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1 ウチの執事の様子がおかしい

新連載です。よろしくお願いします。



こんなことを言うと「お前、バカなんじゃねぇの?」と思われるかもしれないけど、公爵令嬢である私、カミーラ・デルクには前世の記憶がある。


前世の私は日本という今の世界よりも幾分も文明が発達した国で生まれ育ったものの、残念なことに非常に病弱で入院生活を余儀なくされていた。

そんな私の長く辛い闘病生活を支えたのが「ドキドキ☆プリズム学園(通称ドキプリ)」というスマホゲームだった。主人公である男爵令嬢が学園生活で様々なイケメンとの擬似恋愛を楽しむゲーム。時には純愛を貫き通し、時には逆ハーレムでウキウキウハウハできるそのゲームは、いわゆる「乙女ゲーム」である。

病弱のために現実世界で恋愛を出来なかった私は乙女ゲームにハマった。それはもうズブズブと底なし沼に沈み込みかのようにハマった。寝ても覚めてもドキプリのことばかり考えベッドの中でイケメン達との恋(妄想)に耽った。


そんな私はある日、ドキプリの妄想が捗りすぎて入院中に鼻血を噴水よろしく大量噴出させた。ほとばしるパッション(またはプァッション?)と共に飛び散る熱き血潮(鼻血)。


「ーーさん、大丈夫よ。頑張って!」


医師や看護師が懸命に処置しようとしても、私の行き過ぎた妄想列車は止まらず、鼻血も一向に止まらない。そうしているうちに体内の血液量が足りなくなり、そのまま呆気なく天に召されるという乙女として最悪の死に方をしてしまったのだけど。


「ふふふ、レインたん、萌え………」


ドキプリのイケメン(幸薄い系の執事)がプリントされた枕を抱きしめながら呟いたこの言葉が、前世の私の人生最後の言葉になってしまった。

正直に言おう。反省こそすれ、後悔は全くしていない。




さて、こうしてヲタクを極めた物だけがたどり着けるだろう尊い妄想死を体験した私だけど。新しい人生では公爵令嬢として生を受け、誰もが振り向かずにはいられない程の類を見ない美貌と、病気一つしない健康な身体を手に入れた。

と同時に「前世の記憶」も生まれた時から持っていた。きっとこれは前世で儚く散った(妄想死だけど)私への神様からのギフトなんだろう。前世の知識があれば色々な場面で有利に働く。そう私は前向きに考えた。

何事もポジティブシンキング。それが私の信条だ。


そんな私は物心がついた時には自分が「どうも前世で夢中でプレイしたドキプリの世界に転生してしまったらしい」と悟った。なぜなら………、



「あらあら、田舎くさいと思ったらアナタですの、フィリアさん。薄汚いドブネズミがこの高貴な学園にどうやって潜り込んだのかしら?早く田舎の巣穴に戻ったらどうかしら。そっちの方がアナタにはお似合いよ」



私はオーホッホッホと鼻につく高笑いしながら、鏡の前でビシッと空中を指差した。

何をしているか?そんなの決まりきっている。嫌味なセリフを言う練習である。


(ふふふ、完璧だわ。完璧な悪役令嬢よ)


そう、なぜなら私、カミーラはドキプリのイジワルな悪役令嬢役だったからだ。

いくら櫛でとかしても全く崩れない金髪縦巻きロール。赤いキリッとした勝ち気の吊り目。ボンキュボンなセクシーお色気体型。どれをとってもドキプリの悪役令嬢そのもの。まるでゲームからぽんと抜け出したかのよう。

ドキプリの絵師様、悪役令嬢をこんなに美人に描いてくださりありがとうございます。お陰で今世は超絶美女になりました。


ちなみにゲームにおいてカミーラはドキプリのメインヒーローである王太子アレクの婚約者でもある。カミーラはアレクに近づく純粋無垢な主人公フィリアに激しく嫉妬し、影で彼女をイジメ抜く。それはもう嫌味を言ったり、突き飛ばしたり、ノートや教科書を破いたりと小物感が漂うイジメを飽きもせずに繰り返すのだ。

が、主人公に骨抜きにされたイケメン攻略対象からイジメを見抜かれ、卒業祭のダンスパーティでお約束のように断罪されてしまう。最終的には国外追放となり消息不明となる悪役令嬢テンプレのような運命だ。


まだ小さな子供だった頃、鏡の中の自分を覗き「自分はドキプリの悪役令嬢だ」と気づいた時の衝撃ったらもう。あの時の感情はとてもじゃないけど言葉では言い尽くせない。ただ身体中が熱くなり、すごく興奮したことだけは覚えている。

そして私は幼いながらも心に誓ったのだ。


大好きなドキプリの世界観を壊さず、悪役令嬢役を演じきろう、と。


主人公らが輝くのは素晴らしい悪役あってのこと。光あるところに影ができ、影があるからこそ光はますますキラキラと輝く。

なら、自分は悪役令嬢として主人公を徹底的にイジメ抜くことで、この世界に花を添えよう。それが前世でドキプリに癒され、ドキプリを愛でた者の使命。

決して「はー、品行方正な公爵令嬢なんてもう飽き飽きだわ。昼ドラ張りの汚い言葉で主人公を罵ってストレス発散したいのよ!」なんて思っていない。


(私は………私の使命を全うする)キリッ


もし断罪後に死が見えている悪役令嬢だったら運命に抗ったかもしれないが、幸いドキプリの悪役令嬢は国外追放のみ。すでに隣国の土地を買収し、ゲーム後にバカンスという名の妄想引きこもり生活を楽しむ準備は万端。後は繰り広げられる推し達の恋愛模様を最前列で見物し、目と心のフィルムに焼き付け、その思い出を糧にニヤニヤ妄想三昧な余生を楽しむのだ。


ちなみに明日はゲーム舞台となる学園の入学式。そう明日から楽しい楽しいドキプリ生活がスタートするのだ。


(まずは校門前でフィリアとプリンス殿下アレク様の初コンタクトを見学。その後、クール担当頭脳明晰な次期宰相、熱血筋肉担当の次期騎士団長、お色気セクシー担当の大人な教師との接触をデバガメ。そして最後に悪役令嬢のわたくしがフィリアにイチャモン付ければ完璧ね)


ゲーム初日はイベントが目白押しだ。あの名シーンを生で、しかも目の前で見れるなんて………神様ありがとうございます。私は悪役令嬢ライフを全力で満喫してみせます。

私は前世で見た神スチルを思い出しニヤニヤとほくそ笑んだ。頬の緩みが止まらない。



「さすがお嬢様。品性の欠片も無いカラッポな頭の中身が顔面に滲み出ています。私には到底マネできない顔芸。これでまたバカ丸出しな悪役令嬢に一歩近づかれましたね」



後ろから低い声で酷い悪口が聞こえてきたのだけど、気のせいだろうか。いや、気のせいではない。私の部屋に勝手に入り込み、勝手に嫌味を吐き捨てる人物に1人だけ心当たりがある。


私が振り向くと、案の定、私の専属執事であるレインが立っていた。濃い緑色の髪に同じく濃い緑色の目をした背の高い男で、無駄に整った身体でお堅い執事服をなんなく着こなしている。今の嫌味な悪口は間違いなくこの男の形がいい口から発されたものだろう。



「もうレイン、いるなら声をかけてよ」

「声ならすでにかけましたよ、お嬢様。ただお嬢様が低俗な妄想に夢中で気がつかなっただけです」


レインが眉一つ動かさず無表情で言い放った。

表情筋が死滅してしまっているこの男は私の専属執事でもあり、同時にドキプリの攻略対象者の1人でもあるのだが。

ドキプリの世界観をできるだけ壊さず国外追方されようと誓った私が唯一、大きく介入してしまった相手でもある。


というのも、レインは幼い頃にカミーラに拾われ専属執事となるのだが、ゲーム内ではカミーラから日常的に暴言・暴行を受け、さらには無理やり非道な悪事に加担させられていた幸薄い系ポジションだ。

主人公のフィリアがレインルートに入った際には、カミーラによってボロボロにされた心の傷を主人公が聖女のような優しさで癒していく。


『君はボクを明るく照らす太陽だ』(キラキライケメンスチル&イケボ)


いつも薄暗い表情のレインが初めて優しく微笑んだ時のスチルは神がかっており、前世の私は萌えで咽び泣きながら神スチルをスクショしスマホの待ち受けにした程だ。

レインは前世の私の最推しだった。

そう、確かに最推しだったはずなのに………。


レインを拾った後に嬉しさのあまり欲望丸出しで猫可愛がり過ぎたのがいけなかったのか。自分に前世の記憶がありこの世界は乙女ゲームの世界だと、聞かれもしないのに洗いざらい話してしまったのがいけなかったのか。幸薄い系ヒーローだったはずのレインはいつの間にか表情筋が死んだ毒舌執事にジョブチェンジしていた。


(私の最推し、どこ行った)


前世の記憶とは似ても似つかないレインの姿に毎度ガッカリする私だけど、


「ところでお嬢様。転生者であるお嬢様におりいって頼みたいことがございます」

「あら、レインが頼み事なんて珍しいわね。なに?」


この後、無表情のままで続けられたレインの言葉にさらにガッカリしてしまう。





「魔法少女になってこの世界を救って欲しいのです」





カミーラ「私の最推し、どこ行った?」(2回目)

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