闇堕ち兄貴ポジションの少年、邪悪と出会う
俺には日本に転生前の記憶がある。
前世の環境は、地球の歴史で、鉄の塊が動くよりも前の時代とだいたい同じような環境だった。
違う点と言えば、超人や魔法が存在したことくらいだ。
俺も転生前は、それしかなれなかったという理由で、雇われ魔法使いとして戦争に出て生計を立てていた。
有名な魔法使いのジイサンの弟子だったこともあって、二つ名が付けられるくらいには強かった。
ただ前世の俺は超人に到達するような、武力の化身みたいな奴らには及ばない強さでもあった。
ある戦場で、超人のみ使える権能、「ふるい落とし」を喰らってあっさり死んだ。
ふるい落としとは、簡単にいうと「俺の足元にも及ばない奴らは全員死ね」が現実となって襲ってくることだ。
そんな無茶苦茶な力に耐えきれず死んで、目が覚めたら赤ん坊として生まれ変わっていた。
転生先の地球には、超人や魔法がなかったが、遥かに進んだ文明と能力という別の力があった。
魔法は極論、魔力と頭脳さえあれば誰でも使えたが、この世界の力である、人力というエネルギーを消費して使える能力は個人によってできることが決まっている。
火を操る能力なら水は操れないし、雷になる能力では石になれない。
そしてその力は多くの人達には知らされず、世の中の闇みたいなところで戦いに使われているという。
「はやく!遅刻しちゃうでしょ!!」
「あーーー!なな姉お兄ちゃんにくっつかないでよ!」
「なんでまいもくっつくんだ!二人とも離れてくれ!」
そろそろ俺も朝の準備をしなければと自分の部屋を出ると玄関から声が響く。
転生先の家族は大分賑やかだった。
玄関で騒いでいるのは俺の一つ下の高校一年生の弟とさらに下の中学三年生の妹、そして俺と同い年の高校二年生の幼馴染の女の子だ。両親はいるが、二人は仕事でとっくに出掛けている。
高校生組は少し遠くにある能力者用の学校に通っているため朝が早い。
能力とは全人類が持つものではないし、一般には秘匿されている。そのために能力者は皆専門の学校に通うことが義務になっている。
ちなみに、能力にもペンのキャップを外せるみたいな外れ能力があるのだが、それでも能力者用の学校になる。
能力者には人力という特別なエネルギーがある。それがあるだけで、ない者とは肉体のスペックが大きく異なるからだ。
ついでに妹も能力者のため専用の中学に通っている。
「あっ……」
そして家族の中で俺だけが能力者ではない。
小学校に入る前には、能力者は自分の能力がなんとなく理解できるというが俺にはなかった。
この特徴はどうやら遺伝するらしく、弟や妹、それに両親は能力者だし、なんだったら親はちょっとした大事件を解決した英雄みたいなものだったりする。
能力者が家族にいるから、非能力者の俺でも能力の存在を知っているのだ。
家族で唯一非能力者の俺は皆に超気をつかわれている。
今みたいに俺を前にすると、一挙一動にびくびくと反応するのだ。
中身は異世界由来の魂だし、使えなくても個人的には当たり前なのだが、前世の話は誰にもしていないため、家族の間では、俺の前で能力のことはデリケートな話題として扱われている。
優しいが不器用な家族は、すごい言動に注意して俺と接するのだ。
そして俺はその微妙な空気を悪用して、彼等と距離を取っている。
「遅刻しそうなんだろ。早く行きなよ。戸締まりはしとく」
「う、うん……」
彼等はそそくさと出ていった。
家族には申し訳ないが、俺は純粋な家族と言えない。
何か困ったことがあれば力になってやりたいくらいには思い入れがあるが、どうしても微妙に距離がある方が俺が楽なのだ。
俺は普通の、能力の存在を欠片も知らない人達が通う一般の高校に在籍している。
万が一にも能力者が非能力者を殴ってしまえば、簡単に致命傷になる。
体のつくりが別物と言ってもいいためこのような措置が取られているのだ。
その高校からの帰り道、俺は気付いた。
俺の後をつけている一人を除いて、周辺に人の気配が全く無い。
ここは住宅街だが、道路どころか家の中にも人が居ないことがわかる。
そんな事は普通あり得ない。
加えて護衛も消えた。
俺は仮にも英雄を親に持つ。そんな有名人の息子が自衛の手段を持たないと思われているから、常に護衛として四人程俺の視界に入らない場所から守ってくれている。
その彼等が仕事を放棄するはず無いのだ。
立ち止まった俺に、速度を変えず近付いてくる周辺唯一の存在。
それに対して俺は向き合うことにした。
「初めまして、オオバンジ イツヤ君」
その発言から理解した。俺の名前を呼んだこいつが現状を引き起こしたのだと。
見るからに怪しい、全身黒で統一している長身の男は、俺が黙っていても言葉を続ける。
「君、力が欲しくないか」
は?
ーーー
「君はあの二人の子にも関わらず、能力が発現できない。悔しくないかい」
男は最初から相手にまともに聞いて貰えるとは思っていない。
だから男も、相手が内容を理解しているか関係なく次々に言葉を繋げる。
「私なら悔しい。発狂してしまうかもしれない」
それに、本当に関係ないのだ。
少年の親、あの二人を殺すための手札の一つとして、彼を手元に置いておくことを内心で決めているから。
「私に付いてきなさい。君の能力、私が花開かせてみせる」
男には自信があった。
彼の能力、周囲の人払いをし、護衛を殺してみせた『実現』という名前をつけたそれには、おおよそ不可能はない。
少年の母の『無効』だけが、唯一対抗してくるがそれ以外恐れるに及ばず。
少年が協力的ならば取れる手段が増える、おまけがある程度だと。
「誰だよあんた。知らない人についていくわけないだろ」
少年は否定した。
残念だが力ずくか、そう思って男は『実現』を発動する。
『実現』は、主人の意思に応えようと少年の体を操ろうとする。
しかし。
「うおっ。体重くなった」
「……何だと」
効かない。
少年の足を操ろうとしたが、その足は一歩も動かない。
『実現』が効かなかったのは、彼の母親以来だった。
まさか母親と同じ能力かと思案を巡らせるが、それは少年の声で中断させられる。
「いくら考えても答えはわからないぞ」
急に、男には少年が実際より一回り大きく感じられた。
同時に久しくなかった危機感も男を襲う。
「そうだ。あんた護衛の人達殺しただろ。だから多分、すごい強くてすごい悪いやつだし、ここで殺す」
少年が言い切ると同時に、男の足元に広がる闇。
そしてそこから伸びる白い手が、男に絡み付いた。
ーーー
あの男は完全に殺して消した。
さっきのは、そういうものだからだ。
「しかし久し振りに使ったな」
確かに俺にはこの世界の力はない。
けれど前世の力はある。
魔法という力は、魂から漲る魔力とそれを扱う頭があれば使えるのだ。
俺はこの力を人前では使ったことはない。
これがあれば能力者として振る舞えるがそうする気は無い。
「こんな良い生活の中で、わざわざ危険なことなんてしたくないよなぁ」
平和って大好き。
あとウォシュレット最高。
続かない