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怠惰な何でも屋の少年は美少女町長にロックオンされたようです〜食べるためにあくせく働くくらいなら、お腹をすかせたままでいいから寝ていたい〜  作者: exa(疋田あたる)
何でも屋と東国の使者

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8.「もう怪我は治ってるのに」

 しゃがみ込んだイクサの周りで、子どもたちがわいわいと騒ぐ。


「まだどっか悪いのか? また怪我したのか? 無理すんなよ、イクサ!」

「いっしょにお祭り……無理?」


 気楽な子どもたちの声を聞きながらイクサがどうしたものか、と考え込んでいると、すぐそばにエリスアレスがひざをついた。

 タイムとデイジーに視線の高さを合わせたエリスアレスは、子どもたちに笑いかける。


「保護者に無断で来たことは叱られなきゃいけないけど……いまは、ようこそチロックの町へ! 私が町長のエリスアレスよ」


 にこり、と目を細めたエリスアレスに、タイムが目を丸くした。


「ええ! 姉ちゃん町長なのか! 町長ってえらいんだろ、いかついおっさんじゃないんだな!」

「お姫さまが町長さん? 町長さんがお姫さま?」


 表情のあまり変わらないデイジーも目をきらきらさせてエリスアレスを見上げている。

 初対面の時イクサも町長のイメージとちがう、と思ったものだが、今日の彼女はさらに豪華なドレス姿だ。物語好きなデイジーがお姫さまというのも納得できる。


「町長は町を良くしたい、と思う人がなるものよ。それから、私はお姫さまじゃないわ。きょうは特別、豪華なドレスを着ているけどね」

「へえー! お姫さまじゃなくてもドレス着るんだな! すげえ、きれい!」

「特別? お祭りだから? すてき、ね!」


 エリスアレスが子どもたちと話している間に、ランタナがイクサのそばにやってきて声をひそめた。


「連絡手段はないのか」

「建物の修理で手いっぱいのとこに、通信機なんかない。蒸気三輪車は?」

「ナーン?」


 ナナンも加わり、ふたりと一匹で額を寄せる。


「あるが、時間がない。あの家まで送っていては使者の迎えに間に合わん。せめて会食が終わるまでは、町で待っていてもらうほかないな」

「でも、あのふたりだけでこの建物に置いといたらなにをしでかすか」

「ンーナンー……」


 ウォルフたちに伝える手段はない。タイムとデイジーを放っていけばこの建物のあちこちをいじって歩きかねない。かといって、ふたりに言い聞かせている時間もそれほどない。


 そして、ここで悩んでいる時間ももう、あまり残されていない。


「せめてだれか、信頼できる相手に預けられればいいのだが」


 ランタナのつぶやきで、イクサの頭に浮かんだ顔はよっつ。


 –––リサ……はだめだな。ナオで手いっぱいだろうし。


 つい最近も、世話役の老婆の腰痛が再発したとかで子守に呼ばれ会ったリサは、活き活きと働きながらもナオのことを気にかけていた。たまの休日くらい、ナオとふたりで過ごしたいだろう。


 –––料理屋の女将は、店開けるって言ってたな。


 世話好きな彼女ならば子どものひとりやふたり預かってはくれそうだが、仕事をしながらはさすがに無理だろう。

 タイムとデイジーに混雑する店の手伝いができるとも思えない。


 –––道具屋は……飲みに出てるはず。


 明るい男で何かとひとを気にかけているから、子どもたちを預ければ面倒を見てくれそうではあるけれど。

 祭りで賑わう最中、飲み歩いている男ひとりを探す時間はない。


 –––あとは……。


 そこまで考えて、イクサは心当たりに行きあたった。


「あのばあさんなら、もしかしたら」

「赤児の世話を買って出てくれた? たしか、祭りに孫娘が遊びに来ると喜んでいたが……」


 イクサのつぶやきを拾ったランタナが言うのに、首を振った。そっちじゃない。


「ナーン?」


 だあれ? とでもいうようにナナンが首をかしげるのも、当然だ。ランタナもナナンも会ったことのない相手なのだから。


「そっちじゃなくて、町外れに住んでるばあさんのほう。ときどき俺に草むしりの仕事を頼んでくるひと」

「ああ、たしかに草むしりに行くなどと出かけていたな」


 墓守の家に帰らなくなってからおよそひと月。イクサは怪我を治すことを最優先に、最低限のマナーを教わり、エリスアレスやランタナの手伝いをして過ごした。


 ナオの世話を引き受けた老婆の腰痛が再発した、と出かけたり、町の修繕が必要な箇所を調べて職人に修理を依頼したり。

 その合間に、料理屋の女将や道具屋の男、そして町外れの老女のところへも行っていた。


「たしか、祭りに行くのは億劫だから家にいるって言っていた」

「ならば、このふたりは任せていいな? 私はお嬢さまを連れて先に使者の迎えに行く。ナナンさまもこちらに」

「ンーナン」


 肩に乗っていたナナンがひょい、とランタナの足元に着地するのを確認して、イクサは立ち上がった。


「タイム、デイジー。俺はこれから仕事だから、祭りに連れてってやれない。仕事が終わるまで待っててほしい」

「ちえー。まあいいや、あとで遊んでくれるなら!」

「王子さまとお姫さまは? いっしょ?」


 やんちゃもするが、このふたりはだいたい聞き分けがいい。

 首をかしげたデイジーの頭をエリスアレスがゆるりとなでた。


「ごめんなさいね。私たちは仕事を抜けられないから。イクサのことも、もうしばらく借りるわね」

「お嬢さま、お時間が」


 ランタナに促され、エリスアレスは玄関扉の向こうに停めてあった蒸気三輪車に乗り込んだ。ナナンもぴょい、と飛び乗ると、エリスアレスのひざに乗ってちょこりと顔を見せる。


「それじゃあ、あとで! イクサはできるだけがんばって、早めに合流してね!」

「馬車でもなんでも拾え。その分はあとで支給するから、まちがっても自分の脚で走ろうなどと思うなよ」

「ナンナン! ンナーン!」


 主従と珍獣は言うだけ言って、蒸気の煙を残して去って行った。

 ランタナの脅すような物言いには慣れたが、そこにあるイクサを気遣うことばには慣れない。


「もう怪我は治ってるのに」


 なんとなく太ももをさすってつぶやいたイクサは、子どもたちに向き直りそれぞれの手をとった。

 町外れまで行く馬車の定期便などないが、金を大目に払えば近くまで連れて行ってくれるはず。その馬車で使者の着くところに行けば間に合うか……。


「行こう」


 頭のなかで算段をつけて、イクサは歩き出した。

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