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婚約破棄という愛を知りました。そして幼馴染みとの結婚は難しいということも知りました。

作者: 来留美

 私が彼と出会ったのは、十五年前。

 彼が私の家の隣に引っ越してきた。

 これが運命だとは、私達はまだ知らなかった。


~出会い(七歳)~


「ねぇ、一緒に遊ぼうよ」

「うん、君が僕と遊びたいなら遊ぼうよ」

「それなら何して遊ぶ?」

「君はどんな遊びがしたいの?」

「おままごとがいいなぁ」

「それならおままごとでいいよ」

「いいの?」

「うん、僕もおままごとがしたいって思っていたからね」



 そう言って、彼は笑った。

 本当に嬉しそうに笑っていたから、私も嬉しくなって笑ったのを覚えている。





 これが最初の出会い。

 初めてだったから知らなかった。

 彼がどんな人なのかを。


 いいえ、、、

 十五年経った今でも彼を知らない。


 彼が何を考え、何を思っていたのか。

 彼は私を好きなのか、嫌いなのか。



 私は彼を知らない。

 いいえ、私は彼を知ろうとしなかった。

 だから私は彼に、、、。


 婚約破棄をされた。





~現在(二十二歳)~


「明日、あなたの誕生日でしょう? だから一緒にプレゼントを買いに行こうよ。ついでに結婚式場の下見も行こうよ」

「うん、そうだね」


 私の提案に、彼はいつものようにうんと返事をしてニコニコとしている。

 十五年経った今でもずっと変わらない。


 私と彼は大学を卒業する前に、結婚式を挙げることに決めていた。

 彼は優しいから、なんでもうんと返事をしてくれる。


 ずっと私のことを優先してくれた彼を、私は大好きだ。

 結婚だって、私がプロポーズをしたらすぐにうんと返事をしてくれた。


 出会ったあの日から、ずっと傍にいてくれた彼。

 ずっと私を支えてくれた彼。

 私は彼無しでは生きていけない。


 彼もそうだと思っていた。






「ただいまぁ~。ねぇ、今日はあなたの好きな居酒屋に行こうよ」


 私は家へ入り、リビングへ続く廊下を歩きながら、同棲していて家にいるはずの彼に言った。

 でも彼の返事はない。


「あれ? いないの?」


 部屋の照明は点いていない。

 彼が私より遅く帰るのは珍しい。

 スマホを見ても連絡は入っていない。


 なんとなく冷蔵庫に目をやると、紙が一枚貼られていた。

 そこには一言だけ書いてあった。


『ごめんなさい』


 どういう意味だろう?

 心配になって彼に電話をした。

 彼の電話は電源が入っていなかった。


 彼と連絡がとれないと分かると、不安で怖くなった。

 いつも傍にいるはずの彼がいないから寂しくなった。


 明日は彼の誕生日なのに。

 毎年、彼の誕生日には彼へのプレゼントを一緒に買いに行くのに。


 結婚式場の下見も行こうって約束したのに。

 いきなりどうしたのよ?

 喧嘩なんてしていないし、昨日はいつも通りの彼だった。


 誘拐?

 でも、書き置きはある。


 もしかしてドッキリ?

 でも、そんなことを彼はしない。

 だって彼は知っているから。


 大学から帰った私はいつも疲れているから、家では落ち着きたいことを。

 だから、ドッキリなんて面倒なことはしない。


 彼は私の困ることはしない。

 だから私の気持ちを一番に解ってくれている。

 そんな彼が、私の前から消えた。


 初めて彼は、私を不安にさせた。

 初めて彼は、私を優先してくれなかった。

 初めて彼は、私の傍を離れた。


 私は初めて、彼に怒りを覚えた。

 だからなんだと思う。

 彼の居所を知っていそうな人に、片っ端から電話をした。


「あっ、お母さん。彼がどこに行ったのか知りませんか?」

「え? あの子は、あなたと一緒でしょう?」


 彼のお母さんに電話をしたら、お母さんは何も知らない様子だった。

 だから心配させないよう何も教えず、電話を切った。


「あのね、彼がどこに行ったのか知らない? 友達のあんたなら分かるでしょう?」

「はあ? 俺よりも婚約者のお前の方が分かるだろう? それに一緒に住んでいるんだろう?」


 私と彼の共通の友達も知らない様子だった。


「そうだ、バイトなのかもしれないわ」


 彼のバイト先に電話をした。

 しかし、彼は出勤していなかった。


「どこにいるのよ!」


 私は電話をしていても見つからないと思い、家を出た。

 彼の行きそうな場所へ向かう。


 彼の好きなレストラン。

 彼の好きな喫茶店。

 彼の好きな居酒屋。


 それでも彼は見つからない。

 私は家に帰り、心を落ち着かせるために、紅茶を作った。


 彼が入れてくれる紅茶とは、なんだか味が違うけど、少しだけ落ち着けた。

 落ち着くと頭がちゃんと働いてくれる。


 今は夜だ。

 どこかホテルに泊まっているのかもしれない。

 朝になれば大学に行ったり、お昼しか開いていないお店もある。


 また明日、彼を探そうと思った。

 でも、彼の話を誰かにしたかった。

 だから、中学生の頃からの親友に電話をした。


「ねぇ、彼がいなくなったの」

「はあ? あいつが? ありえないわよ。あいつが、大好きな彼女から離れるわけがないわ」

「そうだよね? ずっと一緒にいた彼が、私を一人にしないわよね?」

「そうよ。だって中学二年生の修学旅行前のあいつを知ってる私が言うんだから、ありえないわ」

「修学旅行前の彼? 修学旅行の時の彼じゃないの?」

「修学旅行の時はいつものように、大好きな幼馴染みから離れなかったでしょう?」

「そうね。でも、あの時はまだ幼馴染みだったんだよね? なんだか懐かしいなぁ」


 懐かしむ私を無視して、親友は修学旅行前の彼の話をしてくれた。

 その話には、私の知らない彼がいた。





~修学旅行前(十四歳)~


「あれ? 今日も靴箱が綺麗だ」


 私は靴を取り出して気付いた。

 ゴミなんて一つもない。

 靴もなんだかピカピカだ。


「靴箱掃除の人が、綺麗にしてくれたのよ」


 親友が靴箱から靴を取り出しながら言う。

 そんな親友の靴箱から砂が落ちてきた。


「私の靴箱だけ異常に綺麗にしてくれたの? 他の靴箱の中を見ても、私のところ程綺麗じゃないわ」

「気のせいよ」

「でも、ここ最近ずっとよ?」

「それなら私が犯人を見つけてあげるわ」

「本当?」

「うん」


 それから親友は靴箱を見張った。

 そしてすぐに犯人が分かった。


「何をしてるの?」

「えっ」

「やっぱりあんたね。幼馴染みが好きでも、そこまでしなくてもいいでしょう?」

「彼女が困ることは、僕が排除しなくちゃいけないんだよ」

「靴箱が汚れているくらいで、あの子は困らないわよ」

「違うよ。靴箱のことじゃないんだよ」

「それなら何?」

「ラブレターだよ」

「えっ」

「修学旅行前って、恋人を作ろうとする男子が増えるって女子が言っていたから、彼女にはそんな男子を近付けたくなかったんだよ」


 彼は親友に、真剣に言っていた。


「あの子には、あんたが犯人だって言うわ。でも、ラブレターのことは言わないから、あの子にどうして靴箱を綺麗にしていたのか訊かれたら、自分で何か理由を見つけて言いなさいよ」

「うん、ありがとう」

「こちらこそありがとう。あの子のことを一番に考えてくれて」


 そんなことを知らない私は、彼にお礼を言って靴が汚れないように気を付けるようになった。

 彼が少しでも楽になるように。





「私、彼に理由なんて訊いてないよ?」


 親友の話を聞いて、その日のことを思い出す。


「そうなの? 靴箱を綺麗にしてくれるなんて普通はありえないから訊くわよね?」

「だって、私のためにしてくれていたのよね? だから彼に訊く必要はないもの」

「何それ? 分かっているつもりでいたの?」

「分かっているつもりじゃないわ。分かっていたのよ」

「なんだか二人って、気持ちを言葉にしていない気がするわ。お互いが言わなくても分かっているって思い込んでいるのよ」

「だって私達は、幼馴染みだよ?」

「幼馴染みだから言わなくてもいいの?」


 親友に訊かれて、答えに困る。


「その結果が今なんじゃないの?」

「今?」

「そうよ。あいつが消えて、婚約破棄をされたのよ」

「婚約破棄?」

「そうよ。ごめんなさいの一言は、そういう意味よ」

「でも、彼はうんって言ったのよ? 結婚するのも、明日結婚式場の下見に行くのも、、、」

「その時、あいつの気持ちを訊いたの?」

「そんなの、訊かなくても分かるわ。それにうんって言ったもの」

「結婚は大きな決断よ。それを何も言わないなんて変よ。それに気付かないのも変よ」


 親友に言われて気付いた。

 結婚って、二人で決めるものだって。

 私一人で決めて、彼の意見は?


 私、彼の意見なんて訊いたことがない。

 彼は私と同じなんだと思っていた。

 初めての出会いの時からずっと、そうだったから。



 次の日の朝、彼が作ってくれる朝食の匂いがしない。

 いつも私のおでこにキスをして起こしてくれる彼が、今日はいない。


 凄く寂しくて、凄く不安。

 私、彼がいなくなって生きていけるのかな?

 そう思いながらベッドから出る。


 リビングで食パンを丸かじりする。

 こんなことをしていたら、いつもは彼が勝手にマーマレードを塗ってくる。

 マーマレードの甘さで私の目は覚めるのになぁ。


 そして、そんな朝食を食べている私の髪の毛を櫛でといてくれる彼。

 私のサラサラの髪の毛と香りが好きで、いつも髪の毛を一束持ち鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。


 それがくすぐったくて私は嫌がるのに、彼はそんな私を後ろから抱き締める。

 その時間が私は大好きだった。


 彼と話をしたくて、彼に電話をした。

 でも昨日と同じで電源が入っていない。


「今日は、あなたの誕生日なのに、、、」


 私はスマホを握り締めて言う。

 大切な人の誕生日。

 一緒に過ごして、一緒にお祝いをしたい。


 生まれてきてくれてありがとうって言いたい。

 彼の存在、彼の全てに感謝をしたいのに。

 それを伝えたいのに、その伝える相手はココにはいない。


「いないなら探せばいいのよ」


 私は食パンを食べ終わり、彼を探すことにした。

 早く見つけて、彼の誕生日を祝ってあげたい。


 今日は大学はお休みだから、まずはバイト先に電話をしてみた。

 彼は今日もお休みだった。


 そういえば、彼が大学でどんな風に過ごしているのか私は知らない。

 私と彼は大学は違うから。


 彼の大学の友達を一人も知らない。

 私、やっぱり、彼を知っているつもりでいた。

 何も知らないのに。


 でも今はそんなことを考えている暇はない。

 彼を探さなきゃ。

 彼の行きそうな場所を探す。


 彼は考えごとをすると、いつも行く場所がある。

 静かで、誰も邪魔をしない場所。

 図書館だ。


 図書館へ着いて、奥に一つだけ置いてあるパイプ椅子の所へ向かう。

 彼はパイプ椅子に座り、窓から外を見ながら頬杖をつく。


 パイプ椅子には誰も座っていない。

 私は彼の気持ちが知りたくて、彼と同じように座る。


 青空と、遠くを飛ぶ鳥。

 少しだけ浮かぶ雲。

 とても綺麗で、美しい。


 心が落ち着く感じがした。

 彼も私と同じように感じていたのだろうか?

 少しだけ、彼のことを理解できた気がして嬉しくなった。


「彼の横顔、とっても格好よかったなぁ」


 彼のことを思い出して、会いたくてたまらなくなった。

 図書館にはいなかったから、次は彼の行きつけの場所へ向かう。


 彼が私のことなんか忘れて、夢中になる場所。

 私は忘れられて嫌な気分になるけど、彼が楽しそうにしているから、少しだけ我慢をするの。


「ワンっ」


 柴犬が犬小屋の前で尻尾を振って、吠えた。

 この普通の家で飼われている、ワンちゃんがいるここが彼の夢中になる場所。

 高校生の頃は、毎日のように通って、このワンちゃんと遊んでいた。


 彼は犬が好きで、ずっとこのワンちゃんを撫でていた。

 私はそんなワンちゃんを見て、嫉妬していた。

 私の彼なんだからね、なんて思っていた。


 ワンちゃんを撫でると、気持ち良さそうに目を閉じた。

 彼がよく撫でる場所を私も撫でてあげた。


 ワンちゃんの毛は気持ち良い。

 それに可愛いワンちゃん。

 癒されるなぁ。


「あなたを撫でていた彼、本当に可愛い笑顔だったなぁ」


 またまた、彼に会いたくなった。

 彼のことを思い出す度に、私は彼が恋しくなる。

 彼を好きすぎてたまらない。


「ワンっ」


 ワンちゃんが私の後ろに向かって吠えた。

 私が振り返っても誰もいない。

 ワンちゃんは耳が良いから、遠くの音に反応したんだと思う。


 私はワンちゃんにサヨナラをして、次の場所へ向かう。

 次は、私と彼の思い出の場所。


 彼が、初めて私に好きだって言ってくれた場所。

 彼と私が幼馴染みから恋人へと変わった場所。

 私も大好きな場所。


「久しぶりに来たけど、こんなに狭かったかな?」


 私が来たのは、彼と二人で作った秘密基地。

 家の近くの山を少し登って、人から見えない場所に作った、二人だけの場所。


 枝や草で簡単に作っていたのに、壊れずちゃんと残っている。

 そして私はあの日を思い出す。



~初めての好き(十八歳)~


「やっぱりここにいたんだね?」


 私が一人で秘密基地で泣いていたら、彼が後ろから静かに近付いて言った。


「どうしてココにいるって分かったの?」

「僕が君のことを分からないとでも思うの?」

「それは、、、でも、この秘密基地には何年も来ていなかったのよ?」

「君が行く場所なんて、僕は全部把握しているからね」

「それって、全部の場所を探そうとしてココに来たら私がいたってこと? あなたは私を探してくれたの?」

「うん、僕は君が見つかるまで探すよ」

「ありがとう。でも、それは高校生で終わりだよね?」

「どうして?」


「だって私、あなたと同じ大学には行けないのよ? 別々の大学に行って、私を探すなんて無理だよね?」


 私はまた泣きそうになるのを我慢して、彼に背を向けたまま言った。


「大学が違うから何? 僕は君を探すよ。君が悲しんだり苦しんでいたら、僕は君の傍に行くよ」

「そんな曖昧な言葉が欲しいんじゃないの」

「僕は君が好きだよ。だから、ずっと君の傍から離れないよ」

「その言葉が欲しかったの。やっぱりあなたは私のことを解っているわね?」

「当たり前だよ。僕は君から離れたくないからね。君のことはなんでも知っておかないと、君が逃げていったら生きていけないよ」

「それじゃあ私達、結婚しちゃう?」


「僕はそれしか考えていないよ?」


 彼はいきなり真面目な顔で言ってきた。


「えっ、でも、今はまだ学生だし、、、」

「今じゃないよ。将来の話だよ」

「そうだよね。それなら私はあなたの婚約者ね?」

「うん、そして僕は君の婚約者だよ」


 私達は見つめ合ってクスクスと笑った。

 とても良いムードなのに、私達にはそんなムードは似合わない。


 婚約者になっても私達の関係は変わらない。

 二人で笑って、楽しんで、明るく毎日を過ごす。

 これが私達なの。




「彼の隣には私がいて、私の隣には彼がいて、、、。それがずっと続くと思っていたのに。でも私、彼に甘えすぎてた。だから彼は私から離れちゃったのよね?」


 私は体育座りをして膝に顔を伏せた。


「僕に甘えるのはいいんだよ」

「えっ」


 私が振り向くと彼が立っていた。


「僕が悪いんだ。君のためだと思っていたことが、本当は君のためになっていなかったんだ」

「あなたは悪くないわ。私がもう少し強くならなきゃいけないのよ」

「違うよ。僕が君に選択肢を与えていなかったんだよ」

「選択肢?」

「そうだよ」

「それはあなたでしょう? いつも私が提案をして、あなたはうんって言うだけだったでしょう?」

「そうじゃないんだ」

「それなら何?」

「ごめん、本当にごめん」


 彼は頭を下げて謝る。


「私が嫌いなの?」

「違うよ。君への気持ちは変わらないよ」

「そんな曖昧な言葉が欲しいんじゃないの」


 私の言葉に彼は驚きながら私を見た。

 昔、この場所で私が言った言葉と同じだってことに彼は気付いているんだ。


「僕は、、、ごめん、、、」

「言ってくれないの?」

「あの時は子どもだったんだ。何も考えず、ただ自分の気持ちだけを言葉にしていた。でも今は違うんだ」

「何が違うの?」

「全てだよ」

「全てっていう言葉は曖昧よ」

「曖昧でいいんだよ」


 彼は困った顔をしている。

 言いたくないって顔にかいてある。


「曖昧でいいわけないじゃん。曖昧じゃ何も分からないわよ。今日私は、それを知ったわ」

「今日?」

「うん、今日は、あなたの好きな場所に行ったの。あなたがどんな風に感じていたのか、よく分かったわ。そして私は、あなたのことを何も知らなかったんだって気付いたのよ」

「君は僕のことを分かっているよ」

「そんなことはないわ。だって、あなたのことを分かっていたら、今の状況にはならなかったでしょう?」

「違うんだ、悪いのは全て僕なんだ」


 彼は悪くない。


「そんなに自分を責めないでよ」

「本当に僕が悪いんだよ」

「どうして?」

「僕が君の邪魔をしていると思っていたからだよ」

「あなたが私の邪魔?」

「うん、僕がいるから他の男の人との出会いがないし、僕がいるから友達と遊ぶ時間も制限されるし、僕がいるから悲しむんだ」

「あなたってバカね。なんにも解っていないわね?」

「うん、なにも解っていなかったんだ。今日までは、、、」

「今日までは?」

「うん、今日の君を見ていて気付いたんだ。僕はちゃんと愛されているって」


 今日の私?

 もしかして、、、。


「あなたを探していた私を見ていたの?」

「うん、僕が行こうとした場所に、君がいるのには驚いたよ」

「声かけてよね」

「だって、君が僕の好きな顔をするんだ。もっと見たいと思って君を遠くから見ていたら、柴犬に気付かれて驚いたよ」

「柴犬? あっ、ワンちゃんが私の後ろに向かって吠えたのは、あなたがいたからなのね?」

「うん、ずっと君を見ていたよ。そして気付いたんだ。君が僕を、、、」

「好きよ」


 私は、彼よりも先に言いたくて、言った。


「あの日、この場所で、私はあなたに伝えていなかったわよね?」

「そうだね、でも僕は分かっていたからいいんだ」

「違うよ、分かっていても伝えなきゃダメなんだよ?」

「それって大事なのかな?」

「大事だよ。耳で、目で、心で感じれるんだよ? 言葉で伝えると何倍も、何十倍も嬉しいんだよ? 伝えた方もね」

「僕、不安だったんだ。結婚式が迫ってきて、本当に君は僕と結婚をしてもいいのか。僕が君の邪魔をしているんじゃないのかって」


 彼は本当に不安そうな顔で言っている。


「今日の私を見ていて気付いたんでしょう?」

「うん、君が僕のことを想って寂しそうにする顔は本当に嬉しかったんだ。そして、僕のことを思い出して顔を赤くする君は本当に可愛かったよ」

「私が顔を赤くしていたの?」

「うん、僕の横顔と可愛い笑顔が好きなんだね?」

「もう! 私の独り言を盗み聞きしないでよね」

「また顔が赤いよ?」

「からかわないでよ」


 私は彼の胸に顔を埋めた。

 これで見えないはず。


 そんな私の頭を彼は撫でる。

 彼の手から好きだよって伝わってくる。

 私もだよって言いたくて、彼を見上げる。


「結婚しよう?」

「うん」

「でも、今じゃないよ?」

「またなの? あの日と同じじゃん」

「でも、僕は言ったよね? あの日とは違うんだって」

「うん、何が違うの?」

「僕は今の感情だけで結婚は決めないよ。本当は今すぐでも君と結婚をしたいけど、僕はまだ学生で大人になっていないんだ。ちゃんと稼いで君を幸せにできる覚悟ができた時に結婚をしたいんだ」

「そうね。あの日はまだ子どもだったから、目先のことしか見えていなかったのよね?」


 彼がなんだか大人に感じた。

 ちゃんと私のことを考えてくれて、自分のことも考えての答え。


「いつになるかは分からないけど、君はそれでも僕の婚約者になってくれますか?」

「ねぇ、知ってる? 私はね、あなたに出会ったあの日から待っているのよ?」

「えっ、十五年前から?」

「うん、あなたはお父さん役で、私はお母さん役だったでしょう」

「それって、おままごとをした時の役だよね?」

「うん、あの時、本当に楽しかったの。あなたとは、ずっとこんな関係がいいなぁって思っていたのよ?」

「君の願いは必ず叶えるよ」

「うん、大好きよ」

「僕も大好きだよ」


 私達は見つめ合ってクスクスと笑った。

 とても良いムードなのに、私達にはそんなムードはやっぱり似合わない。

読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しくお読みいただけましたら幸いです。

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