妖魔イースレイ
魔王軍右将ダークエルフィン・イースレイは偵察兵である有翼妖魔のルナマリナからの「敵軍騎兵隊急速接近」の知らせを受け、動揺していた。
幕舎からでると夜空の星々ではなく、火の海が一面に広がっていく。
三方から包囲されようとしていた敵が奇襲をしてくることなど考えもなく、完全に先手を打たれたのだ。
夜明けにはグリフォン兵団が長距離移動する予定で陣屋では決起会もあり、警備は完全に手薄だった矢先の出来事である。
グリフォンは鳥目で夜に弱い。さらに敵は油を十分に含ませた火炎びんのような火矢を雨のように降らす。羽毛は良く燃え、グリフォンたちは混乱し、ダークエルフィンらにも襲い掛かった。
「イースレイ様ッ!! この状況をどう対処致しますか?」
呼びかける副官ハイウェルラインも動揺が隠せない。
指示を仰ぎにきたのだろうが、分散攻撃はハイウェルラインら参謀の考えた作戦だ。
イースレイは怒りを覚えたが、前線で油断したのも事実。
「エグゼクトとゴルダークに緊急連絡! 敵の奇襲により、大至急援軍を乞う!」
ハイウェルラインは腰の水筒から水を零し水の妖精ウィンディーネを召喚した。
だが、ウィンディーネはすぐに消えてしまう。すくみの影響で水は炎を嫌う。逆も同じだ。
大量の油を使った火矢による火災を精霊が嫌った。ダークエルフィンたちの精霊魔法が無効化された瞬間だった。
「ちぃ! なら、貴様が連絡員としてすぐに走るのだ、私のワイバーンを使え!!」
そう怒鳴るイースレイの足元に火矢が突き刺さる。
状況は既に肉薄していた。火矢および炎撃魔法からの格闘戦になると全滅は免れない。
「イースレイ様は、どうなさるのです!?」
「この状況下だ。被害を最小限に抑えるため、犠牲を覚悟で強行突破するしか策がない。私はここに残り味方の退却を援護する。敵も私の首が餌なら容易に釣れてくれるさ」
だが、彼らの細い剣レイピアと騎士の槍では戦いにならなかった。
それだけではない、騎士隊の次は猪に跨るドワーグ族まで突進してくる。彼らの戦斧はダークエルフィンの細い身体など甲冑ごと叩き斬ってしまうのだ。
「近接格闘はワシらの仕事だ! フォースマンとエルフィンどもに後れを取るなよマイダスメッサー!突っ込んでこい!」
この命令はドワーグ族のガルフリード大将である。
甥で戦士中隊を率いる若き猛将マイダスメッサー少佐の背中をバンっと叩いて鼓舞した。
火矢による奇襲から、炎騎士隊、槍騎士隊と波状攻撃を仕掛けたのちに戦士隊が留まって暴れまわった。
圧倒的に戦況を有利に進める友軍を丘の上から戸惑いの表情で見つめる男がいた。
シュターゼンである。自身が猛反対した作戦が大成功したためだ。
「こんなものは偶然にすぎん……」
しかし、その脳裏にはレオンハルトに対しての脅威も案じていた。
妖魔兵団は全滅覚悟の血路を走るも抵抗虚しく、奇襲から1時間ほどで、ほぼ壊滅。
更に惨憺たる戦場で、王国軍は勝利とは違う喝采を上げていた。戦利品が豊富だった。
それにダークエルフィン族の女たち、有翼妖魔のハルピュリアらが幕舎内に隠れていたのだ。
遠征すれば、女を抱くことのできない兵士にとって魔王軍が女戦士を従軍させていたのは幸いにして幸いだった。
魔族の女は容姿端麗で女神の彫刻すらも睨む美貌と言われる。彼女たちは慰み者として徹底的に凌辱されることになるだろう。
夜明け前の藍色の空間まで燃える惨状を馬上から見渡すレオンハルトのもとにヴァランギースが跨る大鹿を隣に寄せる。
「ご覧のとおり戦闘は終わりました。このまま掃討戦を続けますか?」
その報告とは裏腹に、何か言いたげにレオンハルトを見ていた。
察するはこの惨状だろう。掃討戦と言ったが、これは集団レイプだ。
ダークエルフィンとは自由と理想を選んだエルフィン。本来は同族であり、森や水、空気に風を愛する気持ちは同じだ。その同胞たる若い娘たちが友軍の陵辱を受け泣き叫んでいるのだ。
「いや、ここまでだろう。1時間後に出発する。ゴルダーク軍は日の出とともに進軍を開始すると思われる。進軍する歩兵の隊列は伸びやすい。側面と後方から攻撃しよう。貴公はガルフリード、シュターゼンとともに後方を奇襲だ。俺はヴァルハーディンとともに両側面を叩く」
「わかりました」
「あと、ひとつ。魔王軍の女戦士を捕虜にすることは許さん。必ず生きて解放させろ。彼女たちはエグゼクトに無理やり徴兵されたという経緯もある。外傷のある女は手当もしてやれ、そして誰に暴行されたかを聴取し、怪我をさせた我兵を思いきりブン殴らせてやれ。本来は厳罰に処したいが、野戦中に兵を減らすわけにもいかん。落としどころとして納得してほしい」
「……了解しました。司令官閣下」
ヴァランギースの鋭い刃のような目が僅かに緩んだのことに供のエルフィンが驚きを隠せなかった。