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2. うっかり忘れてた


 フロラレーテ──もといフロラ。出会った当日に婚約を申し込まれました。


 婚約とは、結婚の約束のことだったはず。

 そして人間にとって結婚というのはつまり、ただ一人のつがいを定めて愛を伝え、一生を共に支え合い、子を育んだり最終的に同じ墓に入ったりする約束のことではなかっただろうか。


 後ろにひっくり返ったまま、思考だけがぐるぐると高速で展開する。


(現場のフロラさん、()()婚約を申し込まれたようですが、今のお気持ちはいかがですか?)

 

 フロラは我を取り戻すために脳内アナウンスを入れてみたものの、全く落ち着けなかった。


「こっ……こん、婚……?」


 と意味をなさない音を発しながら、目の前で跪いままま微動だにしないアースを凝視していると、どこからかカーンカーンと鐘の音が響いてくる。


「えっもう!? これが噂の、結婚の鐘の音──! 私はまだ了承していないっていうのに、なんて手際がいいのかしら!!」


 混乱のあまり考えていることが全て口に出てしまったフロラである。

 その時、部屋の外からバタバタと慌てたような足音が聞こえてきて、ジュドが勢いよく飛び込んできた。


「アース様、お話し中に申し訳ございません。たった今、街に魔物が出ました! 今すぐにご対応を」


 カーンカーンと甲高い鐘の音。それはどこか心を騒つかせる、鋭い音。

 街に魔物が現れたことを知らせ、住民に避難を呼びかける警鐘だ。



「結婚の鐘の音ではなかったようだな。残念だ」



 アースが半笑いのような顔で立ち上がるのを見て、フロラは自分が恥ずかしい勘違いをしてしまったことを悟った。


「……私のことバカにしたでしょう、今?」


「まさか、そんな。畏れ多いことを……っふ」


「笑いを噛み殺せていませんけど!?」







***




 公爵家の地下には、こういう時に備えて街の中心へ真っ直ぐに辿りつける隠し通路があった。

 アースと共にそこを走り抜けたフロラは、数分後には街の中心地に辿り着いていた。


 住民はすっかり避難したようで、大きな街の中心とは思えないほど、あたりに人影はない。すべての建物の扉がきっちりと閉ざされている。


「街の住民の皆さんは無事なようで安心しました」


「まぁ、この程度の魔物が現れるのは、よくある事だからな。皆慣れているさ」


「そうなんですか。これがこの辺りの人たちにとって日常の一部ならば、私はこうも早く力をお見せできる機会が訪れた幸運を、素直に喜んでも良さそうですね」


 フロラはふっと微笑んで、上を見上げた。獲物を探して夜空を滑空する、小型のワイバーンの群れだ。20羽ほどが寄り集まって行動している。


「実戦は初めてなんじゃないか? 頼むから、無理はしないでくれよ」


「ご迷惑はかけないように頑張ります。まあ、見ててください」


 そんな話し声に反応したのか、ワイバーン達が一斉にこちらを向くと、バサリと大きく羽ばたいて突撃してきた。



「ちょうど良い的だわ。──炎よ!」



 手元に燃え盛る炎を召喚する。しかし、その炎は思っていたほどの出力が出ない。


「小さいわね。うーん、もうちょっとかしら?」


 神力を適当に倍に増やして、ワイバーンに向かって投げつけてみる。

 が、勢いだけは凄まじい小さな炎の球になってしまっていたようだ。


 バーン! と音だけは派手に鳴ったが、ワイバーンの群れのうち中心の数羽に火をつけただけで、勢いのままに空高く通り過ぎていってしまった。


「あら?」


(人間の身は、思っていた以上に不自由なのね。炎を召喚したら想像よりもずっと小さなものしか出なかったから、大きくしようと多めに力を注いだら、今度は勢いが付きすぎちゃったわ)


 炎にやられた数羽のワイバーンがギャアギャアと叫び声を上げて落ちてくるのをそのままに、慌てて残りのワイバーンに追加の炎をお見舞いしていく。


 ドン! ドン! ドン! と数回に分けて攻撃すると、全体の半数ほどのワイバーンが地に落ちてきた。


「格好よく一気に仕留めたかったのに……」


 何だか悔しい気持ちになって「むむむ」と首を傾げていると、そのまま燃え尽きると思っていたワイバーンが苦しみながらも高い声を上げて飛びかかってきた。


「わ、」


 予想外のことに、フロラは立ち尽くすことしかできない。

 一応こんな時に備えて結界を張っているから怪我はしないけれど、それでも大きく嘴を開けたワイバーンが視界いっぱいに迫る様子はなかなかの迫力で、フロラはぎゅっと目を瞑った。


 その時、一歩後ろで様子を伺っていたアースが前に出る気配がした。それから、剣を鞘から抜き放つ硬質な音。



「君の炎は、人間からしたら十分規格外だから落ち込まなくて良いぞ。コントロールさえ慣れれば、もっと効率よく攻撃できるようになるさ。

 あえてアドバイスをするとしたら、墜落させたワイバーンにはすぐにとどめを刺すべきだな。こいつらは生命力が強い」



 ワイバーンの攻撃を真正面から受け止める衝撃を覚悟していたのに、何も起こらない。そのことを不思議に思って、フロラはそっと目を開く。


 するとそこには、アースの剣がワイバーンの硬そうな鱗をもろともせずその首を一刀両断している光景があった。


「すごい……」


 無意識に、フロラは呟く。

 感嘆して見ていると、アースは流れるような動作で、地に落ちている他のワイバーンに軽々ととどめを刺していく。その動きは、最小限かつ直線的で、一切の無駄がない。


 瞬く間に周囲のワイバーンを仕留めたアースはそれから、全く気負わない様子で、いまだ空を滑空している10羽あまりのワイバーンに向き直った。


 半数の仲間を殺されたワイバーン達はすっかりアースを警戒しており、一斉に攻撃を仕掛けることに決めたようだ。

 全員で、弾丸のようなスピードでもってアースに向かって降下してくる。


 それを見て、フロラは咄嗟にアースと自分を守る強固な結界を展開したが、結論から言えば、それは全く不要だった。


 アースは剣を斜に構えると、ワイバーンを迎え撃つように高く軽やかに跳躍した。そして一閃。一気に数羽のワイバーンが翼を切り落とされて地に落ちる。

 その首を流れるような太刀筋で両断した彼は、舞う血飛沫を振り返ることもなく、さらに飛びかかってくるワイバーンを一閃、二閃。


 そして、剣を一振りして血を払い落としたあと、静かに剣を鞘へ収めた。


「え、終わった……?」


 目の前で起こったことについて行けず、フロラはぽかんとアースを見つめた。


「ええと、人間は飛べない種族だったと記憶しているんですが」


「その記憶は正しいはずだが」


「今飛んでいませんでした?」


「跳んだな」


「……?」


 意志の疎通が上手くいっていない気がする。そんな気持ちを込めて、フロラはアースを凝視してみるが、じっと見つめ返されるだけで何も起こらなかった。


 そのうち、フロラの心の中にじわじわと悔しい気持ちが込み上げてくる。



「私は、人間界の助けになりたくて天上界からやってきたのに、大した助けにはなれなかったみたいです」



「いや。慣れない人間の身体で、しかも初戦ということを考慮すれば、君の動きは十分だと思ったが? 先ほども伝えたが、俺は人間界の中でも一、二を争う大国の騎士団長だ。俺を基準に自己の力を測るのは不毛だろう」


「そうでしょうか……」


「それに君は、自分も俺も怪我を負わないよう、状況に応じて結界を張ってくれていたな? あの結界は強度がかなりありそうだったし、俺には到底真似できない貴重な能力だ」


「そう、なんですか?」


 真っ直ぐに評価してもらったことで、フロラは満更でもなく気分を浮上させてしまう。ちょっと単純なのだ。


「まぁ、私も今回は初戦ということで思うようにいきませんでしたが、練習すればもう少し改善できると思いますし。次回はあなたに負けないくらいに立ち回ってみせますよ! あなたとは良いライバルになれそうです」


「ああ、光栄だ」


 元気になったフロラに、アースは頷いて、それから──わざとらしく首を捻る。


「ところで、ライバルと婚約者は両立できそうか?」


「あ」


 重要な案件をすっかり忘れ去っていたフロラだった。


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