第1話 公証人マルコ
初めまして、川江名と申します。
小さな頃から小説を書くのが好きでした。
大学生になって、銀行員になって、投資ファンドに転職し、
今は大きな金融グループで、下っ端の役員をやっています。
社会に出てから15年間、
ひたすらやってきたのが金貸しです。
金貸しをテーマに小説を書くことにしました。
現代日本を舞台に書こうと思いましたが、
私は弁護士でも税理士でも会計士でもないので、
読者の方に金融の知識を正確に提供することはできません。
なので異世界を舞台に、
架空の法制度を前提に書いていこうと思います。
この物語を通じて少しでも、
金融の世界に興味を持って頂ける方が増えると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
川江名
マルコは、ミュール王国の田舎町であるシエンナ辺境伯領に生まれた。
没落貴族の長男として生を受けたマルコは、すぐに文の道を志すようになる。
戦に敗れ、土地を召し上げられた家系のコンプレックスからか、どうしても腕力で生きていく希望を見出せなかったのだ。
しかしこの国には法がある。全ての国民はこの法律に従わなければならない。
つまり国の権力が最高であるとの前提に立てば、法の力は武力に勝るのだ。
その考えに至った幼少のマルコは、シエンナの中心にひっそりと佇む図書館に籠り、王国の歴史、法制度、辺境伯略内での独自の慣習など、政に関わるありとあらゆる書物を読み漁った。
やがてその図書館の管理を任されていた貴族と懇意になり、奨学金を受けて大学にて勉学に励んだ結果、マルコはシエンナ辺境伯領の公証人として勤めることとなった。
公証人とは。
商取引や身元の引き受けなどあらゆる契約行為が、王国や辺境伯領の定めた法律と照らし合わせ、正しい内容かどうかを判断し、国としてのお墨付きを与える役割を担う者を指す。ちなみその行為を『認証』と呼ぶ。
司法の花形は裁判官であったが、裁判官はいわゆる既得権益の塊であり、家柄のコネクションを持たないマルコには不可能な選択肢であった。
だがマルコには自負があった。
少なくともこの辺境伯領において、自分がもっとも法律に精通した人間であり、その知識は裁判官の誰にも劣っていないと。
そんなマルコが25歳、公証人として3年のキャリアを迎えた王暦22年、彼にとっては事件とも言うべきひとつの仕事に携わることとなる。
「定款認証か」
公証役場と呼ばれる小さな一室で執務に追われていたマルコの手がふと止まった。
定款とは、会社の基本的な情報やルールを定めた書類のことを指し、王国に存在するすべての会社は、この定款を作成する義務を負っている。
会社の名前、場所、代表者の名前、事業の内容から、会社の規則に至るまでが定款に記されており、この定款の内容が法律に則った正しい内容であるかどうかをチェックするのは、公証人の仕事であった。
実際には、新たな会社を設立したり、定款の内容が大きく変わる時に、公証人にその定款を認証するべく依頼が来るのである。
さて、マルコの手が止まった理由は、このシエンナ辺境伯領において、まず定款の認証という行為自体が珍しいことだからである。
会社を設立するには相応のコストがかかる。
例えばこの定款認証の依頼をするだけでも、200,000ムールを国に納めなければならず、これは一般市民の月収に近しい金額だ。
従って会社を設立しているのは大半が貴族であり、新たに貴族となる者が出てこない以上、会社の設立機会も少なく、つまり、定款の認証もなかなか依頼が来ないものである。
「…なんだこれは」
依頼のあった定款に目を通していたマルコは、やがて独り言のように呟いてから席を立ち、秘書官に要請した。
「この定款認証を依頼したビアンカという者をここに呼んでください」
ーーー定款ーーー
王暦22年4月11日
会社名 ビアンカアンドカンパニー
所在地 シエンナ辺境伯領○○区
代表者 ビアンカ(姓はなし)
事業概要 貸金業、それに付随するその他の業務
続く。
用語の説明
・辺境伯領
現代日本で言うところの都道府県に該当するもの。ミュール王国から統治を任された貴族の名前がつけられる。
・王暦
統治開始を元年とするミュール王国の暦。
・ムール
ミュール王国で流通する貨幣の単位を指す。1ムール=1円と考えて頂ければ幸いです。