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怠惰な何でも屋の少年は美少女町長にロックオンされたようです〜食べるためにあくせく働くくらいなら、お腹をすかせたままでいいから寝ていたい〜  作者: exa(疋田あたる)
何でも屋と東国の使者

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23.「よかったな……」

 ディーエの明るい声が部屋に落ちて、冷えていく。

 誰も声を発しないなか、イクサの胸はひりひりと痛いほどに冷え切っていた。


「わたしは……帰らない」


 そこに、アネモネの硬い声がぽつりと聞こえる。

 明るさはない。暖かみも感じない声はただイクサの耳に転がり込んでくる。


「本当は東国の王族だってウォルフに言われて育ったけど。でも、わたしは物心がつくころにはこの大陸にいたから」


 背すじをすっと伸ばしたアネモネは、エールメリアとディーエに眉を下げてほほえんだ。


「わたしは、この土地でただのアネモネとして生きていきたい。あなたたちに全部押し付けてしまうのは申し訳ないけれど……」

「それはむしろ、わたくしたちにとっても歓迎すべき事柄です」


 すまなそうに声をしぼませるアネモネに、エールメリアはきっぱりと言う。

 その横ではディーエがうんうんとうなずいている。


「王制を廃したとはいえ、未だかつての王族を知る者は数多くおります。王族のなかでも特別な力をお持ちになっているお姉さまがまつりごとに携わりたいとお思いならば、喜んで神輿にかつぐ者もおりましょう」

「せっかく国が落ち着いてきたっていうのに、また荒らされちゃ叶わないですからね。住むのも遊びに来るのも、ただ長の姉君としてでお願いしますよ」


 ふたりに口々に言われたアネモネは、うれしそうに顔をほころばせてうなずいた。

 その横では、ウォルフが腕を組んでむっつりと黙り込んでいる。ほほえみ合うアネモネたちと対照的な空気をまとったウォルフは、押し殺した声で問う。


「……サンダーソニア家は、どうなった」


 じわり、と食堂の温度が下がった気がした。

 ウォルフが無言の威圧を放つ先で、東国の主従が視線を交わす。間を置かず、くちを開いたのはディーエだ。


「残念ながら、取り潰されました」

「っ!」


 ぎりっ、と聞こえたのはウォルフが歯ぎしりをする音だろうか。

 テーブルの上に置かれたウォルフの無骨な手が、軋みそうなほど強く握られている。それを目にしたイクサの胸はずしりと重たくなった。


「でもっ」


 ウォルフの拳が硬く握られ、自身の爪で手のひらを傷つけてしまいそうなほどになったとき、ディーエが慌てて付け足した。


「隊長のご家族はみんな生きてます! 地位とか財産は隊長が国外逃亡したときに没収されたけど、生きてます!」


 ディーエのひと言で、張り詰めていた空気が一気にとける。ウォルフの拳はぐっとひときわ強く力がこもったかと思うと、震えながら解けていった。


「そうか……! そう、か……」


 ため息のようにつぶやいたウォルフが、ぐしゃりと前髪をかきあげる。

 現れたのは、思っていたよりも若く、精悍な顔をした男だった。三十歳くらいだろうか。いつもは鋭いのだろう目尻にくしゃりとしわを寄せて、ほっとしたように表情を緩めている。

 ウォルフのうれしそうな顔を見て、イクサのくちからほろりとことばがこぼれた。


「よかったな……」


 ウォルフはずっと、残してきた家族が心配だったのだろう。けれどアネモネを連れて戻るわけにもいかなくて、その気持ちをこぼす相手もなく胸に抱えていたのだ。

 そこへ家族の無事が知らされたなら。


 ーーーきっと、うれしいだろう。俺には想像もできないけど。


 思い描こうにも、イクサは親の顔を知らない。親が生きていたとして、向こうもイクサの顔を見たところで親子だとわかるはずもない。


 イクサがぼんやりと考えている間に、四人は明るい声をあげて未来の話を進めていく。


「ウォルフが行くのなら、わたしも一度くらいは東国に行ってみたい、かも?」

「歓迎いたします、お姉さま。物心つく前に離れ離れになってしまったけれどわたくしたちは姉妹ですもの。これから親しくなっていきましょう」

「隊の者たちは、どうしている」

「みんな無事、とは言えないんですけど。半数以上が今も国のためにがんばってくれてますよ。隊長に会えたらきっとみんな喜びます! なんなら稽古つけてくださいよ!」


 食堂のなかが温かな雰囲気で満たされていく。

 いつもどこか張り詰めていたウォルフが穏やかに話している姿が、ずっと森のそばのさみしい場所で静かにほほえんでいたアネモネが楽しげにほほを染める姿が見られて、良かったと思う。


 そう思う気持ちは本当だ。それなのに、イクサの胸はすかすかする。うれしいはずなのにそれだけではない気持ちがくすぶって、彼らとイクサの間に壁を作っているような気がする。


 ーーー長く世話になったひとたちの幸せをいっしょに喜べないなんて……。


 素直に喜べない自分に嫌気がさす。

 けれどどうしてか、イクサの顔は笑ってくれない。


 楽しげに交わされる会話をどこか遠くに聞いていたイクサは、不意に振り向いたディーエの笑顔で自分が彼らと同じ空間にいることを思い出した。 


「ウロボルフ隊長たちが東国に来るときは、お前も来いよ!ほかにも子どもがいるなら、そいつらも連れて」


 な! と笑うディーエの笑顔に、なぜか胸が痛んだ。

 影のない彼の顔を見るに、純粋な善意で言ってくれているのがわかる。

 けれど、旧知の仲間に出迎えられるウォルフの後ろ姿を、その隣でエールメリアに歓迎されるアネモネの姿を思い浮かべてしまったイクサは、ことばに詰まった。


 タイムなら、まだ見ぬ東国にはしゃいで飛び込むだろう。デイジーは、ああ見えて好奇心旺盛だから異国の文化に興味深々ですんなり馴染みそうだ。


 ーーーでも、俺は……。


 喜びに満ちた笑顔に向けて足を踏み出す彼らの後ろ姿しか、イクサには思い描けない。明るく笑い合うひとびとを遠くから眺める自分しか、想像できない。


 ーーーどうせ置いていかれるのなら。


「いや、俺は……」



 イクサがしゃべりかけたとき。


 バタン、と音を立てて食堂の扉が大きく開かれた。

 その手で扉を押し開けたのだろう、両手を広げて立つエリスアレスは、豪奢なドレスに豊かな金髪を揺らして食堂に踏み込む。

 カツン! といつにも増して鋭い靴音を響かせたエリスアレスは、食堂の椅子に座るエールメリアを見つけてにっこりと唇を吊り上げた。


「まあまあまあ! 東国の長さまにおかれましては、ずいぶんとお早いお着きでいらっしゃいますわねえ?」


 そう言うエリスアレスの目は、少しも笑っていなかった。

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