいる。
警護している兵士だと思うが動きがない。
寝ているのか?
それでも騒がれて起きると厄介なので、魔法を使うことにした。
「空に舞いし風の精霊よ。我に纏い静寂を与えたまえ……サイレント」
音を消す風魔法だ。詳しい原理は知らないが音を風が打ち消してくれる。
これは盗賊が足音を消すときに使う魔法で、範囲は狭いが、侵入するには有効な魔法だ。まぁ、暗殺にも役に立つが。
窓をゆっくり開ける。
音も気配も消しているので気付かれることはない。
執務室は入って両左右の壁に書棚があり、本や書類などで埋め尽くされている。
真ん中にはガラスのテーブルがあり高そうなソファーのセットが。床は花をモチーフした赤い絨毯が敷いてある。
装飾品も殆どなく、ドアの脇の小さな台に花瓶がひとつ。青い綺麗な花が飾られているだけだった。
貴族の部屋にしては質素な感じだ。酒もなにも置いてない。
領主の背後に回り机の上を覗く。
モニターが3台並んでおり書類らしき物が映っていた。紙で作られた書類はない。ペーパーレスというやつだな。一応、印刷機らしき物が窓脇に置いてあるが、使っていないのか電源すら入っていない。
この世界では紙は貴重な物資で、重要な書類以外は電子データとして送られ処理される。
それを一つ一つチェックしているようだ。
ブラウンの髪が風で揺れた。
窓を開けたままなので生暖かい風が入ってきたからだ。
それに気が付いて領主が後ろを振り向いた。
「!?」
一瞬、目が合い、驚いた表情を浮かべた。
そして直ぐに立つと何か大きな声で叫んでいるように見えた。
「…………!」
何を言っているかわからない。
魔法のせいで音が封じられているからだ。
恐らく外にいる兵士を呼んでいると思うが、音が封じられているので声が届かない。
「…………! …………!」
凄い表情で何度も叫んでいる。
俺を暗殺者とでも思っているのか?
この状態では魔法は解けない。
しばらく黙って落ち着くのを待つことにした。
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