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怠惰な何でも屋の少年は美少女町長にロックオンされたようです〜食べるためにあくせく働くくらいなら、お腹をすかせたままでいいから寝ていたい〜  作者: exa(疋田あたる)
何でも屋と東国の使者

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12.―――生きて戻れたら、伝えなきゃな。

 町を出てしばらく、操作に慣れるため蒸気二輪車をゆっくりと走らせたイクサは、車体の不安定さに驚いた。


「おわっ、ちょっ、おおっ?」


 石を踏めばよろけ、えぐれた地面に車輪をとられる。かといってそれらを避けるために速度を落としすぎれば、車体が安定しない。


「……速いほうがバランス取りやすいのか」


 そうと分かればそこからはもう、出せる限りの速度を出した。


 右ハンドルを回し、蒸気機関に水を送る。

 燃料を送り込まれた機関はシュウッと蒸気を鳴らして、蒸気二輪車バイクを加速させた。


 耳の横で風がうなる。景色が飛ぶように過ぎていく。

 前方に見えたと思った草の塊が、次の瞬間には目の前にある。

 蒸気二輪車といっしょに貸し出されたゴーグルがありがたい。吹き付ける風や巻き上げた砂埃から目を守ってくれるおかげで、躊躇なく全速力を出すことができた。


 ―――生きて戻れたら、技術者とやらにゴーグルは必須だって伝えなきゃな。


 イクサにとっての最優先事項は、エリスアレスとランタナの元に合流すること。そしてナナンの従者として控えること。

 そのためだけに今日まで町長の館で世話になりマナーを学んで衣装を用意してもらったのだから、この仕事をやり遂げられないのなら、イクサの存在意義はない。


 転んだらそのときだ、と全速力で荒れ野を駆けていく。


「……岩山を突っ切ったほうが、速いか」


 東国の使者がつく港とチロックの町の間には、おおきな岩山がそびえていた。あまりの悪路に、蒸気三輪車や馬車を使う者はみな、その岩山を迂回して通ると聞く。

 けれど、馬を巧みに扱う者は岩山を越えていくとも聞いた。悪路を越えられるのならば、そのほうがずいぶん近いとも。


 ―――この蒸気二輪車なら、やれるか。


 事前にランタナに見せられていた地図を思い出しながら、イクサは視界に見えてきた岩山を目指してハンドルを切った。


 馬車をつかまえるのに時間をかけすぎた。町を出発したときに時計塔が示していた時間からいって、もうすでに使者たちは港町で歓迎会を終えるころだろうか。

 食事を済ませてから出発するとランタナが言っていたから、その時間に間に合わせるには、いかなる悪路だろうとも時間短縮になるなら利用しない手はない。

 

「っと、跳ねる、なっ」


 岩山を登り始めた途端、蒸気二輪車の車体が跳ねる。

 車体が軽いせいもあるのだろうが、聞いていたとおり道とも言えない道は大振りな石がごろごろと転がり、曲がりくねり、不意にくぼんでいたりする。

 あまりの悪路に、さすがに速度を落とさざるを得ない。これはたしかに、四輪車では無理だろう。


「ん、案外、抵抗しないほうが、いける、な」


 車体の揺れをもろに受けるのを避けるため、足置きに立ったイクサはだんだんとコツをつかんできた。

 跳ね上げられる車体を押さえつけるよりは、逆らわず跳ねて進むほうがいいらしい。ハンドルさえ変に動かさなければ、どうにか進める。


「まるきり、バッタ、だなっ」


 岩肌を飛び跳ねてのぼる自分をはたから見たなら、きっとバッタのように落ち着きなく飛び回っているように見えるだろう。

 車輪の軸部分の発条(バネ)がよく効いているおかげで、この悪路でも進むことができている。


 ―――これも伝えなきゃな。


 イクサがまた技術者に伝えることを胸に刻んでいるうち、岩山の峠を通り越したらしい。

 ずっと登っていた道が、ゆるい下り坂になってきた。


「下りのほうがきついのか」


 頭をしたにしているときに車体が跳ねたら、ひっくり返りそうだ。

 登りよりも明らかに険しくなった下り坂に速度を出しすぎないよう気をつけつつ、イクサはぐんぐん下っていく。

 植物もまばらな岩山だから、岩に遮られてしまう近くの道よりも遠くの景色の見通しがいい。下った先の荒野の向こうに港町がちいさく見えているのに目をやったイクサは、間に合うかもしれない、とほっと息をついた。


 ―――あそこに見えてる岩を越えたら、すこし速度をあげよう。


 蛇行する道の先に見えるひときわ大きな岩を目にして考えていたイクサは、ふと耳元で渦巻く風に混じって聞こえた音に気付いて、とっさに蒸気二輪車のブレーキを引いた。


 キィィーッ!

 甲高い音を立てた車輪が停まり損ねて、後輪が砂混じりの岩の上をすべる。ランタナが手配してくれた質のいいブーツの底ですべる車体を引き留めたせいで、蒸気二輪車はイクサを軸に岩の上で円を描きながらようやく停止した。


 イクサがどうにか車体を停めたそのとき、下り道の先にある大きな岩の影から、蒸気三輪車が飛び出してきた。

 目を丸くした運転席のひとと、イクサの視線が絡む。


「アネモネ……?」


 そこに居たのは、桃色の髪をした女性。微笑めばはかなく美しいだろう顔形は、見慣れた彼女によく似ていた。

 けれど、墓守の家にいるはずのアネモネがなぜ蒸気三輪車のハンドルを握っているのか。

 思わぬひとの姿に驚くイクサの視界で、助手席の人影がハンドルに手を伸ばして、思い切り回すのが見えた。


 ギュルルルルルゥゥッ!

 イクサの右脇をすり抜けた蒸気三輪車は、ひどい音を立てて回転しながら岩山の道をすべっていく。

 イクサが見守るなか、蒸気三輪車は白煙をあげながらどうにか停止した。止まるのがもう二秒遅ければ、岩山を転げ落ちていただろう。


 しゅんしゅんと、蒸気の残りが音を立てるなか、車のなかで怒声が響く。


「異国に来て早々、ひとを撥ね殺す気ですか!」

「そんなつもりでは。現に避けられましたし」

「また、そんなことばかりおっしゃって……!」


 バンッ、と乱暴に開けられた助手席側の扉から転げるように出て来たひとがこちらに向かって駆けてくる。

 

「申し訳ない! 怪我はありませんか!」


 駆けて来た男の顔を見て、イクサは驚いた。

 それは、何度も見た顔だった。

 繰り返し見る、夢に出る男。アネモネに銃を突きつけ、ウォルフに怒り、そして銃を置いて去って行った男。


「あんたは……」


 つぶやいたイクサの手が、蒸気二輪車にまたがったままの脚に無意識に伸びる。

 そこにあるのは、男が置いて行った回転式拳銃(リボルバー)だ。

 長い時の間にイクサの指に馴染んだその硬さを、ぐっと握りしめた。 

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