大賢者シュターゼン
シュターゼン率いる魔法騎士団は1万と新生魔王軍とほぼ同じだが、魔法騎士団はロンダルギアまで遠征し、皮肉にも彼の作戦はレオンハルトに譲ることとなる。
だが、ここは『初戦に勝つ』という心理的効果を王国軍にもたらすこと。叛乱軍の戦術能力を知ることが目的であることは明白だった。
シュターゼンが魔法騎士団のみで遠路を遠征するはずがなかったからだ。
やはりレフガンディー要塞、あるいはローザリア城が決戦の場であるとレオンハルトは考えていた。
城門を固く閉ざしたロンダルギア城でレオンハルトは攻城兵器のみで魔法騎士団を牽制した。
守りだけで出撃しないのは、勇者の企みであると考えた賢者も動けなくなった。
だが、魔法騎士団の陣営に投降兵が現れた。
この者たちはレオンハルトの親衛隊。同族の投降であるが不審に感じたシュターゼンは彼らに聞き取りを行った。
「私は元国王直轄騎士団の下士官で、イシュタル会戦ではレオンハルト様の親衛隊に配属されました。ロンダルギアに兵力、物資はなく、赤ん坊のミルクもない状況。勝てる見込みなどありません。レオンハルト様は籠城戦しか策がなく奮戦しております。私たちは親衛隊でなければ、ローザリアに戻り、少尉に昇任する予定でした」
賢者は見たことのある騎士たちを疑わなかった。
だが、この戦いは一戦交え、敵の力量を探り、少なからずも燻るレオンハルト軍の士気を揉み潰すのが目的である。
親衛隊の投降が罠である可能性もあるとして、賢者は陣営内で参謀らと毎日作戦会議に明け暮れた。
睨み合う膠着戦の中、相対して一カ月ほど経つとレフガンディーから援軍と補給がやってきた。
しかし、援軍はエルフィン族の猪武者たちで好戦的な集団であった。
戦士隊隊長マイダスメッサ―はガルフリードの甥。
若く、力と勇猛さだけならガルフリードを上回ると称される斧戦士。
同世代のレオンハルトをイシュタルのときからライバル視していたエルフィン族最強を自負する戦士であった。
「賢者と勇者の2勲章を持つのはアスガルドでシュターゼン侯のみと聞き、その指揮下で戦えるのは戦士としての誉れ!だが、この消極性、優柔不断はなんたることかッ!!」
マイダスメッサ―の階級はイシュタルの功績で昇進し大佐だが、遥か上位の上級大将に腕を組んだまま雷喝した。
シュターゼンはなんとか理論で理解を求めようとする。
「イシュタルで戦ったなら貴様も知っていよう。レオンハルトは迷宮から姫を救い出した勇者としてだけでなく、クジャララートでは友軍を囮に民を脱出させるという知略も併せ持つ。それが固く籠城するだけなのは腑に落ちん。ここは相手の出方を待ち、攻城兵器で様子を探るのだ」
「もはや侯爵に渡す、臆病の勲章を忘れてきたことを恥じるべきですな隊長!」
その言葉は戦士隊の下士官から発された。
この言葉に魔法騎士たちも怒りの表情を隠せなかったが、あまりにも二つの組織には考え方の隔たりがあった。
「投降した親衛隊が〝赤ん坊のミルクもない〟と言ったのだから、レオンハルトが打って出れない理由に合点がいくではないか!」
「なんという……誰か! マイダスメッサ―から戦斧と階級章を取り上げろ! 軍法会議にかける準備だ」
だが、シュターゼンの命令もむなしく、マイダスメッサ―は警備兵を振り払うと僅か1000騎で出陣してしまったのだ。
彼にとって聖魔王レオンハルトを討ち取ることはエルフィン族の族長に間違いなくなれる功績。
ガルフリードには息子がいないため、血族ではない娘婿に族長の座を取られることに快く考えていなかった。
__________________
怒号と土煙。もはや監視の報告すら必要ない敵の突撃だった。
「猪の戦士隊……マイダスメッサ―か!?」
レオンハルトは場内戦の準備をさせ、城壁を登るエルフィン族の戦士達をどんどん射落とす。
戦士達の勢いはすさまじく、城壁を登られると場内で激しい格闘戦がはじまった。
そして、敢えて城門を戦士たちに開かせたのだ。
明らかに援軍にくる魔法騎士団には罠と見抜かれたが、見殺しにできるはずはないと考えたのだ。
「シュターゼン侯はなぜ増援に来んのだッ!? 我々が決死の覚悟で城門を開いたというのに!」
マイダスメッサ―はその戦斧で次々と魔戦士たちを真っ二つに叩き斬るが、多勢に無勢。
引き際と感じるも、そのタイミングでレオンハルトが現れた。その首の価値に勝る物がこの大陸にあるだろうか?
「マイダスメッサ―よ、お前のような勇敢な戦士は殺すのに忍びない。どうだ、俺についてくる気はないか?」
「フッ、来たな。ドブネズミの親玉が!」
マイダスメッサ―の戦斧は鮮やかな弧の字でレオンハルトに襲い掛かった。
だが、その強烈な一撃はイージスで受け止められる。
今まで、一撃で相手を倒してきたマイダスメッサ―だが、明らかに疲れが見えていた。
この一撃をまともに受け止め、体制すら崩れない。流石は勇者と呼ばれる男と思った。
レオンハルトのラグナロクが一閃。
若く勇敢な戦士マイダスメッサ―は過去よりも将来がまだまだあったはずだった。
「お、叔父上…レニールぅぅ…」
膝から崩れ落ちる。
背中には既に6本の矢が突き刺さっており、炎エルフィン族の強靭な精神と肉体が物語る。
この満身創痍の身体で友軍のために開門させ、レオンハルトに挑んだのだ。
「マイダスメッサー。すまない…」
____________________
籠城戦では戦士隊が次々と囲まれ、討ち取られていくのが肉眼でもわかった。
あまりにも勇敢かつ無謀。
シュターゼンは戦士隊を見殺しにするしかないと考えたが、副官が幕舎内に飛び込んでくる。
開いた城門から見える友軍の惨劇に耐えられなかったのだ。
マイダスメッサーは息子グリルヴァルツァーと同い年。
自分の子と重なる。
王の子として産まれればエルフィン族の次期王となっていたはずのマイダスメッサ―は王弟の息子であるグリルヴァルツァーと境遇が似ていたもの姿形が重なった。
___息子を餌にしたまま、逃げれるものか!
副官に全軍で救援を命じ、後詰めに撤退を指示した。
もちろん、城門には罠があった。
電撃地雷が大量に敷設してあり、魔法騎士団は電撃で動きに精彩を欠いた。
魔法に耐久のある魔導師たる魔法騎士だが、馬に跨れば機動力こそ上がるが、その耐久は半減する。
壊滅する戦士隊と突撃する魔法騎士団に雨のように弓矢が降り注ぐ。
そして、完全に敵が弱ったところでの格闘戦で反乱軍の勝利は確実なものとなった。
幕舎内の水晶球でシュターゼンは静かに戦士隊と魔法騎士団が壊滅するのを眺めていた。
そして静かに立ち上がると、ワープの術で姿を消した。
___________________
¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯¯
場内に閃光が走る。掃討戦中の反乱軍の兵士たちが一気に吹き飛ばされた。
「これはS級雷撃魔法……」
その白い光を見たレオンハルトは再び出撃した。
レオンハルトは場内に出ると、そこには勇者の刻印がされた鎧、賢者のマントを羽ばたかせる男がいた。
賢者シュターゼンは撤退せずに、ひとりで乗り込んできたのだ。
相対する2人の勇者。
魔戦士たちは異様な闘気を察知し、その場から離れて2人の勇者を見守った。
睨み合う2人に言葉はいらなかった。
アスガルド戦史上初の、勇者vs勇者。
イシュタルでは、シュターゼンに敵前逃亡の恐れがあると言ったレオンハルトであったが、これほど自分自身を辱める言葉はないと恥じた。
彼自身から、初めて見る勇者の姿。
「この力は神が授けた……」
シュターゼンの詠唱が始まる。
最強の炎撃魔法。S級炎撃魔法____
まさにドラゴンの放つ業火がレオンハルトに迫った。
イージスから光が放たれ、バリアとなるが、最強の炎に光の盾が根負けし、宙に弾けた。
だが、レオンハルトもラグナロクを構え飛んでいた。
その斬撃はシュターゼンを捉えた。
大の字に倒れるシュターゼンは命の灯が消えるまで過去を振り返っていた。
王家の産まれ、兄と姉がいた。
不自由のない暮らしだが、友達はいなかった。
自分はどうせ王にはなれない。ならばと彼は賢者の学院に入り、猛勉強した。
王都内に領地が与えられ、魔法騎士団を結成すると10年の従軍と予備役の登録を条件に学生の学費を騎士団が負担した。子供たちに勉強をさせることで国力は安定すると信じていた。
息子のいない王は甥のグリルヴァルツァーを気に入っていた。
そこにレオンハルトが現れた。圧倒的な強さと知性と指揮能力……まさに勇者。
その勇者に魔法騎士団が壊滅に追い込まれた。
魔法騎士団は彼の教え子で構成されているといっても過言ではない。
その騎士団が壊滅して、自分だけ撤退することがどうしてできようか。
自然と死にゆく身体で立ち上がろうとする。
最強の攻撃魔法を2種類も放った。
こんなことは勇者であってもできない。まさに大賢者。
目の前の勇者?魔王?に手をかざす。
「地底に眠る……地獄の炎よ裁け……て___っ」
それはA級炎撃魔法の詠唱だった。最後まで詠唱できずに再び賢者は地面に前のめりに倒れる。
静かに声が漏れた。それは呪文ではない。
小さく……グリルヴァルツァーと。
アスガルド史上、王族でありながら努力で賢者と勇者の称号を得たシュターゼンはロンダルギアで力尽きた。




