【短編】アイドル☆レインボーピリオド〜闇から光へと〜
連載の冒頭部分だけ書いたため、短編として投稿いたします。
分かる人には何に刺激されたかきっと分かりますね(笑)
一ヶ月前からここ最近まで、大手SNSのトレンド入りした「#西川さゆりの娘」について語ろう。
西川さゆりとは、一年代前に話題となった人気歌手である。絶世の美女、7色の声を持つ歌姫、素晴らしい歌詞を描く詩人。自分の書いた歌詞に思い入れが強く、歌詞の内容に合わせて声を変え、その歌が聞き手の心に染み、歌詞が聞き手の心に刺さり、多くの共感と涙を呼んだ歌手。
しかし、近年では西川さゆりは表舞台に出ていない。というのも急に人気がガタ落ちし若手のアイドルたちに押され気味になったからだ。
あれだけの人気を誇ったのに関わらず、次々とファンが新しい歌手へ目移りして行き、西川さゆりという名が人々の記憶から消えかけていたそんな中。
「西川ニーナ」という名がSNSのアカウントに現れたのだ。
彼女は「西川さゆりの娘」と名乗っておりそれは西川さゆりのアカウントも認めているため、成りすましの可能性はすぐに撤回され注目が集まった。
西川ニーナは「#歌ってみた」などで自分の美声を披露することはせず、ただ自分の作曲した曲を上げているだけだった。そのため興味本位で来た者は離れていったが、その作曲能力は確かに素晴らしく人々を圧倒した。
しかし、頑としてでも西川ニーナは自分で歌わず作曲しか公開しなかった。そんな作曲しか投稿されていない西川ニーナのアカウントにある日、こんな投稿がされたのだ。
「アイドル募集中」
条件。高校生〜大学生の年齢。歌唱力や作詞力、作曲力がどれか一つでもある方。すぐに連絡がとれる方。
特別な何かも無く、素っ気ない短文に多くのアイドル志望者が殺到した。
自分の能力をアピールするかのようにコメントには自分語りをし、投稿には自分の動画のリンクを貼り、「我こそは」と多くのコメントが送られた中。
一言も無く、突如に西川ニーナの垢は消えた。
何が原因であったかは不明。急な退会。母である西川さゆりでさえも知らずに質問攻めにしても何も情報は得られず。娘の西川ニーナは退会日に家出をすると誰も知らないところで一人暮らしを始めた。
住居を特定されようと何度も野次馬やメディアを突っぱねアイドル募集の件には何も口を割らずに、その頑固な姿勢に人々の関心も薄れていった。
話題になることは度々あるが、誰もそこまで追求はしない。それが「#西川さゆりの娘」西川ニーナである。
♫ ◇──♪ ♬ ♪──◇ ♫
……やっとアイドルへの道が開けて、自由になれると思ったのに──。
「本日は聴いていただきありがとうございました!」
路上ライブも終わり、人々が帰っていく夜。
集まってくれた人々に終わりを告げると、名残惜しそうに散っていく観客だった人達を横目で見ながら新島阿月は片付けを始めた。
いつももこの時間はなぜか……無性に寂しい気持ちになる。
夢から覚めたかのように、夢中に歌っていた自分が引っ込んで現実に戻されるような感覚。
一体なぜ、私はこんなところで歌っているのだろう。
──アイドルになりたいから。
どうして、アイドルを目指しているのだろう。
──歌うのが好きだから。
それだけじゃない。そんな理由じゃあ夢として捉えられない。
──私は……自由になりたい。
歌っている間だけ全てを忘れられる。
こんな夜に家を抜け出して歌っている惨めな自分のことを。
全てから逃げて全てを拒絶して全てを信じられない不格好な自分のことも。
人をすぐに決めつけ笑うあんな馬鹿どものことも。
窮屈で不条理で意味のわからない息辛いこの世の中のことも。
何もかも──考えずに済む。ただ音楽に乗って、響きに触れて、リズムに合わせて、自分の表現を加えて、「歌っている」その時だけが。
自分にとっての最高な時間。最高な瞬間。
そんな瞬間がもっと欲しい。もっと、歌いたい。もっと、自分の歌を表現したい。だから、アイドルになりたい。
いくら路上ライブで歌っても、いくらSNSで自分を宣伝しても、いくら自分の歌った動画をアップしても。
アイドルへの道が開けることはなかった。
時に諦めそうになりながらも、親に隠れてその活動を続けて今に至る。が、今では諦め半分、希望が少し、という状態かもしれない。
あの時、夢を見た。あの時、希望の一筋の光が見えた。それなのに、アイドル募集者の垢は消え、連絡もつかずに夢への道は閉ざされた。
西川ニーナ。
もう一度、彼女に会えないだろうか。
彼女が何を思ってアイドルを募集したのかは分からない。そして、何を思って退会したのかなんて自分は分かる由もないし分かる必要もないだろう。
ただ、彼女がもう一度SNSに戻ってきたのなら。
何としてでも彼女に言うつもりだ。
「私をアイドルにさせてください」
そのためなら、何をしたって良い。プライドも誇りも、才能さえもいらない。ただ、歌うことが出来れば良い。
けれど、相変わらず西川ニーナは戻ってこないし、ついに人々は彼女を話題にしなくなった。
それでも阿月は忘れることはない。一度、夢見させてくれたそして現実へ残酷にも突き落とした彼女を。
アイドルになりたいという夢を。
「……こんばんは」
ぐるぐると回る自分の思いに向き合いそのやるせなさに溜息をついたその時。
凛とした声が阿月にかけられた。
「……? こんばんは」
戸惑いながら振り向くと、光沢を放った長い黒髪を下げた少女が真っ直ぐな瞳で見つめていた。
「貴方の歌、聴かせてもらったわ。本当に良かった」
「ありがとうございます……」
自分と同じくらいの年に関わらず、整った顔立ち。目がぱっちりするほど大きく、しかし濃いメイクで素顔が分からないようになっていた。
不思議な存在感のある少女はふっと笑って阿月に片手を差し出した。
「……何、ですか?」
不審がる阿月に怪しげに微笑むと少女は──
「一緒にアイドルをやらないかしら?」
迷いもなく口にした彼女のその大きな瞳に吸い込まれそうになりながらも阿月はぎこちなく聞き返す。
「……ちょ、何言ってんの。そんなことが出来るわけ、ないじゃないですか……?」
「そんなのは関係ないの。大事なのは貴方がアイドルをどれだけ本気で目指してるか。アッキーさん……なりたくないの?」
「っ……」
自分がアイドルになった時のために必死に考えた芸名を、呼ばれて問いかけられて。
阿月は疑いより、やはり──夢への気持ちの方が勝っていた。
「なりたいでしょ?」
怪しく微笑む彼女に魅せられたのか。
それとも、何でもいいから微かな希望にでも乗ろうと思ったのか。
夢への道を踏み出したくて。
「……なりたい!」
「そう。なら、一緒になろう」
彼女の差し出した手と自分の手を重ねて。阿月は少女と「握手」をした。
♫ ◇──♪ ♬ ♪──◇ ♫
謎のアイドルグループ レインボーピリオド「レイピリ」
ボーカル さゆ
メンバー アッキー カナミん♪ ゆーみ
デビュー曲 消えてしまいたくなっても
この物語は、レイピリメンバーのアイドルたちの葛藤、闇、そして希望を描いた作品である──。
第一章 想いが、音となって
アッキー 『はじめまして。アッキーです』
カナミん♪ 『ようこそ〜タメでいいよ?』
アッキー 『慣れるまで丁寧語でいいですか』
カナミん♪ 『慣れたらいつでもタメでいいからね!』
アッキー 『ありがとうございます』
カナミん♪ 『よろしく!』
アッキー 『よろしくお願いいたします』
ゆーみ 『よろ』
カナミん♪ 『ん? 愛想が無いなあゆーみは……』
アッキー 『ゆーみさんもよろしくお願いいたします』
ゆーみ 『堅い』
カナミん♪ 『もう、ゆーみの方が堅いって! 気にしないでね(笑)』
アッキー 『すみません。慣れるまでは丁寧語だから堅くて申し訳ないです』
カナミん♪ 『アッキーが謝る必要ない! ぼちぼちと慣れていこう〜』
ゆーみ 『ごめん』
ゆーみ 『そんなつもり無かったけど』
カナミん♪ 『ゆーみは毎回こういう短文なんだよね……』
ゆーみ 『ひど』
カナミん♪ 『グサッと来る……(汗)』
アッキー 『ゆーみさんとカナミん♪さんって元々知り合いなんですか?』
ゆーみ 『違う』
カナミん♪ 『残念ながらここで知り合ったんだよね』
カナミん♪ 『さゆに誘われてここにログインした時にさゆが出迎えてくれて』
ゆーみ 『さゆはあまり喋らないから初めての話し相手がカナミん♪だった』
カナミん♪ 『そうそう! さゆってばボーカルなのに必要時しかいないよね』
ゆーみ 『それな』
アッキー 『そういやさゆ来てないですね』
カナミん♪ 『今までも全然来てないよ! たま〜に一言二言だけ』
ゆーみ 『分かりみが深い』
ゆーみ 『私がさゆの次に二番目に入ったんだけど、寂しかった』
カナミん♪ 『全然喋ってなかったよね(笑)入ってゆーみがいて安心した!』
ゆーみ 『アッキーも来たし今は賑やか』
カナミん♪ 『確かに賑やかだね〜アッキー話そ!』
アッキー 『なるほど……みんなさゆに誘われたってこと?』
カナミん♪ 『そうだね〜わたしはネットで知り合って誘われたんだよね』
アッキー 『え、じゃあ直接会ったこと無いんですか?』
カナミん♪ 『無いなあ。VTuberで知り合ったからさ』
カナミん♪ 『え、アッキーってさゆとリア友?』
アッキー 『リア友ではないです。実際会ったことはあるけど』
カナミん♪ 『どういうこと?』
ゆーみ 『気になる』
アッキー 『私路上ライブしてるのですが、片付けの時にさゆに声かけられて』
アッキー 『それで誘われたんです』
カナミん♪ 『えーなにそれーさゆ見たいってか路上ライブすご!』
アッキー 『ありがとうございます。ゆーみさんはさゆと知り合いですか?』
ゆーみ 『さあ』
アッキー 『……え、変な話題出しちゃいましたか!?』
ゆーみ 『気にしてないけど』
カナミん♪ 『ゆーみどうした? そんなに?』
ゆーみ 『さゆが言うか分からないけど』
ゆーみ 『私自身は何も言わないことにする』
カナミん♪ 『そうなんだ……ごめんね……』
アッキー 『不快な話題を出して申し訳ありません』
ゆーみ 『だから気にしてない』
ゆーみ 『それと堅苦しい』
カナミん♪ 『それはゆーみだね(笑)』
ゆーみ 『丁寧語 苦手』
アッキー 『さっきからホントすみません! ラフな口調慣れなくて……』
カナミん♪ 『アッキーって真面目?』
アッキー 『真面目……なのかな』
ゆーみ 『どっちかっていうと低姿勢な人』
アッキー 『やっぱ、そうなのかなあ』
カナミん♪ 『アッキー大丈夫!?』
アッキー 『気にしないでください……』
ゆーみ 『大丈夫 気にしない』
カナミん♪ 『わたしもそこまで首突っ込まないよ〜』
アッキー 『有り難いです』
ゆーみ 『ただ、なんで丁寧語なの』
ゆーみ 『せめて有り難いにしてほしい』
アッキー 『ごめん……有り難い、でいいんですか?』
カナミん♪ 『まあそのうちラフな口調になるよ』
アッキー 『リアルじゃあ普通なんですが文面だと丁寧になってしまいます』
カナミん♪ 『大丈夫、丁寧語でも気にしないし』
ゆーみ 『まあ私も気にしないようにする』
アッキー 『ありがとうございます』
さゆ 『いきなり悪いけど、これでメンバー決定にするわ』
カナミん♪ 『わ、さゆ!?』
ゆーみ 『久しぶりだね』
アッキー 『さゆ、こんにちは……!』
さゆ 『さっきから私の話題も出して、普通に見てるわよ』
ゆーみ 『見てたんだ』
カナミん♪ 『見られてたの!?』
さゆ 『当たり前でしょ。私が作ったこのアイドルチャットは絶対確認するわ』
ゆーみ 『通知うるさいと思うけど』
さゆ 『そうね、貴方の一言がうるさいと思うけど』
カナミん♪ 『落ち着こう……(汗)』
ゆーみ 『気にしないで。いつもこんな感じ』
さゆ 『話が脱線したわ。私達でアイドルを目指す。いい?』
アッキー 『……もちろん!』
カナミん♪ 『オッケーだよ〜!』
ゆーみ 『了解』
さゆ 『私、さゆとゆーみ、カナミん♪、アッキーの四人で』
さゆ 『アイドル《レインボーピリオド》を創り上げる!』
ゆーみ 『それが名前?』
カナミん♪ 『レインボーピリオドかあ……語感はいいね』
アッキー 『でもピリオドって……』
さゆ 『気に入らないかしら? なら変えてもいいわ』
カナミん♪ 『そういうわけじゃないんだけどね……』
ゆーみ 『勝手に決めるなってこと』
カナミん♪ 『あは、どストレートだね……。そうなんだよね……』
ゆーみ 『でも別にいいよ』
さゆ 『賛成ということ?』
ゆーみ 『さゆがどんな思いでつけたのかは知らないし興味ないけど』
ゆーみ 『何かの想いが籠もってるのなら私は賛成する』
カナミん♪ 『でも、グループ全員の思いでは……』
さゆ 『そうね。やっぱり決め直す?』
アッキー 『でもいいです。私気に入りました』
カナミん♪ 『……え!?』
アッキー 『どんな意味なのか分からないけど何だか魅入りました』
アッキー 『心に響いてる、そんな感じで』
ゆーみ 『やっぱりね。何か刺さる』
カナミん♪ 『そ、そうかな……』
さゆ 『やっぱり刺さるってことはそれなり……だわ』
カナミん♪ 『え、どういうこと?』
カナミん♪ 『わたしだけ浮いてる感じする……』
ゆーみ 『私達は闇を抱えてる』
ゆーみ 『だからレインボーピリオドなんていうちぐはぐなタイトルに』
ゆーみ 『なぜか惹かれる』
さゆ 『ゆーみ、貴方はいつも直球すぎる』
ゆーみ 『それの何がいけない?』
ゆーみ 『じゃなきゃ気づかないでしょ』
カナミん♪ 『わたし……闇なんて無いよ?』
アッキー 『なんかゆーみさんの言葉染みる』
アッキー 『やっぱゆーみって呼ぶ』
さゆ 『カナミん♪、気づいてないだけだわ』
ゆーみ 『アッキー口調もラフに出来る?』
アッキー 『大丈夫。ラフに出来るかわからないけど丁寧語辞める』
カナミん♪ 『気づかないも何も……無いよ(笑)アッキー丁寧語辞めた!』
ゆーみ 『わ。アッキー堅いの辞めたんだ』
アッキー 『うん。なんかみんなに親近感湧いて』
アッキー 『カナミん♪のことも呼び捨てで行く』
さゆ 『そもそもアッキーの丁寧語が想像できないわ』
アッキー 『そうかもね。これが私のリアルの口調かも』
カナミん♪ 『それは嬉しい!』
ゆーみ 『話戻すけどカナミん♪は本当に悩み無いんだね』
カナミん♪ 『あるわけ無いじゃん! わたしこれでも元気少女だよ?(笑)』
ゆーみ 『文面じゃいくらでも言える』
カナミん♪ 『わたしが嘘付いてるって言いたいの?』
ゆーみ 『うん』
さゆ 『ちょ、ゆーみ直球すぎるわ』
カナミん♪ 『そう見えるんだ?(笑)意外だな〜』
ゆーみ 『正確には嘘つきじゃなくて見栄っ張り』
ゆーみ 『元気少女を演じてるんじゃなくって?』
カナミん♪ 『何言ってるの〜?w リアルでもこうだよ!』
ゆーみ 『カナミん♪、貴方のためを言っている』
カナミん♪ 『心配ありがとう! だけど大丈夫だよ』
ゆーみ 『無理は良くない』
カナミん♪ 『無理なんかしてないよ!』
ゆーみ 『……分かった』
カナミん♪ 『どうしたの?』
ゆーみ 『今は認める。カナミん♪が元気少女だと。だけど』
カナミん♪ 『だけど?』
ゆーみ 『辛くなったらいつでも言って』
カナミん♪ 『余計なお世話だよ! 大丈夫〜わたし強いしw』
ゆーみ 『でも強がらないでね。それだけ』
アッキー 『私からも言うけど、カナミん♪がどんな子かは知らないけど……』
アッキー 『何かあったら全力で力になりたい!』
カナミん♪ 『ありがとう〜! でも大丈夫だからねww』
さゆ 『とりあえず一段落ついたかしら?』
アッキー 『ホント喧嘩始まるのかとヒヤヒヤした……』
さゆ 『ゆーみは直球すぎるものね』
ゆーみ 『そうだけど』
さゆ 『拗ねてるわ』
ゆーみ 『ふざけるな』
カナミん♪ 『ゆーみの暴言も直球ww』
さゆ 『まあゆーみは置いておいて、私が伝えたかったのはそれだけよ』
さゆ 『略してレイピリとして活動していくわ』
カナミん♪ 『あ、言い忘れたけどレイピリでいいよ〜!』
カナミん♪ 『ごたごたとさせてホントごめん』
さゆ 『気にしてないわ』
アッキー 『レイピリ……いい名前』
さゆ 『ありがとう。それと、担当も決めたいと思うの』
カナミん♪ 『作曲担当、作詞担当みたいな?』
さゆ 『そうね。あ』
さゆ 『ごめんなさい、家の事情で今日はこれ以上来れない。抜けるわ』
カナミん♪ 『さゆの事情もあるもんね! 気にしないでいいよ〜』
ゆーみ 『逃げた』
カナミん♪ 『いつから追いかけっこ始めたのww』
ゆーみ 『ごめん 私も抜けるね』
カナミん♪ 『おけ〜大丈夫だよ!』
アッキー 『さゆもゆーみも今日はありがとう!』
カナミん♪ 『さてと……二人きりだねw』
アッキー 『ですね(笑)』
カナミん♪ 『なんで丁寧語?』
アッキー 『あ〜いや癖で(笑)気にしないで』
カナミん♪ 『もしかしてだけどさ、わたしのこと信用してない……?』
アッキー 『い、いえ……』
カナミん♪ 『だってわたしがいくらタメでいいって言っても変わらずで』
カナミん♪ 『レイピリの話になった時に変わったじゃん』
アッキー 『不満に思わせた?』
カナミん♪ 『そんなことないよ……ただ、気になっただけ』
アッキー 『カナミん♪はいいですね』
カナミん♪ 『なんで?』
アッキー 『だって、明るくて元気少女で、何も悩み無さそうだし』
カナミん♪ 『まあそうだね〜w アッキーは悩んでるの……?』
アッキー 『そこまでじゃないけど』
アッキー 『でも、カナミん♪みたいな気楽じゃない』
カナミん♪ 『ん〜それだけが取り柄だしわたしのww』
カナミん♪ 『アッキーも何かあったら相談してね』
アッキー 『ありがとうございます』
カナミん♪ 『たまに出てくる丁寧語ツボw』
アッキー 『ホント気にしないで……』
カナミん♪ 『そこまで気にしてないから大丈夫! そのうち慣れるって!』
カナミん♪ 『そろそろ寝る時間だから抜けるねっ。おやすみ〜』
アッキー 『……そうだね。おやすみ〜』
カナミん♪ 『ゆっくり休むんだよっww』
アッキー 『ありがとう……カナミん♪も!』
そう送った瞬間、カナミん♪がチャットアプリから抜けた通知が流れた。
阿月は、一息つくとスマホの電源を切り腰を掛けていたベッドに寝っ転がった。
いろいろありすぎて疲れた。疲労がどっと襲い、瞼が重くなる。
両親が出張でいない今日を狙って路上ライブを開催し、終えた後そのまま帰宅するつもりだったが少女に誘われた。一緒にアイドルになろう、と。
少女の誘いに半信半疑のまま乗ったところ、彼女は自身をさゆと名乗り先程のチャットアプリのログインコードを教えてくれたのだ。
そこには、ゆーみやカナミん♪がいて。
まだ全然話してないけれどきっと彼女たちもアイドル志望であり、同志──仲間なのだろう。
正直、実感が湧かない。さゆともあまり話せなかったし、そもそもそう簡単に夢への道が開けたなんて。
さゆは教えた後すぐに別れを告げ、阿月は一旦家に帰ってからチャットアプリに「はじめまして」と打ち込んだ。
そこでグループ名をさゆから告げられた。本当に「レインボーピリオド」なんていう名前でデビューするのだろうか。
本当に……それは実現するのだろうか。
ずっと待ち望んできた夢だからこそ、さゆからの誘いは「嬉しさ」よりも「困惑」の方が勝っていた。
ずっと手に入らなかった夢だからこそ──本当に、手に入れた感じがしない。スタートを切れた、という感情も無い。
落ち着いて考えてみると疑問が浮かんでくる。まず、さゆは何者なのか。そしてどんな方法でアイドルデビューしようとしているのか。
またゆーみやカナミん♪とはどのように出会い誘ったのか。カナミん♪はネットで出会ったと言ったがネット上でしか会ったことのない顔も知らない人を誘ってどうしようというのだろうか。
ゆーみとの出会いは濁されていたので余計疑問が湧く。そもそも、今日あったことは幻ではないのだろうか。または人聞きが悪いが、さゆという少女は元々そんなつもりはなく阿月をからかうために誘ったのではないか。
明日起きれば「夢」で終わっている気がする。こんな都合の良い話は露に消えてしまっている感じがするのだ。
全てのことを疑いにかかってしまう。それは、戸惑っているからではあるが、阿月は自身の性格ゆえだと思っている。
ゆーみに言われた通り、お堅く、ひねくれ者。型にはまった生き方しかせずに完璧な優等生であるために先生たちには低姿勢、自分を大きく見せないために謙遜は必須。同級生にも頼りがいがある優等生を見せつけるために仕草行動に注意してきた。
みんなの理想な優等生を詰め込んだ「型」に縮こまった生き方をしていた。それでも、やはり心の中はそんな人生に対する疑問が絶えず、自分を褒めてくれている人の本心を探ってしまう「ひねくれ者」が本性なのだ。
しかし「優等生」は辞められなかった。それは今でも辞めていない。辞められない理由は自分でも分からない。だからこそ今でも真面目に学校で活躍している優等生を演じ、その反動に自由を求め親や同級生にバレないように路上ライブをするようになった。
歌で得られる自由を手放したくなかった。
やがてそれは「アイドル」という夢に変わった。
きっかけは本当に些細だった。ある日、いわゆる悪友達と言われる友達に絡まれてカラオケに誘われた。苦手な友達だった上、興味なかったため行くのを渋ったが優等生であるために笑顔で承諾した。
つまらない中笑顔でいなければいけないことを覚悟にカラオケに向かったが、そこで友達に無理やり歌わされた時に思った。
ただ音だけを聴いてリズムに乗って歌う。その時にはもう頭には音楽のリズムしか無い。優等生でいなきゃとか、周りの顔色がどうだとか、一切考える必要はなかった。自分の体内に音が響きそれに反応する。
生まれて初めて知った「自由」だった。
厳格な両親が触れさせてくなかった娯楽。自分が触れてこなかった、興味ないと思っていた世界。
ああ、世界はこんなにも広かったんだ。自分がいた窮屈な学校だけじゃなかったのだと。限りない余韻が広がる自由が簡単に手にできる場所があった。ただそのことを悟ると、阿月は気づかぬうちに涙を流していた。
「どうした!? 大丈夫……?」
「……大丈夫」
急に泣き出した阿月に戸惑って声をかけた友達に本来であれば笑顔で応じなければいけないのだろう。
けれど珍しくそんな余裕もなく阿月はただ目頭を押さえた。
「やだ〜なんかあった? この曲が嫌い? それとも歌詞に感動?」
半笑いで話しかけてくる友達に言われてやっと阿月は気づいた。
自分が歌っている歌詞が自分にとって刺さる内容だということにも。
♪
世界は広い じゃなきゃ潰されてしまう
息が辛い環境で ずっといられるなんてあり得ない
いつかは楽になれると 夢見るのも厳禁だ
自分から踏み出して 新たな世界に踏み出して
その世界を知らないと 貴方は救われない
夢は夢で終わってしまうから 抜け出せなんてしないから
逃げ出せないだなんて諦めるな 狭い世界で追い詰められるな
宇宙なんて夢幻に広い 地球ももっといいとこあるから
絶望なんてしないで 飛び出してみるその瞬間
♪
音と歌詞が自分自身に溶け込んできて自分を連れ出してくれる気がする。
だから、涙が滲む。
「……っ」
声に出せない何かの叫びが体の中を駆け抜けた。
言葉で言い表せない心地の良い轟が、足元から湧き上がるような感覚に襲われ震える。
無言なまま一筋の涙をつーっと光らせた阿月に慌てて友達が笑みを引っ込める。
「ご、ごめん。やっぱカラオケ嫌だったよね」
「……違う。逆にありがとう……!」
「え、もしかして阿月カラオケ初めてな人?」
「初めてだよ。今まで興味なかった」
「なら今日初めて知ったんだね。楽しい?」
「楽しい!」
心からの笑みで即答した阿月に友達は明るい微笑みを見せた。
「この曲、西川さゆりの曲なんだ。ちょっと古いかもね。でもうちはこの曲大好きで。出来れば阿月に知ってほしいなあって思って」
「西川さゆり……ね。覚えておく。なんていう曲?」
「”Period IN Darkness”っていう曲。英語だから意味は知らないけど」
初めて聴いた曲が、自分の色の無い退屈な世界に終止符を打ってくれた。そして、その曲のタイトルにピリオドがついている。
「Period IN Darkness」そのタイトルと歌手である西川さゆりの名前を阿月は一生忘れないと誓った。
あの日が全てのきっかけ。
音楽に初めて触れて、好きになって、自由を知って。西川さゆりという歌手に出会って。
あれから西川さゆりの曲を全て聞いた。自分で作詞をしているという彼女の歌はメロディが心に染み渡り圧倒的な声量が体に響きをもたらしそして、感動の歌詞に惹かれた。
今では少し面倒だと思っていたあの友達にも感謝をしている。
彼女のようなアイドルになりたい。自由になりたい。
本気な夢を見つけられ──ずっと、その夢を阿月は追いかけている。
♫ ◇──♪ ♬ ♪──◇ ♫