3 魔法の言葉は年齢識別装置
「お嬢様の要望に応えただけなのに酷いミョン。酷いのはお嬢様の頭の中身だけにして欲しいミョン」
「だいたいそのミョンって何よ、ミョンって。成人した男が語尾にミョンつけて喋っても薄寒いだけなんだけど。それからサラッと私の悪口言わないでよ。今はアナタの頭の中身の方が私よりずっと酷いわよ」
私は困り果てた。
なぜなら、最推しの顔をした執事が語尾にミョンをつけて喋り出したからだ。執事だと思っていた男はどうやら神の使いで魔法少女をスカウトする妖精だったらしい。
なお、前世の日本では男性が清い身体のまま40歳を迎えると妖精の仲間入りができるそうだが、レインもその手の妖精だったのかもしれない(本当に神の使いなら実年齢わからないし)。そう思うとなんだか可哀想な生き物に見えてくる。
そうか、レインも童貞か。大丈夫、昨今では一生童貞で生涯を終える者も少なからずいるというし。よく考えたら前世の私も処女のまま妄想死で人生を終えたわけだし。なんなら今も処女のままだし。童貞を恥じることはない。強く生きて!
憐れみの目でレインを見ていると、すかさずツッコミのデコピンが入った。暴力反対。
「痛ぁぁいい!さっきから主人に向かってデコピンしすぎじゃない?」
「失礼極まりないことを考えていたお嬢様が悪いミョン」
「何でわかるのよ!?」
「妖精の勘ミョン」
どうやら妖精設定はまだ続くらしい。
「………もう何でもいいからその気持ち悪い喋り方やめてよ」
妖精云々はさておき、成人男性(この国では男性は18歳で成人)にミョン喋りをいつまでも続けさせるわけにはいかない。というか、最推しの顔が語尾にミョンを付けて喋る姿に私が耐えられない。大切な推しのイメージがガラガラと崩れてしまうではないか。
私が呆れたように言うと、
「かしこまりました、お嬢様」
レインが大袈裟なお辞儀(やっぱり無駄に姿勢が良いから逆に腹たつ)をし、ミョン喋りをやめてくれた。
さて、これで『執事が最推し姿でキモい語尾喋りを始めた問題』は解決したが、肝心の『私が魔法少女にスカウトされてしまった問題』は片付いていない。
「百歩譲ってレインが魔法少女をスカウトする妖精だと認めたとして、私は至って普通の女の子よ。どうやって魔法少女になるのよ?」
「アンポンタンな頭の持ち主でありながら自分を普通の少女と言い張るその強靭な精神。感服でございます、お嬢様」
「ケンカ売ってるの?」
「滅相もございません。魔法少女へのなり方ですが………まず、こちらをどうぞ」
レインが差し出してきたのはロケットペンダントだった。チャーム部分が開閉可能になっており、中を開けるとキラッキラでラブリー&ファンシーな宝石が張り付いている。
なんか、こんなの見たことがある。前世のテレビ(アニメ)で見たことがある。この一見すると可愛いんだけど、よくよく観察すると「あ、これ商品化しやすそうだなぁ。今度はコレで一儲けするつもりなんだろうなぁ」と大人の事情が透けて見えてくるデザインのアイテムは………。
「こ、これはまさか………!?」
「えぇ。変身アイテムでございます、お嬢様。このペンダントを握りしめ、心の中に浮かんだ魔法の呪文を唱えると魔法少女に変身できるのでございます」
(ま、魔法の呪文ですって!?)
その時、私の頭の中に前世の子供の頃の記憶が蘇った。ドキプリにハマるずっと前。まだ萌えという大人の(時に薄汚れ、時に腐りきった)感情を全く知らなかった純粋な子供の頃。私にだって魔法少女に憧れる可愛らしい幼少期があったのだ。あの頃は魔法のステッキを振り回し、魔法の呪文を唱え憧れのキラキラ魔法少女になりきったものだ。
(ふふふ、なんだか懐かしいわね)
そう、あの頃、女の子は誰だって『自分の憧れ』になれた。可愛いプリンセスになって王子様と誓いのキスをしたり、強い魔法少女になって悪の結社と戦いかっこよくやっつけることだってできた。無限の想像力で何にだってなりきり、楽しい時間を過ごせたのだ。
私はまだ心に焼き付いている鮮やかな記憶のままに、頭の中に浮かんだ魔法の呪文を唱え、
『 ム ー ン プ リ ○ ム パ ワ ー メ イ ク ア ッ プ ☆』
子供の頃に憧れていた魔法少女の変身ポーズをノリノリできめた。
が………。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
おかしい、何も起こらない。
確か、このセリフ後にムーディーな音楽が流れて、キラキラでセクシーかつ可愛らしい変身シーンに突入するはずなのに。で、変身後にあのお決まりのセリフ『月に代わってお◯おきよ』を言うのだ。
しかし、今はシーンとした無音の中で、気合の入ったポーズを決めた私がポツンと静かに立っているだけだ。
「・・・・・・・・・」
こちらを表情筋の死んだ顔でジーッと見つめるレインの視線が痛い。
(な、なんで変身しないの!?)
あれか、変身呪文が違うのか?セーラーなムーンの変身呪文ではダメなのか?それ以外の変身呪文となると………。あ、そうか、こっちか。こっちのセリフか。ふふふ、慌てて呪文を間違えるなんて。私ったらうっかり屋さんね。でも、いいの。魔法少女の主人公といえば、大抵はうっかり属性を備えているものだから。
気を取り直して私はもう一度頭の中に浮かんできた、先程とは異なる呪文を唱えてみた。
『 テ◯マクマヤコン テクマ◯マヤコン 魔法少女になれー☆ 』
先程と同様に気合を入れてキラキラな瞳で魔法の呪文&変身ポーズを決めてみたのだけど………、
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
やっぱり何も起こらない。
魔法少女になりきり恥ずかしいポーズを全力でとっている痛い少女(私)がいるだけだ。恥ずかしいにも程がある。
「ちょ、ちょっとレイン、何も起こらないじゃない!?」
「当然です、お嬢様。魔法の呪文が違いますので」
「どう言うことよ?さっき、心の中に浮かんだセリフを唱えろって言ったじゃない」
そうだ、確かにさっきレインは「ペンダントを握りしめ、心の中に浮かんだ魔法の呪文を唱えると魔法少女に変身できる」と言っていた。私はレインの言葉に従ったのになぜ変身できないのだろうか。もしかして呪文ではなくポーズの問題だろうか。自分では完璧だと思っていたけど、もうかなり前の前世の子供の頃に見た変身ポーズだ。もしかしたら間違いがあったのかもしれない。私が変身できない原因について必死に考えていると………、
「申し訳ありません、お嬢様。あれは嘘です」
グルグルと思い悩んでいた私にしれっとレインが言いやがった。
「はああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
どうしてくれる。公爵令嬢らしからぬ野太い声をあげてしまったではないか。が、レインは主人のドスの利いた声にも意を介さず淡々と言葉を続ける。
「正しい変身の言葉はちゃんと別にあります。それよりも私は常々、頭の中に思い浮かんだ魔法の呪文でその人が生まれた年代がわかると考えておりまして。『某愛と正義の制服系美少女』や『某ひみつの鏡のコンパクト系少女』を最初に思いついたということは、前世のお嬢様が生まれたのは昭和………」
「やめんかーーーーーーーい!!!」
それ以上は決して言ってはならないセリフだ。思わず渡されたペンダントを床に叩きつけたら力が入りすぎて粉々に砕け散ってしまったけど、私を責める者はいないと信じている。
カミーラ「レイン、アナタは今読者の一部を敵に回したわ。確実にね」
*作者はバリバリのセーラーなムーン世代です。お仲間………いますよね!?