29.……墓守の家で暮らす、みんなが家族。
にぎわう町の中心に向けて歩いていく。
先頭を行くウォルフの後ろにアネモネと手を繋いだデイジーが並び、ふたりに続いてイクサとタイムが並んで歩く。しばらくおとなしくしていたナナンは、イクサの肩で楽しげに尻尾を揺らしている。
「まったく、ひとが多いな」
「祭りだからな! なんかわくわくするな!」
今にも帰りたそうなウォルフが言えば、タイムが喧騒に負けない元気な声をはずませる。その瞳はナナンに負けず劣らずきらきら輝いて、あたりをきょろきょろ見回している。
楽しそうなのはなによりだが、目を離した瞬間にどこかへすっ飛んでいきそうなタイムに、イクサは掴んだ手を握り直した。
「アネモネ、抱っこ。だめ?」
さらに進んでますますひとが増えてきたころ、デイジーがアネモネの手を引っ張って首をかしげる。
足を止めようにもひとの流れに逆らえず、端に寄ろうにもひとが多すぎた。気持ち程度歩みをゆっくりにしたアネモネがデイジーの手を引いて歩きながら問いかける。
「疲れちゃった?」
「ううん。まえがみえないの」
ふるふると首を振るデイジーの視線の高さには、なるほど通りを行き交うひとびとの腰や腹が並んでいる。デイジーから見れば無数の脚に囲まれているようになるだろう。慣れない町でひとごみを避けて歩くのも大変そうだ。
「じゃあ、おんぶね」
小柄とはいえ、デイジーももう幼児ではない。抱っこして歩くには重たいから、とアネモネが背中を向ける。しゃがんだアネモネに通行人がぶつからないよう、ウォルフとイクサは彼女を挟んで立ち止まる。
「いーなー! おれもおれも!」
そう言ってウォルフに飛びついたのは、タイムだ。
足を止めた隙に、つないだ手をするりと抜けたタイムがウォルフにねだる。
「自分で歩け」
「だってまわり見えねえのつまんないじゃん」
タイムはデイジーよりふたつ年上とはいえ、格別背が高いわけじゃない。イクサの胸ぐらいの身長からでは、見回しても人ごみしか見えないのだろう。
「イクサがいるだろう」
ウォルフが言えば、タイムは間を置かずにぶんぶんと首を横に振った。
「だめだよ、イクサは棒切れみたいで折れちまいそうだからさ」
「ナンナーンのってる」
失礼な言いぐさだけれど、否定はできない。ナナンが肩に乗っている、と告げるデイジーならまだ何とかなるかもしれないが、タイムを抱えて歩き回る体力がイクサにあるとも思えない。
ウォルフは渋い顔をしていたけれど、通り過ぎるひとたちが立ち止まった一行を迷惑そうに避けていくのを見て、諦めたらしい。
しぶしぶ地面に膝をついたウォルフに、タイムは「肩車!肩車がいい!」と背後に回って頭に抱きついた。
びくともしないウォルフは「おい」と不満がだが、タイムはよじよじと肩に登ってしまう。
「いいよ! 立って立って!」
「まったく……」
呆れたように言いながらも難なく立ち上がるウォルフに、タイムが「わあお! 高い高い!」とはしゃいでいる。
おんぶされながら見上げるデイジーにアネモネが「デイジーもあれしてみる?」と問いかけるけれど「こわそうね? おんぶがいい」と背中で落ち着いたらしい。
「それで、どこへ行きたい」
「えっとー、あ! こっちこっち! ひとがいっぱい集まってる! ぜったい楽しいことがあるんだぜ!」
問われたタイムはきょろきょろとあたりを見回して、時計塔を指差した。
時間的に、東国の使者たちと町長が表に出てくるころだろう。ひとが集まっているのだとしたら、その中央にいるのはエリスアレスとエールメリアのはずだ。
「あー、町長と東国のひとが見られるだけで、おいしいものはないと思う」
「あ! 今朝会った、お姫さまか! 東国のひともきれいなのか?」
興味をなくすだろうと思って伝えたイクサのことばに、タイムはむしろ顔を輝かせて乗り気になる。
「王子さまもいる? きらきらなの」
「んー? あー、ランタナか。エリスアレスの横にいるはず」
デイジーもまた、きらびやかな衣装を身につけたランタナを見物したいらしい。
中身を知っているイクサとしては、わざわざ見に行くような相手でもない気がするが、子どもたちはそろって時計塔に向かおうと言いだした。
「わかったから、髪を引っ張るな」
タイムが「はやくはやく!」と急かすのにぼやいて、ウォルフは歩き出す。
たぶん見に行っても楽しくはないと思うけれど、アネモネとデイジーもそちらへ進むものだから、イクサも付いていく。
「お! 見えてきた! お姫さまの金髪、派手だなあ」
「見えない……」
時計塔にずいぶん近づいたけれど、人垣のせいで見通せない。人ごみより抜きん出たところに頭のあるタイムが声をあげれば、アネモネの背中でデイジーがしょんぼりとつぶやいた。
「すこしならなんとかーーー」
「こっちに座れ」
イクサがデイジーを肩車しようと言うより早く、ウォルフが左肩を示した。タイムはいつの間にか右肩に腰掛けている。
「イクサ、手伝ってくれ」
「え、おー」
急かされるままにデイジーを持ち上げて肩に乗せれば、ウォルフは左右の肩に子どもを乗せてなお、どっしりと立っている。
ーーー俺も鍛えればこんな風に……ならないだろうなあ。
体の厚みからして違うのは、わかりきっている。町長の屋敷にいるようになってから食事の量は増えたけれど、貧相な見た目はそうすぐには変わらない。
ーーーランタナくらいを目指すなら、なんとかなるかも?
人垣の向こうにちらちら見える派手な金髪ときらびやかな銀髪を眺めていると、視界の端で桃色の髪がひるがえる。
「あ、エールメリア!」
ちいさくあがったアネモネの声は、うれしそうにはずんでいた。
周囲からは、年若い東国の長への驚きと親しみの声があがるなか、自分によく似た姿を黄色い瞳で見つめながら、アネモネがくちを開く。
「家族には一生、会えないと思ってたの。だけど、会えたの。夢みたいね……」
ささやくように言う彼女の瞳は、わずかに潤んでいる。
それを見て、イクサはアネモネもずっとどこかで寂しさを抱えていたのだと気がついた。
いつもやわらかくほほえみながら、会えない家族のことを思っていたのだろうか。
しんみりしているイクサの肩にアネモネの肩がとん、とぶつかる。
目をやれば、アネモネが楽しげに笑いながらこちらを見ていた。
「でも、夢じゃないのね。わたしの家族、増えたの。ウォルフとイクサ、タイムにデイジー、それからエールメリア!」
やわらかく細められた瞳がイクサを映す。さみしさなど感じさせない、幸せそうな笑顔だ。
その顔のまま、アネモネはとなりに立つウォルフを見上げて、その手を取った。
「これからもみんなで……ううん。これからはもっとにぎやかに暮らしていこうね。墓守の家で、家族みんないっしょに」
「……騒がしいのはほどほどで頼む」
疲れたように言いながらも、ウォルフはアネモネに握られた手を振り払わない。
にこにこ笑ったアネモネが、もう一方の手をイクサに伸ばす。
「イクサも。ね?」
やわらかくほほえむアネモネのとなりには、仏頂面ながらも否定のことばを吐かないウォルフがいる。ウォルフの肩ではタイムが時計塔のほうに手を振って笑い声を上げ、デイジーがウォルフの頭にしがみつきながらも楽しげにくちもとを緩めていた。
ーーー墓守の家で暮らす、みんなが家族。
アネモネのことばを噛みしめるイクサの目を、まばゆい光が焼く。
すがめた目で見れば、タイムの頭の向こうの空にはまぶしい太陽が輝いている。
その光がまるでエリスアレスの豪奢な髪を思い起こさせて、閉じたまぶたの内側にまで入り込む無遠慮さがランタナを思わせた。
目を向けなくても、人垣の向こうで演説をするエリスアレスの声が耳に届く。ざわめきにかき消されることなく声が通るのは、その手に持った見知らぬ道具の機能だろう。また、新しい発明品を買ってきたのだろうか。
細めていた目をゆっくり開いたイクサは手を持ち上げて、肩に乗るナナンの毛皮に触れる。
やわらかなあたたかさが、イクサをやさしく受け止めてくれた。気持ちいいのか、ナナンは自分からイクサの手に体をすりつけてくる。
「俺、町長の屋敷に住むよ。エリスアレスとランタナが、誘ってくれてるんだ」
ナナンに触れながら告げると、イクサに向けられていたアネモネの手はゆっくりとおろされたけれど、淡いほほえみは消えない。
「これからも町に住んで働く。それで、ときどき墓守の家にも遊びに行こうと思う。いい、かな」
イクサがウォルフの顔を見上げながら問えば、目があったウォルフはすこしだけ眉をあげるとたしかに頷いた。
「無茶はほどほどにな」
「もう! そこは怪我しないように、でしょ?」
アネモネにたしなめられたウォルフは、ふんとそっぽを向く。髪で隠れているときはわからなかった、決まり悪げな横顔にイクサのくちがゆるむ。
そのとき。
「イクサー! そこまで来てるならあなたのこともお披露目しちゃうから、こっちに来なさいなー!」
演説を終えたエリスアレスが、広場じゅうに聞こえる声でイクサの名を呼んだ。
目をやれば、ドレス姿で仁王立ちした若い町長がイクサをまっすぐに見つめている。
こんな場面で呼ばれると思っていなかったイクサがぽかんとしていると、エリスアレスの手から道具を抜き取ったランタナが前に出る。
「お嬢さまをお待たせする気か、イクサ。お嬢さま専属の何でも屋としての矜持はないのか。ナナンさまの従者としての誇りはないのか!」
「えー……俺、別にナナンの従者じゃないんだけどな」
いつもどおりランタナの勝手な言いぐさに呆れながらも、イクサは呼ばれるまま彼女らのいる時計塔に向けて足を踏み出した。
「イクサ!」
その背中に投げられた声に足を止めて振り向けば、アネモネとタイムとデイジーが笑って手を振っている。ウォルフは笑顔でこそないものの、不機嫌そうでもない。
「行ってらっしゃい、イクサ」
見送るアネモネの声に、イクサはほほをゆるめて前を向く。太陽のようにきらめく金髪と銀髪が、人垣の向こうでイクサを待っていた。
「んー、行ってきます」
思ったよりすんなり出てきたことばとともにひらりと手を振ると、イクサはまた歩き出す。
肩に乗せたナナンの尻尾が、楽しげにゆらりと揺れていた。
〜何でも屋と東国の使者 完〜
※ひとごみのなかでの肩車は大変危険ですので、おやめください。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。




