迷宮連続殺人事件事件
色々省くと、いっぱい死んだ。もうちょっと詳しく言うと、大雪によって八人ばかり閉じ込められた館で三十人あまりが殺され、総犠牲者0人の連続殺人事件が起きた。
自分で言ってて何を言ってるのやらとなったので、省かない回想を始めよう。
◇
吹雪の中を、明かり目掛けてたったか歩く。あまりに強く冷たい風が私の肌を突き刺す。あくまでも比喩的なものであり、実際には風に含まれる氷の粒も併せてぶつかるだけでささることはないが、痛い物は痛い。取り敢えず、フードを深く被り襟巻きを上げて保護をする。
どうしてこんな目に合わなきゃいけないのか、と訴えたいところではあるが、それは私の迂闊さに帰結することになるのでひとまず考えることを放棄する。ついでに言うなら、こんな夜の山奥で見える光なんて百のうち九十九までは幻覚の部類だが、それについて考えるのも放棄する。人間生きていく上で夢や希望は大切だ。
「さぶ……」
あんまりの環境のきつさに思わず言葉が転げ落ちるが、迂闊に口を開いたせいで冷気が肺に大きく入る。火なり水なりの魔法の一つも使えればもうちょいマシだが、そんな便利な物はありはしない。……欲しかったな、魔法。生まれについてどうこう言っても仕方ないのは分かっていても無い物ねだりは止まらない。とにもかくにも歩き続けていると、なんだかんだで壁へとたどり着いた。石造りのそれに手を当てる。文字通り死ぬほど冷たいが、金属じゃないからはりつきはしない。館から逸れないように壁沿いに歩いて門を探す。
「ごめんください。一晩宿を貸して頂けませんか?」
入口を見つけたのでノックする。塀と庭園があるタイプの屋敷だと思ってたけど、普通に普通の扉に出たあたり、思ったよりも小さい館かもしれない。ノックをしてから扉を少し開け、大声で叫ぶ。不作法も不作法だけど、流石にきついのでお目溢しされることを願う。マジで凍えそう。これでアレな貴族の屋敷だったりすると私はまあ処刑ルートだが……。
「どうぞ。雪はそちらで払ってください」
女中さんが扉を開けて、中に入れてくれた。とりあえず賭けは勝ちらしい。中に入るとすぐに、外套置き場があったので雪合羽と外套を吊るさせてもらう。室温的にかなり強力な暖房があるだろうに、さらに乾燥用のストーブまで置いてるとは、どんだけ金持ちなのか。適当にちょろまかして路銀の足しにでもしたくなってくる。
食堂に辿り着くと、そこには男女5人が座って夕食を取っていた。
「お館様、奥様。宿を借りたいというお客様をお連れしました」
「ああ、ありがとう。……ふむ、君、夕食は?」
目が食事の方に吸い込まれていたのに気付かれたか、かなりのお年に見える老夫婦にお誘いを受ける。飯はもうとっくに食ってるが、くれると言うなら貰わぬ選択はない。大体、私は若いから干し肉幾らかだけで腹がくちくなる訳ねえのよな。
女中さんがサクサクっと用意してくれた。動きがすごく機敏かつ精緻で洗練されてる。なかなかに凄そうだ。屋敷の規模に対して使用人が少ないし、主夫妻は年老いて気さとくれば豪農かなんかのご隠居様ってのが一番ありそうだ。
飯の方はと言えば、芋と豆、玉ねぎ人参に少々の肉が入ったスープ。金あるなおい。いや、それは最初っから分かってた話だ。金持ちじゃなきゃこんな御大層な家になんぞ住めん。維持費が高いからな。
「お嬢さんはどうしてここへ?」
「私は流れの薬師をやってまして。今朝は晴れていたので、雪が降る事もないだろうとお邪魔していた村から出たのですが……」
「この吹雪で閉ざされて、道に迷ったんですね」
平易な言葉で質問されたので、同じように平易な言葉で返す。貴族じゃなくて豪商だな、多分。にしても流石に予想外だった。空の模様と風の幹事からして、吹雪の起きる兆候はなかったんだけどねえ……。
「あなたもそうだったんですね……」
と言うのは、良く手入れされた綺麗な白い肌と金髪に碧眼の女。まごうことなき美人である。とは言え今ここにいる以上私の同類だけど。
「……なるほど、馬鹿か」
「誰が馬鹿だ、お前も同類だろうが。下剤盛ってやろうか」
売られた喧嘩は買うのが私式。そういう宣戦布告をするというのなら、それ相応に迎え撃つまで。私が阿呆だと言うなら同じ状況に置かれたこいつも当然馬鹿に決まっている。同レベルであるなら煽りを返しても問題あるまい、糞餓鬼相手にはそれが一番だ。
一瞬で私の育ちの悪さが露呈したわけだが、年寄り達には微笑ましい物を見る目で見られた。一応もう三十が見えてるんだけどな……。
◇
寝起き、案内された部屋の窓から表を見るとまだ激しく降っていた。……そうはならないだろオイ。丸一晩降り続けてまだ止まない雪とかどうなってんのか。ま、気にしても仕方ないんだが。どうにもならないことはどうにもならないので、諦めて起きる。今日はまあ表には行けないだろうなと言うことで作業の予定を立てていると、叫び声が聞こえてきた。
「だ、誰かー!」
あんまりにもすごい金切り声なので無視するわけにも行かず取り敢えず様子を見に行く。悲鳴が聞こえてきたのは屋敷の奥の方だったか。
「どうしたんですか?」
「あ、あの……」
女中さんに指差されるままに部屋の中を見ると、死体がぶらんと二つ吊り下がっていた。……おい、なんで死体がぶら下がるようなことが起きる? 取り敢えずまずは降ろすか。
「あの……ここの天井裏って通路とかありますか?」
「……いえ、その穴は通気口です。冷暖房の空気を回す物です」
ふむふむ……そんなとこにどうやって紐を通したんだ? まあそんなことは考えても仕方ないので、女中の人と協力して屋敷の主人たる老夫婦を下ろす。まだ死んですぐで体温が残っている、なんてことはなくてひんやりとした体は死ぬほど重たかった。許可を取れれば解体——じゃなくて解剖をしたいところだけど……まあ、無理だよね。
取り敢えず寝台に横たえて、目を締めてあげる。取り敢えず何をするにしてもまずは飯だ、お腹空いたんだよ。
「遅い!」
「あ? 死人が出たんだから仕方ねえだろうが文句言うなら自分で用意しやがれ」
昨日私に絡んできた馬鹿に今日も絡まれる。ウザい絡み方なのでこっちもそれ相応に。こいつはいつか絶対しばき倒してやるのでまだ普通の範疇に入る対応で。
「で、何があったんだよ」
「ここのご主人夫婦の首吊り死体を発見した」
馬鹿の目がきらーんと光る。死体を見てテンションを上げるのは間違いなく屑だ。
「あの、どう言う状態なのか、見させて貰っても良いですか?」
「構いませんよ」
金髪ちゃんが見たいと言うので、私が遺体の元へと案内する。見た目は華憐な箱入りっぽいけど、思ったよりは図太いらしく遺体を見ても眉一つ動かさない。かと思うと、胸元から聖印を取り出して祈り始めた
「『WXWU』」
一言唱えると、白い光が彼女の体から放たれ二人の遺体を包んだ。そうして少しすると、呼吸音が始まる。 ……初めて見た、蘇生魔法だコレ。蘇生を行えるレベルで光魔法を使える人間なんて教会所属の聖女達しかいない。今はその称号を持つ人間が十人いるから、相対的には珍しくもないが……。
「内密にお願いしますね」
んなこと言ったって、ここに居る人はみんな知る話じゃんね、誰かさんが蘇生してくれたって事実は。全員に黙ってて欲しいってことか。
「実は家出中のような物なので」
教会から家出中ってことか。何が気に食わなかったのかは分からないけど。ま、それなら黙っててあげようか、一応私も大人だしな。これ突いたら教会の醜聞が出てきたりしない? それだったら面白いから知り合いのブン屋にチクってやるんだけど。
かくして一件目の殺人事件は終息したのであった。
◇
翌日の昼過ぎ、暇に任せて丸薬を増やしてると更なる悲鳴を耳にした。声の感じからして騒いでいるのは歳を取った男。一体誰が何を目にして悲鳴を上げたのか。
「おい薬屋、助手やれ」
「あ゛?」
おっとしまった、思わず口調が荒れた。育ちの悪さが露呈するのはちょいとばかり嫌だな。その辺はある程度真っ当な方が客が付きやすいし、できる限り善良な人間だと思われておきたい。いやまあ、この手の人間とは縁を切っておきたいがまあ……、そこは割り切りだ。
「何故? 探偵ごっこをしたいなら一人でやれば?」
「助手なしの探偵など格好が付くまい? 今回と前回と、計三人分の殺人に関してお前が一番無縁そうだからな、丁度良い」
はーん、この悲鳴も死体を見つけてなのね。にしてもこいつ、マジでウゼェ……。どさくさにまぎれていつか毒殺してやろう。何、誠に気に食わないが証拠の残らない毒殺は私の得意分野だ。普段は客の家族や本人と相談して苦痛が長引かないようにやる奴だけども。
「では着いてこい!」
「面倒。さっさと歩け」
着いてこいと言う割にはすっとろい歩き振りなので、取り敢えずでケツを蹴り飛ばす。ナリの割には体が軽い。妙な病気の一つも抱えてたりしないだろうな、おいおい。とは言え、一応二人目となると連続殺人事件てことになるから調査したい気持ちはまぁ分かる。吹雪が止まない限りはこの館は閉鎖環境だからな、可能な限り安全は保ちたい。
現着、場には首と腰を切断した上で下から胴体、首から頭部、ひっくり返した腰から下部分の順で積み上げた謎死体が飾ってあった。その脇にはご丁寧に剥いだ服が置いてあったせいで、なんか妙な執着を感じるけど一旦棚上げ。とりあえずまずは検死から。瞳孔の様子や断面、肌の状態なんかを見聞していく。
「俺の見立ては正しいようだな、薬屋。お前は役に立つ」
「お前も探偵を自称するのは伊達じゃないのな。物見遊山かと思ってたわ」
「失礼な奴だな。だが寛大さこそ上に立つ者の資質。お前が役に立つ限り許そう」
うわうぜえ。どこまで行っても単なる探偵は偉いさんにはなれねえよ。何が上に立つ者の資質だ、お前絶対下層の人間じゃんね、階級が無いフリをしてるだけの。あーでも定住地がありそうな分アッパーか?
殺されてから切断されてるな、多分。それも結構時間経ってからだ。安らかな死に顔で切断以外の外傷はなし。断面の綺麗さ的に、かなりの技量の持ち主によって切断されてる。
「……最も可能性が高いのは毒殺か」
じっと私を見つめる阿呆。無縁そうだからと引っ張り出したのはお前だろうが、目ェ潰してやろうか。……いや良くない良くない、ここでキレたら私が犯人扱いされるな。
「誰もお前は疑ってない。大体コレ少なくとも昨日の晩には死んでる。お前と俺と聖女とでカードをしている真っ最中だ」
……時間の推定まで出来るのか、思ってたのの八倍くらい役に立つじゃん。死ぬほどうざいのがアレだけど流石に殺すのは流石にやめとくとして、やっぱり下剤程度で良いかな。
一応部屋も見回すが、取り立てて異常な点はない。寝台の脇の水差しには少々水が残っていたので、一応確かめる。……黒か、これだと使われたのはトキシト草の根かな。舐めてみると予想通りの酸味がする。少々味が悪くなるから知ってれば気付けるが、知らない状態だとちょっと古くなった程度にしか思わない塩梅だ。
「お前、それは毒だと言ってなかったか?」
「くたばりゃしねえよ、慣れてるから。一人飯なら調味料扱いする程度の代物だよ」
毒って言ってもトキシト草のはたかが知れてる。私程度があっさり耐性を付けれる程度の毒性しかないからかなり気楽な部類だ。問題があるとしたら……結構南の方の植物で、雪が降る地方にゃ殆ど生えてないってことか。別に大した薬じゃないがここらで手に入れるのは少々難しい。だけどその割には毒性は高くない。
「ほう? 誰かが意図的に仕入れないと無い筈の物か。なら計画的犯行だな」
論点整理。誰が何故切ったのか、誰が何故毒を盛ったのか、誰が何故毒を調達したのか。この六つが問題だ。一件目の殺人は館の主人の老夫婦で死因は絞首だから容疑者は男、もしくは二人以上の女になるが、と。今回殺された男はこの老夫婦の友人で、素直に死を悼み蘇生に喜んでいたので基本は白と見做しても良いだろうが……。
「そろそろ、良いでしょうか? 時間が経つほど蘇生は面倒になりますので」
聖女様が焦れてきたので道を開ける。調べたいことは大体終わったからあとは証言集めということになるのかな。ま、それは私の仕事じゃない。探偵ごっこはしたい奴に任せれば良い。
「おはようございます、分かりますか?」
「おはようございます」
聖女様の蘇生魔法は何時だって完璧らしい。毒による死の場合純粋に復活させるだけだと駄目じゃ無いかと思うけど、そういうのを全部ぶっ飛ばせるとかマジでイカれてる。一家に一台出来たら便利そうだな……。いや、違うか。瞬間的に見たらそうでも、社会としては世代交代して老害には滅んでもらわないとまずいか……。まあ良い、それは考える必要はない。
「えーと……死に様、聞きたいですか?」
「やめておきます」
まあ、だよねえ。いくら蘇ったとは言え、自分の死に様——それも周りの人の反応からして無惨と思しき——を聞きたい人間はそうはいるまい。
「お前の記憶はどの時点で終わっている?」
探偵ごっこに証言集めは欠かせないとは言え、任意での聴取だろそこは。何故尋問の雰囲気にしてるんだこの馬鹿。素直にそこは何がありましたかで良いだろ、怯えてんぞそいつ。
「そ、それが……風呂を出て部屋に戻ったところまでで……」
「……上手くいきませんね。私が蘇生すると、死ぬ少し前の記憶がなくなってしまうんですよね」
デメリット……でもないのか? 死ぬぐらいに恐ろしいことにあった時に、それを引きずることなく蘇生後の人生を歩めるようになると考えたら基本的にはむしろありがたい仕様か。迂闊に記憶を全て引き継ぎだと死ぬ時の痛みや苦しみまで残るだろうし、記憶が残る方が困るレベルの有用機能の可能性すらあるかも。
「質問を変えよう。何か恨みを買うようなことに覚えはあるか?」
怨恨か。たしかに世で起きる殺人事件の中では一等動機がわかりやすく、そしてありふれている。ま、問題なのはその恨みの軽重ではなく有無なんだが。どれだけ軽い恨み、それこそちょっと前の飯で天ぷら一個多く持ってかれたとかその程度ですら噛み合ってしまえば殺人に繋がるんだから。……思い出しただけで気が重くなってきた。何故かそん時も私が探偵の真似事なんぞさせられたんだよな、見返りはしっかりせしめたけどさ。
「……そんなこと言われても……」
ま、言われてさっと思い出すようなことならもう言ってるよね。やっぱりアリバイを詰めてくのが良いよ。魔法使われてたらそれも怠いけど、毒を遠隔で水にぶち込むのは地味ながら魔法でやろうとすると難しいし、そっちはまあ置いておけるだろう。逆に切断の方はと言えば、魔法なしでやったって言われた方がビビる。あんまりにも断面が綺麗過ぎるから、刃物でやったんだとしたらとてつもない武芸者がいる公算になるが、そういう訳ではないだろう。
探偵擬きは証言集めに走っていった。だから何故私を使おうとする。働いた分は報酬払ってもらうぞ、私は金勘定には煩いんだ。
「えーと……昨日の晩は何をしていましたか?」
「疲れていたので早めに寝ました」
今は老夫婦に事情聴取中。何をしていたのかのタイムラインを作成していく。老夫婦は夕食の後すぐに寝室へ引っ込んだ。これは他の目撃証言とも合致する。つまり、そのあとどうであったかは不明。夫婦なので互いの証言はあんまりアテにならない、同じく親し過ぎるので女中の証言も老夫婦分はあまり信用できない。
「……この流れだと言っちゃうのは駄目だと思うんだけどね。ここだけの話よ」
と切り出したのは館の主人公夫婦のお友達の婆さんだった。殺された年寄りの方の老夫婦の男の友人と老夫婦自体と、どちらも少々阿漕な商売をしていたらしい。勿論法に引っかかるって訳じゃないし、値を釣り上げたわけでもない。ただ同業他社の販路をじわじわと、しっかりとパクって来たってだけだそうだが、それで一番被害を被ってるのが年寄りの方の友人殿なんだそうだ。その友人殿は友人殿でネガキャンをちょこちょこ仕掛けていたらしく、ろくでなし決戦っぽい感じなんだそうだ。……だっる。
てか恨みを買う覚えはないとかマジで覚えがないだけかよ。コレ調べる必要ある? 今んとこ身内が身内をやってて聖女と私と探偵擬きがなぜか巻き込まれた部外者状態じゃんか。
なんとかかんとか聴取も終わったのでメモを探偵擬きと纏めていると、ガタンと重量物が落下する音がした。音の出元は外、ということは落雪か。流石にこの天気の中表に出たアホはいないよな? まあいても殺人じゃなくて事故死か、なら面倒だからもう良いわ……。
「……申し訳ありませんが……」
聖女様に呼ばれたのでついていくと、今度は女中が棚の下敷きになって死んでいた。流石に事故死だよね……?
「それを調べていただけますか?」
「一応、私ただの薬屋なんだけど……」
「死体を検分する手付きがどうにも慣れていらっしゃる様でしたので」
くっそ否定できない。まあ聖女様は誠実かつ真っ当でしかも可愛いから、頼られて嫌な気はしないけどさ……。どうせ頼られるなら薬屋として頼られたいよね、探偵なんかじゃなくてね。
と言うわけで三件目の死体だ。棚を持ち上げられるかと思ったら普通に重い。聖女様が手伝ってくれたのでどうにかなったが、少々聖女様の筋力に疑念を抱く。もしかしてゴリラか、ゴリラなのか。
それはさておき状況チェック。倒れた棚からは重量物が沢山落ちている。見えてる範囲での傷は後頭部の打撲。触った感じでは拳や棍棒による打撃ではなく、あくまでも棚に入った重く堅い物がぶつかって発生した様に見える。ただ、棚を起こして見た感じではこの棚は容易に倒れる物ではない。後頭部にぶつかったと思しき重量物を改めて置き直しても棚が倒れる様子はない。ってことは逆説的に、誰かが倒したことを意味する。……思考が飛躍した。あくまでも存在している事象は、女中が棚を背にして作業している最中に倒れてきた、以上で終わり。付帯情報として、棚は勝手には倒れなさそうと言う印象。あくまでも印象であって事実じゃ無い。
「あれ……、なんだと思いますか?」
そう言って聖女様が指差したのは天井からぶら下がる紐。紐か、行き先はといえば倒れていた棚の向かい側。気になったので聖女様の助けの元、向かいの棚も外して調べてみると妙なギミックが仕掛けられていた。その戸棚を開くと紐が引っ張られる機構だ。もともと倒れていた方の棚を改めて調べると、紐の千切れた断片がある。んじゃ、誰かが戸棚を開けた奴を殺すための絡繰を設置した、て事で良いんだな。
現場で調べることが終わったので倒れた戸棚を全部起こした後聖女様に蘇生して貰い、幾らか女中に質問する。
「ここは普段から掃除していますか?」
「ええ。あまり使わない部屋なので、そこまで頻度は高くありませんが。それでも三日から四日に一度程度には」
「前に掃除をしたのは何時ですか?」
「この部屋ですか? それなら四日前です」
この四日以内に誰かが女中を殺そうとした、って計算か。でも話を聞いた限りにおいては私と聖女様と探偵擬き以外は皆その時点でいたっぽいから犯人を絞る情報足り得ない。つまりは無意味に近い情報だ。ま、集めておくに越したことはない。
この一連の情報を集めて探偵擬きのいる部屋へと帰ると、探偵擬きが血の海に倒れていた。首と腹にナイフがたくさん差し込まれている。
……うへえ。勘弁してよ、これで四件目でしょ? 良い加減怠いんだけど……。先に集めた資料を確認する。血に沈んではいるけど読めない訳じゃないのでセーフ。死体から刃物を全部引っこ抜く。当然のことながらこの館の厨房の物だった。面倒なんだけど。もう良くない? 誰が犯人とか考えるの怠いし面倒だしどうせ死んでも蘇生してもらえるし意味ないじゃんか……。
「……一応、調べましょうか」
「指紋でも取ってみましょうか? 死ぬほど面倒ですけど」
ナイフの指紋を取れても個人の指紋を取るのが面倒だし、引き比べて見るのに丁度いい硝子板なんて持ち合わせちゃいない。動機を考えるにしたって、老夫婦を殺した奴、老男友達殿を殺した奴、女中を殺した奴のうちの誰かにとって目障りだったに尽きるんだろうな、どうせ。
この館に来てこれで三日目、一日一件より早いペースで死んでるせいで調べる気力が湧かない。一応探偵ごっこに付き合わされてるからアリバイ的には捜査らしき物をやっておくけども。にしたってテンション上がらないな……。
寝て起きると目の前には聖女様の顔があった。……ええ、今度の犠牲者は私か。一体全体どんな殺され方をしたのさ、この館では恨まれるようなことをした覚えはないよ。
「撲殺です。どうも、お風呂を出たところで背後から後頭部を強打されたようです」
…………ああ、そりゃ死ぬわ。肉体的には私は貧弱極まりないから、殺意を持った打撃を後頭部に喰らったらそりゃ死ぬ。ちなみに下手人とかは……うん、そうだよねまだ不明だよね。五件目の被害者は私だったか。
「それと……探偵殿も、です。死因は不明ですが……」
あたー、死人が出過ぎててもう笑うしかないよね。調べる必要もう無くない? 吹雪が止むまでこれ死亡と蘇生をぐるぐるしてるのが一番でしょ。聖女様に迷惑が掛かることにはなるけど、それが一番軋轢を産まない形じゃないかな。
とかなんとか話してると、今度は爆音が響き渡った。割とすぐそこだったので探偵と三人で見に行くと、厨房のあたりが吹き飛んでいた。そして黒焦げた死体が五つ。吹き飛んだ屋蓋と壁から吹雪が思いっきり吹き込んでいて寒い。酷い、酷いぞ、マジで酷い事故だ。ってかどうすんのよ、これ。吹雪の止む気配もないのに建物に結構酷い損傷が生まれちゃったら流石にどうにもならないけど。
「……任せてください。実は私、闇属性魔法も得意なんですよ。まずは『WGWU』『XMFCJ』っと」
聖女様が何やら呪文を唱えると、この建物自体が叫んだような気がした。
「そして『HZWJ』『UJSE』」
建物がまるで生物が癒される様に回復されて建物が元通りになった。その直後に即死魔法が飛ぶ。……何故?
「建物をリビングルームとして蘇生させてから回復させて、その後で即死させることで建物邪修復しました。高い作りの建物で助かりました、魔法的には一塊になっていましたから」
一家に一台聖女様、だな。動物だけじゃ無く物の修復もできるなら、それくらいのペースで居てほしい人間だ。ああ、やっと実感したわ。そりゃ国も教会も躍起になって囲うわな。ああ、やっと納得した。
「それはそれとして……どうして爆発したのかは……」
「長い時間揉めていたのでなければ無理ですね。記憶を結構失ってしまうので」
やだもうやりたくない。……うん、寝よう。
ここからはダイジェストでお送りさせて貰う。朝起きて、ご飯を食べて、思い思いに活動して、夜にも飯を食って寝る、というのを基本に、風呂に入るのを差し込んだり、殺しが差し込まれていたが。
六件目は首を絞められての窒息死。死んだのは老婦人の妻の方。仕立て人は夫の方。衝動的にやってしまったそうだ。
七件目は火事による焼死。死んだのは女中と女性の方の友人殿、年若い方の男の友人殿の三人。失火だそうだ。
八件目、風呂場で溺死。死んだのは年老いた方の友人殿。湯船で寝てしまった結果死んだ様だ。
九件目、食卓で毒殺。死んだのは私と聖女様以外の全員。飯に毒が仕込まれていたらしい。聖女様は聖女パワーによる耐性で、私は素の耐性で耐えちゃったけども。
十件目、死因は不明で人間家具化。死んでいたのは年老いた方の男の友人殿。朝起きたら死体が燭台の形式で置いてあった。
十一件目、広間で失血死。死んでいたのは老夫婦の妻の方、女中、女の方の友人殿の三人。倒さ吊で頭に穴が開けられていた
十二件目、食卓で生首展示会。犠牲者は老夫婦と女中の三人。鋭利な断面で斬られた首が三つ、食卓に飾ってあった。
十三件目、無惨に失血死。犠牲者は男性の友人殿二人と探偵擬き。沢山の刃物で磔にされていた。
そして最後、十四件目。犠牲者は聖女様。寝室でバラバラ死体になっていた。
……やばいよね。これまでの事件が全て見過ごされていたのは、聖女様が蘇生してくれていたからだ。それがないとなると一気に話が変わる。それに聖女様が殺されたという事実そのものがやばい。隠蔽する必要があるな。
「……こうなったら、相互監視しかないな」
「……そうね」
食堂に全員を集め、一定の距離を開けて座る。お互いに誰かが変なことをしないか見張れる体勢であり、何かをやろうとしている奴がいる時に他の人総出で止められる構図だ。
それから暫く経って、唐突に吹雪が晴れた。やっと外に出られるのだ。
◇
「まあなんと言いましょうか。三日目くらいの段階で、吹雪の原因がアイスドラゴンのせいだって言うのはなんとなく分かったので、抜け出すタイミングを量っていたんですよね。そしたら殺意を感じたので、遅延発動式の蘇生魔法を使って無防備に殺されたんですよ。で、蘇生を少し離れたところで行って、そのままドラゴン仕留めて解決した、というわけです」
後日、死んだと思っていた聖女様と出会ったのでその時の話を聞くと、そんな答えが出てきた。そうか……。いやもうどうしようもないじゃんか!
一発ネタ。話は一行目でオチてます