皇帝ガイゼリック
ローザリア場内は死に瀕している。
外部には魔族と蔑む者たちで溢れ、内部では混乱と無秩序が露になった。
法と秩序を重んじた光の王国は敵に攻め込まれる前に混沌と化したのだ。
「グリルヴァルツァー!」
ガイゼリック王は甥を呼ぶ。幾人かの将兵が王の周りを動き、城の金品を略奪しているが王は一顧にすることもない。
「ここにおります陛下」
王が振り返った先に甥で近衛兵長の姿があった。
「逃げたのかと思ったぞ!」
「引く兵士の援護をしていたのです」
叔父の疲弊した無様な姿を目の当たりにし、ヴァルハーディンが盾となり戦死したのは推測できた。
総司令官の死はガイゼリックの言い訳に使える。戦う意志があったこと、降伏する理由。
「ヴァルハーディンのヤツめ……ッ!! こうなってはやむをえん。講和する!」
「講和……ですか? 降伏ではなく?」
グリルヴァルツァーは王をそのままに立ち上がった。
「レオンハルトにくれてやる!」
王の言葉にグリルヴァルツァーは戸惑う。
「レオンハルトにレジーナを、ワシの娘をくれてやる! さすればヤツの子は光の直系となり、王統を継ぐ理由となろう」
「バカな……姉上は既にレオンハルトの妃です。陛下の義理の息子ではありませんか? だからこそ光剣ラグナロクを譲ったのではありませんか!」
――――!!ッ
もはや、自身の娘を監禁していることも忘れ、ガイゼリックの額には汗の玉が浮かび落ちた。
「ワシはこの大陸の覇者だ!!」
「……もぅ覇者ではありません。外も内も混沌に支配されています。ここは潔く自害し、その生首を持って、私が責任をもってレオンハルトに降伏致します」
「バカを言うなッ!!」
そう言うとガイゼリックは走り出した。
それを追うグリルヴァルツァー。
ガイゼリックの向かう場所、それは王女レジーナを監禁する部屋だった。
王は姫を人質に甥に叫ぶ。
「エグゼクトを連れてこい! 魔界のドラゴンを召喚させ、この国もレオンハルトも滅ぼしてくれる!」
グリルヴァルツァーは悪魔を見た気がした。
鎖で繋がれ、処刑を待つ身の元魔王エグゼクトはグリルヴァルツァーに連行されると王の前に突き出される。
「叔父上……エグゼクトを連れてまいりました。さぁ姉上を解放してください」
立つこともできないほど、エグゼクトは拷問を受けていた。
本来はすぐに処刑されるはずであったが、レオンハルトと共にエグゼクトは公開処刑されることになっていたため、未だに牢に閉じ込められていたのだ。
「おい! 貴様は魔王なのであろう! 魔界からドラゴンを呼び出すのだ! レオンハルトを倒せ!」
「父上……夫はドラゴンでも倒せません。そればかりか、ドラゴンから国と王女を救う英雄になります。父上はこのエグゼクトとともに毒を煽り自害なさるべきです」
娘の冷たい声に甥が重ねた。
「陛下……何の苦しみもなく自害できる毒があります」
グリルヴァルツァーの最後の頼みであった。
「黙れ! ドラゴンさえいれば、あとは光の神器ナラティブがある!」
神器とは光の直系のみが扱えるS級光撃魔法のことである。直系はガイゼリックとレジーナのみ、傍系であるグリルヴァルツァーは使うことはできても本来の力を発揮できない。
「い……生贄が必要だ……」
エグゼクトはアンデットのように腕を伸ばし、レジーナを指さす。
「魔界からの召喚には生贄が……自分の命よりも大切な者を贄にすることで召喚できる……ぐはぁ!」
グリルヴァルツァーはエグゼクトの伸ばした手に剣を突き落とした。
「姉上を生贄にするだと!? この魔族が!」
「お、俺は……お前らと同じ人間だ! お前らは主義主張が違うだけで、俺たちを影の一族と呼び蔑むが、真の魔族であれば、俺がレオンハルトに負けるはずはないだろう!」
「は、早く召喚しろ! レオンハルトを倒せるなら何でもいい!」
ガイゼリックはレジーナを拘束したまま、剣を突きつけ、グリルヴァルツァーを下げさせる。
城内にとうとう喧噪を音が響き始めた。
レオンハルト軍が突入してきたのだ。しかし、それを止める戦力はすでになく、兵は戦う意志を示さない。そしてレオンハルトは投降する兵を攻撃することはないであろう。
エグゼクトにとってもレオンハルトは倒さねばならぬ敵であった。
彼自身、光の末裔だが、聖魔の統一までは望んではいない。
あくまで自由と理想を掲げる主義と自治権の要求だ。
そして遂に――――
「レジーナッ!!」
「レオンハルトッ!!」
遂に会えた勇者と姫。
レオンハルトはラグナロクをガイゼリックに向けた。
「王はワシだッ!!」
しかし、王はレジーナの首を裂く。
その鮮血がほとばしる中、エグゼクトは召喚術を唱えた。
この空間に闇の水晶球があるのはエグゼクトにとって幸いだった。
ラグナロクに召喚術が反応する。
そして光の直系の生贄がいるのだから、その召喚に応えるのは―――
「魔神王よ!」
エグゼクトは邪神ネメシスの使徒である悪魔の王を召喚せんとした。
この生贄を器に。
空間が闇に染まり、一瞬白黒になるとまた闇になった。
さきほどまで王女レジーナであった身体はガイゼリックの胸に手を突き刺し、心臓を抉る。
その目からは血の涙が流れ、悪魔であることは誰の目から見てもわかった。
「おぉ魔神王よ……」
這いつくばるエグゼクトを見下すとレジーナの身体は笑みを浮かべる。
「私はイノセンス……魔神ネメシス様の使徒だ」
そういってエグゼクトを虫けらのように蹴とばす。
「ふん、貴様ごときが魔神王を召喚できるはずがあるまい……」
「貴様は一体……? レジーナはどうした?」
レオンハルトはイージスを構え、じりじりと距離と詰めた。
グリルヴァルツァーはこの戦いに自分の入る術はないと距離をとったが、レオンハルトが姉を取り戻すならばと、その隙を伺う。
そして、王が持つサークレットにはS級光撃魔法を開放することができる。
この場では光の血を継承する自分しか、ナラティブを唱えることはできない。
目の前の悪魔にダメージを与えることは光属性の攻撃だけであろう。
「残念だが、私がいる以上、アスガルドは今日、滅亡する」




