大鬼ゴルダーク
藍色が消された空を飛竜に跨り、ゴルダークの陣営に降り立つダークエルフィンがいた。
ハイウェルラインである。
妖魔兵団壊滅の報告を受けたとき、ゴルダーク陣営は酒盛りの真っ只中であった。
「東から王国騎士団だと?」
「はい、王国軍は戦鬼団を壊滅させるために疾風の如く進軍してくるでしょう。王国軍の総司令官レオンハルトは後方に陣取る本隊よりも背後を見せずに戦える戦鬼団を狙うと思われます。あの男は各個撃破にて我々を攻撃する作戦を執るはずです。早急に防衛陣を敷き、突撃してくる弓騎士と魔法騎士を今のうちに敷設した電撃地雷の餌食にし、出鼻を挫いたところを近接戦闘力で勝る我々が全軍で敵を殲滅するのです!」
「ほう、貴様はイースレイの副官……何故この戦鬼団の陣営で俺の参謀のように振る舞う?」
ゴルダークは筋骨隆々の肉体を起き上がらせる。
「貴様のような無能が副官で軍師では、イースレイも哀れな男よ。我戦鬼団は妖魔兵団の救援に向かう」
「我々は歩兵です!進軍している間に後方、側面360度狙われます」
「敵は現在、妖魔兵団と戦闘中だぞ」
「残念ながら妖魔兵団は既に敗退、イースレイ様は囮となるべく殿として戦死していると考えます」
ゴルダークは今にもハイウェルラインに掴みかかろうとする表情で「大胆で不愉快かつ殺したくなる言葉を吐く男だな貴様は」と指を差した。
「俺たちは今から妖魔兵団を救援に向かう!道案内をしてもらおう」
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だが、ゴルダークの決断は愚かであった。
戦鬼兵団は本隊と合流せず、日の出とともに東に進軍し、妖魔兵団を救助に向かったのである。
上空から飛竜に乗り、友軍を俯瞰するハイウェルラインは無能な指揮官を睥睨していた。
もしも王国軍が戦鬼兵団ではなく、本隊を先に攻撃し、エグゼクトが戦死した場合はイースレイがいない現時点で世襲ではなく実力主義の影の勢力は、ゴルダークが魔王になっている可能性もあったのだ。
「後方より敵襲ッ!!」
戦鬼兵団内に悲鳴のような叫びが報告となった。
王国軍は前方、妖魔兵団側にいるはず。いつの間にかに背後を取られていた。
移動力の差であり、このイシュタル平原の地の利を活かせるかが勝敗の決め手であった。
ゴルダークは「なんと悪辣な!」と言いながら、反転迎撃を命じる。
しかしながら、戦鬼兵団の軍師にて魔導師のオーヴェルシュダインは進言する。
「いけません将軍! 反転させれば陣形が乱れ、敵の襲撃に対処できません。時計回りにこのまま進軍し、ダメージのない先頭集団で敵を迎撃するのです」
「前進しては後方のオルグとコボルトどもがやられてしまう。反転迎撃だ!」
「オルグとコボルトなど犠牲にしていい! 隊列が伸びきった状況の反転では万が一にも挟撃された場合に包囲されてしまう! 回れば一時的に隊列は2列となり、挟み撃ちに対処できる!」
オーヴェルシュダインは引かなかった。目の前に最強のオーガがいても勝利させることが自分の任務である。
そもそも影の世界で生きるフォースマンである彼が戦鬼兵団にいるのは、ゴルダークの無能を補佐するためだ。
魔法は使えないが、戦鬼兵団は近接戦闘では大陸最強の軍隊なのだ。
「黙れッッ!!!!!」
ゴルダークは全身を慄わせて雷喝した。それはドラゴンブレスのような戦慄を走らせる。
「ゴルダーク様!」
戦鬼兵が叫び、指し示した。
両側面から騎士隊が横列で弓を放ちながら突撃してくる。
「このままでは重囲だぞ」とオーヴェルシュダインが言い放った。
そこに妖精達が飛んでくる。
フェアリーは中立かつ権利は主張しない。そのため、聖魔問わずに運用され、殺してはいけない存在であり、伝令を送るのに用いられた。
一羽のフェアリーがオーヴェルシュダインの差し出した指先に止まると「完全包囲し、逃げる途なし。投降せよ。命を保証する」と囁いた。
オーヴェルシュダインはそのままゴルダークに聞こえるように復唱する。
完全に包囲殲滅され、戦死の順番を待つ状況。戦鬼兵たちの視線はゴルダーク一直線となった。
沈黙する将軍に代わり軍師が口を開く。
「ここは降伏するしかない。残念だが、数的にこちらの勝ち目はなく、血路もまま―――っ!?
オーヴェルシュダインの言葉は最後まで発されることなく、ゴルダークにより殴り飛ばされ、失神してしまう。
「降伏だと……俺は無能だが、裏切り者にはなれん。参謀魔導師は光の一族だ!降伏しても奴隷にはされんことをいいことに我軍の指揮を下げた罪で殴打した!このまま総力戦をする!ド突き合いで敵を殲滅させようぞッ!!」
棍棒を天にかざし、鼓舞するが兵士たちの反応はない。
だが、ゴルダークは空気は読めない。
「フェアリーよ、レオンハルトに伝えろ!この俺と一対一で戦う勇気があるならここに来いとな!」
その言葉をフェアリーは王国軍に持ち帰ったのも束の間、騎士隊は敵を全滅させるべく騎兵槍を投擲、魔法騎士隊はA級雷撃魔法を詠唱、戦士隊は投擲用戦斧を投げつけ、精霊隊の土精霊術による泥濘に戦鬼兵団は身動きまで封じられ、離散もできず三方向による猛攻で壊滅したのだ。
皮肉にもこの陣立は魔王軍の戦略であった。
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フェアリーの伝令にレオンハルトは「あいわかった。だが、ヤツが俺の到着まで持ちこたえていればの話だがな」と参謀のヴァーレンファイトを見ながら笑って答えた。
「そんな言葉を伝令するのですか?」
「フフフ、する必要はない。今頃、騎士隊の挟撃で頭のみとなり果てている男とどうやって戦うのだ?」
屈辱的な言い回しだが、降伏勧告までしている司令官に参謀も意見することはできない。
移動には補給。戦場では指揮官の能力が勝敗を左右する。
ゴルダークの体力はドラゴン級だが、知力は一時の感情で軍師を誅殺する愚かで浅はかなオルグ級であった。
そして軍師のオーヴェルシュダインを筆頭に戦鬼兵の少数が投降し、戦いは終わった。