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怠惰な何でも屋の少年は美少女町長にロックオンされたようです〜食べるためにあくせく働くくらいなら、お腹をすかせたままでいいから寝ていたい〜  作者: exa(疋田あたる)
何でも屋と東国の使者

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19.「使い勝手がいいからだろ」

 にぎやかな人々の合間を縫ってたどり着いた町長の屋敷の前で、イクサはポケットから鍵を取りだした。子どもたちを預けたのち、港町に間に合いそうもないと判断したときのために、と渡されていたものだ。

 町長の屋敷に滞在するようになってから時折、エリスアレスもランタナも出かけるときに預かっていたので扱いは慣れている。


「あなた、ずいぶんエリスアレス町長に重用されているのね」


 いつも通り玄関扉の鍵を開けるイクサを眺めていたエールメリアが、感心したように言った。

 それは、屋敷の鍵を預けられていることを示しているのだろうか。


「あー、使い勝手がいいからだろ。町で借りてる部屋の場所もわかってるし、育った場所もわかってる。他に行くとこがないのも知ってるから」


 それに、屋敷のなかの部屋はどれも、それぞれ別の鍵がかかっているため玄関から侵入したところで何ができるでもない。ダイヤルロックの番号もいくつか教えられているが、それだって知らない間に変更されてしまえばもうイクサには開けられない。

 だから任されているのだろう、と言えば、思わぬところから声があがった。


「お前……捨て駒にされているのか」


 唸るように言ったのはウォルフだ。長い前髪に隠れて見えないが、威圧感のある目で見据えられているような気がして、イクサは慌てて首を横にふった。


「町長も、その従者もいいやつだよ。俺が怪我すると大げさなくらい世話を焼いてくれるし。なんか、自分を大切にしろとか怒ってくるし」


 イクサが言えば、ウォルフは「ふん」と興味を失くしたようにそっぽを向いた。

 扉を開けて客人たちを招き入れれば、エールメリアたちに続いて扉をくぐったアネモネがうれしそうに笑う。


「前、家に来た彼ね? やっぱり、いいお友だち」

「友だち……んー、どうなんだろう。今度、聞いてみる」


 首を傾げながら後に続いたイクサは、一行を案内する。

 

「あー、食堂でいいかな。応接間もあるし東国の使者用の寝室も用意してるけど、椅子が多いほうがいいだろ」

「ええ、わたくしは落ち着いてお話ができるのであれば、どこであろうと構いません」


 自動昇降機(エレベーター)にたどりつく前に、と聞けばエールメリアはあっさり頷いた。アネモネも頷き、男ふたりは互いに視線を合わさないまま黙っている。

 

「なら、来客用の食堂に案内する」


 たどり着いた廊下の端で壁のボタンを押せば、ぷしゅうと音を立てて壁が開いた。

 エールメリアとアネモネは、初めて見るのだろう自動昇降機に目を丸くして恐る恐る足を踏み入れている。ディーエとウォルフもまた自動昇降機に目を奪われたようだったが、互いに相手と同じものに魅入っていることに気が付くと、そろってまたそっぽを向いてしまった。


 そう広くない箱のなか、端と端に陣取って壁の上をにらみつける男ふたりを眺めながらイクサはぼんやりと何かを思い出していた。


 ―――あー、あれだ。喧嘩した後のタイムとデイジーに似てるんだ。


 ひとり納得したところでポーン、と音が鳴り、自動昇降機が目的の階に到着ことを知らせる。

 案内のために先に立って歩き出しながら、イクサはちらりと後ろで目を合わせない男たちを盗み見た。


 ―――そうなると、あのふたりはもともと仲良しってことか? タイムとデイジーもいつもは仲良いしな……。


 そんなことを考えながら、たどり着いた食堂の扉を開けて入室を促した。

 部屋のなかにあるのは長い長いテーブルとゆったり空間を開けて並べられた椅子たちだけ。そのほかには、壁を飾る布や絵があるばかりで、部屋のなかは五人で入ってもずいぶんと広く感じられる。

 本当であれば椅子を引いて座る補助もするらしいが、イクサはナナンに仕えるためのマナーしか身に着けていない。


「椅子引っ張ったり押したり、俺はできないから好きなところに好きに座ってほしい。いま、お茶を淹れてくるから」


 食堂の椅子は部屋にいる人数より多く用意されている。いい大人なのだから好きにしてくれるだろう、とイクサは隣接している小部屋に入った。

 簡単な茶の淹れ方だけでも教わっておいてよかった、と思う。

 実際は教わったというか「ナナンさまに人間のレディのご友人がおできになられでもしたら、どうするつもりだ!」とまだ見ぬナナンの友人について熱く語るランタナから教え込まれたのだ。

 その折に、イクサがなんとなくこぼした「レディって、女限定なんだな」というつぶやきに後悔したのは、言うまでもない。ランタナのナナン語りはしばらく聞きたくない。


「……湯を沸かして、ポットとカップをあっためて、あっためたポットに茶葉を入れて……」


 教えられた手順を間違わないように、くちに出しながら作業をしていく。

 陶器のポットにごぼごぼと湧きだした湯を注ぎ入れて「えーと、砂時計砂時計」とひっくり返したところで、ガンッと大きな音が聞こえた。


「なんの話だ!」


 続いたのはウォルフの怒鳴り声。

 さらさらと落ちる砂時計の砂はまだ落ち切らない。きちんと蒸らさなければ香りと色が出ないけれど、蒸らしすぎれば渋みが出てきてしまう。

 イクサは迷ったけれど、隣室での騒ぎが気になって足を向けた。


「だから、あんたこそあの子どもを捨て駒にしてる、って言ってるだろ」


 食堂に脚を踏み入れた瞬間、イクサの耳に飛びこんできたのはディーエのさげすむような声。

 声だけではない。椅子にどっかりと腰かけたディーエは、机を挟んで向かい合ったウォルフに冷たい目を向けている。

 立ち上がったウォルフが高みから睨み下ろしても、ディーエは怯える様子もなくくちを開く。


「あんたはアーネスフィアさまの身代わりに赤ん坊を拾ったんだろ。それで、いつか使う日のためだけにただ生かしておいたんだ。身代わりに使えないくらい育っても、まだ縛り付けて働かせてるなんて、最低だよ」


 吐き捨てるように言ったディーエの目には、憎悪の色が宿っていた。

 アーネスフィア、おそらくアネモネのことを指すのだろう。ならば身代わりの赤ん坊とはイクサのことだ。

 けれどそれでどうしてディーエがウォルフに憎悪を抱くのか。

 

 困惑するイクサの声を代弁したかのように、ウォルフが怒気を収めて言った。


「俺はイクサを縛り付けてなどいない。身代わりにした覚えもない。ただ、拾っただけだ」


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